表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第四章 フィル村歳月編
52/92

なんか初めての依頼は子山羊探しらしい

翌朝、俺たちは冒険者組合の前にいた。


剣は持っていない。

盾もない。

薬草袋も、今日は工房に置いてある。


持っているのは、水筒と布と木札。


それから、昨日ダナさんから見せてもらった依頼票の写し。


子山羊探し。


場所はルーベル外れの牧場。

見つけたら追わない。

牧場主の確認をもらって完了。


何度読んでも、魔物の気配はない。


それでも依頼だった。


ヨシュアは依頼票を俺とカリンの前に出した。


「もう一度読む」


「はい」


俺は声に出さず、文字を追う。


追わない。

触らない。

呼ぶ。

確認をもらう。


昨日と同じ言葉だ。


でも、紙の上で見るのと、実際にやるのは違う。


アンナは横で荷を確かめていた。


「今日は、怪我をしないことが一番よ」


「子山羊探しでも?」


「子山羊探しでも」


アンナは真面目な顔だった。


「走って転ぶ。柵に引っかける。草むらで虫に刺される。山羊に蹴られる。簡単そうなことほど、気を抜くと怪我をするわ」


山羊に蹴られる。


それは考えていなかった。


カリンが短く言う。


「後ろに立たない」


「そうね」


アンナが頷いた。


「それも大事」


ダナさんが組合から出てきた。


手には薄い木札と紐。


「お待たせしました。今日は見習い扱いです」


見習い。


登録前。

依頼前。

でも、何もしないわけではない。


ダナさんは俺とカリンを見た。


「昨日の確認です。見つけたら?」


「追わない」


カリンが答える。


「大声は?」


「出さない」


俺が答える。


「触る?」


「大人が来てから」


「報告は?」


「見つけた場所。状態。どうしたか。牧場主の確認」


「いいですね」


ダナさんは頷いた。


「では、行きましょう」


牧場は、ルーベルの門から少し歩いた先にあった。


木の柵。

低い草地。

干し草小屋。

水桶。

丸太で作った古い台。


風に草の匂いが混じっている。


フィル村の畑とは違う匂いだ。


動物の匂いが濃い。


牧場主は、日に焼けた腕の男だった。


「すみませんね。子どもに頼むような依頼で」


「子ども向けに組んだ依頼です」


ダナさんが答える。


「でも、依頼は依頼です。確認はお願いします」


「もちろん」


牧場主は、俺たちを見る。


「探してほしいのは、メルって子山羊だ。白い体で、右耳の先だけ黒い。首に小さい鈴をつけている」


白い体。

右耳の先だけ黒。

小さい鈴。


俺は木札に書いた。


メル。

白。

右耳黒。

鈴。


カリンが隣で牧場を見ている。


「どこから出た?」


牧場主は柵の端を指した。


「たぶん、あそこだ。朝見たら、隙間が広がっていた」


俺とカリンはそちらを見た。


ダナさんが言う。


「近づく前に、まず見る」


「はい」


柵の下に、土が擦れた跡がある。


草が寝ている。

細い毛が木のささくれに引っかかっている。

土には、小さな蹄の跡。


俺はしゃがみかけて、止まった。


「触っていいですか?」


ダナさんが頷く。


「毛だけ。柵は動かさないで」


俺は指先で毛を取った。


白い毛。


山羊の毛かどうかは分からない。


でも、場所とは合っている。


「白い毛。柵の下。足跡、外へ」


言ってから、長いかと思った。


ダナさんは頷いた。


「今のはいいです。場所と事実が入っています」


カリンが柵の外を見た。


「足跡、草の方」


確かに、踏まれた草が細く続いている。


道ではない。


牧場の裏手にある、低い草むらへ向かっている。


ヨシュアは後ろに立っていた。


「追うなよ」


「はい」


「足跡だけを見る。先に走るな」


「はい」


走りたいわけではない。


ただ、足跡を見つけると、次を見たくなる。


次を見たくなると、体が前に出る。


俺は一歩ごとに止まることにした。


一歩進む。

見る。

カリンを見る。

ダナさんを見る。


面倒だ。


でも、勝手に進むよりはいい。


草むらの手前で、足跡が薄くなった。


地面が乾いている。


蹄の跡は見えにくい。


