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十二 出国

 ラクルースの村にて一行は一夜を明かした。居心地は決して良くなかった。無念の思いがある村人が化けて出るのではと、ウィルは気が気でなかった。ようやく明けた夜にウィルは心の底から安堵した。


「幽霊とか出たか?」

「出てねえよ!」

 くつくつとクリスは笑った。本人がこの調子なので気負いする必要がなくていい。ウィルは安心した。


 片田舎であるラクルースの村で明かす朝は気持ちのよいものだった。自然の恵みが豊かであるために清々しい空気が肺いっぱいに入ってくる。以前の姿を知らないにも関わらず、この村が失われたことがウィルには残念でならなかった。

 きっとウィル達が立ち去った後に、この村に立ち去る人はほぼいない。わざわざ祈りを捧げに来る人もいないだろう。


「最後に黙祷をしていってもいい?」

「ああ。そうしよう」

 出国に向けての道程で、最後に立ち寄る町村は恐らくラクルースの村で最後になる。ウィルにとってラクルースの村はある種の戒めと特別な場所となった。


「さあて、行くとするか」

「もういいのか?」

 一番先に出発を宣言したのはクリスだった。彼はパーティーの中で誰よりもこの村に思い入れがある。後ろ髪を引かれる思いもあるはずだ。

「神父様はカミサマのお救いを信じてるからな。余計なお祈りは必要ねえんだよ」

 クリスはわざとらしくロザリオを胸に掲げながら言った。いつものクリスに「ならいいよ」とウィルは笑った。


 関所まではあと半日程の距離だ。注意を払って進めば危険な道でもない。自分のやるべきことを自覚したウィルはクリスに同意した。

「ベラ、行こう」

 先に歩き出したウィルとクリスを見て、エドがベラを促した。彼女は村をじっと見つめている。

「……ええ」

 最後までラクルースの村に目を向けていたのはベラだった。



 一行は関所に到着した。いよいよ出国だ。

 今日はよく晴れた日だ。遥か上空でイーグルが旋回していた。よい出国日和、とでも言ってみようか。


 関所は山岳の狭間に位置する。ここで通行証を受け取らなければ不法入国になってしまう。

 ウィルとクリスはこの手続き作業に慣れたもので、残りの二人の手続きも合わせて済ませてしまった。

「お気をつけて!」

「無事のお帰りをお待ちしております!」

 石造りの関所にて、槍を片手に敬礼した国境兵に見送られながら、一行は国を発った。


「ここから先は国外だ」

 関所を通り抜けて、ウィルは改めて仲間に向けて言った。

 シュバルツハイデを目指してひたすらに歩き、ほんの僅な面会の後はまたすぐに帰国しなければならない。決して楽な旅ではない。危険と隣り合わせの、体力勝負の旅となる。そのために計画はより慎重に立てなければならない。野党の襲撃の回数が増える可能性もある。

 一先ずは地平線が続く。植物やられきやらはまばらであるため、モンスターや野党の発見も容易く、かつ対処も容易なはずだ。


 ふとエドが足を止めた。こんな場所だ。エドが注意を引かれる宝石や珍しいものが道に落ちているわけでもあるまい。

「どうした?」

「スライム」

 エドが指差した。その先には一体の奇妙な生き物がいた。エドが指摘した通りスライムだった。

 雫のようなフォルムは人畜無害を気取っているが、やつらは仲間に応援を頼んで多勢で襲ってくる、実に鬼畜なゲル状生物だ。食ってもドロドロで不味いし。ウィルには個人的な恨みがあった。なぜ食べたのかを問うてはいけない。好奇心は勇者をも殺すのだ。

