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八 密告

 さてシエンシアを出発した勇者一行、今度こそモントリオ伯爵領に到着した。伯爵領はのどかな領地である。田舎とまではいかないが、自然に溢れ、心が豊かになる町だ。吹き抜ける風が心地よい。


「伯爵邸はあの丘のふもとか」

 遠目でもわかる、ふもとに見える大きな屋敷を指してウィルは言った。


「突然伯爵領に行くと言うから何かと思ったら、伯爵に用があったの?」

「正確には次代伯爵、つまりご子息様だけどな」

「何のために会いに行くの?」

「……あんまり大きな声じゃあ言っちゃいけねぇよなぁ」


 うんと悩んだウィルはベラの耳元に顔を寄せ、こっそりと告げた。


「魔界への使いのかたわら、行方知らずになった王女を探してんだよ」


 王女という単語に反応したベラは、忌々しげに美しい顔を歪めた。

「王女の捜索だなんて、無益なことをするのね」

「王の命令だからな」

 王様には逆らえない。いくら破天荒な王女捜索に気が乗らないとは言え、やらないわけにはいかないのだ。


 ベラは盛大に眉をひそめている。ベラが王女を嫌悪する態度を不思議に思ったクリスは首を傾げた。

「何だい。お嬢ちゃん、王女が嫌いなのか?」

「嫌い……そう、嫌いなのかもしれないわ。王女は浅慮な人間だもの」


 クリスにとって答えは意外なものだった。冷静沈着なベラは、何事も公正な目で判断するものとばかり思っていたからだ。もちろん王女に関しても例外ではない。だが実際はベラは王女を蔑むような様子を見せた。

 女性であるのに魔界への困難な道のりさえ恐れない彼女にも関わりたくないものがあったようである。


 真っ直ぐに進めば伯爵邸である。「仕方ねぇな」クリスは後ろ頭をかいた。

「伯爵には俺とウィルが会って来る。いつもの気心の知れた王様なら構わねぇんだが、今回はお貴族様だからな。目付け役が必要だろ?」

 パチンとクリスはウィンクをした。

 普段チャラチャラした人が年上の気概を見せると、大抵は感心するものだが……いかんせん台詞の王様と貴族が逆なのでは、というツッコミがウィルの心の中に湧き出てきた。


 まだ幼いのに、ウィルとクリスと共に数々の冒険をしてきたエドでも、冒険時とは種類の違う貴族の館は緊張は耐えられないだろう。加えてベラは王女嫌いと判明した。色々な気遣いのもと、伯爵邸に行くことに乗り気でないエドとベラの二人が今回の留守番係りとなった。



 ウィルとクリスの二人を見送った後で、エドはベラのことを見上げた。

「ベラはどうして王女が嫌いなの?」

 エドにとってベラは賢い人である。そしてその評価は間違いでない。賢い人が嫌悪を露にするには何か事情があるのだと、エドの盗賊としての鋭い直感が告げていた。


「エドは王女が好き?」

「あんまり」

「それはどうして?」


 周りの人間の評価が悪いから。幼いエドにとって判断基準は周りの評価から得るしかなかった。たとえ周りに流されようが、エドはそうするしかないのだ。


「わたしも同じよ」

「ベラも?」

「ええ。第一王女は国民にとっていい王族ではないの。わたしにとっては、それだけで侮蔑の対象だわ」


 本当に、ベラは王女を嫌っているようだ。それも相当。

 ただ周りの評価がそうだから、自分も嫌っているとの回答はエドには納得しがたいものだった。答えたくないのだろうか? ならば追及はしない方がいいだろうと、またもエドの直感が告げた。


「二人を待っている間、どこかでお茶でもしましょうか?」

 聖都カテドラルでは結局、ウィルを待つ時間はクリスの酒飲みに付き合わされたのだ。しかし今、その問題の人物はここにはいない。エドに提案を断る理由はなかった。


「ベラの好きなところでいいよ」

「あら、紳士ね。でもだめよ。いつもだらしない大人に付き合っているエドにご褒美をあげたいんだから」


 ウィルはベラの言葉がキツいだ何だとよく言うが、ベラは優しい人だ。悪いことは悪いと指摘し、良いことをした時はこのように褒美をくれるような人である。


 もしも自分に親か、それに準ずる姉がいればこんな感じなのだろうか?

