50.侵入計画(転移魔法使用不可しばり)
四方を城壁に囲まれた白亜の宮殿。赤い旗が風に揺れている。
中央にバラの紋章。カーマイン侯爵の屋敷だ。
門塀すらも彫刻で彩られていて、それ自体が芸術作品。
鉄柵の向こうには左右対称の大庭園。奥の屋敷も綺麗にシンメトリーだ。
秩序だった庭を見ていると、ついミントを蒔いて蹂躙したくなる。
シャンシャンが私の腕にぎゅっと抱きついた。
「ね、ねえメイヤさん。侯爵の家に来たのはいいけど、どうやって中に入れてもらうの?」
不安げな少女の視線の先――全身を赤の衣で包んだイケメン番兵たちがずらりと並ぶ。
警備は相応に厳重で、アポ無し凸はお断り感満載だな。
まあ、転移魔法で直接乗り込んでもいいんだが。かち込みなら楽なのにね。
今回ばかりは、きちんとご招待されないといかん。ほら、商談だし。
私は元聖女と腕を組んで、門の前へ。
赤番兵の中でも、腕章付きのイケメンに声を掛けた。いかにも「私がリーダーです」みたいな顔してるし、現場責任者に訊くのが早かろう。
「すみませーん。こちらカーマイン侯爵様のお屋敷でしょうか?」
「そうだが」
思ったよりも高圧的な返答だ。ここは錬金術師のヤメイさんを演じきるしかないな。
切れちゃダメ駄切れちゃダメ駄切れちゃダメ駄切れちゃダメだ。
「王国に……いえ世界に名をとどろかせる美の探求者と、我々が住む西の辺境にまでご高名が鳴り響いております」
「ふん……当たり前だ。用が無ければ早々に立ち去るがいい」
「このたびは新婚旅行でして、一目、そのお屋敷とお庭の偉容だけでもまぶたの裏に焼き付けたく足を運んだのです」
「殊勝な心がけだな。もう十分だろう。ルネサヌスには他に見るものはいくらでもある」
しっしと野良犬を追い払うような手振りだ。
どうして門番ってみんなこうなの? 中に入れてくれないの? 意地悪なの?
隣でシャンシャンが肘で私の脇腹をつつく。
「ほら、やっぱり無理だったじゃない」
「すまんなシャンシャン。君がどうしてもカーマイン侯爵の姿を一目見たいというから」
「い、言ってないわよ!」
番兵リーダーは「痴話げんかと漫才ならよそでやれ」と冷淡だ。
そろそろ実力行使に出そうな気配である。
本題に入るとするか。
「実は買っていただきたいのです」
「なんだ? 売り込みか」
辟易してるみたいだな。凸られ慣れしているからこそ、塩対応が板についたんだろうさ。
そこらの詐欺師と我々おもしろ家族を一緒にしないでもらいたい。
こちとら騙す気満々だが、品物だけはガチってるからな。
私は妻(偽装)の金髪を優しく撫でて、彼女の首を彩る虹色マフラーを巻き直した。
「私どもの研究の成果である、虹色の糸で編んだこちらのマフラー。侯爵様にお会いするかもしれないと、おしゃれに疎い妻が一生懸命手編みしたのです」
シャンシャンが「次から次によく思いつ……」と言いかけたので、立てた人差し指を唇の前へ。彼女の口を閉じさせた。
再び番兵へ。
「この糸は私が人生を賭けて産みだした錬金術によるものです。七色に輝き、光の当たり具合でいくつもの顔を見せるもの。世界で一番、美しいものに理解ある侯爵様なら、手に取って良さを感じていただけると思っていたのですが……」
赤服の目つきが変わった。
「確かに、そのような色合いの糸は見たことがないが……」
「私どもはこれにて退散いたします。ルネサヌスがダメでしたら、近々聖王都に持ち込んでみようかと」
シャンシャンが「え? もう帰るの!?」と目を丸くする。が、構わず彼女を促して、踵を180(ワンエイティー)。
「待て」
ヒット! 釣れた釣れた。かすかに焦りの震え声。
私は足を止め振り返る。
「はい? いかがしまして?」
「少し待て。どうするか検討する」
言うなり赤服は部下に家令に連絡をと告げた。
人を走らせる。
待つのは釣りで慣れたものだ。
シャンシャンが不思議そうに、私にしか聞こえない程度の小声で訊く。
「取り次ぐなんて、どうして急に態度を変えたのかしら?」
「ルネサヌスが流行の最先端。発信地って自負があるからだろ」
仮に聖王都のデザイナーやら、他の貴族から七色の糸を使った新しい流行が生まれたら、カーマイン候の面子は丸つぶれだ。
自宅の壁まで芸術作品に仕上げるほどの、自己顕示欲お化けにとっては許しがたいことだろうよ。
少女の金髪が揺れる。
「けど、それにしたって上手くいきすぎじゃない?」
もう一つ理由を挙げるなら――
「簡単なことだ。シャンシャン……貴様が美しいからだ」
「は、へ? ちょ! んもー! 急に変なこと言い出さないでよ! 恥ずかしいわ!」
「マフラーの出来は不格好だが、糸の輝きには本物の良さがある。それを身につけるマネキンの貴様も、負けず劣らずだ」
「だ、誰がマネキンですって?」
「トルソーの方が良かったか?」
「そういう問題じゃないわよ。本当にメイヤさんて失礼な人なんだから」
「本当は童貞だけを殺すセーターにして、サッキーに着せてみるのも良かったんだがな。聖王国だと魔族を連れて歩くのは目立ちすぎる。あと、シンプルにサッキーがヤバイ奴ってのもあるし」
「い、板で悪かったわね! セーターじゃなくて、どうせあたしはマフラーがお似合いですよ! っていうか、ずっと擦ってくれてるけど、もしかしてメイヤさん、むしろ慎ましやかな胸の方が好きなんじゃないの? 好きなんでしょ? 好きになれ」
「命令形やめろ。っと、どうやら番兵と執事で話がついたみたいだな」
私たちがわちゃわちゃやっていると、重い観音開きの彫刻付き扉が向こうから開いた。
どうやらお目通りが叶うようで。シャンシャンは「いーっだ!」と、白い歯を噛みしめる。ああもう、可愛い奴め。私をちっぱい派に改宗させようというのか。
てなわけで、左右対称の手入れが隅々まで行き届いた庭園へと、我々取材班は招かれたのであった。




