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狩人クラン、別名『()狩りの宿』。

両翼を広げた鷹と四つの撚り房のシルエットが目印のそこは、木とレンガで誂えられた品の良いロッジだった。テラスには本日の収獲なのか、カモとワシの合いの子のような暫定鶏肉さんが4羽ほど釣るされていた。それを見たノワールが「わあ今日はごちそうですね!」と笑顔でいうから、わたしは今後一切台所事情には関与しないことを誓ったのである。


「こんにちは」


ノワールが戸口を開けると、からんと戸につけられたカウベルが音をたてた。

その音につられてロッジの中にいた人影がみな一斉にこちらをみた。そこまではよかった、客人がきたのだから気になるのは当然だろう。不思議に思ったのはその後、なぜかわたしたちの姿を認めると、皆が目を丸くして食い入るようにこちらを見据えて来るのだ。ギョッとしたような顔に、なにもしてないのに悪いことをしたような気分になる。完全に体をカチンコチンにしているわたしの後ろで、ブランが「おい、邪魔だ!とっとと中に入れ!」と怒った。ご、ごめん…。


「…ノアール、ブラン…それと…」


いそいそと場所をズレると、弱弱しい女性の声がした。

みれば、カウンターのような場所から身を乗り出す様にする細い影がひとり。亜麻色の髪をきゅっと三つ編みにした17~18歳ほどの少女だ。鼻のあたりにそばかすをちらした小麦色の肌の子が、指でノアールとブランを指さす。そして最後に…赤茶色の目いっぱいにわたしを写して、その指先を向けた。


「こ… この人は、…」

「あ、どうもはじめまして。ケイといいます、」


手をあげて挨拶すると、少女は「は…はへ…?」と夢心地にいう。

挨拶の方法を間違えただろうか。緊張で能面と化した顔の裏で一抹の不安を覚えていると、ノワールが黒い耳をぴこぴこさせながら「ケイさん!」と寄って来た。なんだね。


「どうして自己紹介しちゃうんですか、僕が皆さんに紹介したかったのに!」

「え、すまん。いやでもそういう事前に打ち合わせが必要なことはもっと早く言ってくれると助かる」

「うぐ そ、それはそうですが… 」


もごもごと言いよどんで今度はぺったりと耳を垂らしてしまう。尻尾もへにゃんっと垂れてしまうので「ご、ごめん」と背を撫でてやっていると、突然「おお!」という歓声の声が上がった。なんやねん!


「魔女だ!」

「ブランとノワールの魔女だ!」

「新しい魔女がきたぞ!」

「なんか黒いけど!」

「しかもちんちくりんだけど良い感じの子よ!」

「お祝いだ―!」


「わー!」とどんちゃんどんちゃん上から下までの大騒ぎを始まる一行を前に、わたしは某然とするしかなかった。何事かと口をぽかーんとするわたしを置いて、ノワールは顔を真っ赤にして「そ、そんな みんな気が早いよっ」と首と手をたてに振った。だが、その尻尾が嬉しさを隠せない様子でぶんぶんと振られているから説得力がない。


誤解を解こうと大騒ぎの中に駆けて行ったノワールがファンタジー宜しくな恰好をした人たちにもみくちゃにされて終いには胴上げされている姿を端目に、いったいこりゃどういうことだと顔にマジックで書いていると。後ろからそれまで黙っていたブランが「おい」と声をかけてきた。


「お、 おう…なにブラン?」

「…あいつの、ノアのいうこと、真に受けなくていいから」

「? ノアのいうことって、なに」


意図がつかめずにきけば、ブランはぎゅうと苦しそうな顔をして俯いた。そうしてぼそりと「魔女、とか」という。


「オレたちの、どう…とか 」

「…ブラン?」


名前を呼べば、彼はぎゅうとズボンを握り締める。白い耳は緊張の中に僅かに怯えを孕むように、ぶるりと震えていた。まるで親に怒られる前の子どものような様子に、わたしはかける言葉が上手に見つからなくて、


「ごめん、声が小さくてなんも聞こえなかった」

「死ね」


…おもわず、おちゃらけてしまった。ブランがわりとマジな目で睨んで来たので、一瞬命の危機を覚えた。恐いよ、ブラン。完全に狩人の目だよ…。どすどすと大股で歩きながらノワールの救出に向かったブラン、その尾が不機嫌そうにびしびしと床を叩くのを見送っていると、「あの」と声がかかった。みれば、あの三つ編みの少女が控えめに微笑んでいた。


