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その伯爵令嬢、〝替え玉〟につき ~替え玉のわたし(妹)が侯爵に溺愛されるなんてあり得ません  作者: とんこつ毬藻
<Ⅱ.南の領主編~Scene Southolive>

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第58話 その伯爵令嬢、侍女の嘘を見抜く

 翌日、お義母様と侍女アリーへ変装したお姉様は馬車に乗って公爵家を後にした。当初、余暇を楽しむ予定だったらしいけれど、マリーナリゾートで荷物を回収した後、早々にモーリア領にある自宅へと帰還するみたい。パール婦人の前では、『こんな危ない領に留まっていては命が幾つあっても足りません』と本音を漏らしていた。それはそうよね。今回は替え玉のわたしだったけれど、娘の命が狙われた結果には変わらないもの。結局盗賊団のリンダが狙った相手は、替え玉のわたしだったのか、それとも本物のローズお姉さまだったのか? 真実は闇の中。お義母様の馬車を見送る際、ふとネンネの横顔を見ると、彼女はどこか遠く、虚空を見つめているような気がした。


 もしかするとネンネは、何かを知っているのかもしれない。以前、わたしの事を尋ねたとき、『今はまだその時ではない』って言っていたような気がする。


 見送りを終え、そのままアクア・サウスオリーブ公爵に広間へと呼び出されたわたし、ネンネ、そしてソルファ様。密偵のジウさん、スミスさんやパール婦人も同席していた。何が起こるのか見当はついていた。盗賊団の報告をするために集まったんだと。今回、お茶会に招待されたのはあくまでわたし。ソルファ様は騎士団の任務として公爵家へ訪れていたのだから。


「アクアには現場で一部報告はしている。ローズ嬢も同席してもらったのはほかでもない、君にも関係がある話だと判断したからだ」

「そう……ですわよね」


 何となく察しはついていた。自然と心音が早くなるのを感じ、胸元へ手を添える。


 闇の組織ワイルドウルフ、幹部である紅のリンダ。彼女はわたしのハーブティーへ毒を仕込んでいた。わたしは盗賊団へ狙われている……これが一体何を意味しているのか? きっとソルファ様もわたし達の事を調べるだろう。


 もし、わたしが姉の替え玉だとバレてしまったら、わたしはどうなってしまうんだろう? 此処には密偵のジウさんも居る。もうソルファ様は既にわたしの正体を知っていて、このまま騎士団の方々に捕まってしまうのではないか? そう思うと、掌に汗が滲んでしまう。


「ローズすまない。不安にさせてしまったな。どんなことがあろうと、君の事はこれからもオレが守る。そこは安心していい」

「あの……ごめんなさい。わたし、本当になぜ盗賊団に狙われたのか、分かっていなくて……話せることがないんです」


 それは本当の事だった。むしろ狙われている理由をこちらから聞きたいくらいだった。わたしの不安そうな表情を見たソルファ様は、僅かにこちらへ微笑んでくれた。そして、その場に居る全員へ向け、改めて事の顛末を話し始めた。


「現時点で分かっている事を話す。最近サウスオリーブ領で起きていた事件。盗難、誘拐、火災、強奪。そのほとんどが闇の組織ワイルドウルフが運営している盗賊団の仕業だと分かった。アジトで捕えた下っ端の一部に実行犯が居た。唯一の幹部であったリンダはオレと交戦の後、あの爆発に紛れて逃亡している。街の牢屋へ捕えているアジトのボス、ナゲットを問い詰める予定だったのだが……」

「ナゲットは今朝、牢屋で死んでいるのが見つかりました。死因は頸元のナイフの傷。見張っていた警備員は眠らされており、鍵を奪い、何者かが侵入した痕跡がありました」

「何だって?」


 そう報告したのは密偵のジウさん。ジウさんが報告した内容は初耳だったのか、これにはアクア公爵も驚いていた。どうやら、街の自警団で運営している警備員は、ベテランの騎士団レベルの強さを誇る人も居て、まさか正面から街の牢屋が破られるとは思っていなかったみたい。


「ふむ。抵抗した様子がなかったのなら、そのナゲットとか言う男はまさか口封じに消されるとは思ってなかったんでしょうなぁ~」

「はい。それに、侵入の手口が小生のような密偵と同じ手口でした。やり口からして炎で遺体を燃やすリンダとは考えにくい。どこかの密偵や暗殺部隊出身の相手が盗賊団内部に潜んでいるのかもしれません」


