十三 遺跡
野宿をする時は緊急時に備え、できるだけ携帯食料を使わずに、自分達で調達したものを調理する。難しい話ではない。そこに森があれば果物を採取する。そこに川があれば魚を釣る。自然毒や寄生虫にさえ気をつければ案外どうにでもなるものだ。
「ウィル。採れた」
「ウサギか! やっぱ狩りはエドに任せるのが一番だな」
エドはその手先の器用さから罠を仕掛けるのが得意だ。野生動物を捕まえることなどお手の物。
熟成する期間がなければ肉はまだ固かろうが、野宿の時に食事に関して文句を言っていられない。血抜きをしっかりすれば食えないわけでもないだろう。
「オレの方も大漁だ」
そう言ったウィルの手の中には多くのキノコがあった。森の恵みだ。スープとして煮込めば腹の足しになる。これだけあれば腹も膨れるだろう。
野宿になると、町では食べられない食事ばかりが腹を満たすことになる。エドが捕らえたウサギ肉の串焼きに二人で探した果実の盛り合わせ、極めつけはウィルが集めたキノコのスープだ。今晩の飯は豪華になりそうだ。ペコペコな状態のウィルは腹の音を鳴らした。
さて早く飯にありつこうと、肉を捌き、キノコを鍋に入れたところで、ベラがキノコを鍋ごと叩き落とした。
「何すんだよ! こいつは食用のキノコ」
「に似た毒キノコよ。腹痛でのたうち回りたくなければ、鍋にはいれないことね」
ウィルはぎょっとしてキノコを見つめた。
それなりに旅の経験を積んできたウィルだ。野生の食べ物ぐらい見分けられると自負してきた。
摘んできたキノコをつまみ上げる。確かに、前に食べたものは傘の裏がこんなものではなかった気がする。ともすればベラが言ったことは本当だということだ。
そういう気で挑んだわけではないけれど、ベラに間違いを指摘されたことでウィルは気落ちした。
「知らないからと落ち込むことはないわ。このキノコはここら一帯にしか生えていない珍しいものだもの」
でもベラは知っていた!
野宿であってもリッチな夕食を用意して、少しでも見直させてみせようとしたのに。どうしてもベラに勝てない。ウィルは悔し紛れに、キノコが入っていたなべを乱暴に拾った。
「なんだってウィルのやつはあんなにふてくされてるんだ?」
「さあ?」
いつもは楽しいご飯時でさえ、ウィルは不機嫌なままだった。いつまでも子供っぽく拗ねるウィルと大人びてクールなベラとでは程度が知れているというもの。
しかしウィルだって主張したかった。オレの頑張りだって認めてくれ、と。このメンバーなら何を言っているんだ? と首を傾げることだろう。もちろん頑張りなどすでに認めているという意味でだ。
不寝番の回数はウィルが一番多く担ってくれていることをエドは知っている。メンバーの中で最も頑張りを見せているのはウィルだということをクリスはわかっている。だというのに何を言っているの? とベラは呆れるだろう。
つまるところ本人に自覚がないだけなのだ。
「もういい! 寝るぞ!」
ウィルは食べ終えた器を空っぽの鍋に投げ入れて怒鳴った。年長組は手が焼けて嫌だなあと思いながら、続いてエドも片付ける。
明日になればどうせ機嫌も元に戻っているだろうな、とエドが思ったところで、唐突にウィルが聖剣に手を伸ばした。
「ヒャッハハハー! こぉんなところでお宝はっけ~ん」
「おいおいカモの間違いだろ?」
薄汚い格好をした集団が一行を取り囲んだ。油でぎとぎとな頭が不潔で汚ならしい。物騒なことに集団は各々武器を手にしていた。
盗賊だ。クリスはウィル以外を庇い、ベラもレイピアを抜きかけた。
とうとうこの一行にも危機が訪れた。全てが安全な旅はないのね、とベラは少し残念になった。
