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きみを守るのは、ぼくの知られない戦争  作者: 最後に残った形


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第7章 第6話:並んだ影と光


 光と影は、本来並ばない。


 片方は前へ出て、

 片方は後ろへ沈み、

 同じ場所に立つには向いていないものだと思われている。


 けれど本当にそうだろうかと、

 もし誰かが問い返すなら、

 その答えはたぶん戦場にしかない。


 互いを照らし合う距離まで近づいた時、

 光は囮ではなく意志になり、

 影は隠れるためではなく支えるために形を持つ。


 その瞬間だけは、

 並ばないはずのものが、ちゃんと並ぶ。


 相模第七防衛区画の夜は、異様な静けさを張りつめたまま始まった。


 外縁防壁の警戒灯が一定の間隔で赤く点滅し、基地上空の監視ドローンが低く巡回音を響かせている。整備区画では補助灯が通常より多く灯され、白い機体の装甲にいくつもの作業光が滑っていた。中央管制の壁面モニタには、基地近傍の敵反応が幾層にも重なっている。散っているようで、中心がある。薄いようで、意図がある。


 敵は待っている。

 こちらが動く瞬間を。

 光と影が、また同じ線へ入る瞬間を。


 戦術支援管制室の空気もまた、呼吸を潜めていた。


「正式命令、来るぞ」

 瀬名が低く言う。

「ああ」

 榊冬真は短く返した。


 今日の冬真は、補助解析卓にいる。

 表向きはそうだ。

 監視下運用、主支援系統無効、深層処理権限停止。端末表示も何一つ変わっていない。けれど、それはもう表層の話でしかない。


 三人で引いた最後の作戦図は、もうそれぞれの中に入っている。


 白い機体が前へ出る。

 敵も味方も、その光へ視線を集める。

 冬真は影として寄る。

 ただし、見せたい形でだけ。

 瀬名はそのあいだに監視と正式卓の呼吸をずらす。

 そして敵の本命が顔を出した瞬間に、並んだ二人で奪い返す。


「来た」

 瀬名が言う。


 壁面モニタが切り替わる。

 北中層外縁、敵指揮反応増大。

 基地近傍防壁外、局地突破兆候。

 即応制圧任務、発令。


 先鋒投入。

 暁式参号。


 やはり、そう来る。


「ひどいくらい予定通りだな」

 瀬名が吐き捨てる。

「そういうもんだ」

 冬真が言う。

「お前、そういう時だけ妙に冷えるな」

「冷えてない」

「知ってるよ」


 個人回線が震えた。

 送信者:天城澪。


 冬真は一拍も置かず開く。


 ――行く

 ――引くよ


 短い。

 けれど十分だった。


 引く。

 囮として敵の視線を引く。

 利用されるのではなく、自分で使う。

 昨日決めたとおりに、澪はもう前へ立つ覚悟を固めている。


 冬真は返す。


 ――見てる

 ――今度は最初から隣だ


 既読はすぐについた。

 返事はなかった。

 もう澪はコクピットに乗り込んでいるのだろう。


「榊」

 瀬名が低く呼ぶ。

「なんだ」

「今日のは、今までで一番深いぞ」

「分かってる」

「敵も待ってるし、上も待ってる」

「分かってる」

「だから」

 瀬名は一度だけこちらを見る。

「派手にやるな」

「……」

「綺麗にやれ」

 冬真はその一言に、小さく頷いた。


 発進デッキ映像が壁面へ出る。

 白い暁式参号が整備灯の下に立ち、固定アームが外れ、起動光が胸部へ灯る。


『暁式参号、出る』


 澪の声が前線回線へ入る。

 静かだった。

 だが冷えてはいない。

 意志をそのまま押し固めたような声だった。


 発進。


 白い識別灯が戦域図へ滑り込む。

 外縁防壁から北中層へ伸びる夜の線の中で、その灯だけがひどく鮮やかに見えた。


 敵反応はすぐに寄る。

 軽量群が外から包み、

 中型が深く沈み、

 さらに奥で、今までより重い同期波形がわずかに脈打つ。


 本命は近い。


「早いな」

 冬真が言う。

「ああ」

 瀬名が返す。

「今日の相手、最初から食う気だ」


 正式卓は通常の即応支援を回す。

 正しい。

 素早い。

 だがそれだけでは足りないことを、冬真はもう知っている。


 今日は最初から違う。

 白い機体はただの先鋒じゃない。

 敵と味方の視線を一身に引き受ける光だ。

 そして冬真は、その光の隣に並ぶためにここにいる。


『右前、散布群!』

『見えてる、二番機そのまま!』

『天城少尉、北側へ寄りすぎるな!』

『分かってる!』


 澪が前へ出る。

 だが、無茶に見えて無茶ではない。

 敵に食いつかせるための前進だ。

 白い機体が少しずつ外縁の危険域へ寄るたび、敵の反応がそれを追う。


「引いてるな」

 瀬名が言う。

「ああ」

「きれいに」

「澪がやってる」

 冬真は低く言った。


 きれいだった。

 今までの澪より半歩だけ遅く前へ出て、半歩だけ深く敵の視線を引く。突っ込むためではない。引き寄せるために前へ立つ動き。これはもう、守られるだけの人間にはできない機動だった。


 敵の波形が変わる。

 白い機体へ意識が集中する。

 その一点へ、冬真はずっと待っていた細い影を重ねた。


「瀬名」

「分かってる」

「旧中継塔跡、自然照会の形で」

「はいはい」


 瀬名の指が走る。

 監視ログと正式支援の隙間を縫い、冬真の閲覧と補助提言の線を“偶然そこへ寄った”ように見せる。露骨にやれば終わる。だから露骨にはしない。だが、敵と味方に“やっぱりそこへ寄るのか”と思わせる程度には見せる。


