二十八 断罪
空気を震わせるベラの命令により、敵兵は戦意を失い武器を落とした。
「お、王女様!? ひぇええええ!」
マルガレーテが間抜けな悲鳴を上げた。味方から情けない声が上がることは相手の士気を上げる要因にもなりかねないが、今回に限りそれは有利に働いた。
敵兵達はベラに目を止め、一歩二歩と後ずさった。
「な、なぜ王女がここに……」
「わたくしが、どこで、何をしていようが、わたくしの自由でしょう」
ベラは故意に一言一言を区切って、脅しをかけるように話した。
噂によると自室で悠然と贅沢を尽くす王女のはずだ。こんなところで勇ましく立ち向かってくる人物ではないはずだ。それなのになぜこのような場所で、自分達の前に立ちはだかっているのか。兵達には何が何だか理解できなかった。
「王女ってなに?」
まだ知識の浅いザムルはいたって無邪気にクリスに尋ねた。
「この国で上から数えた方が早いくらい偉い人のことだよ。……逆らっちゃいけないくらいの、な」
クリスはわざと脅すために言葉を選んで言った。それが余計兵達を怯えさせた。
ベラは崖に追い詰められた獲物の喉笛に食らいつく猛獣がごとく聖騎士に近寄った。
「問題なのはわたくしがここにいることではなく、あなた達がこの城で何をしていたか、ではなくて?」
ベラの瞳は明らかに聖騎士に罪を問うていた。彼女に圧倒された兵達は口を開くことさえできない。
「もう一度言うわ。道を開けなさい。王族に刃を向けることがどういう意味か、わからないとは言わせないわ」
ベラはレイピアを彼らに向けた。そこで兵達は気をやっている場合ではないとやっと思い出せた。
「わたくしの道を阻むのであれば、国の民であろうと、わたくしは切り捨てることを躊躇わなくてよ」
人の上に立つ威厳。王族だ。兵達は直感した。
謀らずも道を開けてしまった聖騎士を尻目に、ベラ達は真正面から堂々と王城に乗り込んだ。
城に乗り込んでから、絢爛豪華な装飾品が並ぶ廊下にて敵兵と出くわすことはなかった。
先陣を切って進むベラは堂々と歩んでいた。いや、王女となれば必要不可欠な品格から来るものであろう。真っ直ぐに敵将に向かうベラの足に迷いはなかった。
先頭を歩いていたベラがふと足を止め、僅か顔を俯けた。自然後列も止まることになる。
ほんの数秒であったが、静寂が廊下を包んだ。
「……ごめんなさい。みんなを騙していたつもりではないの。ただ、ただわたしは……」
「いいさ」
最後まで台詞を聞くことなくウィルは即答した。
「ベラはベラだろ? ベラがベラじゃないのだとしたら、今までオレ達が一緒に旅してきた女の子は誰なんだよ」
ベラの足取りのように、ウィルの言葉に迷いはなかった。そしてそれは他の仲間も同じだった。
「……ありがとう」
ベラは目に浮かんだ涙を拭って微笑んだ。はにかむベラはやはり誰をも籠絡するほど魅力的だった。
たおやかなベラの佇まいを見て、クリスが顎に手を当てて考えた。
「男好きで贅沢好きな傲慢なお姫サマ、ね」
「……それは噂話のこと?」
噂話はベラ本人の耳にも入っている。汚名以外の何物でもないが、ベラはそれを否定する気はなかった。
ベラが怒るはずがないとわかっていて、クリスは首を横に振った。
「いいや。ある人から聞いたことさ」
クレト・デ・モントリオはエルグランド王国モントリオ伯爵家の嫡男である。彼は十分な家柄と適当な年齢から、幼年の頃より王子、王女の話し相手として城に召し上げられていた。
公子二人とは幼なじみのような間柄である。もし二人が危険に晒されるようなこと――今回のようなクーデターなどが起これば、彼自らが指揮を取って反乱制圧を行うことは、当然と言ってよい事柄だった。
たびたび城を訪問するクレトの顔は近衛兵達によく顔が知れていた。そのため彼の指揮は通りやすく、城奪還も不可能でなかった。
さしあたり王族の安全を確保しなければならないが、敵陣内からどのようにして攻めていくべきか、クレトは作戦を立てている最中だった。