ではウィルはと言うと。悪党の登場に彼は身悶えしていた。
「コイツ、震えてやらぁ!」
「ヘヘヘヘ。大人しく言うことさえ聞いてりゃ、怖い目には遭わせねぇよ」
「食いもんと有り金、全部渡してもらおうか」
威嚇のために、盗賊は刃がボロボロの剣を長い舌でベロリと舐めた。
ウィルは勇者だ。危険も承知の上でこの任を受けた。今さらこの程度のことで怯えるはずがない。
ウィルはぎゅっと音がするほどの握力で柄を握り、スマイリーキラーがごとき笑みを浮かべた顔を上げた。
「やっと勇者らしく振舞える……!」
様子がおかしい。盗賊達は意味のわからない冷や汗をだらだらと流した。
「ヤバイっすよ頭なんかあいつやる気出してますってヤバイっすよ」
なんだコイツ、気味が悪ぃ。普段の調子ならばそう言えただろうが、生憎盗賊達は気づかない方が幸福だった危機感に気づいてしまった。
「フッフッフ……悪を成敗してこその正義。オレは勇者だ。オレは正義だ!」
「頭! コイツヤバイっす!」
下っぱはすでに涙目になっていた。ヤバすぎてヤバイしか言えない症候群を患ってしまった。今頃になって盗賊達は、喧嘩を売ってはいけない相手に売ってしまったことに気づけたようだ。
「おい待て……勇者だと?」
そこで頭と呼ばれた男は、ウィルにさっと目を巡らせた。そうしてようやくウィルの正体と剣の存在を知覚した。
「コ、コイツ……エルグランド王国の勇者だァ!」
ヒィッ、と頭は腰を抜かした。それを皮切りに盗賊達は悲鳴を上げながら逃げ出そうとした。だがここで逃がすウィルではない。
「成敗!」
「ぎゃああああ!」
その日ある場所で、夜空に向けて多重の野太い悲鳴が響き渡った。
「エド、こんなもんでいいのか?」
「違う。まだ関節が動く」
愚かな真似をした盗賊達はエドの指導のもと、クリスによってお縄にかけられていた。手先が器用で盗賊稼業のエドからしてみれば、捕まえた獲物を動けないように縛り上げることはたわいもない。簀巻きにして道端に転がしておけば、巡回に来た衛兵に引き取られるだろう。
盗賊どもをふん縛ったウィルはやりきった感で満ち溢れていた。最近溜まりに溜まっていたストレスを解消できて満足なのだろう。不機嫌はどこかに飛び去ってしまっていた。
「お、お助けをぉ!」
「命だけは勘弁してくれ!」
ウィルの粛清という名の鬱憤晴らしをその身に味わったせいで、盗賊達は涙目になってしまっていた。目の回りの青あざや鼻から滴る血など、無駄な怪我が多い。彼らは不幸だった。襲うタイミングを間違えたのだ。
許しを請うている盗賊を前に、ベラはウィルが採取してきたキノコをつまみ上げた。「ねぇ」と呼び掛ける。
「この毒キノコがどれだけ危険か、目で確かめてみる?」
「ベラの売りは毒舌であって鬼畜じゃないはずだろ!?」
どこかメタ的発言をウィルはした。ベラはムッとして言い返す。
「わたしは毒舌ではないわ。人よりはっきりと物を言うだけよ」
この一行コワイ!! 盗賊達は身動きも取れないまま、心の中で大きく叫んだ。
盗賊を懲らしめた翌日の早朝のことだ。コンパスで方角を確かめ、地図を眺めながら今日の道筋を決めている最中、ベラがある提案をした。
「この先、少し道を外れたところにある遺跡があるわ」
「遺跡?」
余談ではあるが、ウィルには遺跡を訪れたことなど一度としてなかった。遺跡というものに興味が湧く気さえしない。
「ええ。三百年よりもずっと昔に建てられた遺跡よ。真の平和の勇者を名乗るつもりなら、一度はそこに行くべきだわ。どうする?」
そこまで言われたら行くしかない。ウィルは一行のリーダーとしてベラの提案に乗った。
