60.コーヒーブレイクと今後について
今日もキャンプ地にすがすがしい朝が訪れる。
外の焚き火台で湯を沸かした。長女ズはまだ夢の中。
早起きしてコーヒーを淹れる。小鳥のさえずり。川のせせらぎ。頬を撫でる風の囁き。たき火がはねたパチッという音。
極上のアンサンブル。
ドリップでマグカップに一杯を作る。幸い、どこぞの侯爵からいただいた金のおかげで、しばらく高級豆が楽しめそうだ。
丸太ベンチに座って、香り立つ湯気を鼻孔に通す。
良い。とてもいい。
待ちきれず、一口目。
南国ワイハ島原産のコナナ地区で特別栽培された逸品。
酸味も苦みもなく、ただじわりと下にフルーティーな甘みを感じる。
砂糖をドバドバ投入するような類いの味ではない。
シャンシャンやサッキーには、まだ早すぎる大人のテイストだ。
こっそりと楽しむ贅沢なひととき。
最近あったゴタゴタのストレスが、記憶とともに解きほぐされた。
さて――
私にケンカを売ったカーマイン候のその後だが、爵位を失い追放処分になったとか。天地がひっくり返る転落人生だ。
七大貴族はある日を境に、六大貴族になった。簡単な引き算の問題である。
芸術の都として栄えたルネサヌスはといえば、聖王都から代理執政官がやってきて聖王家の領地として運営されることになったらしい。
で、瞬間最大風速的にバズった虹色の毛織物はといえば、粗悪な偽物が氾濫。カーマイン侯爵という権威が失墜したこともあって、もう誰も見向きもしい。
風の噂じゃ聖王が虹色のショールをまとう姿も、とんと見られんようになったんだとさ。
大暴落である。製法が広まったのも一因だ。すっかり価値が下がったもんで、命がけでデスワームに挑むバカもいないってね。
羊毛の刈り取りも一段落。洗って干したものを保管するのに、高床式の倉庫を作成した。
ログハウスの建築技術を応用したものだ。床面積十畳ほど。籠にいれて積んだら、一棟まるごとパンパンになった。
布を織って羊毛を詰めてクッションにしたら、ふかふか地獄をこの世に顕現できそうだな。
つーか、マジかさばるんだよ。糸にするって大事かも。
糸車があればサキュルの作業効率が爆アドだ。ま、どっかで見かけたら……と、心の中の購入リストに付け加えた。
カップのコーヒーを半分まで飲み、ほっと息をつく。
と――
ログハウスからショートボブと尻尾と、たわわな胸をゆさゆささせて、サキュルが駆けてきた。
「おはよー! メイヤ! きゃんっ!」
と、派手に足をつっかけて転び、座っている私めがけてダイナミックハグ。
胸の谷間に顔がずっぽりである。
「わざとか?」
「ち、違うよぉ! っていうかーラッキースケベでしょ? 喜んで!」
カップをテーブルにおいて、淫魔の細い腰を両脇からつかむと「よっこらせっくす」と引き剥がす。
「きゃー! セクハラ発言~! メイヤってば お じ さ ん♥」
「黙らっしゃいよ貴様。で、鶏みたいに朝っぱらから何騒いでんの?」
一度ぐいっと遠のけたのに、サキュルは踏み込んで私の顔をのぞき込む。吐息、かかってますよ。
「サキュルねー考えたの! 三人の幸せのことについて真剣に」
「三人っていうと、貴様とシャンシャンと……あー! アヒルか」
「ち、違うよー! ま、けどけどキングとコアももう、家族みたいなもんか。でもね、そうじゃなくてぇ」
「はよ言えや」
スッと身をひき淫魔は背筋をピンと伸ばした。コホンと咳払い。胸をぶるんぶるん張ってから、瞳の虹彩をキラキラさせる。
「は、恥ずかしいけど言うね。えっとね……ぴ……」
「ぴ……?」
「ぴ……ぴぴぴ……ピザ食べたいの! サキュルね、焼きたてピザをみんなで食べたいんだ! なんか良くない?」
「はぁ? 相変わらず訳が分からんぞ」
「だってピザだよピザ! 小麦粉を練った生地をまーるくのばして、トマトソースに好きな具材をトッピング。チーズたっぷりを石窯で焼いて、サクふわな食感の生地に酸味の効いたトマトソースと、とろーりチーズで絶対美味しいじゃん! ベーコンなんかも燻製しちゃってさ!」
「それが三人の幸せについて真剣に考えた貴様の結論か」
少女は下を向くと上目遣いになった。
「だ、だめ?」
「ふむ……良かろう」
「え? ま? いいの!?」
「窯があればピザにしろパンにしろ、料理の幅が広がるからな」
「やったー! 実はね、さっき夢の中でピザの神がサキュルにお告げしたんだ。ワンチャンあるって」
「考えたんじゃなくて、夢で見ただけか。適当な奴め」
「えへへぇ……そんなに褒めないでよ」
「褒めてないぞ」
尻尾をぶんぶん左右に振って淫魔は後ろ手に頭を掻いた。照れ方がわかりやすい。
しかしまあ、なにはともあれ。
次の手作りは石窯と、ついでにできたら燻製機。
となると――
教えてロリコア書庫! って……こと?




