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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第四章 フィル村歳月編
52/111

なんか増えた数字は軽くないらしい

フィル村へ戻った時、空はもう暗くなりかけていた。

 

村の入口で、村長とセリアさんが待っていた。

 

ヨシュアが足を止める。

 

「ルーベルからの帰り道で灰牙鼠が二匹出た。討伐済み。カリンが腕を打った。治療院では骨に異常なしと言われている」

 

村長の顔が険しくなった。

 

セリアさんはすぐカリンの腕を見た。

 

「痛む?」

 

「少し」

 

「動く?」

 

カリンは指を曲げた。

 

「動く」

 

セリアさんはアンナを見る。

 

「冷やした?」

 

「ええ。今日は重いものを持たせないわ」

 

「それがいいわ」

 

俺は救護袋を抱えたまま立っていた。

 

水と布を使っただけで、中身はほとんど減っていない。

 

それなのに、朝より重く感じる。

 

村長がこちらを見る。

 

「ヨウカは?」

 

「怪我はありません」

 

「そうか」

 

それ以上は聞かれなかった。

 

俺は木札を握る。

 

灰牙鼠、二匹。

道。

カリン、腕。

水と布。

報告。

討伐済み。

 

最後の字だけ、手の中で沈んでいる。

 

家に戻ると、ルカがアンナに手を伸ばした。

 

アンナは荷を下ろしてから、ルカを抱き上げる。

 

ルカは何も知らない顔で笑った。

 

さっきまで魔物の話をしていた。

 

今は、ルカがアンナの髪を握っている。

 

ヨシュアは戸口で靴の土を落としていた。

 

動きはいつも通りだ。

 

ただ、剣を外す手が少し遅かった。

 

夕食は静かだった。

 

カリンも一緒にいる。

 

アンナが念のため泊まらせることにしたのだ。

 

カリンは左腕をあまり使わず、右手で匙を持っている。

 

少しぎこちない。

 

「食べにくい?」

 

「食べられる」

 

「痛い?」

 

「痛い」

 

「強い?」

 

「さっきよりまし」

 

そう言って、カリンは肉を口に入れた。

 

食べる気はある。

 

それだけで、少し息が抜けた。

 

 

食事の後、ヨシュアは俺とカリンを囲炉裏の近くに座らせた。

 

アンナはルカを寝かせてから戻ってくる。

 

「今日のことを確認する」

 

怒る声ではない。

 

ただ、逃げられる声でもない。

 

「灰牙鼠が出た。俺が一匹を受けた。もう一匹がヨウカたちの方へ曲がった。カリンが盾で受けた。ヨウカは跳ぶ方向を言った。アンナが火で進路を切った」

 

赤い目。

前歯。

草の揺れ。

盾の音。

 

俺は膝の上で手を握る。

 

ヨシュアはカリンを見る。

 

「カリン。前に出すぎてはいない。だが、衝撃は軽くなかった」

 

「はい」

 

「次からは、盾を構える前に足を決めろ。受ける場所より、受けた後の場所だ」

 

「はい」

 

カリンの目は逃げていない。

 

腕は痛いはずなのに。

 

ヨシュアは次に俺を見る。

 

「ヨウカ。言葉は間に合った」

 

「はい」

 

「ただし、言えば誰かが動く」

 

「……はい」

 

「間違えば、誰かが間違って動く」

 

喉が詰まった。

 

俺の言葉で、カリンが盾を右へずらした。

 

間に合った。

 

もし間違っていたら。

 

「言うなという話ではない」

 

ヨシュアは続けた。

 

「見えたなら言え。短く、事実だけだ。迷った時は迷ったと言え」

 

「はい」

 

アンナが横から言う。

 

「怖かったことは、なかったことにしない」

 

俺はアンナを見る。

 

「怖いまま覚えていいの。怖くないふりで覚えると、次に体が遅れるわ」

 

「……はい」

 

「カリンちゃんも」

 

「はい」

 

カリンは左腕を見た。

 

「痛いです」

 

アンナは頷いた。

 

カリンは少し黙ってから、続けた。

 

「でも、止めました」

 

「そうね」

 

それだけで、カリンの肩が少し下がった。

 

 

その夜、俺はなかなか眠れなかった。

 

ルカの寝息。

囲炉裏の火が落ちる音。

外の虫の声。

 

目を閉じると、灰牙鼠が跳ぶ。

 

目を開けると、天井がある。

 

どちらも落ち着かない。

 

俺は布団から起き上がった。

 

木札を取る。

 

討伐済み。

 

その四文字を見ていると、頭の奥が熱くなった。

 

いつもの表示が、ゆっくり開く。

 

【条件を満たしました】

 

息が止まる。

 

【レベルが上昇しました】

 

【レベル 1 → 2】

 

胸の中が冷えた。

 

同時に、熱くもなった。

 

数字が並ぶ。

 

【攻撃 3 → 7】

【防御 4 → 7】

【敏捷 6 → 10】

【器用 11 → 16】

【幸運 39 → 40】

【魔力 39 → 47】

【MP 25 → 34】

 

増えている。

 

俺の数字が、増えている。

 

前より動けるかもしれない。

 