ベラの言う遺跡とは、道を外れたその先にある、拓けたところにあった。動物も近寄らないそこは、結界でも張っているのではと思わせる何かがあった。
「ウェリタス遺跡。『真実の遺跡』という意味よ」
石造建築である遺跡はとてつもない年月を感じさせられた。時の重みが伝わってくる。あの入口を潜ればタイムスリップをするのではないだろうか。そんな気がする。
この先に本に載っているものよりもリアルな歴史が眠っているのだろうか。ウィルは実物を前にして初めて動悸がした。
ここは確かに一度は来るべき場所だ。まだ外観を目にしただけなのに、ウィルはかつてから思っていたかのような感じを持った。
「宝はあるの?」
「おそらくないでしょうね。迷宮ではないから、危険なモンスターも出現しないでしょうし。あったらとっくの昔に持ち出されているでしょう」
心なしかエドの肩がしょんぼりと落ちた。盗賊の性分が発揮できずに残念らしい。
「行きましょうか」
ベラが魔法で明かりを灯した。いざ遺跡の中へ参らんとした。
しばらくは両側に円柱が並ぶ廊下が続いた。「それらしい雰囲気だ」とクリスが稚拙な感想を述べた。
脇道はない。まるでただ一つの真実への導きを暗示しているかのようである。一行は真っ直ぐに進んだ。
「遺跡っていうんだから、もっとキンキラしいもんだとばかり思ってた」
「馬鹿ね。何百年前の遺跡だと思ってるの? どこかの王の墓でない限りそこまで財宝は埋められていないわよ」
それにエドに向けていった理由も付け加わる。
ここの遺跡は派手と言うより、むしろ造形に凝られた素朴な場所だ。自然と一体化するような作りが遺跡の神秘性を高めている。
長かった廊下はやがて突き当たりに辿り着いた。廊下から一転して横にも縦にも広い空間には、壁一面にある絵が描かれていた。ベラが明かりを強くすると、壁画がぼんやりと浮かんだ。古代の絵を全員が同じように見上げた。
「コイツは教会由来の遺跡だったんだな」
クリスがぼそりと言った。
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「見ろよ。光の神に、聖女に、おまけに勇者が揃ってやがる」
クリスは壁画の中の三つの絵を指差した。これら三位が並んでいるということはすなわち、教会の聖書の内容にちなんでいることを示している。
教会は光の神から信託を受けた聖女が勇者を選定したその時より存在しているとされている。つまりこれら三つに因むということは教会もまた関与しているということだ。「本当かどうかは知らねえけどな」聖書の内容に関してクリスはまたも神父らしからぬ発言をした。
「『まだ世界ができて間もない時、我らが光の神はかつて人を作った。神は彼を信じる者に真の光を与えた。人は輝きの中で生きた。光は闇の隣にある。闇が光を呑もうとした時、神は闇に打ち勝つ力を授けた。一人には知恵を、一人には力を。後に二人は聖女と勇者と呼ばれ、神の使者になった』」
つらつらとクリスは何かをそらんじた。
「聖書の始まりの一節ね」
「そう。教会のありがたーいお言葉さ」
クリスは調子にのってロザリオを握りしめ、おお神よ、とふざけた。
今しがたクリスが暗唱した一節は、聖書の一番最初に書かれている言葉だ。
教会は闇、すなわち罪に打ち勝つ力を信じ崇めることが柱の宗教だ。現代にそのような力があるのかは知らないが、勇者に聖女も生きた教典として様々な場所で活躍している。
ここで誤解してはならないことは、現代の勇者と聖女は一人ずつのみではないということだ。聖書によると神はそれぞれ一人ずつのみ力を授けるものを選んだが、現代ではその名は役職的意味合いも含んでいるので複数名存在する。ウィルも世界中で何人かいる勇者の一人ということだ。
