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七 錬金術師

 カテドラルに宿泊の予定はないので、それぞれ用事を済ませた勇者一行は合流後、すぐに町を発った。


「有益な情報提供先を掴んだぞ」合流するといの一番にウィルは胸を張ってそう言った。

「国境へ向かう前にモントリオ伯爵領に立ち寄ることになった。ということで次の目的地はモントリオ伯爵領だ」

「モントリオ伯爵領? ならその前に行くべきところがあるわ」

 自信満々で言い切ったのに、ウィルはまたまた優秀な魔法剣士殿にその鼻を折られた。


 どこまで、一体どこまでこの魔法剣士は自分をこけにしたいのだ! 自分はまがりなりにも勇者だ。パーティーのリーダーと言っても差し支えないはずである。それなのに!

 ウィルは地団駄を踏みたかった。残念な男である。


「次はどんな町?」

 エドは普段は色を灯さない瞳を好奇心に染め上げてベラに尋ねた。

 頼りにしてきた男二人は様々な世界を見せてくれたが、ベラはまた違うものを教えてくれる。エドの中でベラの好感度は右肩上がりだった。


「この先っつうと……」クリスは脳内に地図を浮かべた。だがその前にベラが回答した。


「学問と研究の都市、シエンシアよ」



 大陸一豊かな国、エルグランドはすなわち、大陸一学問、研究、技術も発達しているということだ。先進国エルグランドの中でも特に最先端を築いている町がこのシエンシアである。


 町の一部になっている機械、店先で売られている魔法薬、とにかく古い歴史があるとわかる謎の像。町の異名に相応しく、学問で発展しているとわかる町だ。

 行商人の品物は王都にあるものと一味違う。何に使うのかわからない実験器具や不思議な置物なども、とにかく町は摩訶不思議なものに溢れていた。キラキラと輝く町はそれだけで魅力的だった。

 田舎の者は、自分は未来に来てしまったのだろうかと錯覚してしまうだろう。現に今、田舎者代表者のウィルはきょろきょろと視線をせわしなくさせている。


「すっげぇ……オレなんか通信鏡だけでも仰天ものなのに」

「科学は日々、進歩しているわ。通信鏡を超える発明品もきっとすぐ出てくるでしょうね」

「あの通信鏡を超えるもんが!」

 学のないウィルには想像がつかない未来である。


 ウィルは並ぶ品物に対し興味津々にショーウィンドウに張り付いた。

「これは何だ!?」

「通信鏡がバージョンアップしたものの試作型ね。鏡ではなく、画面媒体に映像を映し出すタイプのものみたい」

「なんだそれすっげぇ! ベラ! これは!?」

「それは魔力増幅装置で、魔法具の出力を上げる機器よ」

 ウィルの興奮の波が止まることはなかった。この町にあるもの全てを物色したいとうずうずしている。が、

「恥ずかしいから止めてちょうだい」

 ベラの一言により撃沈したが。今日も彼女の毒舌は好調のようだ。


「目新しいもんばっかだが、ウィルの言うモントリオ伯爵領の前に寄り道するたぁ、この町に何の用があるんだい?」

 店先に並ぶ怪しい小瓶を手に取って眺めようとしていたエドの首根っこを掴みながら、クリスはベラに尋ねた。


「旅をするのに必要な物を買いに来たの」

「買い物、ねぇ」


 旅の支度は十二分に備えておかねばならないが、荷が多すぎるというのも困りものだ。ベラもそのことは承知しているはずである。つまりそれでもなお必要なものを求めに来たというわけだ。


 半ば強引に立ち寄った町である。

「野暮用は早く終わらせましょうか」

 目的地に向け、ベラは町の商品に目もくれず道を進んだ。そんな彼女の背中を男三人組が追いかける。まるで貴族の買い物と、そのお付きの護衛である。


 この町にはよく来るのか、ベラの足取りに迷いはない。入り組んだ路地もすいすいと進んでいく。

 やがてベラはある一軒の家の前で立ち止まった。買い物と言ったので、てっきり店に行くと思ったのに。間違えているのでは、とウィルはベラの横顔を窺ったが、彼女はいつもの澄まし顔のままである。どうやら間違いではないらしい。


 ベラがチャイムらしき紐を引っ張ると、家の中から外にまで響くベルの音が鳴り響いた。その音量は近所迷惑になりかねない。

 男達が反射的に耳を塞いでいる間に、ベラは気負いなく玄関を開けた。


「突然お邪魔してごめんなさい。ニコラ、いる?」


 勝手知ったるというように、ベラは声を掛けながら家の中へ入っていった。男衆は置いていかれまいと慌てて彼女についていく。


 ベラがとある部屋の扉を開けると、そこは散々たる有り様だった。多くの本が散乱し、かろうじて空いた机のスペースではフラスコが煙を立てている。どうやらここは研究室のようだ。


「ニコラ。わたし、ベラよ。いるかしら?」

 ベラが奥に向かって呼びかけると、もぞもぞと本の山が動いたかと思えば、その中から一人の男が現れた。

 男は目を細めながら、ぼさぼさの髪をかきむしった。ずれた眼鏡を正しい位置に直し、レンズの奥の瞳がベラの姿を認めた途端、その顔がぱあと輝いた。


「これはこれは。誰かと思えば、私のお友達ではないですか! 随分と久しい!」

「こんにちは、ニコラ。元気そうで何よりだわ」

 にこにこと笑う男とベラは握手と抱擁を交わした。どうやら二人は旧知の仲であるようだ。

 ぽかんとしているウィル達に向かい、ベラは男を紹介した。


「紹介するわ。彼はニコラ。ニコラはこの町、いえ国一番の錬金術師なの」

「いえいえそんな……」

 称賛交じりの紹介に、ニコラという男は照れ臭そうに頬をかいた。


 錬金術師というのは、一言で簡潔にいうと研究者である。厳密に説明すると五大元素やら物質構成の話やら色々と絡むのだが……彼は手広い研究をする人間なので研究者と称しても何ら問題ない。