俺は鑑定を使いかけて、やめた。


山羊の足跡に鑑定がどこまで使えるか分からない。


それより、見るものがある。


草の先が切れている。


低い葉だけが食べられている。


「ここ、食べた?」


牧場主が覗き込む。


「ああ。メルはこの草が好きだ」


好きな草。


依頼票には書いていなかった情報だ。


俺は木札に書き足す。


低い草を食べる。


ダナさんがそれを見て言う。


「今のは、報告に入れていいです」


「好きな草も?」


「次に探す時に使えるかもしれません」


次。


今回だけで終わらない情報。


なるほど。


カリンが耳を澄ませた。


「音」


「鈴?」


「たぶん」


全員が黙る。


風。

草。

遠くの荷車。

鳥の声。


その中に、かすかな金属音が混じった。


ちり、と小さい音。


俺は音の方を見た。


草むらの奥。


その先に、干し草小屋の裏手がある。


「あっち」


言いかけて、声を落とす。


「あっち。干し草小屋の裏」


カリンが俺の前に出るのではなく、横にずれた。


道をふさがない位置。


でも、草むらから道へ出る線は見ている。


ヨシュアがそれを見て頷いた。


「カリン、その位置でいい」


カリンの背中が伸びた。


干し草小屋へ近づくと、また鈴の音がした。


今度ははっきり聞こえた。


ちり。


それから、草を噛む音。


小屋の裏を回り込むと、白い子山羊がいた。


右耳の先が黒い。


メルだ。


木の台に前足をかけ、積んである干し草を食べようとしている。


「いた」


カリンが短く言った。


俺は声を出しかけて、止めた。


大声は出さない。


追わない。


近づきすぎない。


メルはこちらに気づいた。


口に草をくわえたまま、首を上げる。


鈴が鳴った。


逃げるか。


そう思った瞬間、ダナさんが手を軽く上げた。


「動かない」


俺とカリンは止まった。


牧場主が小声で言う。


「メル」


子山羊は耳を動かした。


逃げない。


でも、近づけば走りそうだ。


牧場主は腰の袋から、乾いた豆のようなものを出した。


「これが好きなんだ」


「餌?」


俺が聞く。


「ええ。でも、すぐに渡さない」


ダナさんが言った。


「餌を見せる。近づいてきたら、逃げ道をふさがず、柵の方へ誘導します」


逃げ道をふさがない。


囲まない。


昨日聞いた言葉だ。


ヨシュアが俺たちを見た。


「役割を決める」


牧場主が餌を持つ。

ダナさんが横を見る。

ヨシュアが小屋の角に立つ。

アンナは離れて全体を見る。

カリンは道側。

俺は柵下の隙間側。


俺は隙間を見る。


メルが抜けた場所とは違うが、小屋の裏にも低い穴がある。


ここから道路側へ出られる。


「ここ、抜けるかも」


「なら、そこを見て」


ダナさんが言う。


「ふさぐんじゃない。出そうになったら、短く知らせて」


「はい」


メルが一歩動いた。


鈴が鳴る。


牧場主が餌を見せる。


「メル、こっちだ」


メルは餌を見る。


一歩。

もう一歩。


俺は穴を見る。


メルを見る。


穴を見る。


全部見ようとすると遅れる。


俺の役割は穴だ。


メルはカリンの方へ首を向けた。


カリンは動かない。


視線も強すぎない。


ただ、そこにいる。


メルは進路を変えた。


牧場主の方へ近づく。


あと数歩。


その時、小屋の中から別の山羊が鳴いた。


メルが跳ねた。


「穴」


俺は言った。


短すぎる。


「右下、穴。出そう」


ヨシュアがすぐ動いた。


穴の前に立つのではなく、横に立つ。


メルがそちらを見て、止まる。


牧場主が餌を鳴らす。


「メル」


メルは迷った。


それから、餌の方へ歩いた。


牧場主が首輪の紐を取る。


触った。


でも、引っ張らない。


メルが餌を食べている間に、ゆっくり紐を持つ。


「よし」


ダナさんが息を吐いた。


俺も息を吐いた。


気づかないうちに止めていたらしい。


カリンが言う。


「終わり?」


ダナさんは首を横に振った。


「まだ」


そうだった。


見つけただけでは終わらない。


牧場主がメルを柵の中へ戻す。


柵の下の隙間に、板を仮に当てる。


ヨシュアが固定を手伝う。


