57.午後の紅茶(午前の部)
コーヒー染めの自然な風合い。薄い褐色。実にいい感じである。染色する時間で濃淡もつけられるところがまた、楽しい。
虹の毛糸玉みたいな派手さはないけど、これぞ手作りっていう優しさがあった。
シャンシャンも織機の使い方を覚え、最初の一枚は膝掛けとしてロリコア書庫に贈呈された。
コアは珍しく「うむ、君。素晴らしい」と絶賛だ。ま、私じゃなくて元聖女の仕事なんだけど。
華美さも派手さもないけれど、こういうのでいいんだよ感がある。
織機でランチョンマットを編みながら、シャンシャンが振り返った。
「ねえメイヤさん? コーヒー染めした毛織物、なんとか売れないかしら?」
「二束三文じゃね?」
「ひっどーい! もっと言い方あるでしょ?」
「なんだシャンシャン。金が欲しいのか?」
「そうじゃないけど……あ、ごめんなさい言い過ぎたわ。嘘ですお金欲しいです」
「なんで?」
「自分が織った布が売れたら嬉しいじゃない! そのお金でまた、色々作ったりもできるんだし」
「DIYの喜びを覚えやがって。まあ、わかるが」
実際、金なら書庫という名の金庫にそれなりにある。別にやらんでもいいことだ。
元聖女は立ち上がり、振り返ると薄い胸を張る。
「今度はカーマイン侯爵を見返してやりたいのよ! だって、あたしの手編みを全部ほどいちゃったんですもの」
「仕方ないだろ素人仕事なんだし」
「そ、そりゃそうですけど! 悔しいじゃない?」
シャンシャンの手作り感溢れるマフラーだったから、カーマインの心に火が付いた。
素材をもっと活かすために、手を加えたいと思わせたってわけよ。
「で、どーしたいわけよシャンシャン君は」
「侯爵に上手くなったって認めさせたいわ」
「たぶん虹色染色した毛糸じゃないと門前払いだぞ」
「じゃあ作ってメイヤさん……ううん、旦那様♥」
「は? なんて?」
「シャンシャンはヤメイさんのお嫁さんでしょ? 嫁のお願いを無下に断っちゃうの?」
「設定のお話でしょうが!? 脅迫ですか?」
「お願いお願い! 今度こそ上手くやってみせるから!」
もう虹の毛織物関連に手を出すつもりはなかったんだが、元聖女は鼻息も荒く迫ってくる。
圧つっよ。
「あーわかったわかった。じゃあ残りの羊毛は虹染めしてやるから、ちょっとまっとれ」
「わーい! 旦那様だ~い好き! チューしてあげてもいいけど?」
整った顔立ちでシャンシャンは口元をタコみたいにすぼませた。
「ん~むちゅむちゅ」
「貴様! 淫魔に性格似てきてないか?」
「姉妹だもの、お互いの影響を受け合って多少は似るものよ」
「違うな。貴様が元聖女の恥じらいを無くしただけだ。でなきゃサッキーがもっと清楚になっとるやろがい」
「ひっどーい! もう、あ、あたしは……本当にお嫁さんになってあげても……フン! なんでもないんだからね! イーだ! ほら、とっとと染めてらっしゃい」
途中小声でごにょごにょしたかと思えば、上から目線で命令口調。よくわからんが、虹染色するハメになった。
コーヒーと違ってくっせぇのら。なのが、本当にね、面倒。マジで。
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で、在庫の羊毛で虹の毛織物のテーブルクロスが出来上がった。四人掛けテーブルにぴったりのサイズだ。
多分、世に出た虹の毛糸玉の総量と同等くらい。ショールサイズを優に超す特大である。
編み機で織ったこともあり、シャンシャンがコーヒー染めの羊毛で何度も練習してカーテンやらラグやらまで作ったのもあって、出来も悪くない。
ま、どうしたってまだ、目が詰まっているところと緩いところがあるんだけどな。
織った虹のクロスを畳んで、準備万端。
私とシャンシャンは目元を隠すマスクをして、ルネサヌスへと転移魔法でひとっ飛び。
町の外壁近く、人気の無い雑木林に降りたつ。近くを流れる水路に抜けて、河岸でゴンドラを拾うと侯爵邸近くまで二人並んで波に揺られた。
しばし遊覧。到着すると赤服門番が私を見るなり一礼する。イケメン番兵長が手もみして出迎えた。
「これはこれはヤメイ殿。よくぞいらっしゃった! 我が主が心待ちにしておりましたよ!」
うわきっしょ。前も家中全員でお出迎えだったけど、こっちが門戸を叩く前にすり寄ってくるなんて。
マタタビ持って猫集会に凸ったみたいなヤバさだ。
シャンシャンが私に身を寄せた。
「メイ……ヤメイさん。なんだか怖いわ」
「やっぱ帰るかシャンシャン?」
「え? だ、ダメよ! リベンジしなきゃだし」
びびりつつも、決心は固い。しゃーない。付き合って差し上げますか。
ヤメイ夫妻は丁重に迎え入れられた。
今回は謁見の間ではなく、館の離宮。ガラス温室に併設されたサロンである。
ずいぶんと前から、いつ、私たちがやってきてもいいようにと、もてなしの準備万端だったらしい。
サロンの一室、円卓につかされる。王宮式のアフタヌーンティーが並んだ。
まだ午前中なのに、午後の紅茶とはこれいかに。
禁忌か? 私に午後の紅茶を午前中に嗜むというタブーを犯させようというのか!?
ティースタンドは三階建て。各階の皿にはスコーンや焼き菓子、サンドイッチといった軽食が勢揃い。
だけでなく、宝石のような緑のマスカットがあしらわれたケーキに、イチゴのタルト。栗を使ったモンブランや、バラの花束みたいなアップルパイまで。
食の芸術作品が盛大な宴をテーブルの上で催していた。
紅茶も香り高く、ガラスポットの中でリーフが踊り狂う。
シャンシャンが手を組んで瞳にハートマークを浮かべた。
「ねえすごいわよ! こんな豪華なお茶、生まれて初めてだわ! あ~んもう、サキュルさんも連れてきてあげたかったかも」
現在、淫魔は今日も今日とて、羊毛を手作業で糸にしている。
私とシャンシャンが出かける前のサキュルは「ふ、ふふふ……いーとまきまき……いーとまきまき……サキュルの友達はスピンドルとアヒルのキングだけなんだぁ……けどいいんだ……ふふ……ふふふふ……死ぬんだぁ……このまま糸巻きしながら死ぬんだぁ……怠惰さを失って淫魔としての死を迎えるんだぁ……働くことに喜びを覚えるダメな淫魔になっちゃうんだぁ……」と、軽く病んでいた。
可愛そうに。糸を巻きすぎた淫魔のなれの果て。勤労感謝の気持ちしかない。
とりま軍資金もあるし、中古の糸車を買ってやってもいいかもしれんな。出物がないならオークションで落とすか。
糸車も使い方を覚えるまでは一苦労だけど、仕立屋から聞いた話じゃ七倍速くらいにゃなるって話だ。
あれ、ますます働くまともな淫魔になっちまう。ま、いいか。
なーんてことを考えているところに――
赤いドレスに身を包んだカーマインが姿を現した。
顔は笑顔だが、目が笑っていない。
「よくぞ参ったな。ヤメイにシャンシャンよ。今日は謁見などではなく、友人としてゆったりと話がしたい。二人のことをもっと知りたいと思って、一席用意した」
柔らかい口調が、そこはかとなく不気味だった。
なーんか、良くないことが起こりそうな気がするんですけどね。
どうなることやら。




