↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第一章 フィル村幼児期編
2/163

なんか家族ができたらしい

今の俺は赤ん坊だった。

 

「ヨウカ、起きたの?」

 

アンナの声がした。柔らかい声だった。

 

前世でも、優しい声を聞いたことがないわけではない。学校にはいたし、部活にもいた。友達にもいた。

 

ただ、家の中で聞く優しい声には、あまり慣れていなかった。

 

アンナは俺を抱き上げると、慣れた手つきで布を替えた。

 

そこで俺は、何度目かの現実確認をする。

 

女の子である。

 

「お腹空いたのね。ちょっと待って」

 

アンナが笑う。

 

俺は赤ん坊らしく声を上げた。

 

「あー」

 

言葉にはならない。だがアンナは、それだけで嬉しそうにした。

 

「はいはい。分かってるわよ」

 

分かるのか。すごいな、母親というものは。

 

いや、正確には拾いの母親だ。

 

でもアンナは、俺を拾ったその日から、当然のように世話をしている。

 

⸻

 

ヨシュアもそうだった。

 

剣士で冒険者と聞いていたので、もっと荒っぽい男を想像していた。しかし実際のヨシュアは、声こそ低いが、手つきは意外なほど丁寧だった。

 

俺を抱く時も、壊れ物を扱うようにそっと持つ。

 

「怖がるな。落とさん」

 

そう言って笑った。

 

別に怖がっているつもりはない。ただ、体が勝手に強張ることがあった。

 

大きな男の手。低い声。足音。扉の開く音。

 

そういうものに、前世の記憶が反応する。

 

ヨシュアはそれに気づいたのか、俺を抱く時は必ず先に声をかけるようになった。

 

「ヨウカ、抱くぞ」

 

それだけで、少し楽だった。

 

たぶんこの人は、優しい。少なくとも、怖がらせたい人ではない。

 

それは赤ん坊の体でも分かった。

 

⸻

 

俺の暮らす家は、フィル村の端にあった。

 

大きな家ではない。木でできた、温かい匂いのする家だ。

 

暖炉があり、棚には瓶が並んでいて、壁にはヨシュアの剣が掛けてある。アンナの机には、魔法の本らしいものと、乾燥させた草が置かれていた。

 

俺は赤ん坊なので、動ける範囲は狭い。

 

だが、目だけはよく動いた。

 

そして、見つめると時々、妙な文字が浮かぶ。

 

――――――――――

 

【木の椅子】

 

座るための家具。少し古い。脚の一本に傷がある。

 

――――――――――

 

――――――――――

 

【薬草瓶】

 

乾燥薬草が入った瓶。湿気に注意。

 

――――――――――

 

――――――――――

 

【暖炉】

 

火を扱う場所。近づきすぎると危険。

 

――――――――――

 

鑑定。たぶん、そういう力なのだと思う。

 

ただし、何でも分かるわけではない。

 

アンナが使っている魔法書をじっと見ても、

 

――――――――――

 

【魔法書】

 

魔法について書かれた本。現在の理解では詳細不明。

 

――――――――――

 

と出るだけだった。

 

便利なのか、不便なのか分からない。

 

いや、便利ではある。ただ、俺の知識や理解が足りないと、深くは読めないらしい。

 

そこは少し安心した。

 

何もかも分かる能力だったら、自分が自分でなくなる気がしたからだ。

 

それにしても。

 

赤ん坊が壁や椅子をじっと見つめている姿は、周りから見ればかなり変かもしれない。

 

「この子、よく見るわね」

 

アンナが言った。

 

「賢い子になるかもな」

 

ヨシュアが答える。

 

「親バカ早くない?」

 

「拾って二日で親なら、もう親バカでいいだろう」

 

「それもそうね」

 

二人は笑った。俺は黙って聞いていた。

 

親。

 

その言葉が、胸の奥に引っかかる。

 

前世にも親はいた。

 

だが、家族というものは、いつも安心できるものではなかった。

 

父の機嫌。母の不在。家の中に流れる、言葉にならない重さ。

 

それが普通だと思っていた時期もある。でも、たぶん普通ではなかった。

 

少なくとも、この家は違う。

 

ヨシュアはアンナの話を聞く。アンナはヨシュアに怒る時も、怒鳴らない。二人とも、俺を見て笑う。

 

それだけのことが、かなり不思議だった。

 

⸻

 

ある日、アンナが指を切った。

 

薬草を刻んでいる時だった。

 

「痛っ」

 

小さな声だった。大した傷ではない。指先を少し切っただけだ。

 

けれど、赤い血が見えた瞬間、頭の中が妙に冷えた。

 

清潔な布。圧迫。水で洗う。汚れた刃物なら感染の危険。

 

そんな知識が、断片的に浮かぶ。

 

前世の俺は医者ではない。医学生でもない。だから、これは専門的な知識ではない。たぶん、一般常識と、何かのスキルが反応しているだけだ。

 

医学。

 

そんな言葉が頭の端に浮かんだ。

 

だが、俺は赤ん坊だ。

 

