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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第一章 フィル村幼児期編
2/33

なんか家族ができたらしい

赤ん坊の生活は、思っていたより忙しい。


寝る。

起きる。

泣く。

飲む。

寝る。


それだけで一日が終わる。


前世の感覚で言えば、信じられないほど何もできない。

手を伸ばしても届かない。

首も満足に動かせない。

言葉も出ない。


それなのに、腹は減る。

眠くなる。

寒ければ泣く。

不快なら泣く。


赤ん坊というのは、かなり面倒な生き物らしい。


そして、今の俺はその赤ん坊だった。


「ヨウカ、起きたの?」


アンナの声がした。


柔らかい声だった。


前世でも、優しい声を聞いたことがないわけではない。

学校にはいた。

部活にもいた。

友達にもいた。


でも、家の中で聞く優しい声には、あまり慣れていなかった。


アンナは俺を抱き上げると、慣れた手つきで布を替えた。


そこで俺は、何度目かの現実確認をする。


女の子である。


いや、分かっている。

分かってはいる。


拾われてから何度も着替えさせられているし、風呂にも入れられている。

赤ん坊の身ではどうしようもないので、抵抗することもない。


ただ、内心では毎回ちょっと思う。


女か。

そうか。

女なんやな。


悲しいとか、嫌だとか、そこまで強い感情はない。


前世の体に特別な未練があるかと言われると、正直そこまででもない。

男として生きてきた記憶はある。

野球もした。

教師を目指していた。

でも、その人生がものすごく幸福だったかと言われると、かなり微妙だ。


だから、女になったことそのものよりも。


今、自分を乱暴に扱わない手があること。

泣いたら来てくれる人がいること。

名前を呼ばれること。


そちらの方が、よほど大きかった。


「お腹空いたのね。ちょっと待って」


アンナが笑う。


俺は赤ん坊らしく声を上げた。


「あー」


言葉にはならない。


だがアンナは、それだけで嬉しそうにした。


「はいはい。分かってるわよ」


分かるのか。

すごいな、母親というものは。


いや、正確には拾いの母親だ。


でもアンナは、俺を拾ったその日から、当然のように世話をしている。


ヨシュアもそうだった。


剣士で冒険者と聞いていたので、もっと荒っぽい男を想像していた。

しかし実際のヨシュアは、声こそ低いが、手つきは意外なほど丁寧だった。


俺を抱く時も、壊れ物を扱うようにそっと持つ。


「怖がるな。落とさん」


そう言って笑った。


別に怖がっているつもりはない。

ただ、体が勝手に強張ることがあった。


大きな男の手。

低い声。

足音。

扉の開く音。


そういうものに、前世の記憶が反応する。


ヨシュアはそれに気づいたのか、俺を抱く時は必ず先に声をかけるようになった。


「ヨウカ、抱くぞ」


それだけで、少し楽だった。


たぶんこの人は、優しい。


少なくとも、怖がらせたい人ではない。


それは赤ん坊の体でも分かった。



俺の暮らす家は、フィル村の端にあった。


大きな家ではない。

木でできた、温かい匂いのする家だ。


暖炉があり、棚には瓶が並んでいて、壁にはヨシュアの剣が掛けてある。


アンナの机には、魔法の本らしいものと、乾燥させた草が置かれていた。


俺は赤ん坊なので、動ける範囲は狭い。


だが、目だけはよく動いた。


そして、見つめると時々、妙な文字が浮かぶ。


【木の椅子】

座るための家具。少し古い。脚の一本に傷がある。


【薬草瓶】

乾燥薬草が入った瓶。湿気に注意。


【暖炉】

火を扱う場所。近づきすぎると危険。


鑑定。


たぶん、そういう力なのだと思う。


ただし、何でも分かるわけではない。


アンナが使っている魔法書をじっと見ても、


【魔法書】

魔法について書かれた本。現在の理解では詳細不明。


と出るだけだった。


便利なのか、不便なのか分からない。


いや、便利ではある。

ただ、俺の知識や理解が足りないと、深くは読めないらしい。


そこは少し安心した。


何もかも分かる能力だったら、自分が自分でなくなる気がしたからだ。


それにしても。


赤ん坊の俺が壁や椅子をじっと見つめている姿は、周囲から見ればかなり変かもしれない。


「この子、よく見るわね」


アンナが言った。


「賢い子になるかもな」


ヨシュアが答える。


「親バカ早くない?」


「拾って二日で親なら、もう親バカでいいだろう」


「それもそうね」


二人は笑った。


俺は黙って聞いていた。


親。


その言葉が、胸の奥に引っかかる。


前世にも親はいた。


だが、家族というものは、いつも安心できるものではなかった。


父の機嫌。

母の不在。

家の中に流れる、言葉にならない重さ。


それが普通だと思っていた時期もある。


でも、たぶん普通ではなかった。


少なくとも、この家は違う。


