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11:電車

寂しい揺れの収まりに、宮松は目を開いて、左手の窓を見る。終点の駅前の停留所に停止している、そして自分を除いた最後の乗客が、ボックスにお金を入れ終えて階段を下りていく後姿が見えて、宮松も勢いよく立ち上がる。

バスは宮松が降りるとすぐにアクセルを踏んで出て行った。駅の方へと、駅前の商店街の道路を歩いていく。ステレオタイプのその道は、二車線の大きめの道路に沿って、デパート、本屋、カフェ、CD屋、ホテル、そしてオフィスビルなどが連なる。その内の、個人がやっていると思われる本屋に入る。真っ先に向かったのは旅行のガイドブックなどが置いてあるコーナーで、目的の本を探し始める。とはいってもこれから行くところの浜のことは、先のインターネットで大量に調べ、プリントアウトし冊子にして持ってきている。欲しかったのは時刻表だった。

ある程度の道筋の計画は立てている。とりあえず目的の県までは、新幹線を利用して一気にむかう。しかし駅から目的の浜には、向こうの鉄道や、バスを利用しなければならなかった。時刻表もネットで調べることはできたが、宮松はあえて本屋で買うことにした。この本さえあれば、旅先でとても大切な足となる乗り物の情報を、詳細に、大量に知ることができる。

「もし仮に、これから向かう浜で、また新たな別の情報を得たなら」……と思う。そこからその手がかりを頼りに、再び別の場所へ発つことになったら、この本があればすぐに乗り物の情報を知ることができる。それは例えるなら暗闇での懐中電灯のようなもので、道を明るく照らし出してやらねば危なくて歩けないし、道さえ見えればその先がどんなに怖い未知の世界であったとしても、踏み出していく勇気が持てる。

時刻表は大小様々あったが、素直に持ち運びやすい一番小さいものを選んだ。


本屋を出ると、また道を歩き始めて、駅の改札口へと出る。新幹線に乗るためには、地方の一都市であるこの街の駅では駄目で、新幹線の通っている大きい駅まで向かう必要がある。切符を買い、自動改札をくぐる。

スーツを綺麗に着こなして静かに立っているサラリーマン、あとは学校帰りと思われる夏服の学生服を着た四人組の男女や、数人の小学生くらいの小さな子供たち二人が、それぞれ思い思いの話のネタに、時にはしゃいで騒いだり笑ったり、日常のプラットホーム。その中で一段浮いている自分の存在を、ホームの一番奥まで黙って歩いていって落ち着けた。もうすぐ長期休暇の夏休みが近いけど、大体の小学校や高校なら、まだ一学期は終わってはいない。とはいっても、だからと別に、宮松はそのことを変に気になどしていない。むしろ唯一で、最後の完全なる自由な時間が、今だから取れるのだという喜びのほうが大きく、改めて良い時期に今回の旅の日程が取れたことを幸運に思った。


そして、そこからの電車旅の記憶も、ほとんどが耳元に流れる、波と、ピアノと、声とに集約される。長い真っ直ぐな線路を、どこまでもどこまでも……しかし夢は終点で途切れてしまう。目指す海まで、一路。電車に乗って、終点、終点と繋ぎ乗っていく。一見、真っ直ぐに目的地へと下っているようでも、細切れの道を繋いで繋いで渡っていくようだ。車窓は色とりどりに、街や村や、森や林や、自然や人々の世界を、様々な景色を映していく。時折列車は海岸線に近寄り、初夏の太陽の照り返る眩しい海原を見せてくれた。この海は、自身が“見た”海とは違うけれど、そういうこととは関係なく、遠くの方へ来たという思いが強くなっていく……生まれたところには海はない。頭の中に現れている海はもっと寂しげで寒々しい。目の前には、夏らしいピカピカと光る、自然界のたくましさを感じさせる力強い海だった。

そんな絵も、日が落ちるにつれて暗さを次第に増していき、オレンジ色の燃えるような夕日が最後のともし火のように、やがて吹き消え、窓の外はほとんど暗闇に塗りつぶされる。いまや列車の中の明かりが眩しいほどで、急に興がそがれた宮松は、ポータブルプレーヤーを止め、イヤホンを鞄の中にしまいこみ、ここで初めて列車内の全体をぐるりと見回した。乗客は自分を含め、数人しかいない。


鈍行で、しかも全く名を聞かない地方の線路を走っている。大量の時間の経過を、宮松はあまり実感していない。ただめくるめく外の景色をとりとめもなく眺め、耳はイヤホンから聴こえるピアノの音しか無い。扉を開けたら見知らぬ土地にたどり着いていた……そんな感じに近い。ここにいる人たちは(自分を除いて)地元の人たちしかいないだろう。どことなく垢抜けない人々の容貌は、自分の住む街の田舎臭さとはまた違う、独特の野暮ったさを感じさせる。自分だけ、まるでそこには場違いの人間のようにも思えて、急に薄ら寂しさを覚える。けど、その何ともいえない孤独感には、全く別の感情も入り混じっていた。

それはいうなれば“勇気”というべきものか。

この旅を必ず実りあるものにするという気持ち。

知らなかった世界を知るということ。

未知の世界に進んでいくこと。

自分と外界との対比。

今、自分の魂は孤独に浮いている。そうだ、今は自身の魂を強く意識している、だから孤独感が募っていくのだ。これが、一人で旅をする、ということなのかもしれない。

自分の肉体さえ客観的に“別の存在”と感じる。その肉体の中に隠れるように包まれている、弱弱しい“魂”が、この道を行こうと……電車に飛び乗り、海へと行こうと願っているのだ。全ては、己の魂の赴くままに。

電車は、目的地、××駅へと到着する。

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