何もできない。

 

声も出せない。歩けない。布も持てない。

 

アンナは切った指を、自分の目の高さまで持ち上げた。

 

反対の手の指先に、小さな火が灯った。

 

小さい、というより、点に近い。赤ん坊の爪より小さいくらいだ。

 

それを傷に当てた。

 

じ、と短い音がして、火が消えた。

 

血が止まっている。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

アンナは俺の視線に気づいて笑った。

 

「心配してくれたの?」

 

俺は声を出した。

 

「あう」

 

心配した。でも、何もできなかった。

 

それが少し悔しかった。

 

それに、今のは何だったのか。

 

布を巻いて押さえる、が頭に浮かんでいたのに、アンナはその前に終わらせた。火であんなことができるとは思っていなかった。

 

あれだけ小さいのに、ちゃんと血が止まっている。

 

前世でも、そういうことはあった。

 

分かっているのに動けない。おかしいと思っているのに言えない。助けたいと思っても、助け方を知らない。

 

今も同じだ。

 

知識がなければ使えない。体が動かなければ届かない。

 

だったら、覚えるしかない。

 

見て、聞いて、考えて、いつか動けるようになるしかない。

 

赤ん坊の小さな手を握りしめた。

 

その手は、あまりにも弱かった。

 

でも、何もできないままでいるつもりはなかった。

 

⸻

 

季節が少しずつ変わった。

 

俺は、ヨウカとして育っていった。

 

首がすわり、寝返りができるようになり、はいはいを覚えた。

 

動けるようになると、世界は広がった。

 

床の木目。棚の下。暖炉の近くの灰。アンナのスカートの裾。ヨシュアの靴。

 

どれも新しい。

 

俺はあちこちに行こうとして、そのたびに止められた。

 

「ヨウカ、そこは駄目」

 

「あー」

 

「暖炉は駄目。火傷するわ」

 

「あう」

 

「分かってない顔ね」

 

分かっている。火傷するのは分かっている。

 

だが、見たいものは見たい。知りたいものは知りたい。

 

前世でもそうだった。歴史漫画、伝記、図鑑、迷路の本。何かを見つけるのは好きだった。

 

どうやら、その性分は赤ん坊になっても変わらないらしい。

 

ただ、赤ん坊の探索は危険だ。

 

ヨシュアは俺を抱き上げると、肩に乗せるようにして部屋を歩いた。

 

「ほら、見たいならこっちから見ろ」

 

視点が高くなる。

 

棚の上。窓の外。アンナの机。

 

世界が一気に広がった。

 

俺は思わず声を上げた。

 

「おー」

 

ヨシュアが笑う。

 

「おお、か。そうか。楽しいか」

 

楽しい。かなり楽しい。

 

前世でも、誰かに肩車をしてもらった記憶はない。あったのかもしれないが、少なくとも思い出せない。

 

だから、これは新しい記憶だった。

 

悪くない。いや、かなり良い。

 

⸻

 

その日の夕方、家に客が来た。

 

小さな女の子だった。

 

俺より少し大きい。たぶん三歳くらい。

 

黒い髪。大きな目。背筋が妙にしっかりしている。

 

その子は扉の前で、じっと俺を見た。

 

「この子?」

 

「そう。ヨウカよ」

 

アンナが言う。

 

女の子は近づいてきた。

 

俺は床の上で座っていた。まだ安定しない座り方だ。

 

その子は俺の前にしゃがみ、真剣な顔で言った。

 

「カリン」

 

自己紹介らしい。

 

俺も返事をしようとした。

 

「よ……」

 

言えない。

 

「う……あ」

 

カリンはしばらく俺を見つめた。

 

そして、なぜか満足そうに頷いた。

 

「よーか」

 

発音は少し違ったが、たぶん俺の名前を呼んだ。

 

それからカリンは、小さな手を差し出した。

 

俺はその手を見た。

 

――――――――――

 

【カリン】

 

状態:健康

詳細不明。

 

――――――――――

 

人間には、壁や椅子ほど簡単には情報が出ないらしい。

 

だが、何か強い気配があった。

 

この子は、ただの子どもではない。

 

そう思った。

 

俺が手を伸ばすと、カリンはぎゅっと握った。

 

力が強い。赤ん坊相手にその力加減でいいのか。

 

少し痛い。

 

でも、不思議と嫌ではなかった。

 

カリンは言った。

 

「よーか、まもる」

 

アンナが笑った。

 

「あら、頼もしい」

 

ヨシュアも笑った。

 

「もう護衛ができたな」

 

俺はカリンを見上げた。

 

守る。

 

三歳の子どもが言うには、ずいぶん大きな言葉だ。

 

でも、その目は本気だった。

 

俺は返事の代わりに、握られた手を少しだけ握り返した。

 

カリンはまた満足そうに頷いた。

 

どうやら、友達ができたらしい。

 

いや。

 

家族ができたばかりなのに、もう幼馴染までできたのかもしれない。

 

なんだ、この人生。

 

前世より、だいぶ賑やかになりそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。