「あ、えーっと…わたし?」

「はい。ケイ、さんとお呼びしても良いでしょうか? アタシは、この狩人キャンプ『鳥狩りの宿』で受付を務めています。どうぞメイとお呼びください」

「ご丁寧にありがとう、メイさん」


たははと笑えば「メイでいいですよ!」と彼女は溌溂に笑って見せた。


「あのケイさんは、ノワールとブランの新しい魔女。 …って、ことじゃないんですよね」

「え?」

「すみません。ブランとのはなし聞いちゃいました、」


ああとわたしは納得した。わたしとメイの距離は歩いて五歩も離れていいない、自然と会話が耳に入ってしまうのは咎められないことだった。


「えっと…情けない話なんですけど、その魔女とか… いろいろ、二人のこともまだよく知らなくて」

「え?」

「わたしはなんだっけ…えーっと、イジン? なんですよ」


首筋を摩りながらいえば、メイは口をぱっかりあけた。そして、込み上げる悲鳴を自ら声らえるようにぱぷりと両手で口を塞ぐ。あ、これってもしかして言っちゃいけなかったのだろうか。おもわず「ごめん、秘密にしておいて」と言えば、メイはこくこくと頷いた。良い子だ。


「 え  こほん …そ、そっか。なるほど… あ、アタシその異… あ、ケイさんみたいな、人に会うのは初めてで、そのなんていえばいいか…」

「適当で良いよ。 とういうかやっぱりわたしみたいなのってあまりいない?」

「あまりいないどころか、奇跡ですよ! 出会えることが!!!」


するりとカウンターによると、メイが信じられないといった形相でばんっとテーブルを叩いた。吃驚して後ずされば、メイはハッとした様子で「ごごごごめんなさい!」と謝る。いや、いいよ。ちょっと心臓が潰れそうになっただけです。


「…あの、ケイさんは…あまりご自分のことを知らない様なので。お節介とは思いますが、少しだけ助言をさせて頂いても?」

「あ、宜しくお願いします。情報超必要」

「あのですね、…普通なら異人は、見つかり次第王都行きなんです。どこの国も異人に対して多額の報奨金を提示していますから…。 あなたたちが持つ知識と技術、そしてなによりその膨大な魔力の器は、政治から戦争まで、広い影響力をもちます」


それはノワールとブランが教えてくれなかった世界事情だった。


「あなたたちは生きたリソース、足の栄えた歩く宝箱同然」

「そのたとえはなんか微妙な気持ちになるよ、メイちゃん」

「だってそうなんだものっ だからケイさん、ぜったいに自分がそうであるなんて口にしちゃダメ!」

「うっす」


めっと指をたてるメイがお母さんのように思えて来た。どうやら彼女にポロっと言ってしまったことはカウントから外してくれるらしい。


「…あのさ、迷惑ついでにもういっこ。聞いて言い?」

「はい、なんでしょう」

「…さっきからあっちの人がいってるさ、あの子“たち”の魔女って、どういうこと?」


訊ねれば、メイは僅かに目を丸くした。そうしてノワールとブランを見て、信じられないと言うふうに首をふる。だが直ぐに納得したように唇に触れると、深く考え込んでからそっと選ぶように答えをくれた。


「…ケイさんは、使い魔についてどこまでご存じで?」

「魔女には必要不可欠なもの。亜人しかなれない、」

「大体その認識で間違いありません。魔女と使い魔は一心同体… 記録に残る魔女には、必ず一人以上の使い魔がついていました。その契約は神聖なもので、魔女が死ぬまで永久に続きます」

「なるほどね… 契約って、具体的にはなにを?」

「え、 わたしもそういうのは専門外で… 詳しくはわかりませんけど、魔女“付き”の亜人は契約の証に刻印を授かるそうです。体のどこかに、魔女の所有物である印。それをもって、魔女の権能の一部を使うことができるとか… なんとか」


最後の方は、おぼろげな記憶を辿る様な顔だった。もごもごと居心地悪そうなメイには悪いが、もうひとつ気になっていたことを彼女にぶつける。


「わたしのこと…ノワールとブランの“新しい魔女”って、   どういう意味?」


メイの顔が解りやすく蒼白となる。皆の歓迎ぶりや言葉をきくと、まるでノワールとブランには“以前違う魔女”がおり、わたしが“新しく契約した魔女”として連れてこられたようだ。


「____あの、わたしからは、 なにも」

「…じゃあ、ひとつだけ教えて。 …“親殺し”って、聞いた事ある?」


細い肩が可哀そうなほどに震えていた。だけどメイは、雑踏をしのぶ小さな声で教えてくれた。


「_____契約主足る魔女おやを殺した、使い魔のことです」


________それは、わたしの言葉を奪うには十分すぎる衝撃を秘めていた。



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