94.これから会議
地底湖の底の底。今日も静かに知恵の泉がこんこんと湧く。書棚の森の真ん中で、妖精のような白い肌の幼女が安楽椅子に揺られていた。
「君、珍しく深刻な顔をしているね」
「うむ。ロリコア書庫よ。不死者の殺し方を教えてくださいお願いします」
読みかけの本にしおりを挟むと、少女は小脇のテーブルに置いた。先日、空き時間に私が作ったものだ。コアの膝の上でコールダックが丸まっている。
「死なないから不死なのだろう。君、質問は正確にし給え」
「言葉遊びじゃ済まないんだが。対処方はないか?」
あご先に手を当てコアは「ふむ」と唸る。
「もう少し、状況を知りたいよ。君」
私は頷き、聖王とのいきさつを話した。
一度の説明ですべて飲み込み、コアは言う。
「なるほど。これはまずいことになったね君。居場所が知れているのだから……万が一の時には、三人をここへ」
「シャンシャンたちの避難先ってか。大丈夫なのか?」
「試しの迷宮はあくまで、わたしを使うに価するかをみるものだからね。扉を消して位相をずらし次元の連続性から外れてしまえば、探知すらできないよ。仮に君のような転移魔法で直接跳ぼうとしても、弾くための結界は敷いてある」
「ようわからんが、安全ってことだな」
「海洋投棄したそうだし、楽観視もできないが猶予はあるとみていい。それに、直接対決であれば現状、君の方が強いようだし」
「まあ、私ってほら、大魔導師だからね」
「念のため、西の聖王国側からの侵入者に対する警戒を強めておくよ。何かあれば我が主を通じて知らせよう」
コアは膝上のアヒルの背中を優しく撫でた。黄色いクチバシをぱかっと開いて「ワガッダ」と鳴く。
時々喋るんだよな、このアヒル。
「恩に着る」
「珍しいね。君らしくもない」
「か、感謝して悪いかよ?」
「いいや。頼ってもらえて嬉しいよ……しかし、わたしにできるのもせいぜいそこまでだ。聖王に対抗するには、もっと味方を増やす必要があるかもしれないね、君」
「味方っつってもなぁ」
「魔帝国はどうだい?」
「あっちはあっちでトップがヤバそうだろ。知らんけど」
「魔皇帝とまではいかずとも、味方をしてくれそうな有力者がいるとすれば帝国側だろう。王国で聖王にたてつけるのは、君くらいなものさ……もしくは、王という存在の定義そのものを揺るがすため、王国民を根絶やしにするかだ」
「するわきゃないでしょ。まったく……」
「君がツッコミに回らなければいけない状況は、深刻だな」
「なんかいい手はないもんかね知識の源泉さんよ」
「王国にも帝国にも属さず、それでいて強大な力を有する第三極を探せばいいさ」
「第三極ねぇ。都合良くありますかね?」
「案外、近くにヒントは転がっているかもしれないよ。君……少し眠くなった。休眠モードに入る」
「貴様でも眠ったりするんだな」
「万が一に備えてね。しばらくは……頼むから起こさないでほしい」
万が一……ねぇ。
こんな反応をダンジョンコアがするってあたり、私以上に警戒してるってことなのかもしれん。
なんか上手いこと聖王と魔皇帝で対消滅でもしてくれんもんかね。
ロリはフードを被った。
「眠っている間、我が王を頼むよ。おやすみ、君」
「ああ、任せろ。じゃあ……おやすみ」
挨拶を簡素に済ませてアヒルのキングをコアの膝の上から抱え上げると、私は転移魔法でキャンプに戻った。
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まだ日も高いというのに、長女ズと妹ちゃんが焚き火台そばのテーブルを囲んでいる。
なんと、カップに注がれていたのは……しゅわしゅわと泡だつ黄金色の飲料だ。
いつの間にやらビキニ姿に戻った淫魔が、口元に白い泡のひげをくっつけて笑う。
「ぷはー! さいこー! 超さいこー! シャロンすごいや!」
隣でピンドラが耳の先まで真っ赤になっていた。
「あにゃりゃにゃにゃりゃりゃ! にょりょりりょろりりり!」
滑舌死んでる。呂律回らず。
で、元聖女様はというと――
「チーズピザをしゅわしゅわで流し込む。うん……これこれ」
竃焼きの手作りピザをつまみにして、真っ昼間から酒宴である。
「おい貴様ら! というかシャンシャン! どういうことだ!?」
「あっ。メイヤさんも一杯試してみない?」
「試す……だと?」
「ほら、最近サキュルさんが元気なかったし、エールを醸造してみたのよ」
「酒を造ったってのか?」
「修道院仕込みよ。ワインはさすがに無理だけど、パンが焼けるならエールも作れるものなの♪」
聖職者ってそういうものなの?
「ほら、挽く前の小麦を買ってきてもらったでしょ? あれを発芽させて糖度を高めるの」
で、粉にしてパンにして上面発酵させてなんたらかんたら。
手作りエールを作ったってか。
「まだ試作品だし、本当は熟成期間が必要なんだけど。はい。こっちに座って。さぁどうぞ」
私をテーブルにつかせると、元聖女がカップに素焼きの壺(取っ手つき)からエールを注いだ。
って、素焼きの壺?
「こんなん買ってたっけか?」
「ドラミさんに焼いてもらったの。ほら! 良い土が採れる場所もあるし」
カップの中身に視線を落とす。
立ち上る匂いは意外にも……果物みたいな香気が感じられた。
不意に背中に柔らかいものが押しつけられる。すっかり出来上がった淫魔がほっぺたを重ねてきた。
「ほらほらぁ~! 飲んで飲んでぇ~!」
「おいサッキー。お元気そうでなによりで」
「うん! あのねあのね! シャロンのつくってくれたお酒飲んだらさぁ! ダメ魔族ゲージが一気に回復したんだよねぇ」
なにそのゲージ。怖い。あと、耳元に酒臭い吐息を吹きかけるんじゃないよ。
ドラミちゃんが前から私の顔をのぞき込む。
「おにひちゃ! いっひいっひ~いーっひっひっひ!」
三人の期待が重圧となって押し寄せる。
まったく。
飲まなきゃやってられんな。
グビッと一杯。なぜか拍手の淫魔とピンドラ。
シャンシャンが不安げに私を見る。
「ど、どうかしら?」
「まだ未成熟だが……悪くないぞ」
「でしょ? 修道院ではクッキー焼くより、醸造の方が得意だったの。量産の暁には酒場が開けるわね!」
「こんな僻地に客なんぞこないがな」
「いいじゃない別に。夢見るくらい自由でしょ?」
「夢……って?」
「リーゼももう……いないんだろうし、新しい目標見つけていかなきゃって」
「シャンシャン……希望はあるだろ」
「生きてて欲しいわよ……けど……」
まだ元聖女の妹が死んだとは限らない。私をおびき寄せるために利用されたのは、赤の他人だった。
「あのねメイヤさん。もし無事だったなら、このままリーゼが見つからない方がいいかな……って。国に追われている元聖女の妹と知れれば……巻き込んじゃうかもしれないし」
私は黙って空のカップを差し出した。
「もう少し試したい」
「え!? あ! うん! 気に入ってくれたのね? 嬉しいわ!」
次の一杯が満たされた。
シャンシャンの妹捜しをするためにも、あの聖王をなんとかせんといかんようだ。