 聖剣の錆にしてくれるわ。デーモンも顔負けの恐ろしい表情でウィルが剣に手を伸ばすと、目前のスライムが口を開いた。


「ぷるぷる。ぼくはわるいスライムじゃないよ」

「大丈夫なのかこのセリフ!?」


 フォルムの描写といいセリフといい大丈夫なのか!? 剣を握るのも忘れてウィルは声を張り上げた。

 ぷるぷる体を震わせながら、スライムはウィルの格好を観察した。


「背中のものは聖剣だね。お兄さんは勇者なの?」

「あ、ああ。オレはエルグランド王国の勇者の任を預かっているヴィルヘルムだ」

 気を取り直してウィルは鼻を高くして言った。

「ふぅん。地味だし、強そうには見えないね。見栄っ張り?」

 ガクシッ。ウィルの膝が崩れた。

 何が嬉しくて世界最弱のモンスターに侮られなければならないのか。世界はオレに対して厳し過ぎる! ウィルは世間に抗議したかった。非常に情けない勇者である。クリスは大笑いし、ベラは呆れ、エドがウィルを慰めた。


「エルグランド王国の勇者ってことは優しい人なんだよね? ならお兄さん、ぼくのお願いを聞いてくれる?」

「お願い?」

 気を取り直し、ウィルが聞き返した。

「うん。正確にはぼくじゃなくて、彼のお願いなんだけどね」


 スライムが一歩ずれた先には、奇妙な生き物がいた。毛が生えていない皮膚に、こぼれ落ちそうな目玉。体長は人間の腰ほどもなく、ひょこひょこと動く短い耳を持っている。

「子供のゴブリン?」

 だがなぜこんなところに一匹で。群れはどうしたのであろう。


「この前洞窟で突然トロールが暴れたんだ。おかげで洞窟が崩れて。彼は家族と離れてしまったらしいんだ」


 自分も住処を失ったけれど、スライムは基本的にどの地形でも生息できる。だがこの子供ゴブリンは違う。親の保護がなければ生きていくのが難しかろう。

 子供ゴブリンは己の孤独を再確認したのか、うるうると目を潤ませた。それに心動かないウィルではない。彼はお人好しの性格なのだ。

「人助け、もといモンスター助けも勇者の仕事の一つだしな!」

 遅れた予定は急ピッチで進行することにすればなんとかなる。任しとけ、とウィルは力瘤を作り、お願いを承諾した。


 スライムが言う洞窟とは、正規のルートから数キロも離れていないところにあった。この先に子供ゴブリンの両親がいるのだろう。早く早くとゴブリンは一行を急かした。

 洞窟内は光が通らず薄暗い。松明が必要になろう。即席の松明を作り、ベラが魔法で炎を灯した。


 いざ足を踏み入れると、洞窟独特のひんやりとした湿った空気がまとわりついた。パチパチと松明が音を立てる。

「道案内をするね」スライムはぷるぷるの体を揺らしながら先頭を進んだ。スライムが先導する一行とは、実に奇妙な光景だ。


 洞窟の中は不思議なことにエメラルド色に淡く光っていた。

「ヒカリゴケが生えているのね」

 ベラは内壁を指でなぞった。

 適度な湿度と土壌が揃った条件により、僅かな光でも反射するコケが発生した。そのおかげでこの洞窟は幻想的な光景を生み出しているのだろう。

 ヒカリゴケの植生があるこの洞窟の環境はゴブリンが生息するのに適している、とベラは分析した。ゴブリンの群れがここを住みかにするのも当然だ。

「奥にはもっと綺麗なところがあるんだ。そこが問題の場所でもあるんだけど」

 スライムは跳ね飛びながら言った。会話上手なこのスライムの知能は高いに違いない。


 石灰が溶解してできた柱から水が滴り落ち、ピチョン、ピチョンと一定のリズムを刻んでいる。

 洞窟には脇道が多くて、案内人のスライムから目を離すとすぐさま迷ってしまうことだろう。現にスライムもはぐれないように注意を呼び掛けた。


 ずんずんと進んでいくと、一層広い空間に出た。そこはこれまでで最もヒカリゴケが繁茂していだが、崩壊が他よりも著しい。岩石の下からは何かが呻く声がする。あそこにゴブリンが埋まっているのだろう。子供ゴブリンが駆け寄っていった。

