55.秘伝の製法が命取り(カーマイン侯爵視点)
わらわは退屈だった。
美を愛でるため、統治する町に才能を集めた。
いつしか芸術の都と称され、あのお方に功績を認められ侯爵位を賜った。
七大貴族の一角に名を連ね、晩餐会では人々の注目の的。
カーマインの名は世界に知れ渡り、名声を聞きつけて有象無象がルネサヌスに押し寄せる。
俗物ばかり。贋作ばかり。
けれど、あの夫婦は違った。
西方辺境に住むという錬金術師。ヤメイ・サウオー。貧相な身なりに安物のマスク。本来なら、わらわが謁見するに値しない。
虹色の毛織物。
執事から話を聞いた時、もし半端なものであれば詐欺罪で教会裁判に突き出してやるつもりだった。
本物だった。心が乙女に戻った気持ちになった。
ヤメイの妻は仮面で目元を隠していても、その美貌まで隠し切れてはいない。
彼女が首に巻いたマフラーは、それはもう不格好なもの。
仮面の錬金術師は、そんなマフラーを献上した。名乗りはしたが顔は見せないという。
偽名であろう。が、わらわは虹の輝きに目を奪われた。
毛糸の光沢は今までのどのような染め物とも違う。
職人に見せたところ、羊毛だった。質は高いものの、それ自体はごく普通のメリノ種。糸紡ぎも素人仕事で、ヨリも太さも不均一。
問題は染色。技法によるものか、染料が特別なのか。近しいものを探させたけど、当家おかかえの一流職人たちが、誰も答えを出せなかった。
解きほぐしたマフラーを編み直させ、聖王都の晩餐会へ。
わらわは注目の的となった。
貴族たちの羨望の眼差しを一身に受ける。この瞬間こそ、人生の至福。
ああ、美しいものをまとい、わらわ自身が芸術作品となる喜び。
それを愛でる人々の目。芸術とはただそこにあるだけでは意味を成さない。
鑑賞する者がいて、感銘を受けるから価値がある。
最高に心地よい。聖王都に住まう有力貴族の婦人や令嬢たちが、わらわの元に集って褒め称える。
肉食魚のような目をしていた。誰もがうらやむ七色のショール。
美辞麗句を並べたて、どこで手に入れたのか知りたくてうずうずする女たち。
靴さえも舐めようかという浅ましさ。背筋がビクンとなってしまう。
ただ――
絶頂も永くは続かなかった。
聖王陛下がフロアに現れるや、誰もがその美しい姿に見入ってしまう。
この、わらわでさえも。
白金髪は背中を覆うほどで、まるで絹糸の光沢だった。
造物主が理想を具現化したかのような、黄金比で整った顔立ち。
長身にして引き締まった肉体が、絢爛たる王の衣に包まれている。
その日――
わらわが挨拶に参じるよりも早く、陛下から声が掛かった。
落ち着いた、良く通る、深く澄んだ声で。
「カーマイン候。今宵は一層、美しさに磨きが掛かっていますね」
「もったいないお言葉です。陛下」
「その首に巻かれた布は?」
「虹を織ったものにございます」
「大変興味深いです。まさか本当に空に架かる虹を?」
「いえ……当家の……秘密にございます」
陛下はわらわの首からショールを解いて外す。
手にしてシャンデリアの光で照らすと――
「私にいただけないだろうか。カーマイン候」
「えっ!?」
「なにか不服でしょうか」
青白い炎の揺らめく瞳が、わらわを撃ち抜いて見据えた。
王の覇気。伝説の勇者の血筋が持つ、圧倒的な力。
王こそが唯一無二、圧倒的な格上。
わらわも、もとは辺境の小貴族。侯爵位にまで取り立てられたご恩もある。
けれど、けれども。
「どうか、お許しくさだい陛下」
「貴女なら、同じものをまた作ることができるのでしょう?」
「それは……ええと」
ヤメイという錬金術師の名は、たとえそれが偽名であっても出すわけにはいかない。
知られれば、錬金術師は聖王陛下と直接交渉をするに違いない。
わらわだけのものにしておきたかった、美しいものが奪われてしまう。
「どうしましたカーマイン候?」
「さ、さしあげます。そう、今宵は陛下にこのショールを献上に参ったのです」
「なるほどそうでしたか。貴女の忠誠と献身には頭が下がります」
迎賓館のダンスホールに拍手が起こる。
聖王陛下が気に入ったとあらば、貴族の女たちはみな大慌て。明日には国中に「虹色の毛織物」や「虹色の毛糸」を求める依頼が拡散するに違いない。
わらわの「美」は奪い去られた。
聖王陛下がショールを身にまとう。美しさがさらに際だって、目もくらみそうだ。
ああ、結局わらわ自身は芸術にはなれない。絵を描くことも音楽を奏でることも、人並みにしかできぬ。
結局、陛下の御前では、わらわは鑑賞者にしかなれぬのだ。
もっと欲しい。虹の毛織物が欲しい。陛下と対等とまではいかずとも、同じものを所有していたい。
聖王家とカーマイン家以外には、門外不出にしなければ。
ヤメイという男は、商売にやってきたはず。次の機会を逃すわけにはいかぬ。
最初に訪問した時には、監視の者が見失ってしまった。
居所を探り当て、七色の糸の製法を……わらわが独占せねばならない。
すべてを手にしたあとには、秘密を永遠に守ってもらうこととしよう。
ああ、早く……早くまた、会いたいものだ。
ヤメイ・サウオーとその妻、シャンシャンよ。




