54.余ったお金の活かし方
とりま九十万聖貨ほど手元に残す。サキュルのバイト代十万と合わせて、締めて百万だ。
残り九百万聖貨を袋に詰めて、私は転移魔法で地底湖の書庫に跳ぶ。
今日も今日とて安楽椅子が書棚に囲まれ、揺れていた。
「おや、君かメイヤ。ずいぶんと顔を出さなかったではないか」
「毎日引きこもって本ばっか読んでる誰かさんと違って忙しいんだよ」
「相変わらず失礼だな、君。用事がある時にしか来ないのだし、今日はなんだい?」
「空の書庫があったら、棚にこいつを入れておいて欲しい」
幼女はパタンと本を閉じる。
「危険物ではあるまいね?」
「ただの現金だ」
「危険だな。それは」
「ここは安全なんじゃないか?」
「財宝を隠すには、これ以上ない迷宮の最奥だからな。しかし、知識の泉に俗世の欲が混じり、濁るのは美しくない」
「お断りってか」
「断るとは言っていないよ。せっかちだな君」
本を脇に置いてコアは手を伸ばした。
「預かろう。さあ、袋をこちらに」
渡して大丈夫なんか? 急に不安になってきた。
けど、キャンプ地に置くのは論外だ。鼻の良いサキュルに掘り返されるかもしれん。
どこぞの洞窟にでも隠しておくか? いやいや冒険者に見つけられたらそれまでよ。
やっぱ、書庫が一番誰の手にも届かないっぽいんだよなぁ。
「頼むぞロリッ庫」
「なんだねその呼び方は。ああ……ふふ……そうか。子と個を掛けたというのだな」
ニュアンスで察すると幼女は重みを確かめた。
「ふむ。本は……いや、紙というものは存外重たいのだよ。君……モノにもよるが比重にして水と同じといったところだ。ところで金貨の素材に使われている純金は、水を1とした場合、どの程度になると思うかね?」
「知らん」
「即答か。潔いな自称錬金術師のヤメイよ」
ロリコアにその設定を話した覚えはないんだが?
「誰から聞いた?」
「シャロンだ。本を読みにくるよりも、最近はもっぱら世間話というかね……君のことばかり話すのだよ。メイヤの時は意地悪で口も悪くて下品で適当なのに、ヤメイさんになるとすごく優しくて、言葉遣いも丁寧で上品。きっちりしていて別人みたい……とな」
「シャンシャンめチクりやがって」
「普段の素行や態度の方が偽りなのではないかな?」
「だ、誰がファッションで変人やってるって?」
「疑問系に疑問系で返すべきではないよ、君」
コアは虚空を手で撫でる。書棚がレールの上を滑って組み代わり、地下から金属製の棚が姿を現した。
「ずいぶんご立派な本棚だな」
「先ほどの話の続きになるが、紙の比重を平均1とした場合、金は19.32となる。通常の書棚に詰めては耐久力に不安が残るのだよ」
「なるほど」
書庫の主から金貨袋を返された。それを鋼鉄書棚の隅に置く。無論、びくともしない。
コアの口元が小さく緩む。
「安心し給え。金利も付かないが手数料も取らない」
「そりゃありがたいこって」
幼女が眉尻を下げた。
最近、こいつだんだんと感情を顔にまで出すようになってないか?