 影を見せる。


「来るぞ」

 冬真が言う。

「もう来てる」

 瀬名が返す。


 敵中型反応が三つ、白い機体を包むように沈む。

 さらにその奥、これまでより深い位置で重い脈動。

 敵指揮核。

 ようやく波形が輪郭を持ち始める。


『先鋒、収束来る!』

『中型三、北中層へ!』

『天城少尉、下がれ!』


 正式卓から退避指示が飛ぶ。

 澪は従う。

 表向きには。

 白い機体は一度だけ引くそぶりを見せ、敵の追尾意識をさらに強くする。


『……来て』


 澪の小さな声が、ノイズの奥で落ちた。

 誰に向けたものかは、もう聞くまでもない。


「行く」

 冬真が呟く。


 補助解析卓の制限下から、さらにもう一段だけ深く手を伸ばす。

 未承認。

 監視対象。

 記録残存確率上昇。

 警告が出る。

 だが今日は、もうそこは通り過ぎた場所だ。


 冬真は旧中継塔跡に沿うように、白い機体の北側へ細い回線を一本だけ通した。

 正式卓と喧嘩しない。

 だが敵に“そこへ寄る”と読ませるには十分な影。


「食った」

 瀬名が言う。

「ああ」


 敵指揮核の波形が、わずかに持ち上がる。

 見えないままではない。

 こちらの影を捕まえられると判断した反応だ。


 同時に、白い暁式参号が止まった。


 正確には止まったように見せた。

 敵にとっては、ここが収束の瞬間だ。

 光と影が重なる。

 潰すなら今しかない。

 その欲が波形へそのまま出る。


「今だ」

 冬真が言った。


 正式卓の中継再配分が敵収束へ反応する、その半拍前。

 瀬名が一つ、承認待ちの順番を遅らせる。

 冬真がその隙間へ細い支援を落とす。

 そして澪が、その半拍を知っていたみたいに白い機体をひねる。


『そこじゃない――!』


 澪の声。


 暁式参号が正面上方ではなく、敵指揮核の逆読みを取るように左奥へ斜めに切る。

 敵中型三機の照準共有が、一瞬だけ噛み合いを失う。

 そこへ冬真の影がさらに一段、奥へ入る。


 敵は食いついた。

 そしてそのせいで、隠していた本命の脈動が完全に露出する。


「見えた」

 冬真が低く言う。

「深いな」

 瀬名が舌打ちに近い息を漏らす。

「でも取れるか?」

「取る」


 白い機体が敵の視線を引き受ける。

 冬真はその横で、今まで隠していた支援の輪郭をあえて一瞬だけ濃くする。

 隣にいる。

 そう敵へ思わせるために。

 そして、実際にそうだからだ。


『冬真』


 澪が呼ぶ。


 名前だった。

 今までで一番はっきりした呼び方だった。


 その一声だけで、冬真の中の迷いが完全に消える。


「行け」

 冬真が言う。

「今度は一人じゃない」


 それは支援指示であり、もうそれだけじゃなかった。


『分かってる』

 澪が返す。

『隣にいる』


 その言葉と同時に、暁式参号が跳んだ。


 敵指揮核が潜む北中層奥の通信谷。

 そこへ白い機体が一直線に突っ込む。

 無茶だ。

