51.謁見! カーマイン侯爵
宮殿内の謁見の間に通された。
仮面はつけっぱだ。理由も執事に伝えてある。
虹色の糸の製法はまだ、どこにも出していない機密。守るためにまだ素性は明かせない。と、適当ぶっこいておいた。
部屋の奥。一段高いところに主の椅子。
金細工が施されたゴリッゴリの芸術作品だ。
バラの意匠が随所に施されていて、座り心地より見栄え全振りだな。
ぶっちゃけ座るだけなら丸太の切り株でもいいんじゃねーの。
薄い手のひらが椅子の肘掛けを撫でる。
シンクのドレスに身を包んだ、赤毛の女領主。
美を司るというだけに整った顔立ちだ。メイクで化けてるだけかもしらんけど。
妖艶な美女という言葉がぴったりである。
腰はコルセットで極端なまでにしぼられ、胸元は対照的にオープンだった。
寄せてあげた谷間は白雪よろしく、白い。
真っ赤なルージュがそっと開く。
「そちらが錬金術師にして魔導師のヤメイと、その妻シャンシャンか」
「このたびは謁見賜り、感謝の極みです。カーマイン侯爵様。素顔を晒さぬご無礼を、どうかお許しください」
「家令から事情は聞いている。かまわぬ」
私はシャンシャンに促しつつ共に一礼した。
隣から小声で「まるで別人ね」とチクリ。
うっせ。うっせうっせうっせーわい。
女領主の口元が緩む。
「して、何を見せてくれるというのか? と、訊くも野暮であったな」
侯爵の視線は妻(偽装)の首元に巻かれたマフラーに吸い込まれた。
私はそれを外すと広げて見せる。
「言葉で現すことのできない、美しい光沢。光さす角度で虹色に変化する糸で編み上げました」
「近くへ」
許しを得たんで、私は侯爵の元に歩み寄る。
何の恨みもないが首級をとれる間合いだな。いや、やらんけど。
マフラーを手渡し、下がる。
カーマインは手触りを確かめながら値踏みした。
「なんと醜い。これでは素材がもったいない。糸は双糸にしてなお不均一。なにより編み方の汚らしさときたら、一度ほどいて糸玉に戻した方が価値が上がるだろうに」
隣でシャンシャンが肩を震わせた。ステイ。元聖女ステイ。
「侯爵様。手作りの味というものです」
「わらわのお抱え職人に作り直させたくてうずうずしてきたところだ」
「と、言いますと?」
「とぼけるでない。いくら欲しい?」
マフラーを買い上げてくれるみたいだな。
「そのようなお言葉、もったいない。お気に入りいただけたのでしたら、謁見を許していただいた感謝の印にお贈りいたします」
シャンシャンが肘で小突く。小声で言う。
「ちょ、もったいなくない? せっかく買ってくれるっていうのに」
「いいんだこれで」
売りに来たのは品物じゃなく、名前なのだから。
カーマインはゆっくり頷いた。
「改めて名を訊こうか」
「錬金術師のヤメイ・サウオーと申します」
「今日は良い日だ。大義であった。宿は決めているのか? しばらく逗留するなら、部屋を用意させよう」
「ご厚意に感謝いたします。ですが、日帰りの予定ですので」
「なぜか?」
「糸の精製がございます」
一瞬、侯爵は間を取ると手元のマフラーを撫でる。
「また、いつでも訊ねてくるが良い」
どうやら次からは客として扱ってくれるみたいだな。
これにて謁見終了。中身の無い美辞麗句を並べて退室した。
宮殿を出る。庭を執事に案内されて門へ。
侯爵の敷地を出て、人混みに紛れ大通りへ。
シャンシャンは「十万……ううん、二十万聖貨くらいにはなったんじゃない?」と残念がった。付け加えて――
「侯爵のおっぱい見てたでしょ」
「あちらの服装が悪い」
「んもー! すぐに誘惑に負けるんだから。聖女として見過ごせないわ」
「元聖女だろうに」
適当なところで水路に出て、ゴンドラ船を拾うと市内観光。
真っ赤な服の連中が下手くそすぎる尾行をしてきていた。目立つだろうに。