カツカツカツと苛立ちをよく表す靴音がクレトに近付いてきた。近衛兵はクレトを護衛しようとしたが、クレトがそれを手で制した。
高圧的な靴音を立てていた張本人が現れると、挨拶をする間もなくその人はクレトの襟を掴み上げた。
「クレト・デ・モントリオ。あなたね……わたしの仲間に変なことを吹き込んだのは!」
「で、殿下。ご無事で……」
クレトは両手を軽く上げて降参のポーズを取った。
行方知らずとなっていた王女(それも粗末な旅人の装いで)の登場に、クレトはともかく近衛兵は呆気に取られた。
王女がこの上なく憤慨している理由にクレトは心当たりがある。王女の後を追ってきた仲間が目に入り、クレトは答えを確信した。
「ご無事で、ではないわ! あなたはいつもいらないことばかり言って……クビよクビ! 爵位剥奪よ!」
「いくら殿下でも爵位の剥奪までは……」
ガクガクとクレトの頭を振って放り出したベラは尊大に腕を組んで言った。
「あら。わたくしを誰だと思っているの? この国の王女よ。わたくしの言葉は絶対なの」
フン、と鼻を鳴らすベラの姿はある意味噂と違っていない王女の姿だった。
「お、おう! ウィルじゃないか。いいタイミングで国に戻ってくれたな」
わざとらしくクレトは合流したウィルの傍に寄った。
「あれが噂の傲慢王女さ」
「クレト!」
冷静沈着なベラを、あるいは王家の一員である王女を手のひらの上で転がすクレトは、いっそ勇敢といってもいいかもしれない。
冷静さを取り戻すことを理性に訴えられたベラはフーフーとネコのように荒立てていた息を落ち着かせ、逆立っていた毛を宥めた。
「お久しぶりです、私の友達、そしてウィル殿」
その穏和で優しげな声は、と一行がそちらに目を向けると予想通り国一番の錬金術師の姿があった。
ニコラの姿を視界に入れると、ベラは先の不機嫌が嘘のように顔をほころばせた。
「ニコラ! どうしてここに?」
「私の発明がお役に立てると伺って参りました」
「発明?」
ええ、とニコラは頷いてからあるカメラを持ち出した。
「国中の窓ガラスに映るよう接続しています。世論操作はさせませんよ」
通信鏡のグレードアップバージョンです。発明者であるニコラは胸を張って言った。
現状を国民全員にリアルタイムで知らせるとなると、この中で最も影響力を持っているベラ自らの手で悪評を払拭するという策になるわけだ。ウィルはベラの顔色を窺ったが、ベラは何とも言えない表情をしていた。
偵察に行っていたらしい兵がクレトに近づき耳打ちした。
「敵大将は謁見の間にて陛下を捕らえている模様です」
ベラの回答はなかった。その場にいる全員が視線でベラに答えを求めた。
「殿下。もういいでしょう。そろそろ無能の汚名を返上してやろうぜ」
次に顔を上げたベラの瞳には覚悟の炎が灯っていた。
***
「エルグランド王国の民よ、エルグランド王国第一王女イサベルの声を聞きなさい」
廊下を闊歩するベラの後を仲間達が追い、それをニコラがカメラを持って撮影していた。
身分ある者の服装ではないが、ベラの振舞いには凛とした趣に溢れていた。傲慢王女としか知られていなくとも、今のベラは立派な王族だった。
「今王都で暴動が起こっていることを、もう誰の耳にも届いていることでしょう。嘆かわしいことだわ。……しかし、わたくしはあなた達がこの国に生まれた以上、この国の誰もにも自らで考え、自らの答えを出して欲しい。何が正しく、何に立ち向かうべきなのかを」
ベラの言葉には彼女の嘆きや怒り、後悔など様々な感情がごちゃまぜに含まれていた。はっきりと民に問う言葉は聞く者全ての胸を打った。
「自分と違うものは恐ろしい。しかしみなにその恐ろしさを乗り越えて欲しい。その先にもっと素晴らしい幸福があるとわたくしは確信している」
派手なパフォーマンスのため、前方よりぞろぞろと聖騎士が妨害に来た。
ウィルが一番前で剣を構え、マルガレーテが弓を引き、クリスがロザリオを握り締めて呪文の準備をし、エドとザムルが相手の出方を警戒した。勇者の一行として彼らは取るべき行動を定めていた。
