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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第四章 フィル村歳月編
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なんか七歳の春にも残るものがあるらしい

ルカは、よく泣く赤ん坊から、よく動く子どもになった。

 

最初は、布の中で手を動かすだけだった。

 

それが、寝返りをするようになり、腹ばいで進むようになり、つかまり立ちをするようになった。

 

やがて、危なっかしい足で家の中を歩き始めた。

 

そうして、二度目の春が来た。

 

俺は七歳になっていた。

 

家の中の物の置き方も変わった。

 

低い棚には、割れる瓶を置かない。

小さな木札は、床に落とさない。

薬草袋は、紐を強く結ぶ。

水桶は、奥へ寄せる。

 

ルカが触るからだ。

 

俺の木札箱も、高い段へ移った。

 

ヨウカの箱、そのまま。

 

その木札は、もう箱の上にはない。

 

なくても分かるようになったからだ。

 

悔しい気もした。

 

でも、高い段に移したのは俺だった。

 

ルカが箱を開けようとして、中の木札を口へ持っていきかけたからである。

 

あれは危ない。

 

「姉、練習中」

 

昔書いた木札を見つけた時、俺は笑った。

 

練習は、まだ続いている。

 

ルカは待たない。

 

転ぶ。

泣く。

立とうとする。

また転ぶ。

俺の布人形を狙う。

 

布人形だけは、今も俺のものだ。

 

ルカが手を伸ばすと、カリンが無言で別の布を渡す。

 

ルカはそちらを握る。

 

たまに失敗する。

 

その時は、俺が布人形を頭の上に避難させる。

 

「ヨウカ、大人げない」

 

カリンが言った。

 

「これは私の」

 

「ルカ、分かってない」

 

「だから守る」

 

カリンは真面目な顔で頷いた。

 

「守り方、変」

 

変ではない。

 

たぶん。

 

アンナはそれを見て笑う。

 

ヨシュアは、ルカが立とうとするたびに手を出しかける。

 

そして、アンナに止められる。

 

「ヨシュア」

 

「転ぶ」

 

「転ぶわ」

 

「危ない」

 

「危ないから、下に布を敷いてあるの」

 

ヨシュアは布を見た。

 

その上でルカが尻もちをつく。

 

泣きそうな顔になる。

 

ヨシュアが動きかける。

 

ルカは泣かずに、また立とうとした。

 

アンナが言う。

 

「ほら」

 

ヨシュアは何も言わなかった。

 

俺はそれを見ていた。

 

手を出す前に見る。

止める前に、必要かどうかを考える。

 

ルカが来てから、家の中で何度も同じことをやっている。

 

それでも難しい。

 

自分よりずっと小さいものが目の前で転ぶと、体が先に動く。

 

二十二歳の記憶があっても、そこはあまり変わらない。

 

五歳の時よりは待てるようになった。

 

まだ、たまに体が先に動く。

 

七歳になっても、俺は練習中だった。

 

 

春になると、井戸のそばの芽は、細い花をつけた。

 

リリが昔置いた花飾りの場所だ。

 

トマとノルは、もう縄の前で走らない。

 

走りかける小さい子がいると、先に止める側になっている。

 

「そっちじゃない」

 

トマが言う。

 

「縄あるから」

 

ノルが言う。

 

昔、自分たちが言われていた言葉だ。

 

言われる側から、言う側へ。

 

森へ向かう縄は、まだ残っていた。

 

赤。

黄色。

黒。

 

雨と風で色が薄くなり、何度も付け替えられている。

 

黒い線は、以前より奥へ戻った場所もある。

 

けれど、消えてはいない。

 

小川の水は、村側の一部なら洗い物に使える日が増えた。

 

ただし、飲み水にはしない。

薬草にも使わない。

湧き場の方へは行かない。

 

村長の記録板には、今でも同じような言葉が並ぶ。

 

鳥、村側多い。

虫、畑側あり。

小川、下流のみ。

黒線、変わらず。

 

全部は戻っていない。

 

ただ、村はその状態で暮らすのに慣れてきた。

 

慣れるのは便利だ。

 

便利だが、怖い。

 

そう思うようになったのは、リディアの記録のせいだと思う。

 

異常なし、ではなく、前回と同じ。

 

安全、ではなく、使用せず。

 

あの言い方が、まだ頭に残っている。

 

俺は木札を一枚取った。

 

黒線、変わらず。

 

書いてから、井戸の花を見る。

 

春花、井戸横。

 

二枚を並べる。

 

似たようなことを、前にもした気がする。

 

春は何度も来る。

 

でも、同じ春ではない。

 

 

ルカが庭を歩きたがるようになった。

 

まだ危なっかしい。

 

アンナは椅子に座って見ている。

 

ヨシュアは離れた場所で、いつでも動ける姿勢をしている。

 

カリンはルカと縄の間に立つ。

 

俺は井戸のそばで、ルカの歩く先を見る。

 

石。

くぼみ。

草の根。

落ちた木片。

 

七歳の俺が見ているものは、五歳の時より増えた。

 

「ルカ、そこ」

 

俺が言うと、ルカは分からない顔でこちらを見る。

 

分かっていない。

 

