12:駅舎でまどろむ
電車を降りる時、宮松の乗っていた車両には他に一人しかいなかった。その男は腕組みをした真ん中に頭を突っ込んで、死んだように眠っていた。宮松は一人、静かに腰を上げ、軽やかなステップで扉を出る。
薄闇、月の姿は見えない、ホームの蛍光灯の白い無機質な光……その時のゾッとする冷たい感じは、はっきりと身体に沁み込んで(血肉に)記憶された。文字としては夏の初めと書くけれど、まだ時々シトシトと雨の降る日もあるこの季節だから、……無い月は、垂れ込めた雲の向こうに隠れているせいなのかもしれない。……雨雲の冷たい風が吹いているのかもしれない。ただそういった理屈を、いちいち考えるよりも先に、冷たさは素早く、鋭く全身の無数の毛穴に差し込まれる。身体の内から感じる冷たさだった。
が、その感覚は一瞬で消えている。ふと気付けばもう元の、夏の夜の少し気だるさを持った空気に戻っている。数秒にも満たないその瞬間は、さながらビデオの一時停止によって止められた時を見ているのと同じように、一瞬が数分にも引き伸ばされたのではないかとも思えるような長い瞬間であった。ゆえに宮松の意識の中に深く残されたのだった。鳥肌が立っている。
改札をくぐり(誰もいない)、待合室をくぐる。ただアスファルト・コンクリートを固めて造った広場としかいえないような、バスのロータリーが目の前にある。一応時刻表を確認してみるが、当然運転は終わっている。今日はこのまま、近くで泊まることに決めた。
しかし、幾つか考えていた案は、十数分後には全て諦める結果となる。どこかに漫画喫茶でもあれば……二十四営業のファーストフードかレストランがあれば……カプセルホテルに泊まれたら最高だ……しかし、それら全て無かった。駅前のみならず、少し歩いて路地を入ったが、民家や小さな商店らしき建物ばかりである。
唯一、駅正面のバスロータリーから真っ直ぐに行った先、突き当たり左右に伸びている丁字路のところに、眩しいくらいに光るコンビニがある。座ったり寝たりゆっくりは出来ないが、とりあえずその中に入っていった。いきなり眩しい明るいところへと来たのが、脳にどういう刺激となったのか、急に緩い粘着質の眠気が頭の中に流れ込んできた。ぼやけた意識で本棚のコーナーに寄る。特に意味も無く、道路地図か町の地図はないかと探すが、ほとんどは漫画ばかりである。
そのまま奥へと向かい、壁一面の冷蔵庫からオレンジジュースのペットボトルを取る。次いで、パンの棚に、アンパンと、ピーナッツバターが間に挟まれたコッペパンを取る。そのままレジに、会計を済ます。外に出る。そしてまた駅の前に戻る。
駅舎の壁に寄り添って、背もたれの低い木のベンチが設置されている。座り、先ほど買ったコッペパンを手に取り、袋を破る。力が入り過ぎたか、袋は縦に大きく裂けて、こぼれ落ちそうになったパンを慌てておさえる。口を大きく開けて、かぶりつく、数口で全てを食べてしまう。ジュースを半分飲み、あとは全てリュックの中にしまってしまう。
ベンチの端にリュックを置き、叩いて出来るだけなだらかに整える。体を横に倒していきベンチ全体に預け、頭をリュックの上に置く。少し居心地が悪かったので、リュックと頭の間に両手のひらを挟んで、眠る体勢を作った。
本気で眠るつもりは無い。ただ横になって、身体を休め、朝日が昇るまで待つのだった。唯一気がかりは、雨が降らないかということだった。ベンチの上には特に雨避けになるような屋根はついていない。けど、そうなったら駅舎に入ればいいだけだ。深く考えず、目をつむる。
じっとしていると、また風の冷たさを感じた。やはり、まだ梅雨が明け切っていないということかもしれない。けど、瀬戸内の気候は、温暖で、雨が少ないということは知っている。




