第73話 その伯爵令嬢、デビュタントに衝撃を受ける
「ルモーリア王国社交界での最初の挨拶をノースフィーネ侯爵家当主、カールである。我がノースフィーネ侯爵家主催のパーティーへようこそ参られた」
ノースフィーネ侯爵家現当主、カール・ノースフィーネ侯爵。ノクス卿と呼ばれる侯爵は白い口髭と短く纏めた淡水色の髪が特徴の男性。淡水色の双眸は細く、雪の女王と呼ばれる妻、アルバ・ノースフィーネ夫人のお相手に不足なしと言われる人物。何やら色々と王国の事や貴族の事から始まって、侯爵が治めるノースフィーネ領のノクス大聖堂では、年初の聖地巡礼で今年も沢山の人が世界各地より訪れてくれたことに触れていた。あと、ルモーリア王国の社交界イベントは、初回と最後の主催だけ四大貴族の持ち回りで行われているみたい。
因みにルモーリア王国の四大貴族は、南のサウスオリーブ領を治めるアクアさんとパール婦人のサウスオリーブ公爵家に、東側を統治しているグレイシャル公爵家。西ディアス領を治める我らがソルファ様とお義父様のグランディア侯爵家、そして、今回主催を務める北のノースフィーネ侯爵家。ルモーリア国王の弟君でいらっしゃるモーリア公爵は王宮の血筋なので別枠なんだそう。ふふ、ネンネからのテストで何度も出たので此処まではわたし、完璧に覚えたもんね。
それにしても貴族の偉い人の話ってこんなに長いものなのだろうか? 四大貴族を脳内で復習しても時間が余るくらいにカール・ノースフィーネ侯爵の挨拶は長かった。妻であるアルバ・ノースフィーネ侯爵夫人はスレンダーなドレスを着て、横で凛とした佇まいをされている。まさに『取るに足らない事ですわ』って言ってそうで凄い。
「さぁ、例年ならば、社交界シーズン最初の舞踏会会場で今年デビュタントのご令嬢のための場を開催するのだが、今回はサプライズとして、このパーティーの最初にこの我が家自慢の広い白雪の広間中央にて、1曲踊って貰う事にした。さぁ、デビュタントの者による純粋かつ可憐な舞を皆で堪能するのである」
そういうと、カール・ノースフィーネ侯爵が右耳の横に両手を添えて手を叩いた。そう言えば、中央が開けた状態で席が設けられている事に多少違和感を覚えていた。中央で踊る事が出来るよう、配置をしていたみたい。ネンネが小声で『通常は会場が別ですので、珍しい光景です』とわたしに補足説明をしてくれた。
白雪の広間の中央入口、両開きの扉が開かれた。タキシードに身を包んだ男性と、純白のドレスに身を包んだ女性が入場して来る。人数にして男女数十名のペア。優雅な円舞曲の旋律が舞台の空気を包み込んでいく中、初々しい男女が会場の中央へと進んでいく。
「え? あれってポポロン?」
「ええ、一緒に踊っているのはノースフィーネ侯爵家の嫡男、ニクス・ノースフィーネ御令息ですね」
ポポロンは、チェリー・カスタード辺境伯夫人の娘さんで先日行われたパール婦人主催のお茶会で仲良くなれた子だ。そっか。今年デビュタントだったんだ。ネンネによると、雪の女王の息子さんであるニクス令息は年齢がわたしより一つ下の十六歳。社交界デビュー前からアルバ夫人主催のイベントで顔を出していた事が多く、白雪皇子という異名を持っているご令息らしい。ネンネとそんな会話をしている時だった。ネンネとは逆の隣席に座っていたソルファ様が突然わたしに聞こえる程度の音量で声を発したのは。
「なっ……どういう事だ」
「え? ソルファ様、どうしたんですか?」
「ローズ嬢、君の妹は東の果ての修道院に居るんじゃなかったのか?」
「え? それはどういう意味で……え?」
ソルファ様が向けている視線を辿っていった先を確認し、わたしの視線も釘付けになる。初々しい純白のドレスに身を包んだ女性の中に、肩を出した純白のドレスに身を包み、美しく艶やかな銀髪を髪留めで纏め、銀の髪飾りを頭に乗せた女性が淡翠色の双眸を煌めかせながら、華麗なステップで円舞曲を踊っていたのだから。しかも、デビュタントの相手はそれまで自席に座っていた筈の兄バルサーミ。慌ててゴルドー伯爵家の席を見ると、いつの間にか自席へ座っていた継母キャサリーナが実父、ゴルドー伯爵の横で扇子を仰いで不気味に微笑んでいる。そして、その女性がこちらの前を通った瞬間、わたしの背筋が凍り付きそうな程の悪寒が奔る。
バルサーミ兄の手を取り、デビュタントしていたそのご令嬢は間違いなく、わたし、アリーシェに変装したお姉様だったのだから。
「あの姿……パール婦人のお茶会の際、キャサリーナ・ゴルドー伯爵婦人のお付きとして着ていた侍女そっくりだ。もしそうならあの時のオレの読みは当たっていた事にはなるが……ローズ、まさか……あの時既に気づいていたのか?」
姉は……継母キャサリーナは……一体何を考えて、わたしの姿をこの会場に晒しているというの? だって、わたしは表に出る事は一切許されない立場で、アリーシェという存在は伯爵家に居てはいけないんでしょう? 今までずっとそう言われ続けていたのに。渦巻く疑念がわたしを包む空気を重くしていく。同時に、ソルファ様からの視線が胸を貫いて痛い。優雅な円舞曲の中に、投下されたナイフがわたしの胸を貫こうとしている。
「えっと……ごめんなさい。わたしも……どうなっているのか、分からないんです……」
頬を汗の雫が滴り落ちていく。円舞曲が奏でられる中、皆が中央で舞う男女の踊りに注目している。暫くわたしに視線を向けていたソルファ様だったけれど、溜息をついてこう言ってくれた。
「まぁいい。ローズ嬢の言っていた通りアリーシェ嬢が本当に病弱だったのであれば、今年がデビュタントでもおかしくはない話だ。疑念は後程本人に直接聞く事にしよう」
ごめんなさい、ソルファ様。このデビュタントの後、今からソルファ様が尋ねようとしている人物は、本人ではないんです。アリーシェ本人は、今あなたの眼前に座っているわたしなんです。わたしは本当はローズじゃなくて……。言ってしまえたらどんなに楽なのか? でも言ってしまうとこの華やかな世界でのわたしの生活は終わりを迎え、またあの地獄での生活に逆戻りだ。せっかくソルファ様や沢山の素敵な方々と出逢えたのに……こんなところで終わりたくない。
「ソルファ様、ローズお嬢様。そろそろ曲が終わる頃です」
「嗚呼、そうだな」
「ですわね」
円舞曲が終わり、拍手で迎え入れられるデビュタントのご令嬢達。
本来ならデビュタント向け舞踏会が開催されるところ、今回はなんとこのまま立食形式のパーティーが始まるらしい。デビュタントのご令嬢達が一旦自身のお家の席へ移動。舞台中央の踊りをしていたスペースに移動式のテーブルが登場し、料理が置かれていく。出席者へワインや飲み物が配られていき、準備が整ったところで、再びカール・ノースフィーネ侯爵がグラスを持ったまま前へ出る。
「それでは、ルモーリア王国社交界の栄華と繁栄を祝して、乾杯」
「「「乾杯!!!」」」
貴族にとって華やかで美しい、わたしにとって地獄の社交界パーティーが幕を開けた。




