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きみを守るのは、ぼくの知られない戦争  作者: 最後に残った形


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第7章 第9話:奪わせない結末


 結末というものは、たいてい最後の一撃で決まるわけじゃない。


 その前に何を選んだか。

 誰を見捨てなかったか。

 どこで一人で終わるのをやめたか。

 そういう積み重ねの先で、ようやく最後の一撃に意味が生まれる。


 だから本当に奪われるのは命だけじゃない。

 未来も、

 選ぶ権利も、

 隣に立つはずだった時間も、

 人は簡単に奪われる。


 それでも、奪わせないと決める瞬間がある。


 北中層奥の通信谷は、崩れかけた夜そのものみたいだった。


 敵指揮核への一撃は入った。

 大破。

 同期波形、広域乱れ。

 中型収束、部分崩壊。

 それが壁面モニタにもはっきり出ている。


 だが、完全停止ではない。


「まだ生きてる」

 冬真が低く言う。

「ああ」

 瀬名が返す。

「しつこいな、ほんとに」


 戦術支援管制室の空気はさっきまでと違っていた。

 勝ちかけた空気ではない。

 むしろ一番危ない。

 敵が本当に死にきっていない時の、最後の悪あがきが一番鋭いと現場の人間は知っている。


 壁面モニタの赤い反応群が、一度崩れたあとで不規則に脈打つ。

 指揮核そのものは傷ついた。

 だが、その周囲に残った制御群が無秩序のまま暴れ始めていた。


『外縁軽量群、制御外!』

『中型二機、まだ生きてる!』

『追尾角めちゃくちゃだ、でも来る!』


 整っていない。

 だからこそ危険だ。

 狂った動きは読みにくい。

 読みにくいから、最後に一番大きく噛みつく。


 白い暁式参号の識別灯が、敵指揮核を断ち切った位置からまだ離れきれていない。

 澪は生きている。

 だが安全圏ではない。


『冬真』

 前線回線の向こうで澪が呼ぶ。

「ああ」

『まだ終わってない』

「分かってる」

『でも、もうすぐ終わる』

 その声は掠れていた。

 疲労もある。

 機体への負荷もある。

 それでも折れていない。

 それだけで、冬真には十分だった。


「瀬名」

「何だ」

「残ってる中型、どっちが本命寄りだ」

「左下のほうが濃い」

 瀬名が即答する。

「でも右上の暴れ方、完全に囮っぽくない」

「……」

「最後に両方来るぞ」


 冬真は前線マップを睨む。

 敵はもう、秩序だった罠を維持できない。

 だが潰すべき対象だけは見失っていない。

 白い機体。

 そこへ寄る冬真の反応。

 並んだ二人。

 その構図そのものを、最後に引き裂こうとしている。


「嫌な終わり方だな」

 瀬名が言う。

「ああ」

「でも」

 瀬名は端末を叩く手を止めずに続けた。

「ここで終わらせろ。もう二発目はねえと思え」

「分かってる」


 その時、敵側の断続通信が自動再構成され、壁面の隅へ短い文字列が走った。


 ――同期不能

 ――対対象、再固定

 ――光優先

 ――影捕捉、同時


「露骨だな」

 瀬名が吐き捨てる。

「うん」

 冬真は低く答える。


 光優先。

 影捕捉、同時。


 最後まで変わらない。

 敵はやはり、澪を光として前へ置き、そこに寄る冬真ごと噛み砕きたかったのだ。


『冬真』

 澪がもう一度呼ぶ。

「なんだ」

『向こう、まだ私を見てる』

「ああ」

『なら』

 一拍だけ間がある。

 その間だけで、澪が何を言うか分かった。

『最後まで、使う』

 冬真の喉が一瞬だけ詰まる。


 澪は最後まで光を引き受けるつもりなのだ。

 利用されるのではなく、

 自分で使うために。


「……ああ」

 冬真が低く返す。

「でも一人で背負うな」

『うん』

「最後は並ぶ」

『分かってる』


 その会話が終わるや否や、敵の残存中型が動いた。


 右上の暴れ反応が先に来る。

 大きい。

 派手だ。

 逃げたくなる角度で正面を塞いでくる。

 普通ならそこへ視線を持っていかれる。

 だが今の冬真は見ない。


「左下だ」

 冬真が言う。

「だな」

 瀬名が頷く。

「右は噛ませだ」


 左下。

 通信谷の崩落底を這うように、まだ制御が残った中型二機が寄る。

 そのさらに奥。

 壊れきらず残った敵指揮核の芯が、一度だけ濃く脈を打つ。


 あそこだ。


「澪」

 冬真が呼ぶ。

『うん』

