第四章「新しい風(前編)」
結局私のゴールデンウイークは菱田重工のテストでほとんど潰れてしまった。
おかげで、大体のテストが終わってすぐに建造が始まるようで、納入が早まりそうだと言われた。
ただ、今日は連休最後の日曜日。明日からまた仕事で結局ろくに休めなかったな。
今はサナと一緒に夕食を食べるという連休最後のイベントを済ませて、ソファーで休憩中だ。
「大型連休のはずなのに、何だかとっても疲れた……」
がっくりとうなだれながら、目の前にいるサナについ愚痴を言ってしまった。
「おつかれさま。結局ほとんどお仕事だったもんね」
私を労いながら頭を軽く撫でつつ話を続ける。
「でもね、こうやって一緒に作ったご飯食べたり、空いた時間に映画見に行ったりで私はとっても楽しかったよ。ミヤトに来てくれてありがと」
相変わらず臆面もなく恥ずかしいことを言われたので、下げた頭をあげられなくなった。こんな調子だと一生頭上がりそうに無いなぁ……。
「また、しばらく会えなくなるね」
楽しそうな声から少し物悲しそうな声に変わった。
顔が見えないので表情が分からないが、多分ちょっと残念そうな顔をしているはずだ。キーナに帰る前に安心させてあげないといけないだろ。
そう思って私の頭を撫でている手を握って、逆に頭を撫で返す。
一瞬驚かれたが、撫で始めるとそのまま私に頭を預けてきた。甘い髪の匂いがしてこちらも心臓が鼓動を速めているが、落ち着けと自分に言い聞かせて冷静さを保つ。
「次の長期休暇もまた一緒にいるから安心してくれ。電話もちゃんとする」
「うん、ごめんね何か気を使わせちゃって」
「気にするな。あの基地で生活していて、唯一気が抜ける時間だからな。こちらがありがとうだ」
地下リニアの時間が来るまで、頭を撫で続けて甘えて貰った。
普段こちらが甘えているので、せめてもの感謝だ。
「んじゃ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。身体には気をつけてね」
翌日の朝、気持ちを入れ替えて、新しく入ってきたパイロット候補生達の入隊式に参加する。
「ようこそキーナ空軍基地へ。諸君は今日から10ヶ月間、人型兵器マップスのパイロット候補生だ。辛い訓練が待ち受けているが、1人も諦めることなく、全員が訓練課程を修めることを願っている。以上だ」
特に気がきいた挨拶を思いつけなかったので、何の面白みもなく普通に済ませてしまった。
田口軍曹の方をちらっと見ると、既に眉間にシワを寄せて教官モードの強面になっている。
あの顔の様子を見ると明日からキーナ基地名物、田口軍曹怒りの咆哮と愛と怒りの鉄拳が蘇るようだ。今年も騒がしくなるに違いない。
スタッフ紹介に移り、医療チームやメカニックが挨拶を済ませていく。最後に教官である田口軍曹に挨拶が回ってきた。
なぜか何度も咳払いをしながら、鋭い眼光で会場の奥を睨んでいる。
「挨拶の前に……おい! そこの後ろから3列目の右から5番目のお前! 名前は小早川だな?」
小早川と呼ばれた小柄な男性は田口軍曹の怒鳴り声に驚き、ビクッと大きく震えた。
「居眠りをするなシャキッとしろ! 姿勢を乱すな!」
身体が振動するような怒鳴り声が発せられた。思わず私までビックリして体内が一瞬冷えた感覚がする。
この大声がきっとどんな言葉で説明よりも、分かりやすい田口軍曹の紹介だ。
マイク越しだと迫力が5倍増しだな。耳鳴りまでしそうだ。
その後は普通に挨拶が行われ、田口軍曹の怒鳴り声以外は特に大きな問題も無く入隊式は終わった。
ただ、その怒鳴りが原因だったのだろう。退室時も候補生達は私語を一切せずに出て行った。
候補生たちが出て行った後、スタッフ達が「今年もやるなー」とか「いつ田口軍曹はデレるんだろうな?」といった感じで、田口軍曹の怒鳴り声について笑いながらあれこれ言っていた。
私もつられて本人についつい話しかけてしまっていた。
「やれやれ、まさか入隊式でいきなり怒鳴るとは思わなかったよ」
「本日から教官ですからね。しっかり手綱を握ってやらないといけません」
正式に教官となってから初めての候補生だからか、私以上に気合いが入っているようだ。さすが鬼軍曹。
「手綱を引きすぎて窒息死させないようにな」
「分かってますよ。任せてください」
田口軍曹はドンと胸を叩いて自信満々な笑みを作っている。
その格好がいつも以上に様になっていて、とってもかっこよかった。