62.名前を言ってはいけない例のアレ
ログハウス近くの作業場にて、今日も始まるDIY。天気は晴天。風は涼しい。
さてさて――
レンガを作るには粘土をこねて整形し、それを焼くってな具合なわけだ。
21㎝×10㎝×6㎝が基準だとロリコア書庫から教えられた。
で、内径がそうなるように木の枠組みを作る。一つ一つ整形してたんじゃ効率が悪い。
シャンシャンに木材を切り出してもらって、トンテンカンテン。
正方形の枠に長方形が八つ。まとめて整形できる優れものの木枠ができあがった。
ところで、長女ズがログハウスから出てくる。
珍しくにらみ合い、険悪(?)ムードだ。
サキュルが尻尾をピンと立てる。
「だ~か~ら~! イマガーワ焼きだって!」
一方、平らな胸元を隠すように腕組みして、シャンシャンも引く気なし。
「オーバン焼きでしょう? それって」
二人は木枠を掲げてトライフォース(なんだっけ? これ)ごっこしている私の元にやってきた。
「「どっち?」」
「話が見えんぞ。落ち着け貴様ら」
元聖女が頷いた。
「スイーツのお話よ。丸い金型に生地を流し込んで、真ん中にクリームや餡を入れて挟み焼きにした、美味しいお菓子のこと。メイヤさんはもちろんオーバン焼きを知ってるわよね?」
すかさず淫魔が割り込んだ。胸をぶるんとふるわせて、私とシャンシャンの間に身体をねじこみ上目遣い。
「違うよね? イマガーワ焼きだよね? オーバン焼きなんて聞いたことないし」
あー。あれね。名前を言ってはいけないあの菓子のことね。
聖王国じゃオーバン焼きで、魔帝国だとイマガーワ焼きで通っている。
が、各地方ごとに呼び名が様々ありすぎて、ゴザソローやらホラック饅頭やらフタエノキワミ焼きやら、収集がつかない紛争の火種だ。
「オーバン焼きでしょメイヤさん!?」
「イマガーワ焼きだよねメイヤ?」
「貴様らは阿呆か。アレはベイクドモッチュモチュだ。異論は認めない」
焼き上げた生地のベイクド感。しっとりとした中身に餡やクリームのモッチュモチュっとした雰囲気。
長女ズは互いに顔を見合うと頷いてから、私を指さした。
「「それだけはないから!!」」
「第三勢力が出てきたからって共闘するんじゃないよ、まったく」
今の聖王国と魔帝国が、まさにオーバン焼きとイマガーワ焼きだ。
中央平原の私たちこそ、モチュチュではないか。
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「ちなみに貴様は何派だロリコア書庫?」
「君、愚かしい。その菓子の名はカイティーン焼きだよ」
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五秒だけ転移魔法で書庫に行って戻ってきた。中央平原だけでも四つの勢力が入り乱れる。戦国の世である。
結局、甘い物が食べたくなったので、私がパシって聖王都と魔帝都の店で、それぞれ買って帰ってきた。
二人にブラインドで食べさせたけど、どっちも一緒という結論に至ったのはここだけの話である。
まあ、温かいうちに食べるのがいいな。なお、ロリコア書庫にもお裾分けしたんだが、食べ物は摂らないとのことで、抹茶クリーム餡の例の菓子はアヒルのキングが「グワッグワ」言いながら食したのでした。
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木枠持って中央平原の北側へ。粘土質を探すコツはいくつかあるそうだが、山の方なら合間の谷みたいになってるところらしい。
花崗岩やらなんやらが雨に打たれて風化して、溶けて流れて堆積したもの。なんで、川なら下流。山なら谷間。溜まりやすいところを探すんだとさ。
石切場を下っていくと赤茶っぽい崖を見つけた。なんか、こういうところが怪しいんだわ。
荒野にぽつんと私だけ。周囲に危険な魔物の気配もなし。ま、いたらいたでね、武力行使くらいは、多少はね。
その場でさっそく作業開始。
ダンキで買ったスコップ(一説によるとシャベル)を崖にがっつん。赤い土っぽい粘土をゲット。バケツに入れて、水入れて、練って木枠にぺったぺた。
枠をはずせば八つほどレンガっぽいものが出来上がった。
これを乾燥させれば日干しレンガになるんだろうか。もちろん、耐火レンガとは別モノなんだが、まずは焼成の練習である。
私は短杖を取り出した。
「踊れ火の精霊たち。我が呼び声に応えよ。湧き上がる熱情の力をこの手に顕現せり。ほむらの渦を纏い、全てを焼き払う焔となって天空に舞い上がれ! いざ幕を開けよ! 焔舞極爆殺――極炎魔法ッ!!」
杖の先端にはめ込まれた宝玉が赤熱すると、炎の柱がレンガを一瞬で焼き尽くした。
黒焦げである。燃え尽きて煤となり崩れ去った。
うーん、火加減むっずい。
たき火をするときの着火レベルならいざ知らず、高火力をたたきだそうとすると、ついついやりすぎてしまうのだ。
レンガでも土器陶器でも一定時間、ある程度安定して熱を加え続けなきゃならんらしい。
うーん、耐火レンガを買ってきた方が早いかもしれんが……。
頭の中でロリっこコアが「君、その程度か」と、死んだ魚の目をした。
やってやろうじゃねぇかよぉ! 引けないよなぁ!
なめんな! ともかく、練習あるのみだ。
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私が粘土と格闘し、極炎魔法を連打していると……ばっさばっさと巨大な翼を羽ばたかせ、天高くから巨体の影が降りてきた。
ん? あれぇ? 見上げれば小山くらいあるドラゴンがドシンと着地。
見ればこのドラゴン、全身ピンク色の鱗に覆われている。
私と目が合うなり桃色巨大爬虫類は――
「ギュルワアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
巨大な顎を開いて絶叫するのでした。なに? うっさいんですけど? ケンカ? ケンカ売ってんの?




