61.アレを作るためにアレがいるって詰んでない?
転移魔法で地底湖に向かう。
相変わらず、書庫の中心で安楽椅子が揺れている。
「今日はなんだい、君?」
コーヒー染めした羊毛の膝掛けをポンポンと手で撫でる。コアの表情はどことなく柔和だ。
「ピザやパンを作るのに窯を作ることになった」
「作ればいいよ」
「そこはもっとほら、手取り足取り教えてくださいよ。よろしくお願いしますって」
「素直だな、君」
コアは呪文のように番号をコールする。レールの上を本棚が滑り、幼女の前で止まった。
「四段目の左から二冊目だよ」
言われるままに、一冊取り出す。ここまで普段のやりとり定期。
本を手渡すと、コアはぺらぺらとめくった。
私は首をひねる。
「その本に窯の作り方が載ってるのか?」
「君、本気で窯を作るつもりなら、先に必要なものがあるよ」
「は? なんて?」
「もちろん焼くのだろう。レンガを」
ダンキの園芸コーナーで買ってくるつもりだったが、逆にコアの方から詰められるとは。
幼女はじっと私を見つめる。
「君、返事は? もしや金にものを言わせるつもりかい?」
「べ、別に」
「まさか手作り大好きの君が、レンガの一ブロックも焼かずに石窯を作るつもりかね。市販品でお茶を濁すような人間だったとは……」
さげすんだ眼差しだ。明らかな挑発行為。
プチッくらいキレた。
「やってやろうじゃねえかあああああああああ!」
「その言葉を待っていたよ。君」
満足そうに幼女は微笑む。ほんと、表情豊かになりましたね。
とりまレンガについて話を訊くか。
「で、レンガってどうやって作るんだ?」
コアは本をパラパラとめくる。なんか、読んでるって感じにゃ見えないんだが。
「ふむ……ふむ……なるほど」
と、頷いた。
「毎度思うんだが、それ、ちゃんと読めてんの?」
「速読術だよ。君。本を読むくらいしかすることがないからね。反復練習の成果さ」
「あっ……はい」
「で、レンガについてだが、基本は粘土質の土壌を水で練って整形し、乾燥させるものが一つ。日干しレンガというものだ。強度を出すため、中に藁などを練り込むこともある」
「案外簡単そうだな」
「高熱には耐えられないとのことだ。そこで、日干しではなく焼成させたレンガとなる」
「ふむふむ。焼くのか」
「赤土を使えば赤く、白土なら白く。それぞれ土の中に配合されている成分により、色味が変わるとある」
「成分だぁ? レンガならなんでもいいだろ」
「鉄が錆びると赤くなる。鉄と酸素が結合した色だそうだ。人の血が赤いのも鉄が酸化しているから。酸素を全身に運ぶため。虫の体液は赤くないが、あれは虫の身体に酸素を取り込むが小さな穴があるから、血液で酸素を運ぶ必要がないのだよ」
めっちゃ喋るやん。しかも脱線してるし。
「要点を頼む」
「鉄を含んだ土を焼くと、酸化して赤く染まる。なので、レンガを焼く時に窯に酸素を取り込ませる必要がある。一方、煙突など排煙機構を備えた窯で焼くと同じ土でも黒いレンガになる。炭化したレンガは強度も上がる」
全然要約してくれんぞ、こいつ。本で読んだ情報をそのまま垂れ流してないか。
「話が長いんだが?」
「これでも一冊の中から役立ちそうな情報を抽出しているのだよ、君。黙って拝聴し給え」
「うっせぇわい。で、話の流れ的に黒いレンガを作ればいいんだな?」
「ちゃんと聞いていたか。だが、早とちりだな、君。ピザを焼く窯の内部温度は摂氏500℃にも達する。通常のレンガでは耐えきれないのだよ」
「じゃあ、どうするわけよ?」
「白いレンガが必要となるのだよ、君」
「白だぁ?」
「磁器を見たことはあるかい?」
たしかルネサヌスのカーマイン侯爵……今は貴族でもなんでもないか。あいつの邸宅にも飾ってあったっけか。白くて透明感のある皿やらなんやらだ。
「白って、そういうことなんか?」
「ふむ、知っているようだな。磁器の焼成温度は1300℃。陶器でも1200℃以上だ。セラミクスの世界だよ、君」
「せら……なに? サラミならピザに載せますが?」
「鉄が入ると耐熱の上限が下がる。白い土だよ君。それらにはガラスの成分が含まれている。鉄分が少なく、アルミやカルシウムと結合してガラス化する珪酸に石英。それらを1300℃以上の高温で焼き上げれば、窯に使われる耐火レンガができるのだよ」
「ふむふむ」
「レンガを積む時、接着するモルタルやコンクリートにも注意が必要だよ、君。耐火性の高い骨材を練り込む必要がある」
なーほーね。だいたい把握した。
「で、そのレンガを焼く窯はどうするんだ?」
「さあ?」
「さあ……って、おかしいでしょうが! 耐火性の高い素材を作るのに、耐火性の高い窯が必要ってことでしょ? 1300℃だの1400℃だの。それに耐えられる窯はどっからきたわけ?」
「……わたしにもわからないことはあるのだよ、君」
知識の泉が突然の敗北宣言。
「最初の窯がなかったら耐火レンガは存在しないでしょうに」
「卵が先か鶏が先か。実に哲学だね、君。大変興味深い。そこをどう解決するのか、期待しているよ」
言うだけ言って本を私に戻させる。
彼女は膝掛けを頭からかぶり「昼寝の時間だよ、君。邪魔はしないでくれ給え」と、動かなくなった。
あーもう! 買ってくるか? いや、そうしたらなんか負けな気がするぞ。
窯を借りるのが現実的な落としどころだが、誰が貸してくれるんだか。
とりま炎の魔法でやってみるか。あんま得意じゃないんだよなぁ。




