第20話 赤い人
日曜日の朝。
俺は一人で部屋の掃除に勤しんでいた。今日はアキラ君が家に遊びに来る日。いつもならゆっくり起きる休日も、今日はすぐに目が覚めた。起きてからちっとも心が落ち着かない。
昨日、結城さんから色々と情報をもらった。
俺の前にこの家に住んでいた前田さん、その前に住んでいた笠原さん。
どちらもこの家で殺されている。
そして、ケンジさんの『三人目』という言葉。
この二つに関連があるとするならば、それの意味するところは――。
しかし、どんな形で黒崎家が関与しているかは分からない。ましてや、アキラ君が俺に危害を加えようとしていることがあるだろうか?
だから今日は、あくまでも自然に。ただの隣人だと思っていたときと同じように接した方がいいだろう。
時刻は朝10時。
昨日のうちからユウコさんにメッセージを送ってはいるのだが、未だ返信はない。何時に来るのかくらいは教えて欲しいものだが。
前回はちょうどこれくらいに来たよな……
ピンポーン。
俺の考えを見透かすように鳴ったインターホン。俺は少しだけ緊張しながら玄関に向かった。
「……はーい」
「こんにちは!」
玄関の扉を開けると、いつもと同じ無邪気な笑顔を浮かべたアキラ君が立っていた。しかし、ユウコさんやケンジさんの姿は見当たらない。
「今日は一人で来たの?」
「うん!」
「お父さんとかお母さんから何か言われなかった?」
「ううん、何にも言われなかったよ」
あの黒崎夫妻が、アキラ君を一人で、何の連絡もなしに預けることなんてあるのだろうか。隣の家だから安心ということか?
「じゃあ、とりあえず入ろっか」
「やったー!」
嬉々としてウチの中に入っていくアキラ君。そんなに楽しみにしていたのだろうか。
確かに前回の帰り際に、次はウチで遊びたいと言っていた。そして一昨日の夜、また同じことを言っていた。
そんなにウチの中が気に入ったのか、それとも、他の目的があるのか?
「今日は何時くらいに帰るの?」
「えっとね、12時まで居ていいよってママが言ってた」
大体は前に預かった時と同じ内容なのだろうか?
「それで……何して遊ぶの?」
「うーんとね、お絵描き!」
元気な返事が返ってきた。こちらとしては、はっきりとした答えが分かるのはありがたい。
お絵描きということなので、適当な紙と、色鉛筆を準備した。
「これ描いていいの?」
「いいよ、好きなだけ描いてね」
色鉛筆のケースを開いたアキラ君は、集中しながら何かを描き始めた。
色鉛筆を手に取り、紙の上に丁寧に色を載せていく。
「お絵描きは好き?」
「うん」
「何描いてるの?」
「……内緒」
相当集中しているようだ。質問を投げ掛けても短い答えしか返ってこない。これ以上話しかけると邪魔になってしまうだろう。
しばらく経つと、アキラ君が色鉛筆を手から離した。そして満足そうにそれを持ち上げている。
「完成した?」
「うん、できた! 見て〜!」
ご機嫌な様子で描いた絵を俺に手渡してくれた。
俺はその絵に目を向けた。
これは……人だろうか。それも、五人。サイズ的に大人が三人、そして子供が二人。
「これは誰なの?」
「アキラたちだよ!」
もう既に次の絵を描き始めていたアキラ君が、手を止めて俺の横にピタッと座った。
「まずはね、これがぼく、で、これがママとパパ」
指を指して一つずつ解説をしてくれる。
「じゃあ、この人は?」
俺は一人残った、もう一人の大人であろう人を指差した。
「これはね、おじさん」
「おじさん?」
「うん、パパとママと仲良かったんだって」
「そうなんだ」
親戚の誰かなのだろうか? それなら、このもう一人の子供は、誰か他の親戚の子供とかか?
「じゃあ、こっちは?」
俺は残っている子供を指差した。
「これはね、ぼくの妹!」
「妹……? アキラ君って、妹がいるの?」
「うん、そうだよ!」
突然の発言に驚きを隠せない。今まで妹さんの姿を見たことも、話を聞いたこともなかった。
実は4人家族だったということか。
「妹ちゃんってなんて名前なの?」
「えっとね、アオイ!」
「アオイ……」
俺が思わずそう呟いたのは、その名前に聞き覚えがあったからだ。
そう、結城さんの娘さんの名前も『アオイ』だった。
まぁ……偶然だろう。
「それでさ、もう一個聞いていい?」
俺の問いかけに、アキラ君は素直に頷いた。
そして、俺は、この絵を受け取ってから、一番気になっていたことを聞いた。
「なんでさ、この色にしたの?」
俺が気になっていたこと。それは、使われている色だった。絵の両端の二人、アキラ君がおじさんと妹だと言っていた二人は、たくさんの色が使われ、子供が描いたにしては、妙に細かく描かれていた。
逆に、俺が注目したのはアキラ君と黒崎夫妻だった。
この三人は、赤かった。
頭からつま先まで、全てが真っ赤に塗られていた。
もちろん、子供の描いた絵だ。ただの気まぐれかもしれない。しかし、あまりにも不自然すぎるこの絵は、俺の心に違和感を植え付けるのには十分だった。
「うーん」
俺の質問にアキラ君は少しだけ考えて答えた。
「だって……赤いんだもん」
さも平然と、当たり前のことを言い放つようにして、淡白な答えが返ってきた。
俺が納得できないでいると、アキラ君は別のお絵描きへと戻っていった。
俺は手元に残された絵を、もう一度見つめた。
赤く塗られた三人。
そして、『アオイ』という名前の小さな女の子。
俺はなぜか、その絵から目を離すことができなかった。




