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十四 港町

 一行は険しい山を登っていた。並大抵の人は登らないこの山、人間界と魔界の境目にそびえる大山脈には当然道というものが存在しない。踏みならしていない不安定な地面を進まなければならないことと登るにつれて変化する気温に、体力はどんどん削られていく。

「ねぇ、ちょっと待ってちょうだい……」

「大丈夫か?」

「はぁ、はぁ……鍛え方が足りないのね。大山脈がこんなに険しいとは思わなかったわ」

「あともうちょっとだ。頑張れ」

「ええ……もうちょっと、ね」

 ウィルの励ましに、ベラは大きく息を吐いて山脈の頂上に目を向けた。


 この大陸は、大きく山脈や河川など、その他地形によって国境を成している。

 まずこの大山脈が大陸を東西に分けている。主に西が人間界、東が魔界だ。

 人間界、魔界とはその名の通り、人間が住む世界、魔族が住む世界という意味だ。すなわちただ一つ、という意味はない。人間界、魔界はこの惑星各地に点在していることになる。

 この大陸の人間界は西の端にエルグランド王国が栄え、その北方は帝国が治めている。二大国はこの二つで、あとは小国があった隙間を埋めるようにしてある。魔界では種族ごとに生息できる環境が違うので、群れを成し、魔王がそれら全種族をまとめている。

 人族が国ごとにカーストを作っているとするならば、魔族はその魔界に住む魔族全体でカーストを作っていることになる。種族が違えばこうも社会構造が異なるのだ。


 一行の最後尾はベラが歩いている。大山脈の中でも傾斜が緩やかな山を選んだといっても、幼いエドよりも遅いスピードは男女の体力の違いを顕著に表している。

「荷物だけでも背負って行こうか?」

「いいえ。自分で歩きたいの」

 ベラの自尊心は誰かの助力を許さなかった。ウィルの申し出を断り、ベラは一生懸命に足を動かした。ベラは真性の冒険家だ。ウィルは感心した。


「お~い。頂上がみえたぞ~」

 お~い。頂上がみえたぞ~。前方を歩いていたクリスの声が木霊した。ベラはむくんだ足を叱咤して大きく踏み出した。


「まあ……すごい!」

 頂上に登り詰めてベラは感嘆の声を上げた。その日は幸運なことに頂上も綺麗に晴れた日で、一行の目前には絶景が広がっていた。広がる山々の先に国がある。そう考えただけでベラはドキドキした。

「あちらがエルグランド王国がある方向で」ベラは今来た道の方を向き、また進む方へ戻した。


「向こうにシュバルツハイデがあるのね!」


 ベラの声には興奮の色があった。当然だ。それだけこの光景は素晴らしいからだ。

 人間界と魔界。二つの世界の境が今立っている場所なのだとすると、冒険家にとってこれほど興奮できるものはない。

 ほんの小さな、あれら点のようなものが一つの村、一つの町、一つの国であるというのだから、世界はとてつもなく広いのだと実感する。

 ベラとエドはこの景色を見るのは生まれて初めてだ。言葉を失い、風景に見惚れていた。


「ウィル。あれは何?」

 エドは遥か前方を指差して言った。そこには遠目でもわかる巨大な建物があった。

「あれが今回オレ達が目指す場所、シュバルツハイデの魔王城だ」

「あれが……」

 ベラが呆然と呟いた。あれを目指すためならつらいことなど耐えられる。


「早く行きましょう!」

 ベラは高い声で皆を促した。

「そんなに慌てなくたって魔王城は逃げやしねえよ。からくり屋敷じゃねえんだから」

「だって待ちきれないんだもの!」

「行こう、ウィル、クリス」

 ベラとエドは早くシュバルツハイデという魔界を見たくてうずうずしているようだ。仕方ないな、とウィルはクールぶったが、二年前は彼がその立場にいたのだ。クリスは呆れ笑いをしながら先に行った仲間の後ろを追った。



 山を下ればそこはもうシュバルツハイデの国土だ。いくつかの国が集まって界を成す人間界と違い、魔界はそれそのものが一つの界であり、国である。


「空気、違う?」

 深呼吸して違和感を覚えたエドが言った。

「大気中の魔力の濃度が人間界と違うのよ」

「そうなの?」

 ベラの答えにエドが聞き返した。

「人間界にも精霊が多い場所なんかは魔力濃度が高いらしいけど、魔界はそういう場所で溢れているの。本で読んで知っていたけれど、本当だったのね」

 魔導士などは魔力濃度が高い方が気が楽なことが多い。ベラも魔法剣士だ。表情が大分落ち着いている。

 魔力は常に循環している。魔法を使える者、使えない者に関わらずだ。体を巡り、大気を漂い、川を揺蕩い、大地に流れ、海に還り、そうして廻っている。魔法を使う者は体内と体外の環境が等しい方が体の負荷が少なくなり、楽に感じるということだ。


