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エピローグ<その恋の結末> (春日視点)


 悠日の事故原因は、飲酒しながらも車を運転していた男の余所見だった。


 男は警察に捕まったという。

 そして、通夜には男の親族が現れた。

 春日は生きた人形のごとくそれまで在ったが、男の親族が現れた瞬間、怒りを露にした。


 あの男が、悠日を殺したと。

 あの男も、死ねばいいと。

 悠日が苦しんだのよりも、もっと苦しい死に方でと。


 泣いて叫んだ。


 驚いた様子の父が、男の親族に掴みかかろうとする春日をとめる。

 すると、春日は今まで隠していた気持ちを叫んだ。


 悠日を傷つけたこと。

 幼い頃、ずっと一緒だと約束したこと。

 ――ずっとずっと悠日のことが好きだったこと。


 だから、悠日が死ぬはずないと。

 約束を破るはずがないと。

 泣き叫び続けた。




 結果、春日は葬式に出る事を禁じられた。

 その時既に、春日の心は壊れかけていた。




***   ***




 ――数ヶ月後。

 学校に通うことが可能な程度には、春日は回復をみせた。

 だが、それは外面だけに過ぎない。

 学校から帰った春日は自宅の悠日の部屋で、ぼんやりと一枚の写真を眺める。

 それは、幼い頃に撮った、悠日と春日の写真。

 写真の隅は、黒くなった血の染みがついている。

 これは、事故の日、悠日が持っていたものなのだ。

 彼がこの写真をいつも持ち歩いていたのだと、春日は悠日がいなくなってから知った。


 コンコン、と扉が叩かれる音がした。

 春日が無言でいると、そっと扉が開かれ、母が顔を覗かせる。

「春日、カウンセリング、来週も行きましょう?」

 気遣うように問う声。

 春日は黙って頷く。

 安堵したように、母は表情を緩めて扉を閉めた。


 春日はそれで両親が満足するなら、カウンセリングに通うくらいかまわなかった。

 悠日が死んでから三ヶ月がたった頃、依然として春日が人形のようであることを心配した両親は春日にカウンセリングを受けさせた。

 しかし、効果は一向に得られない。

 抜け殻のように、ただぼんやりと生きるだけの日々。

 ……効果が得られないのは当たり前だった。

 春日自身が癒えることを拒んでいたのだ。

 深く抉られた心の傷は、悠日が春日の傍にいた証明。春日はその傷が疼くたびに、悠日の存在を感じることができる。悠日が向けてくれた感情をかみ締めることができる。

 傷がある限り、春日は悠日を想うことを許される。他の誰も春日が悠日に向ける想いを否定しない。

 それは双子の弟を――自分の半身を――失った悲しみだと誰もが想うかもしれない。それならそれでよかった。もう、誰かに理解してほしいとは思っていないのだから。

 春日にとっては悠日は異性としての想い人だ。知っているのは自分だけでいい。

 それでも何も知らない周囲は、悠日を想い続ける限り、『恋をしなさい』と口にすることはないだろう。

 悠日は春日の幸せを願ってくれた。

 願ってくれたことを、知っているけれど……春日の幸せは、悠日がいてこそだった。

 失ってから気づくとは、遅いにもほどがある。

 そんなバカな自分が嫌いでたまらない。



 そう過ごしていても、生理現象は正直で、なんとなく喉が乾いた気がした。

 春日は立ち上がり、静かに扉をあけた。

 悠日と過ごしたリビングの隣にあるキッチンへ歩む。

 と、声が、聞こえた。

 両親の、声だった。


『催眠療法とか、暗示があるって聞いたの。春日に試してみてはって……カウンセラーさんに勧められたわ』

『催眠療法? 暗示? で、なにを試すんだ……?』

『……悠日に関する記憶を消すとか、曖昧にさせるとか……それが無理でも、感情の変化を促すって……』

『だが、春日が治療を受け入れるか?』

『……騙してでも、連れて行くわ』


 リビングの扉の前で、春日は言葉を失う。

(……悠日を、忘れる?)

 両親が春日の心配をしての行為だと、わかっている。それまで忙しく家にいる時間が少なかった両親が、春日の帰る時間に家にいるのだ。

 わかっている。――わかっている、けれど。


(私は、悠日を忘れるなんて考えられない)

 だから、春日はキッチンへ向かう足を玄関へ向けた。

 悠日がいなくなってから、学校のためにしか外に出なくなっていたから、こうして自ら外出するのは数ヶ月ぶりだ。


 そっと外に出れば、夕日が眩しかった。


 両親が愛してくれていると、わかっていた。


 でも。


(私は――)


 最後に悠日が笑みを浮かべた姿を思い出す。

 春日が悠日を拒んだ時のこと。

 ……彼は、傷ついたように目を細め、そっと笑った。


「……痛いよ、悠日」

 痛くて痛くてたまらない。

「どうして、約束、破ったの……悠日……っ」

 最初に約束を破ったのは、春日だ。それも、彼女はわかっていた。

 涙が幾筋も流れる。

 春日は道を歩きながら、その道も悠日と歩いていた場所だと想いをめぐらす。

(悠日、悠日、悠日……っっ)

 悠日が好きだった。現在も、かわらず好きなのだ。

(愛してる。ずっとずっと昔から。ずっとずっとこれからも――)

 愛していたから悠日を拒んだ。自分の気持ちに目隠しした。

 これから未来、ずっと一緒にいられるのなら、それくらい平気だった。

 ――けれど、彼はいなくなってしまった。

 なんのために、自分の感情を偽ったのか。すべて、意味のない行為だったのか。悠日を傷つけるためだけの――自分の心を守るだけの、行為だったのか。

「悠日……好きなの……」

 彼に伝えることができなかった気持ち。――いまさらだと、彼は笑うだろうか。

 償っても償いきれないくらい、彼を傷つけた。彼に謝っても謝りきれないくらい、懺悔しなければならない。



 理由など、なんでもよかった。

 悠日に逢えるなら。


 きっと空に近づけば、悠日に逢える。

 なぜか、そう思う。


 ゆえに、春日は悠日に逢おうと――空に近づくための階段をのぼった。




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