98.開幕即……
大霊峰の頂上から、魔法力を帯びた咆哮が轟く。
声の主こそドラミちゃんが憧れる純白竜……なんだろかいね?
到底、竜の叫びとは思えなかった。
荘厳で雄大な大自然と管弦楽団のシンフォニーをミックスしたような、なんとも不思議な……私でさえも心揺さぶられ、魂が芯から震えて叫びたくなる大音声だ。
時に厳しく、時に恵みをもたらす。世界と人とのつながりを肌に感じると同時に――
『いくよ! お兄ちゃん!』
旋回飛行中だった竜たちが呼応して各々(おのおの)鬨の声を上げた。
全参加者が翼を畳んで地面に向かって突っ込んでいく。どこに着地するか。戦場選びはすでに始まっていた。
私は短距離転移魔法でピンドラの頭の上に乗る。
「ドラミちゃんや。どこに降りる?」
『えっとえっと、隠れるとこが多い石の建物の森かなぁ』
「やめとけやめとけ。後ろからさっきの緑のバカがついてきてるぞ」
『ええぇ!?』
「蛇ってのはちょっとしたとっかかりがあえれば、垂直な壁でも登れるらしい。死角が多い方が向こうの奇襲を受けやすいんでな」
『じゃあじゃあ、どこいけばいいのお兄ちゃん!?』
「進路そのまま。平原に降りろ」
『だ、ダメだよぉ! 他から丸見えじゃん! 戦ってたら漁夫られちゃうよぉ!』
「大丈夫だ。お兄ちゃんを信じなさい」
『ぷぅ……んもー! お兄ちゃんのド素人!』
酷い言われようだが、妹は素直に見晴らしの良い草原に降りたった。
着地寸前だけ翼でホバリング。魔法力を使わない制動をかけてピンドラが草原にランディングする。
地面を削って降りたった頭上から、緑蛇竜がのしかかるように降りてきた。
全身尻尾みたいなもんだが、落下の加速に加えて尻尾を鞭よろしくしならせる。
『バカが! こんなに広いんなら上から狙い放題だぜ!』
ドラミちゃんの頭部目がけて、私ごと尻尾で打ち据えるつもりらしい。
足下でピンドラが悲鳴を上げた。
『ほらああああ! もおおおおお! やだあああああ!』
「落ち着けドラミちゃん」
私は屈むと妹ちゃんの頭を撫でつつ……短距離転移魔法。
瞬間――
緑蛇竜の一撃は盛大に空を切り、巨体が体勢を崩して地面に激突した。
無様に転がった蛇竜がとぐろをまいて周囲をぐるりと見回す。
『ど、どこに消えやがった!』
蛇らしく頭を地に伏せ下顎で振動感知でもしてるんだろう。
『クソッ! クソッ! クソッ!』
見つかるわけないんだよなぁ。
だってドラミちゃんと私は、こいつの頭上百メートルほどに転移したんだもの。
「キックだ妹よ!」
『うん! お兄ちゃん! スウウウパアアアアピンクドラゴオオオンキイイイイック!』
即興で蹴りの姿勢をつくって、そのまま落下。ドラゴンにしてはちょっとずんぐりしているドラミちゃんだが、後ろ足で地に伏せた蛇の頭を踏みつけ、地面にめこっと陥没させた。
『――ッ!?』
まさか着地した相手が消えて、頭上から攻撃してくるとは思うまい。
一発KO。脳しんとうを起こしたらしく、緑蛇竜は大きな身体を地面に横たわらせてピクリとも動かなくなった。
まるで緑の一本ぐs……うん、そうそうアレね。流れる川ができたみたいだ。こういう長いタイプのドラゴンって、川の神様みたいに扱われることもあるらしいね。知らんけど。
「しかしまあ、どこに隠してるんかね。水晶の板」
『尻尾は武器にしてたし、隠す時って自分の前足が届く範囲だし』
「で、敵と正対している時に前から攻撃を受けるかもしれんわけか。こいつは蛇だから地上じゃ這って移動するとなると……」
『背中だあああああ! ドラゴンファイヤアアアア!』
失神した緑蛇竜の背中側に、竜にしては低温なブレスの火線が走る。
と、人間でいう肩甲骨辺りでパキンと何かが弾けた。白く眩しい輝きが砕け散る。
「おー。割れた時の音がなんか気持ちいいな」
続けて大霊峰から咆哮が響いた。
「ファアアアアアアアストキイイイイイイイイイイイイイル」
なんかキルっつった? 誓って殺しちゃいないんだが。
私を頭の上に乗せたまま、ピンドラがその場でぴょんぴょん跳ねて両腕を万歳させる。尻尾もぶんぶんふりふりと、ご機嫌なお猫様のようだ。
『お、お、お、おにいちゃああああああああああああああ! やったー! うはー! すっごおおおおい!』
「どうした妹よ落ち着け」
『だ、だ、だ、だって! ウチ、一番弱いんだよ? なのに開幕ファイトに勝っちゃって! しかも誉れだよぉ!』
「誉れってなにさ?」
『最初に誰かを倒したのって栄誉なの! キルリーダーだぁ! これすごくてね、400年後の大会もシードだよシード! 順位100位未満でも繰り上がりで参加できんの! 今回だめでも、また一緒に出ようね! お兄ちゃん!』
「400年後かぁ。長生きしなきゃなぁ」
『にしてもー。なーんもしらないなんて、これだからお兄ちゃんってばドラゴン素人さんなんだにぇ』
「そいつは悪うござんした。ま、よくわからんが、ドラミちゃんが憧れの純白竜に評価されたんならいいんじゃね」
『お、お兄ちゃんのおかげだけど。100割』
「計算苦手か? 10割の10倍なんだが」
『だ、だってぇ。ウチだけだったらたぶん、石の建物の森を選んでたし。たぶん……負けてたし。なのにね! 転移魔法でズバビューンしてキックを相手のド頭にシュート! 超エキサイティングできなかったし!』
地上についたらドラゴンは飛行禁止だそうだ。
私がやったのは短距離転移魔法で上空に移動し、ドラミちゃんとともに落下……というか墜落したにすぎない。
レギュレーション違反? 別に知らんし。
「私たちはセット参加だ。実際空飛んだわけじゃないから、卑怯でもないぞ。けど、ドラミちゃん嫌だった? 正々堂々勝ちたいんだっけ?」
ピンドラは鼻から熱風を「むふー」と吹き出し、腕組みした。
『ウチが間違ってました。ごめんなさい。今から絶対服従。お兄ちゃんの言うこと全部ききます』
「はい?」
『ウチ難しいのわがんないからぁ……考えるのと指示厨するのお兄ちゃんやって。きっとお兄ちゃんならウチを乗りこなせると思うの!』
こいつ現金だな。勝ちの喜びを味わってしまって欲が出たようだ。で、最適解が私にお任せと……意外にも合理的かもしれない。
「あーはいはい。人馬一体ならぬ人竜一体って感じね」
『そーそー! ウチらはチーム! お兄ちゃんと一緒! だし! 今、決めました! どや~!』
「チーム名だっさ」
『う、うるさいなぁ! ウチがそうしたいの! ね! いいよね?』
「私は一向に構わん」
てなわけで、我らチーム「お兄ちゃんと一緒」は緒戦を勝利で飾った。