今の時代にとって、どれが「本物」かはさして問題ではない。大事なのは、役目を全うするにたる意思を持っているかどうかだ。
「ベラ、あれは何?」
「あれは古代文字ね」
エドが指差したところには、その名の通り古代の人々が使用していた文字が壁画の中に刻まれていた。ウィルには当然、古代文字なぞただの模様にしか見えない。それはクリスやエドも同様で、そもそも一般人に古代文字という代物は読めない。
「ベラ。もしかして古代文字を読める、なんてことないよな?」
「読めるわ」
ベラはさらりと答えてみせたが、古代文字など学者でもなければ読めない代物だ。この可憐なお人はどこまでも規格外らしい。
ベラは明かりと共に壁画によく近づいた。
「『人は神に選ばれた唯一の種族なり』」
文字を指でなぞりながらベラは朗読を始めた。
「『神の恩恵により人は繁栄を得し。人、国を作りて栄光を手にしたり』」
人は神の恩恵により言葉を手に入れた。言葉にはそれ自体に魔力が込められていた。言葉による強大な力を持った者は他者を従え、一つの集団を作り上げた。移住から定住を定着させた古代の人々は各々住居を構え、群れは集落へと移り変わり、やがて村へ、里へ、国へと発展させた。
人類はさらなる進化を遂げた。文明を起こし、知的生命体としての位を確固のものとした。
「なるほど。こりゃあ進化の過程か」
「村に、里に、国に。ああ、本当だ」
その進化が自然的なものか、はたまた本当に神の恩恵によるものかは信仰心の度合いによる。
「『大陸に闇落つる。闇、栄光を奪う者なり』」
突然に抽象的な言葉が出てきた。ここから考察が必要な記述となるだろう。
「闇ってのは魔族のことだろうな」
「そうね。この時代のことを考えるとそれ以外にないわ」
「ありがたーい聖書にもそんなことを書いてあるぜ」
ここから人族と魔族の、長きに渡る争いが始まった。
闇は暗黒の時代をもたらした。魔の物による襲撃を受け、田畑は荒らされ、戦争が起こり。災いは止まらなかった。人族の国はどれも疲弊していった。人々は嘆き苦しみ、再び光を取り戻す日を待ち耐え続けた。
人族を憐れに思し召した光の神は人に三つの武器を与えた。大いなる知恵と光の加護を受けた剣、そして悪に挫けぬ勇気を。
大いなる知恵は魔法になった。加護のかかった剣は聖剣になった。勇気は勇者を作った。
「『闇に立ち向かう者あり。聖なる剣を以て闇を滅したり。その者、勇なる者なりけり』」
勇なる者。すなわち勇者のことである。
神の贈り物は闇を打ち払う力を持っていた。数多の苦難を乗り越え、勇者は一つ、また一つと光を取り返した。
やがて勇者は諸悪の根源である魔王を打ち倒し、当時の人々が栄光と呼んでいたものを再び取り戻した。
「おしまい?」
「そうね。あとは闇が復活するたびに勇者がそれを破ったとか、神に選ばれた人間は偉いとか、そんなつまらないことしか書いてないわ」
つまらない。歴史の一説をベラはそのように軽んじた。しかしウィルもまた同意見だった。「これが真実、か」ウィルは失望したかのように壁画の全体をもう一度眺めた。
三百年前の伝説の勇者もこれを見たのだろうか。そしてもし見ていたならば、彼は何を思ったのだろうか。ウィルはぼんやりと思った。
こんなものを信じて、古代の人達はむやみな争いを続けてきたのか。現代に生きるウィルからしてみれば、この壁画の話は呆れ話以外の何物でもない。
「真実なんてね、時代によって変わるの。今の人間から見たら虚言でしかないわ」
そんなものなのか。ウィルは失望の眼差しで壁画の中の勇者を見つめ続けた。