 家族に恵まれなかったエドだが、不満は全くなかった。今はこうしてベラが傍にいてくれているし、すでにだらしない父親のような、兄のような人物達も存在する。

 自分はなんて幸福なのだろう。無表情の下でそんなことをエドは考えた。


「なら、リンゴのジュースが飲みたい」

「いいわよ。ついでに二人には内緒で、ちょっと高いご飯も食べてしまいましょう?」

 いつも世話を焼いている自分達へのご褒美よ。ベラは言った。「賛成」その場に反対する者はなく、多数決の原理で時間の潰し方が決定した。



 ***



「こらまたご立派なお屋敷で」

 庶民の自分にゃ一生かかっても手に入んない家だな。クリスは言った。


 モントリオ伯爵の邸宅は地位に相応しく広大であった。門を入っても数分間歩き続かなければ邸宅に辿り着かない屋敷は一つの公園と言ってもいいだろう。

 ようやく到着した屋敷は首をぐるりと動かさないと眺められない大きさで、貴族の権力がありありと伝わってくる。


 ウィルがノッカーを打ちつけようとした。が、その前に、扉が内側から勝手に開いた。驚きに目を見開くウィルとクリスの前には腰を丁寧に折っている老齢の男がいた。歳を感じさせるが、佇まいはしゃんとしている。


「ようこそいらっしゃいました、勇者様。宰相殿よりお話は伺っております。僭越ながら家令の私めが客間へご案内します。どうぞ」

 家令に連れられて足を踏み入れた屋敷内は、王城を見慣れているとはいえ、数多あまたの高級品にウィルは目が眩んだ。絢爛豪華とはまさにこのこと。

 勇者という権力に近しい存在であるけれど、ウィルは庶民の出である。数々の宝に興奮するよりも前に誤って壊さぬよう恐怖が先立った。初めて登城した時のことを思い出す。あの時も今と同じような畏れを感じていた。庶民独特の感覚だろう。


 通された客間で、ウィルはがちごちに固まっていた。一方のクリスは珍しいものを見たと部屋の隅から隅まで目を通している。この時ばかりはウィルはクリスの不真面目さが羨ましかった。


 コンコンとノック音が響いた。ウィルは少し跳ね上がった。王や魔物と対峙する時はこんなに緊張しないのに。自分がひどく間抜けにウィルは思えた。


 入室してきたのはウィルより少し年上か、もしくは同じほどの男性だった。漂う高貴な雰囲気から、彼が伯爵子息のようだ。

「お待たせして申し訳ありません」

「いえ。お時間を取らせていただき、ありがとうございます」

 ウィルは慌てて立ち上がり、伯爵子息と握手を交わした。クリスもウィルに続く。

「当家の長男、クレト・デ・モントリオです。どうぞお掛けになってください」

 促されるまま、ウィルは姿勢を正して再び腰を下ろした。


「イサベル王女の話をお望みと伺いました」

「はい。失礼ですが王女はこちらに?」

「いえ、今回はいらしておりませんよ」


「無駄足を踏んだな……」ぼそりとクリスが呟いた。ウィルが失礼な口を閉ざさせるためにその足を踏み付ける。い゛っ、と不格好な悲鳴がクリスの口から漏れた。

 一連を見ていたクレトは上品に、けれど愉快そうに笑った。


「お時間さえ頂ければ王女の話でもいたしましょうか?」

「ご迷惑でなければ、ぜひ」


 わざわざ伯爵邸にまでやって来て、何の収穫もなかったとすれば本当に無駄足になってしまう。何より収穫がなければ、毒舌お嬢様の容赦ない口撃が来ることは間違いなしだ。

 ウィルの胸中を知るはずもないクレトは口を開いた。


「お二人の中での王女の印象はどのようなものですか?」

「印象。イメージ、ねぇ。行っちゃあ悪いが、まあ……」

「悪評高い、ですか?」

 そうだ、と躊躇いながらウィルはクリスに同意するために頷いた。

 我儘、悪徳、愚鈍。市井に暮らすものならば十人中九人はいずれかを、またはそれに準ずるものを口にするだろう。王族の批判は不敬にあたるというのに、貴族であるクレトは全く気を害することなく微笑した。


「そうでしょうね。舞踏会やお茶会に出席しても、挨拶を簡単に済ませ、後はあしらうばかりですし。それ以外は引きこもって何をしているのかわからない」

「金遣いが荒いやら、男連れ込んでるやら」

「その男とは私のことでしょうね」

 よく話し相手になっていますし。はははとクレトは笑った。

 クレトを話し相手として王女が召喚し、自らの部屋か、あるいは庭で談笑する。確かに偏見な目を持っていると、連れ込むと表現してしまうだろう。どうやら男を連れ込んでいる、という噂はデマらしいことが発覚した。


「少し楽にしても構いませんか? 堅苦しい口調はまどろっこしいのです」

「構やしねぇよ。俺がもうこんなんだしな」

 ウィルはクリスの太股を抓り上げた。

「じゃあお言葉に甘えて。そっちも気楽に」

「……なら、ここだけってことで」

 それがいい、とクレトは砕けて笑った。結構よく笑う人物である。しかしウィル達にとってはかえってそちらの方が気が楽でいい。


「正直なところ、噂は半分当たってて、半分外れ、みたいな感じだ」

 クレトの口調は大分崩れた。こちらの方が話しやすい。


「半分当たりで、半分外れ?」

「火のないところに煙は何とやらと言うだろ?」

 そういう噂の元になることがあったってことだ。クレトは続ける。

「国王や皇太子は、ちょっとばかし愉快な人達だが、それでも国を治めるに相応しい人物であることに違いはない。だから王女は二人の陰に隠れちまってる。悪評も、その逆の名声も二人の前には霞んじまう」