メルは中で、何もなかったように草を食べている。


俺はそれを見て、腹が立った。


いや、子山羊に腹を立てても仕方ない。


仕方ないが、思うところはある。


カリンが横で言う。


「メル、悪い顔」


「してる」


「たぶん、またやる」


「たぶん」


牧場主も聞こえていたらしく、苦笑した。


「やるだろうな」


やるのか。


ダナさんは受付用の木札を出した。


「では、報告を作りましょう」


牧場主が確認者。


俺とカリンは、見習い。


ダナさんが書く。


俺たちは口で報告する。


「発見場所は?」


「干し草小屋の裏」


俺が答える。


「状態は?」


「怪我なし。干し草を食べていた」


「逃走経路は?」


「最初は牧場端の柵下。小屋裏にも抜けられる穴あり」


「対応は?」


カリンが答えた。


「追わない。餌で誘導。牧場主が紐を持った」


「補足は?」


補足。


俺は考える。


「メルは低い草が好き。鈴の音で場所が分かった。大きい音で跳ねた」


ダナさんが頷いた。


「いいですね」


牧場主も頷く。


「その通りだ」


「では、確認をお願いします」


牧場主が木札に印をつけた。


それで、依頼は終わった。


やっと終わった。


見つけてからの方が、思ったより長い。


ダナさんは木札をこちらに見せた。


発見。

誘導。

返却。

確認済。


「これで完了です」


完了。


その言葉で、肩の力が抜けた。


カリンも息を吐いている。


ヨシュアが言う。


「どうだった」


「山羊、面倒」


俺が答えると、アンナが笑った。


ダナさんも笑った。


「それが分かれば十分です」


十分なのか。


でも、分かる。


子山羊一匹でも、追えば逃げる。

声を出せば跳ねる。

触るにも順番がいる。

見つけても報告がいる。


魔物ではない。


でも、依頼だった。


牧場主は、小さな包みを二つ出した。


「報酬とは別に。よく見てくれたから」


中には、焼いた豆が入っていた。


メルが食べたものと似ている。


「山羊用ではないよ」


牧場主が慌てて付け足した。


俺は笑った。


「ありがとうございます」


カリンも包みを受け取る。


「ありがとうございます」


ダナさんが言う。


「報酬は組合で処理します。今日は見習い扱いなので、記録だけ残します」


「お金は?」


聞いてから、直接すぎたかと思った。


ダナさんは普通に答える。


「今回は見学扱い。あなたたちには組合から記録評価がつきます。報酬は大人側で処理します」


記録評価。


また新しい言葉だ。


ダナさんは笑う。


「お金をもらうには、責任も増えますから」


それはそうだ。


俺は豆の包みを見る。


今日はこれで十分なのだろう。


帰り道、カリンが包みを開けた。


一粒食べる。


「かたい」


「おいしい?」


「うん」


俺も一粒食べた。


香ばしい。


硬い。


メルが好きそうだと思った。


いや、山羊と味覚を合わせたくはない。


組合へ戻ると、ダナさんが報告木札を受付の後ろへ掛けた。


山羊探し。

見習い同行。

発見、返却、確認済。


そこに、俺とカリンの名前は小さく添えられていた。


大きな依頼ではない。


赤い印もない。

魔物の牙もない。

剣を抜く場面もない。


それでも、報告板に残った。


俺はそれを見ていた。


「ヨウカ」


カリンが呼ぶ。


「なに?」


「追わなかった」


「うん」


「呼べた」


「うん」


「終わった」


「確認もらった」


カリンは頷いた。


「依頼」


短い。


でも、たぶんその通りだった。


山羊を見つける。

怪我をさせずに戻す。

確認をもらう。


面倒だ。


でも、依頼だった。


俺は木札を一枚取った。


メル、干し草小屋裏。

追わない。

餌で誘導。

確認まで。


書いてから、最後に一行足す。


見つけただけでは終わらない。


ダナさんがそれを見て頷いた。


「いい記録です」


ヨシュアも頷いた。


アンナは笑っている。


カリンは豆を食べていた。


俺も包みから一粒取る。


硬い。


でも、悪くない。


どうやら、初めての依頼は子山羊探しらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