「この町にあるようなものの発明を?」

「そうですね。一番の研究テーマは賢者の石でしてね。中々上手くいかないものです」

「賢者の石?」聞き慣れない単語にウィルが尋ねた。

「簡単に言うと、あらゆる物質を金に変えたり、病気を治したりできる万能の石のことです」

 世の錬金術師が追い求める頂きである。この研究が成功した日には世界はまた一歩、大きく前進するだろう。

 そして金、との言葉にエドの目が輝いた。金品が好きな者には宝などという言葉に収まりきらない代物だ。


「こりゃまたすごい研究をしてるみてぇだが、こんな青臭ぇのが国一番ねぇ……」

「よく言われます。はっはははは!」

 クリスの疑うような目を、ニコラは笑って受け流した。一見侮辱ともとれる言葉を本人はさらりと避け、代わりにベラが首を傾げた。


「ニコラは童顔だから若く見られがちだけど、多分クリスよりずっと年上よ?」

「はぁ!?」

「気付けば四十路に突入で、困ったものです」


 どう見ても二十代にしか見えないこの男は、パーティー内で一番年上のクリスより老けているらしい。

 世の中は大分発達していたらしい。学問の方面でも、若作りの方面でも。


「ちなみにクリスっていくつなの?」

「俺ぁ二十九だ……」

 クリスと自分とは一回り近く離れているのか、とベラは感想を言った。ついでにクリスとニコラでも一回り近く離れている。見た目とは当てにならない。世の中は不思議なものね。ベラは言った。



「それで私のお友達。今日はどんな用があって来たのですか?」


 ニコラの問いにベラはそうそうと手を合わせた。

「コンパスを売って欲しいの」

「コンパスをですか?」

 またもやウィルの知らない単語が出てきた。どうやらベラの目当ての品はその「コンパス」とやらだったらしい。


 ニコラはどこにやったかと考えながら奥に引っ込んで行った。部屋の中の物をひっくり返して探しているのだろう、ガッチャンゴトンという音が絶えず響いてくる。

「……大丈夫なのか?」

「大丈夫よ」

 根拠もないはずなのにベラはきっぱりとウィルに言い切った。


「ああ! ありましたありました!」喜びの声を上げたニコラは何かを手に戻って来た。


 円盤の上に針が吊られている「コンパス」というものをウィルは好奇心旺盛にまじまじと観察した。透明なカバーで覆われている。好奇心に駆られたウィルは、ツンツンとそのカバーをつついた。振動で針が揺れた。

 ニコラがくいと眼鏡を上げた。


「これは私の研究の途中で発見したものでして。羅針盤を改良した物です」


 羅針盤とは方角を知るために用いる道具だ。主に海上で使う。海を渡った経験のあるウィルは、羅針盤というワードには聞き覚えがあった。確かに針は一定の方向を指し示している。

 あの大きな羅針盤がこんなにコンパクトになるなんて。科学とはすごいものだとウィルは感心した。


「コンパス、あるいは方位磁針とも言います。通常方位磁針は樹海などでは針が狂って使い物にならなくなるのですが、これは魔法を応用して、ある程度までなら正常に動くようになっています」

 それでもまだ完璧な物とは言えないのですけど、とニコラは言った。


「これがあれば旅がもっと楽になるわ」

 地図を当てにしても、方角がわからなくて道に迷っては話にならない。太陽を目安にしようにも限度がある。ベラの考えは名案だった。「なるほど。こりゃ確かに必要だ」クリスは深く納得した。


「いくら払えばいいかしら?」

「いえいえ。私のお友達からお代は頂けませんよ。どうしてもと言うのなら、新しいお仲間とどちらへ行かれるのか教えてくだされば。それがお代ということで」

 興味深い話は研究意欲のエネルギーとなる。お金では買えないものもある。だからそれで手を打ちましょう。にこにこと笑いながらニコラは言った。


「なんだか申し訳ないけれど、ニコラがそれでいいと言うのなら。シュバルツハイデに行くの」

「なんと! ということは彼は勇者でしたか。ああ、確かに聖剣をお持ちでいらっしゃる。お会いできて光栄です、勇者殿」

「いや、オレはそんな大した人間じゃあ……」


 感心し、握手を求めるニコラにウィルは恥ずかしくなった。自分よりニコラの方が余程世に尽くしているように思えたからだ。多くの発明を成し、世のため人のために貢献するニコラは立派と称する他ない。それに対しまだまだ自分は未熟者だ。それなのに何をいい気になって……。


 そんなウィルの内面を見透かしたのか、ニコラはやんわりと笑った。


「世の中にはその人にしかできない役割というものがあります。私の場合は学問、ウィル殿の場合は勇者。どちらが優れているかを比べることはできません。どちらも同じほど大切だからです。ウィル殿は大した人間でないことはありません。恐れることなく、自信を持ってください」


 笑いながら諭す言葉は何の抵抗もなくウィルに染み込んでいった。学校の先生が大切な道徳の授業をしてくれている時のような感じだ。すっと、自然に言葉が入り込んできた。

 柔らかいのに、しかし力強い励ましに「はい」とウィルはしっかりと頷いた。


「どうか安全な旅を。そしてまたシエンシアを訪れた際はどうぞいらしてください」

「また来ます。ぜひ」


 ニコラの手を、ウィルは強く握り返した。




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