 普通なら止める。

 だが今日は止めない。

 止めるためじゃなく、並ぶためにここまで来たのだから。


「お前らほんと」

 瀬名が呻くように言う。

「最後に完成するな」


 敵指揮核が反応する。

 遅い。

 もう一歩遅い。

 光に引かれ、影を食おうとして、半拍だけ遅れた。


 その半拍へ冬真が全部を差し込む。

 隠れて守るためじゃない。

 最初から並ぶための支援。

 澪もそれを知っているから、迷わずその線へ機体を乗せる。


 白い機体が通信谷の壁を蹴り、

 敵の中枢波形の横を紙一重で抜け、

 そのまま一撃を叩き込む。


 激しいノイズ。

 壁面モニタの赤が一瞬だけ乱れ、

 敵同期波形が大きく崩れる。


「入った!」

「敵指揮ライン乱れ!」

「中型収束、崩壊中!」


 管制室にざわめきが走る。

 だが冬真と瀬名だけは、まだ息を抜かない。


 敵は死んでいない。

 だが本命はもう傷を負った。

 そして何より、敵は今、二人を“別々の個体”ではなく、完全に“対”として認識したはずだ。


『追尾来る!』

『天城少尉、退け!』

『北側全部寄るぞ!』


 白い機体の背後へ敵残存群が雪崩れる。

 ここからが本当に危ない。

 だが澪の機動は、今までで一番迷いがなかった。


『冬真、左!』

「そのまま切れ!」

『うん!』


 名前を呼び合う。

 隠さない。

 もうそんな段階じゃない。

 味方に残る記録も、

 敵に渡る輪郭も、

 その全部より先に、いまこの瞬間に生き残ることが優先だった。


 暁式参号が左へ切る。

 冬真が支える。

 瀬名が穴を作る。

 三人の役割が、一切の無駄なく重なる。


「ほんとに」

 瀬名が低く吐く。

「最悪の相性で最高に噛み合うな」


 白い機体が追尾を振り切り、味方青圏へ寄る。

 完全な決着にはまだ足りない。

 だが今夜の第一撃としては十分すぎる。

 敵の本命が姿を現し、

 こちらはそこへ届いた。


 そして何より、

 冬真と澪は、戦場のど真ん中で最も完成された形で並んでいた。


 並んだ影と光。

 その構図は、もう誰の目にも誤魔化せない。


『先鋒、生存!』

『敵指揮反応、大きく低下!』

『局地優勢、確保!』


 壁面モニタの表示が次々と塗り替わる。

 だが冬真の端末には別のものも残っていた。


 未承認深層接触、照合保留。

 監視優先度、上昇。

 戦術逸脱疑義、継続。


 代償は確実に残る。

 それでも今は、それ以上に大きいものがある。


 澪は生きている。

 敵本命へ届いた。

 そして自分たちは、ようやく本当に同じ戦場へ立てた。


 冬真は前線回線の奥で整っていく澪の息を聞きながら、静かに思う。


 光はもう囮ではなかった。

 影ももう後ろへ沈んではいなかった。

 並んだまま戦うために、

 ようやくここまで来たのだと。


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