「正面の派手なのは捨てろ」

『分かってる』

「下だ」

『見えてる』

「今度は」

 冬真が息を吸う。

「俺が通すんじゃない」

『うん』

「一緒に取る」

『うん』


 そのやり取りだけで、もう十分だった。


 白い暁式参号が、あえて正面の派手な敵反応へ視線を向ける。

 敵に“まだそっちを見る”と思わせるために。

 その一拍で、左下の本命側がほんのわずかに油断する。


「今」

 冬真が言う。

「行く!」

 澪の声が重なる。


 今までなら、

 冬真が半歩の道を作って、

 澪がそこへ乗った。

 だが今は違う。

 敵の本命を見つけた瞬間、

 二人が同時にその一点へ向いている。


 冬真は補助解析卓の奥、もうほとんど隠す気のない深層接触へ手を伸ばした。

 警告がいくつも重なる。

 未承認。

 監視上昇。

 照合確定。

 もうどうでもよかった。


 白い機体が左下へ落ちる。

 落ちるように見せて、崩落底の壁面残骸を蹴る。

 敵中型二機が同時に噛みつく。

 だが、その角度はもう澪にとって未知ではない。

 冬真が見ている圧も、

 澪が体で読む敵意も、

 今は一つの景色に重なっている。


『そこ――!』


 澪が叫ぶ。


 白い機体が敵中型の同期の間を裂き、残った指揮核の芯へ真正面から踏み込む。

 敵は一斉にそこへ圧をかける。

 最後の圧だ。

 全部を奪うための圧。


 だからこそ、冬真は迷わない。


「奪わせない」

 低く、ほとんど独り言みたいに言う。


『うん』

 澪が返す。

『もう、奪わせない』


 その一言は、戦場のど真ん中でひどく真っ直ぐだった。


 奪わせない。

 命も。

 未来も。

 並んで立つはずだった時間も。

 影のまま消される結末も。


 その全部を含んだ声だと、冬真には分かった。


「瀬名!」

「分かってる!」


 瀬名が最後の穴を押し開く。

 正式卓の認識と敵圧の反応、そのほんの半拍のズレへ冬真が全部を差し込む。

 白い暁式参号が、その支えを“助け”としてではなく、“同じ一歩”として踏み抜く。


 敵指揮核の芯が、今度こそ崩れた。


 激しいノイズ。

 壁面モニタが白く乱れ、

 赤い波形が次々と途切れ、

 中型二機の同期が完全に失われる。


『指揮核、消失!』

『敵反応、急速崩壊!』

『外縁追尾群、統制喪失!』

『局地戦闘、こちら優勢確定!』


 管制室に遅れてざわめきが広がる。

 誰かが息を吐き、

 誰かが確認を叫び、

 誰かがようやく座り直す。

 だが冬真には、その全部が遠く聞こえた。


 白い機体はまだそこにいる。

 澪はまだ回線の向こうにいる。

 それが今の自分には何より大事だった。


『冬真』

 澪の声。

 少し掠れていて、

 でも、ちゃんと笑っているのが分かる声だった。

「ああ」

『終わった?』

 冬真は壁面モニタに残る波形を見つめる。

 敵の本命は落ちた。

 残党は散る。

 戦局は決まった。

 たぶん、もう覆らない。


「……終わった」

 ようやくそう言う。

『そっか』

「うん」

『じゃあ』

 澪が少しだけ息を吐く。

『勝ったね』

 その言葉で、冬真の胸の奥にあった張りがようやく少しだけほどけた。


「ああ」

 短く答える。

「一人じゃなかったから」

 それは戦術の総括であり、

 今までの全部に対する答えでもあった。


 澪が回線の向こうで、小さく笑った気配がする。


『うん』

 小さく言う。

『私もそう思う』


 敵は最後まで、光を囮にして影を炙り、二人を引き裂こうとした。

 でも結局、それは叶わなかった。

 光は自分の意志で立ち、

 影はもう隠れずに隣へ出た。

 だから敵の読みは最後に崩れたのだ。


 奪わせない結末。

 それは誰か一人が守りきって得るものじゃない。

 並んだ二人が、

 自分たちで取り返すものだった。


「榊」

 瀬名が低く言う。

「なんだ」

「勝ったぞ」

「……ああ」

「でも」

 瀬名が嫌そうに続ける。

「今から面倒なのも本当だ」

 冬真はそこで、初めて少しだけ息を抜いた。


「知ってる」

「それ、今日何回目だ」

「かなり」

「ほんと便利だな」

「だろ」


 短いやり取りのあと、

 冬真はもう一度、白い識別灯を見る。


 澪は生きている。

 敵の本命は落ちた。

 そして、自分たちは並んだまま勝った。


 それだけで、今は十分だった。


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