「さあて、どの町を通って魔王城に行くか?」

 クリスが地図を広げた。特に要望がなければ前回と同じルートを辿っていくつもりらしい。

「それならわたし、ハーフェンに行きたいわ」

「ハーフェン? どこだそれ?」

「魔界の港町よ。見てみたいと思わない?」


 ハーフェン。魔界一の港町だ。閉鎖的な魔族が多い土地で交易で栄える珍しい町である。取り扱っている品は主に国内、国外で取引される貿易品であり、各地域の特産物が揃っている。

「ほぉ~。こりゃあすごいもんだ」

 魔界で一つの町にこれほどまでの魔族が集まるというのは本当に稀だ。店先で商売をしているのは魔族を始め小人ドワーフ族、悪魔デーモン族、さらには人族までもと様々な姿形を持ったものが行き交っている。

「いらっしゃい! 旦那、ちょっと見ていったらどうだい?」

「お兄さん。ちょっとそこでお茶していかない?」

 こうして商売人が客引きをしている光景を見ると人里となんら変わりないように見える。むしろ違いを述べたところで野暮と批判されるのがオチだ。


 港には多くの船が停泊している。水夫が忙しく荷を運んでいる姿があちこちで見受けられる。

「もしかして船を使えば大山脈を越えなくて済んだんじゃないのか……?」

「いいじゃない。わたしは大山脈を見たかったんだもの」

 ベラがそう言うならば、いい修業になったと納得するしかない、のか? ウィルは足りない頭で納得できる答えを探した。


「やあ坊ちゃん。アイスはいかがかな?」

 出店の商人がエドに目をつけたようだ。エドもアイスに興味があるようだ。

「何味があるの?」

「今ならベリー味のアイスがおすすめだよ」

「クリス」

 物欲しげにクリスを見上げたエドを見て、わかってると言いたげにクリスは財布を取り出した。

「毎度あり」

「ほら、落とすんじゃねえぞ」

 表情には出していないが、エドは嬉しそうにアイスを舐めた。こうして息抜きできるならば、ベラの提案は最良だったとクリスは思った。


 店がより多く並ぶ商店街に向かい、ベラは感激のあまり胸の前で指を組んだ。

「すごい! 城下と同じくらいの店の数だわ!」

 珍しくベラがはしゃいだ。まるでシエンシアでのウィルのようだ。

 食事でもてなす食堂、珍しい果物が売られている八百屋、綺麗な石が並べられている宝石店。どれもかしこにも目が奪われてしまう。

「ねえ! あっち、あっちに行ってもいい?」

「迷子にはなんなよー」

「子供じゃないわ。大丈夫よ!」

 ベラは元気に返事をすると商店街の人の波に飛び込んでいった。

「相変わらず嬢ちゃんはお転婆だな」

「女の子は買い物が好きなもんだろ」

 はぐれてしまっては大変だとウィル達もベラを追った。


 ベラは装飾店の前でアクセサリーの品々を眺めていた。こんな感じでウィンドウショッピングをしている姿を見ると、ベラもまた一人の女の子なのだとウィルは意識した。

「お目が高いね、お嬢さん。それはサンゴの髪飾りだよ。きっとお嬢さんのブロンドによく似合う。ああ、本当だ」

 店員の営業トークに、ベラは髪飾りを頭に沿わせてウィル達の方へ振り向いた。

「どう? 似合うかしら?」

「ああ、いいんじゃないか」

 アクセサリーの良し悪しがわからないウィルには無難な回答しかできない。返事が気に食わないベラは口を尖らせた。

「もう、つまらないわね。あ、これも素敵」

 ベラは次に首飾りを手に取った。それも似合っている。がしかしもっと高価な物の方がベラには似合うのではないかとウィルは思ってしまった。


「美人なお嬢さんにはなんでも似合うね。一つ買って行ったらどうだい?」

「ありがとう。そうね、一つくらい……あ、だめなの。今旅の途中だから、こんなに素敵なものを壊してしまうかもしれないわ。そうしたらわたし、後悔してしまうから」

「なら配達してあげるよ。帝国に住まいがない限りはね」

「……そこまでの手間はかけさせられないわ。気持ちだけ受け取っておくわ」

 惜しいようにベラは商品を元あった場所に戻した。


 ベラは装飾店を振り返ることなく颯爽と歩き出した。


「よかったのか? 一つくらい」

「いいの。また来ればいいだけだから」

 その頃にはもうあの髪飾り達は売り切れてしまっているかもしれないのに。ウィルはこっそり買っておいてプレゼントすることも考えたが、店で残念そうにアクセサリーを諦めたベラの顔を思い出して、そんなことをしても喜んでもらえないかと至った。ベラが心から欲した時に手を貸すことが一番喜ばれそうだと、男女の色事を碌に経験してないあのウィルが思いついた。


「エド。アイスは美味しかった?」

「うん」

「あーあ。わたしも食べればよかったわ」

「アイスより美味いもんが商店街にあるかもしれないだろ」

「人が美味しそうに食べているところを見ると欲しくなったの」

 ベラの我儘はかわいいものだった。


「またこの町に来ようか」

「ええ。また一緒に連れて行ってね」


 この町もいいところだ。ウィルにはベラと、仲間と共にまた訪れたい場所が次々に増えていった。




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