 ゴブリンは岩を押したり、殴ったりするが子供の力ではびくともしない。ゴブリンはきゅいきゅいと泣き始めた。


「勇者サマ、出番だぜ」

「よっしゃあ」

 ウィルは聖剣をそこらへんに立て掛け、意気込みは満々だと言うように腕を捲った。

 ゴブリンが何をしても動かなかった岩を、ひょいひょいとウィルは持ち前の馬鹿力で片していく。子供ゴブリンの尊敬の眼差しがこそばゆい。ウィルは得意げになった。

「すごいねお兄さん、見直したよ」

 が、辛辣なスライムに褒められてもあまり嬉しくないのが現実。ウィルは微妙な気持ちで撤去作業を進めた。


 やがて一番大きな岩が退けられた時、そこから多くのゴブリンの姿が現れた。

 子供ゴブリンが涙を溢れさせて、両親と思わしきゴブリンに抱きついた。双方がわんわんと泣いている。感激の場面でなにより、とウィルは大満足だった。


 岩に埋められていたのは勇者に助けを求めた子供ゴブリンの親だけではなかった。数にしておよそ十数匹。群れが一つ被害に遭っていたようだ。

 その群れの中のある一匹が甲高い鳴き声を上げた。さっとベラが近寄って膝をついた。患部を触られたゴブリンがさらに高く鳴いた。

「骨を折っているみたい。応急手当てをしないと」

 モンスターは人間よりも頑丈だ。だが怪我をしないというわけではない。

 この洞窟の環境であれば薬草が生えているかもしれない。採取してくる、と博識なベラと職業柄治癒などの類いに強いクリスがその場を離れた。


 洞窟の壁には何か重いもの――スライムがトロールが暴れたと言っていたので、恐らくトロールの棍棒――で叩き、殴った形跡がある。

「それにしても、なぜトロールは突然暴れ出したのかしら?」

「トロールってのは気性が荒いやつらだ。別に不思議じゃねえだろ」

「そうかしら?」

 ベラは納得し難そうに首を傾げた。


 二人は水が溜まる場所へ出た。予想通り目当ての薬草はそこにあり、必要なだけの量を摘んでさっきの場所へ戻った。

「どうやって使うの?」

 クリスの処置方法が気になったエドが尋ねた。

「こいつをちゃちゃっと磨り潰してだな。もう一枚に塗りつけて湿布にするんだ」

 クリスは手慣れた動作で処置を進めた。持っていた道具で薬草を素早く磨り潰し、さっと葉に塗りつけた。

 患者のゴブリンは初め抵抗を表していたが、子供ゴブリンの説得により大人しくなった。おかげで手当ては楽に終わった。


 炎症を抑える効用がある薬草を一房手に取って、ウィルは感心したように言った。

「便利なんだな。オレ達も少し持って行くか?」

「それは人間には毒よ」

「えっ!?」

 ベラの言葉にウィルは手に持っていた薬草を地面に落とした。


「はははっ! 人間がその薬草の汁をずっと肌につけてると、逆にかぶれちまうんだよ。頑丈な肌を持ってるモンスターの、ほとんどゴブリン専用の薬草だな」

 そう説明すると、クリスはついでに注いできた水で丹念に手を濯いだ。

 なぁんだ。残念だな、とウィルは落としてしまった薬草を眺めた。


 ゴブリン達の救出作業が終わったところで、一行はすぐさまここを発つことを迫られた。日が暮れる前に野宿の準備を済ませてしまわなければならないからだ。

「ありがとう、お兄さん達。出口まで送っていくよ」

 行きと同じくスライムが案内を申し出た。


「それじゃあ、元気でな」

「ばいばい」

「痛みが引くまで湿布は剥がすなよ」

「お大事にね」

 一行の気遣いと優しさに、ゴブリン達は全身で感謝の思いを伝えた。

 善行をした後の気持ちは最高に心地のよいものだ。彼らは清々しい出国を迎えられた。




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