ヨシュアはアンナの話を聞く。

アンナはヨシュアに怒る時も、怒鳴らない。

二人とも、俺を見て笑う。


それだけのことが、かなり不思議だった。



ある日、アンナが指を切った。


薬草を刻んでいる時だった。


「痛っ」


小さな声だった。


大した傷ではない。

指先を少し切っただけだ。


けれど、赤い血が見えた瞬間、俺の頭の中が妙に冷えた。


清潔な布。

圧迫。

水で洗う。

汚れた刃物なら感染の危険。


そんな知識が、断片的に浮かぶ。


前世の俺は医者ではない。

医学生でもない。


だから、これは専門的な知識ではない。

たぶん、一般常識と、何かのスキルが反応しているだけだ。


医学。


そんな言葉が頭の端に浮かんだ。


だが、俺は赤ん坊だ。


何もできない。


声も出せない。

歩けない。

布も持てない。


アンナは自分で布を巻き、軽く魔法を使った。


淡い光が指先を包む。

血が止まった。


「大丈夫、大丈夫」


アンナは俺の視線に気づいて笑った。


「心配してくれたの?」


俺は声を出した。


「あう」


心配した。


でも、何もできなかった。


それが少し悔しかった。


前世でも、そういうことはあった。


分かっているのに動けない。

おかしいと思っているのに言えない。

助けたいと思っても、助け方を知らない。


今も同じだ。


知識がなければ使えない。

体が動かなければ届かない。


だったら、覚えるしかない。


見て、聞いて、考えて、いつか動けるようになるしかない。


赤ん坊の小さな手を握りしめる。


その手は、あまりにも弱かった。


でも、何もできないままでいるつもりはなかった。



季節が少しずつ変わった。


俺は、ヨウカとして育っていった。


首がすわり、寝返りができるようになり、はいはいを覚えた。


動けるようになると、世界は広がった。


床の木目。

棚の下。

暖炉の近くの灰。

アンナのスカートの裾。

ヨシュアの靴。


どれも新しい。


俺はあちこちに行こうとして、そのたびに止められた。


「ヨウカ、そこは駄目」


「あー」


「暖炉は駄目。火傷するわ」


「あう」


「分かってない顔ね」


分かっている。

火傷するのは分かっている。


だが、見たいものは見たい。


知りたいものは知りたい。


前世でもそうだった。

歴史漫画、伝記、図鑑、迷路の本。

何かを見つけるのは好きだった。


どうやら、その性分は赤ん坊になっても変わらないらしい。


ただ、赤ん坊の探索は危険だ。


ヨシュアは俺を抱き上げると、肩に乗せるようにして部屋を歩いた。


「ほら、見たいならこっちから見ろ」


視点が高くなる。


棚の上。

窓の外。

アンナの机。


世界が一気に広がった。


俺は思わず声を上げた。


「おー」


ヨシュアが笑う。


「おお、か。そうか。楽しいか」


楽しい。


かなり楽しい。


前世でも、誰かに肩車をしてもらった記憶はない。

あったのかもしれないが、少なくとも思い出せない。


だから、これは新しい記憶だった。


悪くない。


いや、かなり良い。



その日の夕方、家に客が来た。


小さな女の子だった。


俺より少し大きい。

たぶん三歳くらい。


銀に近い明るい髪。

大きな目。

背筋が妙にしっかりしている。


その子は扉の前で、じっと俺を見た。


「この子?」


「そう。ヨウカよ」


アンナが言う。


女の子は近づいてきた。


俺は床の上で座っていた。

まだ安定しない座り方だ。


その子は俺の前にしゃがみ、真剣な顔で言った。


「カリン」


自己紹介らしい。


俺も返事をしようとした。


「よ……」


言えない。


「う……あ」


カリンはしばらく俺を見つめた。


そして、なぜか満足そうに頷いた。


「よーか」


発音は少し違ったが、たぶん俺の名前を呼んだ。


それからカリンは、小さな手を差し出した。


俺はその手を見た。


【カリン】

状態:健康

詳細不明。


人間には、壁や椅子ほど簡単には情報が出ないらしい。


だが、何か強い気配があった。


この子は、ただの子どもではない。


そう思った。


俺が手を伸ばすと、カリンはぎゅっと握った。


力が強い。


赤ん坊相手にその力加減でいいのか。


少し痛い。


でも、不思議と嫌ではなかった。


カリンは言った。


「よーか、まもる」


アンナが笑った。


「あら、頼もしい」


ヨシュアも笑った。


「もう護衛ができたな」


俺はカリンを見上げた。


守る。


三歳の子どもが言うには、ずいぶん大きな言葉だ。


でも、その目は本気だった。


俺は返事の代わりに、握られた手を少しだけ握り返した。


カリンはまた満足そうに頷いた。


どうやら、友達ができたらしい。


いや。


家族ができたばかりなのに、もう幼馴染までできたのかもしれない。


なんだ、この人生。


前世より、だいぶ賑やかになりそうだった。

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