前より見て、伝えて、助けられるかもしれない。

 

魔力も増えた。

 

MPも増えた。

 

嬉しい。

 

それは、ある。

 

でも、灰牙鼠が動かなくなった後に出た数字だった。

 

俺は木札を握った。

 

討伐済み。

 

表示の光より、その字の方が残る。

 

スキルの欄も見た。

 

観察。

鑑定。

精霊魔法。

医学。

叡智。

??。

 

細かい変化は見えない。

 

少なくとも、今の俺には分からない。

 

レベルと数字だけが増えていた。

 

「ヨウカ」

 

後ろから声がした。

 

アンナだった。

 

「眠れない?」

 

「はい」

 

アンナは俺の隣に座った。

 

木札を見て、何も言わずに待つ。

 

俺は迷った。

 

それでも、口を開いた。

 

「数字が増えました」

 

アンナの目が細くなる。

 

「そう」

 

「レベルが、上がりました」

 

「うん」

 

「嬉しいんです」

 

声が小さくなった。

 

「でも、嫌です」

 

アンナは囲炉裏の灰を見ていた。

 

「どちらかにしなくていいわ」

 

「え?」

 

「嬉しいこと。怖いこと。嫌なこと。助かったこと。全部一緒に来る日もある」

 

俺は木札を見た。

 

増えた数字が並んでいる。

 

それでも、灰牙鼠の目も消えない。

 

「強くなったんでしょうか」

 

「少しはね」

 

アンナは正直に言った。

 

「でも、今日のヨウカが、明日急に大人になるわけじゃない」

 

「はい」

 

「数字が増えたなら、増えた分だけ慎重に使いなさい」

 

そこへ、ヨシュアも来た。

 

寝ていたわけではなかったらしい。

 

「数字は道具だ」

 

ヨシュアは短く言った。

 

「見ないのも、眺めるだけも危ない」

 

「はい」

 

「必要な時に確認しろ。それだけだ」

 

それだけ。

 

ヨシュアらしい。

 

ただ、少し楽になった。

 

数字は道具。

 

討伐済みは事実。

 

どちらも消えない。

 

アンナが俺の手から木札をそっと取った。

 

「今日はもう寝なさい」

 

「でも」

 

「明日、もう一度見ればいいわ」

 

ヨシュアが頷く。

 

「寝不足で強くなることはない」

 

それはそうだ。

 

かなりそうだ。

 

俺は布団に戻った。

 

表示はもう消えている。

 

でも、数字は覚えていた。

 

前より増えた。

 

軽くない数字だった。

 

 

翌朝、カリンは左腕を布で吊っていた。

 

本人は不満そうだった。

 

「動くのに」

 

「動くから、使わないの」

 

アンナが言う。

 

「今日は盾も木剣も持たない」

 

カリンは眉を寄せた。

 

ヨシュアが横から言う。

 

「持たない練習だ」

 

「持たない練習?」

 

「そうだ」

 

カリンは少し考える。

 

「守れない」

 

「守り方を変える」

 

ヨシュアは庭を指した。

 

「見る。伝える。立つ場所を決める。盾を持たない時にできることをやる」

 

カリンは黙った。

 

それから、小さく頷いた。

 

「やる」

 

俺は木札を持っていた。

 

昨日の数字を書こうとして、手が止まる。

 

数字だけを書くと、軽くなる気がした。

 

先に、別のことを書く。

 

灰牙鼠。

二匹。

カリン、腕。

水と布。

討伐済み。

レベル2。

 

その下に、小さく数字を書いた。

 

攻撃7。

防御7。

敏捷10。

器用16。

幸運40。

魔力47。

MP34。

 

ヨシュアが覗く。

 

「順番は間違っていないな」

 

「順番?」

 

「数字を先に書いていない」

 

木札を見る。

 

そうだった。

 

数字より先に、何があったかを書いた。

 

それでいい気がした。

 

昼前、ダナから正式な紙が届いた。

 

ルーベル近郊道での灰牙鼠発生について。

 

報告者。

討伐者。

負傷者。

確認者。

対応。

 

その下に、小さく書かれていた。

 

見習い同行者二名は、生存帰還。

現場報告あり。

救護補助あり。

 

生存帰還。

 

俺はそこで止まった。

 

成果より先に、その言葉がある。

 

ヨシュアは紙を読み、村長に渡した。

 

村長は眉間にしわを寄せながらも、最後に頷いた。

 

「生きて帰った。まずはそれだな」

 

カリンが俺を見る。

 

「まず?」

 

「まず」

 

「次は?」

 

俺は紙を見た。

 

次。

 

次がある。

 

「次は、間違えないようにする」

 

「全部?」

 

「無理」

 

カリンが笑った。

 

「なら、少し」

 

「うん。少し」

 

庭の向こうで、ルカが縁側につかまり立ちをしていた。

 

アンナがすぐ後ろにいる。

 

ルカはふらふらしながら、片手を離そうとする。

 

アンナが支える。

 

ルカは笑う。

 

昨日、灰牙鼠が出た。

 

今日、ルカは立とうとしている。

 

同じ世界だ。

 

俺は木札をしまった。

 

重い。

 

それでも、しまえた。


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