「君、わたしの顔に何かついているのかね?」
「目と鼻と口な」
「くだらないな。君」
「訊かれたから答えたまででしょうが。で、何が不満なんだ貴様は?」
「ドラゴンを知っているかね?」
「あーデカい火吹きトカゲな」
「有翼種だったり、長命ゆえに人知を越えた知識を有していたりもするが……ドラゴンの中にはきらびやかな金銀財宝を好むものもいる」
「ほほぅ。それで?」
「人の踏み入れぬ領域。例えばそう……火山の火口からしか出入りできぬ洞窟の奥深くや、絶海の孤島の海底遺跡。天にも届く山嶺に果ては別の時空間。そういった場所に財宝を隠すという」
「なんですかぁ? 取ってこいと?」
「違うな」
「じゃあアレか。ドラゴンに賄賂でもおくって仲間にしろってか?」
「惜しいところだ」
私は幼女の額にデコピンした。パチンといい音がする。
「き、君! 暴力はよくない!」
「言いたいことがあるなは早よ言えや」
コアは額を両手で庇いつつ、警戒の眼差しを私に向けた。
「つまり、君は今、ドラゴンなのだよ。竜が如く財貨を集め、人の手の届かぬところにため込もうとしている」
「それの何が悪い?」
「せっかくの宝が持ち腐れではないか。ドラゴンは金を集めたとて、寝床にしかしない。それは彼らが単一の種として独立、存続できるからだ」
「まどろっこしいんだよ貴様は」
「指で弾く構えをするな。まったく、わたしも聡明なヤメイと話がしたいな」
「お黙れ。弾くぞ」
「落ち着け落ち着け。君。ともかく君はドラゴンではない。金を集めるだけでなく、使い道がある人間社会の一員だ。たとえ両国のどちらについておらずとも、聖王国と魔帝国の双方で買い物などするだろう」
「ああ、そうだが」
「富は社会に還元すべきだ。金は天下の回り物。循環させろという話なのだよ」
私は腕組みする。
使わないでため込んでいても、確かに増えもしなければ減りもしない。
金は希少だから価値がある。で、世界の金の総量がどんだけかは知らんけど、片方の国の金を集めまくったら、そちらの国で金の価値が上がるかもしれんな。
出回る金が減るんだし。
今のは極端な話だし、私一人が国に及ぼす影響なんてたいしたことないだろうけど。
九百万聖貨の価値を、地底湖の底に封印しようとしている。って、ことか。
「贅沢するつもりはないぞ」
「金は何も自分のためだけに使うものではないぞ?」
「シャンシャンとサキュルにパーッとやらせるのはダメだ」
「そうではないよ。君、王国であれ帝国であれ、世の中を良くするアイディアを持っているのに、元手がなくて実行に移せない者もいる。もし、そんな人間に出会ったら、投資するといい」
「はあ? 投資だぁ?」
「利益を生めば君の協力者になるだろう。得た利益から投資分と利子をとればいい。両国とも契約の概念はあるからね。幸い、わたしは書類を作ることができる」
「やれってか」
「わたしも知識をため込むばかりでなく、間接的にでも世の中に還元したいと考えたのだよ。手数料はいらぬ。退屈しのぎになるし、わたしは頭脳労働という形で投資するのだよ……君に」
勝手に外堀を埋めてくるロリ書庫だけど、なんだか楽しそうではあった。
まったく、どいつもこいつも好き勝手言いやがって。
「で、私にどうしてほしいんだ?」
「なに、いつでも構わない。君が両国にお忍びで行った際に、出会った者の中で見込みがあると感じたら、投資の話を提案し給え。失敗することもあるだろうが、うまくいけば君の味方は増える。どちらの国を栄えさせるかも、君次第だ」
「一方に荷担したら戦争にならんか?」
「その時は君、武力としての君の出番だ。それに、君に恩義を覚えた人間が国内で力をつけ権力中枢に食い込むようなら、主戦派を丸め込めるかもしれないしな」
「もしかして貴様、頭いいのか?」
「なにを今更。とはいえ、あくまで可能性の話だよ、君」
幼女はふふっと笑う。
まあなんだ、早々見込みのある奴と遭遇するかわからんが、頭の片隅には残しておこう。
けど――
「もし投資した相手が悪人だったら」
「己の見る目のなさを嘆くのだね、君。だが、できるだろう大魔導師メイヤ・オウサーよ。地獄の取り立て人にして、悪を許さぬ正義の暴力。君を騙して無事でいられる悪人なら、それも一つの才能として認めてやるべきだよ」
「私のことをなんだと思っているんだ貴様は」
「ふふ……君は圧倒的な個人としての武力だよ」
「褒めてんのそれ?」
「もちろんだよ、君」
経済活動も最終的には身体が資本。武力による資本主義の幕開けである。はー野蛮野蛮。脳筋に納金ってか。