ただ、声には反応する。

 

「こっち」

 

手を叩くと、ルカは一歩ずつこちらへ来る。

 

途中で尻もちをついた。

 

ヨシュアが動きかける。

 

アンナが名前を呼ぶ前に、ヨシュアは止まった。

 

ルカは座ったまま、土を掴もうとする。

 

「土はだめ」

 

俺が言う。

 

ルカは土を見る。

 

俺を見る。

 

それから、土を握った。

 

「だめって言った」

 

「分かってない」

 

カリンが言う。

 

「だめと言われたことだけは、分かったかもしれない」

 

「じゃあ、やる」

 

「たぶん」

 

ルカは土を握ったまま笑った。

 

ヨシュアが低い声で言う。

 

「誰に似た」

 

アンナは笑わなかった。

 

俺を見た。

 

なぜだ。

 

ルカの手を洗うために、俺は井戸水を汲んだ。

 

カリンが布を持ってくる。

 

ヨシュアが桶を支える。

 

アンナが座ったまま指示を出す。

 

ルカは泣かない。

 

むしろ楽しそうだ。

 

家の中も、村の中も変わった。

 

縄は残っている。

木札も残っている。

布人形は、まだ俺のものだった。

カリンは今日も、ルカと縄の間に立つ。

 

 

そして、その日、ルーベルから手紙が来た。

 

昼過ぎに、行商人が村へ入ってきた。

 

荷物と一緒に、ミラからの手紙を持っていた。

 

アンナが封を切る。

 

俺は薬草棚の前に座っていた。

 

ルカはヨシュアの膝の上で、木の匙を握っている。

 

カリンは俺の横にいる。

 

アンナは手紙を読み、目を細めた。

 

「ミラさんから?」

 

俺が聞く。

 

「ええ」

 

アンナは手紙をもう一度見た。

 

「ルーベルの薬師工房で、また薬草の整理を手伝えるかもしれないって」

 

薬師工房。

 

その言葉で、背筋が伸びた。

 

「黒い根?」

 

「それだけではないわ」

 

アンナは首を横に振る。

 

「薬草の保存、乾燥、調合の下準備。あと、前に送った記録の確認もあるみたい」

 

記録。

 

薬草。

 

ルーベル。

 

頭の中で、いくつかの線がつながる。

 

黒い根のことは、まだ終わっていない。

 

ただ、ルーベルへ行く理由が、それだけではなくなっている。

 

助けたいなら、知らないといけない。

 

見えるだけでは足りない。

 

ヨシュアが手紙を受け取り、短く読んだ。

 

「行くなら、準備がいる」

 

アンナが頷く。

 

「ええ。日帰りではなくなるかもしれないわ」

 

ルカが木の匙を落とした。

 

乾いた音がする。

 

全員がそちらを見る。

 

ルカはにこにこしている。

 

拾ってもらえると思っている顔だ。

 

カリンが拾おうとして、俺が先に手を出した。

 

匙を拾い、汚れを見て、アンナを見る。

 

「洗う?」

 

「ええ。洗ってからね」

 

井戸へ行く。

 

それだけのことなのに、緊張した。

 

ルーベルに行く。

 

村の外へ出る。

 

薬師工房で、見るだけではなく手伝う。

 

その前に、匙を洗う。

 

順番が変なようで、変ではない。

 

今できることからやるしかない。

 

俺は匙を洗って戻った。

 

ルカに渡す前に、アンナを見る。

 

アンナが頷く。

 

それから渡す。

 

ルカはまた笑った。

 

今度は落とさなかった。

 

カリンが言う。

 

「ヨウカ、行く?」

 

「行きたい」

 

答えはすぐ出た。

 

ただ、決めるのは俺ではない。

 

それも分かっている。

 

「でも、大人が決める」

 

カリンは頷いた。

 

「私も?」

 

「行きたい?」

 

「うん」

 

カリンの返事も早かった。

 

ヨシュアが俺たちを見る。

 

「遊びに行くわけじゃない」

 

「分かってる」

 

「分かっています」

 

俺とカリンの声が重なった。

 

アンナが笑う。

 

「まずは準備ね」

 

準備。

 

その言葉は、もう怖くない。

 

俺は木札を一枚取った。

 

ルーベル、準備。

 

書いてから、考える。

 

それだけでは足りない。

 

薬草。

記録。

水。

ルカ。

留守番。

カリン。

 

多すぎる。

 

木札一枚では収まらない。

 

俺は書くのをやめた。

 

全部を今、木札にする必要はない。

 

まず、聞く。

 

「アンナ」

 

つい名前で呼びそうになって、止まった。

 

口に出す時は違う。

 

「母さん」

 

「なあに?」

 

「何から準備する?」

 

アンナは満足そうに頷いた。

 

「まずは、持っていかないものを決めるところからね」

 

持っていかないもの。

 

それを聞いて、笑いそうになった。

 

やっぱり、そこからなのか。

 

ルカが匙を振る。

 

カリンがその手を見張る。

 

ヨシュアが手紙を畳む。

 

井戸のそばでは、春の花が風に揺れていた。

 

黒い線は、まだ森の向こうに残っている。

 

でも、道はルーベルへも続いている。


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