「ほんと、あのふざけたおっさんでも賢王なんて呼ばれてるんだから不思議だよなぁ」


 再三述べているとおり、エルグランド王国は大国である。そんな国を治める人とあれば並大抵な人物でないことは明白だ。絶大な権力と、それを確立する多くの支持。そして人を治めるに相応しい努力と才能。ふざけたおっさんも一王族としてそれらを示し、国王としての立場を維持している。

 だから王女の評価は目立たず、悪評は民衆の懸念になり得ない。国王と皇太子という保険があるからだ。


 ウィルはクレトの考えに感心した。

「よくそこまで分析できるなぁ」

「外交とか、そういうのに興味があるんだ」

 外交関係の議論ならいくらでもできるぜ。クレトは得意気に胸を張った。


 外交とは難しいものなんだな、とウィルは感想を抱く。噂話をこまめに耳に入れ、原因と結果と、いくつもの因果関係を脳で処理しなければならない。直進的な自分にはできそうにないことだと思った。


 ふと、クレトは真剣な顔を見せた。

「現国王と、次代国王。国民はこの二人に任せれば将来は安泰だと信頼し切っている。この国は民主寄りであるとは言え、王制が根強く残っているからだ。その二人をどうにかしようと目論むために使うのは何だと思う?」

「傀儡。イサベル王女のことだな」

 そう、とクレトは頷いた。

「無能だの、ただの我儘娘だの、色々叩かれてはいるが、それでも一国の王女。無能なら傀儡にするにはもってこいってわけだ」


 傀儡の王を使えば、操り手である貴族は国を思うがままにできる。自分は私腹を肥やし、勝手し放題で、宮中を牛耳ることもできる。自らが危険に晒されれば王女一人に責任を押し付けることも可能だ。

 それが今の第一王女を取り巻く現状である。城下でも陰で流れている噂だ。


 話の雲行きが怪しくなってきた。クレトはさらに声を潜めた。

「実はここだけの話、貴族の中で不穏な動きがある」

「不穏って、つまり……」

「クーデターだ」


 ――国家転覆計画である。


「反魔族派の勢力が、最近になってまた強まってきたんだ。貴族達は今、腹の探り合いでてんてこ舞いだ」

「おいおい……一大事じゃねぇか」


 クリスの額に冷や汗が流れた。


 親魔族派と反魔族派。万が一親魔派が破れれば、過激な反魔派は必ず国内から魔族を追放する。十年前の暴動の再来だ。

 そして最も恐るべき事態は、魔界との戦争である。正義の名のもとに、過去のおぞましい過ちが繰り返されることになる。それだけは絶対に避けなければならない。


「だから今、シュバルツハイデに国王は反魔族派でないことを示すために、勇者が使わされたってわけだ」

 一国の勇者に、外交に関して命を下せるのはまつりごとの頂点に座するその国の王のみである。すなわち、勇者の意向は国王の意向に直結するということだ。


「それに王宮までも危険な今、王女に帰られると逆に危険なんだよ」

「なら、それこそ『勇者』が飛び火する前に火種を消せば」

「だめだ」

 クレトはウィルの考えを即却下した。


「外交ってのはかなり難しいもんなんだ。火消しは俺達貴族にもできるが、人族と魔族の橋渡し役は勇者にしかできない。逆を言えば現状外交を勇者に丸投げしてんだよ。シュバルツハイデの魔王も賢明な方だと聞くから、話自体は簡単に通じていただけるだろうが、今回の使いはかなり重要なもんだ。だから王女探しは王女の身の安全のためにも、国のためにも二の次の方がいい」


 むしろ火消しが終わるまで王女にはこのまま身を隠していてもらった方が好都合なのだ。下手に今帰られると、焦った貴族が先走りするかもしれない。慎重な行動こそが重要だ。


 最後まで聞き終えたウィルは脱力し、背もたれに体を預けた。ドクドクと、心臓が嫌な音を立てている。

「クーデターの噂とか、全く知らなかった」

「そりゃそうだ。俺達が必死に揉み消してんだからな」

 むしろ知っていたなら俺達貴族の苦労はどうなる。クレトは笑った。


「王女はこのことを知ってて失踪したのか?」

「さあ、どうだろうな? 聞いてると思うが、王女の遠出はこれが初めてじゃないからな。気づいたらいなくなってて、いつもひょっこり帰ってきてたんだ」

 だから何とも言えない。クレトはそう言った。


 最後に彼は釘を指す。

「もちろんこのことは他言無用で」

「わかってる……」

 ウィルには頷く以外の行動が取れなかった。




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