「どきなさい。勇者はこの第一王女イサベルに従う。崇めるべき勇者がわたしに従う様を見て、なお革命の旗を振りかざすのであれば、剣を向けよ!」
ベラの怒号はよく力を持つ。確実な戦意を持っていた聖騎士達は剣を落としかけた。
しかしここにやって来たのは敵対意識の強い騎士ばかりである。気圧されたとはいうものの、退く様子は見せなかった。
「馬鹿正直に剣を向けてきたやつは切って捨てて構わん。殿下をお守りせよ!」
クレトの号令により抗争が始まった。争いの場を一行は潜り抜ける。剣が衝突する音が多数響いたが、一行は足を止めることなく走った。
聖騎士達に足止めされた場所から謁見の間まで、長い距離ではなかった。物陰に潜んでいた兵を切り伏せながら、一行は間の前に到着した。この先にクーデターの首謀者がいる。
一行の護衛として付き従っていた近衛兵が謁見の間の扉を大胆に開けた。広間には縛られ、床に転がされている国王とそれを見下す男の姿があった。
「総大司教……」
慈悲の心で人々を救うはずの彼が、こんな馬鹿なことを企んだ首謀者だとは。ウィルは軽く失望した。
広間にはニコラは映像をつなげていなかったのだろう。総大司教はベラの姿を見つけて、目に見えるほどに狼狽した。
「これは一体何の騒ぎかしら?」
「ひ、姫様! い、いえ、決して姫様のお耳に入れなさるようなことでは……」
「何の騒ぎか、とわたくしは聞いているのよ」
当然総大司教に答えることができるわけがない。
この場にいたのは総大司教と国王だけではない。反乱軍に助力した貴族当主、あるいはその遣いの者が集まっている。高い家柄の者ならばベラが王女本人と識別できたことだろう。悪評だらけの王女の気丈な振舞いに、その者達の心情は驚愕と畏怖に染まった。
恐るるに足りないと判断し、傀儡にしてしまおうと企んだ無能の王女に、この場の反乱軍は恐れをなした。
「国に仇なすどころか、民を害する愚か者が! わたくしが何も知らぬと思うておるのか!」
ベラの一喝は部屋を震わせた。
この方を無能と蔑んだのは誰だ。貴族然ならぬ王族然としている彼女は正しく一国の王女である。この先に待つ未来は厳格な処罰しかない。反乱軍の反論の声は全くとして上がらなかった。
「総大司教。わたくしはヨシュアのことを、ラクルースの悲劇を忘れてはしないわ」
ラクルースとは暴動で滅ぼされた、クリスの故郷の村の名前だ。クリスは驚いた、というよりやはりと言いたげな目をベラに向けた。
「ラクルース……なぜ姫様がそんな辺境の地を。まさか……!」
「全てそなたの仕業だと、わたくしは知っている。けれどわたくしは今まで知らぬふりを通してきた。なぜだかわかる?」
総大司教はベラの問いに答えられない。わかっていてベラは続けた。
「わたくしも、かつては総大司教のように魔族を根絶やしにしようと考えていた。しかしわたくしがそうだったように、いつかそなたが考えを改めるのではと期待していた。……だが、そなたは最後まで愚かだったようね」
王女は冷たく非難した。瞳は失望の色を宿している。ベラだけではない。一行の誰もが反乱軍の所業を認めていなかった。
上からの目線に、ギリと総大司教は唇を噛んだ。
「愚かなのは姫様の方ですぞ! 人間こそが神に選ばれた崇高なる存在! なのに、なのに魔族などという邪な存在と対等であろうなどと! しかも半人半魔なぞを勇者に奉るなど!」
「本当に邪悪であるのは、わかり合おうとも、理解しようともしない、その醜い心。侵略の時代はとうの昔に終わった。そなたの考えはもはや悪でしかない」
反魔族派の意見にベラは淀みなく反論した。
仇を見つめるベラの瞳の先には、かつての自分がいた。
「総大司教。そしてそれに与した反乱軍。わたくしの名において、そなたらを国家反逆罪のため処罰する」
これ以上反抗する術はない。王女はこの反乱を絶対に許さない。場の収束に総大司教は膝をつき、深く項垂れた。




