92.危険な二人
身構えすらしない聖王(仮)に、魔法力の刃を突きつける。
聖堂内は水を打ったように静かだ。
「構えないのか貴様?」
「私は悲しい。貴男に服従する機会を与えたというのに、こうなっては殺さなくてはいけません」
一転――
威圧感こそあれど、男は全身隙だらけだった。私が剣の達人ならとっくに首を落としている。
迷いが私を縛る。
もしこいつが本物で、倒してしまえば……。
「心配無用ですよ。貴男に私は倒せませんから。さあ、好きなように斬りかかってみなさい」
プチッ……と、血管が弾ける感覚。
聖王が倒れたら魔帝国が大きく動き出すかもしれん。
均衡が崩れれば大戦争だ。
それがわかってて、私が「斬れない」とでも思ってんのか。
「んじゃ遠慮無く」
私は切っ先を男の心臓にスッと差し込んだ。あまりにもあっけなく、魔法力の刃が貫通する。聖王(仮)の白い法衣は赤く染まった。
「くっ……はっ……」
吐血する男に告げる。
「もし聖王を失った王国に、魔帝国が軍勢引き連れてくるってんなら心配いらんぞ。全部、私が中央平原で追い返してやる。ついでに魔皇帝もぶっ飛ばす」
「ふっ……ふふふっ……民衆は支配されることを望んでいるというのに……貴男は人々をかいかぶりすぎですね」
「まだ喋れるのか」
剣を抜けば塞がれていたものがなくなり、一気に血を吹くことになる。
「どう……しました?」
「私だって好きで人を殺めたりはしないよ。したくないよ。気分悪いじゃない」
「その手は血に汚れているという告解ですね」
「貴様みたいなのがいる限り、誰もできないってんならね……暗殺者まがいなことでも私がやるべきかなって今、思ったんよ」
「罪を背負うとは殊勝な心がけ……です。手段は褒められたものでは……ありませんが」
薄ら笑みを顔に張り付けて、こいつ……死なないのか? 心臓を貫いてるんだぞ?
「私は私にできる最善策をとっているだけだ」
極大破壊魔法の威力と転移魔法の機動力。二つ合わせてプロ暗殺者のできあがりだ。
聖王(仮)はゆっくり頷いた。
「では、私も最善策をお見せしましょう」
「いや、いいです。もう終わりなんで」
私は手元の極大破壊魔法を解除する。
目の前の男の胸に穴が空き、背中側にバタンと倒れた。血の池が出来上がる。
死に場所が大聖堂とは、葬式の手間が省けたな。
にしたって、あっさりだ。あっけない。あまりにも。
こいつ、本当に聖王なのか? ずっと(仮)が取れなかったが……。
ま、いいか。
とりま、大聖堂で私を待ち伏せて、チクチク言葉でいたぶったあげく「やれるもんならやってみろ」と挑発した結果だ。
甘んじて受け入れてもらおう。
はぁ……気分悪い。無抵抗すぎたのが……なんかね。本当に悪人だったのかというと、殺すほどでもなかったような気がせんでもないようななんやらかんやらうんたらかんたら。
物言わぬ(仮)に背を向け、大聖堂から出ようと足を踏み出した瞬間――
薄暗い中に殺気が浮かんだ。何かが放たれる気配に短距離転移魔法で対処。
私が立っていた場所を光が一閃。そいつは大聖堂の支柱にぶつかると石材を穿って爆ぜた。
スッと瞬間移動して聖堂の奥側へ。高座の上に立つ。
まっすぐな通路の真ん中に……聖王(仮)が立っていた。
ゆっくりと私の方に振り返る。
「おや、いけませんね。高座には聖職者以外の登壇をお断りしているのですが」
「なら今日から私が大司教様だ」
「ようこそ聖王教会へ。つまり……聖王国に臣従を誓うということですね」
「んなわきゃないだろう。というか……なんで生きてる?」
男の胸の傷は閉じていた。赤い血の痕跡は残ったままだ。間違いなく、私の極大破壊魔法は急所を貫いた。
男は微笑む。
「死なないのですよ。私は」
「はぁ? なんつった?」
「ありていに言えば不老不死なのです」
「バカは休み休み言いなさいよ」
「貴男とて個が持つには過ぎたる力を備えているではありませんか」
「そ、それはそう!」
自分でも時々「なんでだろ」って思うけどな。ほら、人生の主役は自分自身って言うし。つまり主人公補正ってやつですよ。はいQ.E.D証明完了。
なんてチョケてる場合でもないか。
もし死なないってんなら、どうすりゃいいんだよこの化け物。
法衣の男の周囲に後光よろしく、光の矢が無数に浮かび上がった。
「貴男はこの世界にまつろわぬ異界の神の寵愛を受けた存在かもしれませんが、私は世界の二柱が一つに選ばれたのです。死なないくらい、当たり前でしょう?」
聖王(仮)から(仮)を外した方がいいかもしれん。
なにがまずいって、こいつ……強大な力を持って生まれた上に、世界がどうとか寵愛だとかサイコなこと言って自己正当化しつつ――
なにやってもいいって基本スタンスなのがヤバイでしょうよ。
私だってね、自分なりにライン決めてんだよ? 人であろうとしてんだよ?
力を持った化け物が最悪って、それ一番言われてますからッ!!