 なんだか、物騒な話になって来た。わたしの替え玉がどうと言っている場合ではない。だんだん話が大きくなっている気がする。


「ネンネ殿。ひとつお尋ねしてもいいでしょうか?」

「え? 私ですか?」


 ソルファ様がネンネへ尋ねる。驚いた様子を見せるネンネ……だったが、わたしには、ネンネは自分に質問が来ると分かっているような様子が窺えた。


「失礼ながら、密偵のジウに、あなた方、ゴルドー伯爵家を調べさせました。結論から申し上げます。オレがあの子爵家で目撃したローズの妹であるアリーシェ・ゴルドーに関する情報が一切出て来なかった。社交界にも毎年開かれるリファ王女誕生祭の夜会にも彼女は出席しておらず、唯一、『あの子爵家をときどき手伝っている娘』という情報しか出て来なかったんです。アリーシェとは……一体何者なんですか?」 

 

 皆がネンネに注目している。アクア公爵も、パール婦人もスミスさんもみんな。ネンネの喉が鳴る音が隣に居たわたしの耳にも入って来た。ネンネ……どうするの?


「アリーシェ・ゴルドー様は……ゴルドー伯爵の娘で間違いありません」


 一瞬、周囲の溜息が漏れ聞こえる。なんだか、わたしが詰問されているみたい。


「ネンネさん。今の答え。では、キャサリーナの実の娘ではないって事よね?」

「……パール婦人」

 

 パール婦人の言葉にみんな気づかされた。そう、ネンネは嘘を言っていない。わたしの父はグランデ・ゴルドーで間違いないのだから。パール婦人の真っ直ぐな双眸(ひとみ)の前では全てが見透かされているようで。今のパール婦人の双眸(ひとみ)にわたしは、本物のローズとして映っているんだろうか?


「いいのよネンネさん。侍女の立場もありますし、お家のご事情もあるのでしょう? ソルちゃん、あまり人様の侍女を虐めちゃだめよ? ネンネさんも、妹の事をあれこれ調べられて、ローズさんも困っているでしょう?」

「そうですね。では、オレの予想だけ述べます。ローズ嬢の様子だと、何故狙われているのか知らない様子だった。以前、本当に怖がっていた彼女の様子から察するに、彼女は嘘をついていない。では彼女が何も知らないのならば、ゴルドー家に秘密があるのでは? ……オレはそう考えたのです。ジウが調べた結果、キャサリーナがゴルドー伯爵と結婚した際、ローズ嬢とうちの騎士団に所属しているバルサーミが彼女の連れ子だと分かりました。結婚してから妹が産まれた可能性もありますが……オレはアリーシェ嬢の母親(・・)は別に居ると考えています」


 正解だ。ソルファ様はやっぱり凄い。集めた情報を基に真実へ辿り着く。わたしの替え玉もいずれ……いや、むしろもうわたしの正体をソルファ様が知っているって事は……。ソルファ様はパール婦人へ続けた。


「そして、先日お茶会へキャサリーナ殿が出席した際、後ろに控えていた侍女アリー。彼女が本物の(・・・)アリーシェであるとオレは予想しています。ワイルドウルフがローズ嬢を狙うのは、王宮騎士団・()副団長であったゴルドー伯爵が握っている何か重大な秘密を狙っているのかもしれません」


 ソルファ様が導き出した結論に、わたしは心の中で安堵していた。だって、本物のアリーシェは此処に居るのだから。まだ、ソルファ様は私が姉ローズの替え玉であるという真実へ辿り着いていないんだ。そして、同時にある疑問がわたしの中に産まれた。『ゴルドー伯爵家が何か重大な秘密を知っている』のではというソルファ様の言葉が脳裏に引っ掛かった。それは、ソルファ様の憶測でしかないのだけれど、何か核心を突いているような気がしていて……。


 この時、わたしの脳裏に浮かんだのは、記憶から抜け落ちていた実の母親の笑顔。ぼんやりしていて顔ははっきりと分からない。母の温もりなんてすっかり忘れてしまっていた。わたしの母親って……一体どんな人だったんだろう?


「ネンネ殿。貴女の立場があると知っていて難しい質問をしてしまって申し訳なかった。申し訳ない。これで、最後です。あなたはゴルドー伯爵家に仕えて長い筈だ。アリーシェ嬢の実母を貴女はご存知なのですか?」


 一瞬の沈黙。場を静寂が支配する。ネンネは僅かに下を向き、そして、眼鏡の奥に眼差しを隠した後、ソルファ様の質問に答えた。


「いえ。アリーシェ様の実母を私は存じていません」

「そうですか、ありがとうございます」


 周囲に悟られないよう自然に振る舞う見事な所作。でも、長くずっと一緒に居たから分かる。それは、口元。ほんの僅かな表情の変化。


 この時、ネンネはきっと、みんなに嘘をついていた――


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