シャンシャンは気づいていないか。教えるとパニックになりそうなんで、適当に観光しておこう。
「おい見ろシャンシャン! 水路だぞ!」
「もう見慣れたわよ」
「綺麗な町だなぁ」
「それはそうね」
「貴様はもっと綺麗だぞ」
「急にどうしちゃったの? こ、困るんだけど」
ポッと顔を赤らめてから、少女は私にぴったり寄り添った。
「別に以前からシャンシャンは顔が良いと思っていただけだが?」
「はぁ? か、顔だけってことね!? だ、誰が残念まな板ですって?」
「そこまで言ってないでしょうが」
「んもー! 知らないんだから」
ぷいっとそっぽを向きながら、少女は私にぴたっと身を寄せる。
「なぜくっつく」
「ゴンドラが狭いからよ。仕方なくなんだからね」
「それもそうだな」
しばらく水夫に「適当に流してくれ」と頼んだ。
追っ手を撒いたつもりはないが、どうやら普通の夫婦と思ってくれたのか、夕暮れ前には監視の目もいなくなる。
外で一泊しようものなら、サキュルが何を勘ぐるかわからない。
ルネサヌスの郊外で転移魔法。キャンプ地へ帰宅するのだった。
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数日後――
聖都のダンキでパンやらなんやらを買ったついでに、帰り際ちょっと寄り道。
情報が集まる冒険者の酒場をのぞくと……。
「あーはいはい。なーほーね」
依頼掲示板に七色の糸の買い取り情報が掲載されていた。
ギルド職員の小娘に訊く。
「この依頼、どういう感じよ?」
「どういうと言われましてもぉ」
「なんか経緯とかあるでしょ? 誰発信?」
職員は依頼書を綴じた紙束を取り出してペラペラめくった。
「複数ありますけどぉ。聖都の服飾業からですね。先日、晩餐会でとある貴人が、素晴らしい虹色のショールを身につけていたとかで、貴族の方々がほしがっているけど、虹色の糸が手に入らないんだそうですぅ」
「ほほぅ」
貴人=カーマイン侯爵だな。やっぱ広告塔はデカくてなんぼってね。
「なにかいいことでもあったんですぅ?」
「いや、全然。で、依頼達成率は?」
「0%ですねぇ。みんな違う色の糸をより合わせたり、複数の色でマーブルっぽく染めた綿を紡いだりしてるんですけどぉ……どうやらそういうのと違うっぽくてぇ」
甘ったるい語尾の職員と、ふと目が合った。
そのまま小娘は視線を壁に。おたずね者の張り紙と私を見比べる。
「あれ? ちょっと似てません?」
「気のせいだろ。だいたい、餌の肉が鮫がうようよする海に自らダイビングします? 一億の賞金首がわざわざ出頭しますか? 一億聖貨もらえても死刑でしょうに」
「ですよねぇ」
知らないうちに私の首って、ずいぶんお高くなったもんだな。ちなみにシャンシャンは一千万だそうな。けっこう、いってんなぁ。
そーいえば、元聖女はいつか生き別れの妹を探す……って言ってたんだが、保釈金払えば罪は消えたりせんのかね。
私は別にいいんだが、シャンシャンをおたずね者じゃないようにする方法でもあればなぁ……と、さすがにロリコア書庫に訊いてもわからんか。
職員が首を傾げる。
「ところで、お客様の冒険者ランクはおいくつですかぁ? 虹色の糸の入手の依頼を受けるにはぁ……」
「ランク無限だ」
「はい?」
「最強だからな」
「ではランクタグを見せてくださいぃ。灰鉄とか青銅とか白銀とか黄金とかのやつですぅ」
「認定試験を受けたことがないんでな」
「冷やかしなら帰ってくださいねぇ」
しっしと追い払われた。最近こういう扱い多い。多くない?
人間の価値をタグとかいうくだらない金属片でしか判断できないとは、見る目の無い奴らだ。
こっちから願い下げですからね! ばーかばーか!




