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49.いざ芸術の都へ

 お昼前のポカポカ陽気。今日もキャンプ地は平和である。

 手作り暮らしもだんだんと板に付いてきた。


 ついに織物までできるようになったのだ。


 羊毛を採取して洗って干して。

 虹色に染め上げてから糸にして。

 ヨリをとったら毛糸玉。


 八つほどを使って、シャンシャンはマフラーを編み上げた。


 焚き火台の前でシャロンが彼女の身長よりも長い、170㎝ほどのそれを広げてみせた。


 幅はだいたい40㎝といったところか。

 陽光を浴びて角度によっては色味を様々に変える、実にド派手なマフラーだ。


 猫のように淫魔がすり寄る。


「うわぁいいないいなぁ! サキュルも欲しいよシャロン!」

「えっ……あの、えっと」


 ホットサンドメーカーを焚き火台の上でひっくり返す私に、元聖女が視線で助けを求める。


「裸同然の格好でマフラーとか変態さんですか貴様?」

「いいじゃんいいじゃん! 変態とか淫魔にとっては褒め言葉! 勲章だよ! だからちょーだいマフラーちょーだい!」

「ダメだ」

「ええぇ。なんでぇ」


 シャンシャンも眉尻を下げて「ごめんねサキュルさん」とお断りである。

 元聖女は小走りで私の元へ。


 後ろにまわるとそっと首にマフラーを巻いた。


「はい。メイヤさんのためにって、端正と真心を込めて編んだんだから」

「たき火のそばであっちいでしょうが! ポカポカ陽気だぞ嫌がらせか貴様!?」


 しゅるしゅるっとマフラーが解かれる。


「ちょ、なによその言い草!? マフラー欲しいんじゃなかったの?」

「誰が私のためにと言った?」

「じゃあ、どうするのかしら? 売るにしては……ちょっと不格好すぎるかも。編み目も一定じゃないし、縁も不揃いだし……」

「それでいいんだ。むしろ、それがいいんだ」

「意味深なふりして、本当は何も考えてないんじゃないかしら?」


 ホットサンドが焼き上がる。皿に載せてテーブルへ。


 と、サキュルが割り込んできた。


「いらないんならやっぱりサキュルにちょーだい! ちょうど腹巻きが欲しかったんだよね」

「いいわよサキュルさん。メイヤさんになんて、もう編んであげないんだから」


 プリプリっと口を尖らせる元聖女から、私はマフラーを奪うと彼女の首に掛けてぐるぐるに巻いた。


「勘違いするな。このマフラーは貴様のものだ」

「ええぇ……自分用のを編まされてたって……ことぉ?」

「私よりも貴様の方が似合っているからな」

「えっ……そ、そうかしら」


 うつむき伏し目がちの元聖女。サキュバスは「はへ~! うん! シャロン似合ってるよ! キラキラしてる!」と、全肯定である。


「飯にしながら作戦を話してやる。耳かっぽじって拝聴しなさい貴様ら」


 コーヒーのお湯を沸かしつつ、川魚の塩焼きを挟んだパンが昼食だ。

 しばらくソーセージやベーコンと疎遠になっているが、上手くすれば気絶するほど肉を食える算段なのである。



 聖王国の南方。海沿いにあるルネサヌスの町は、交易海上都市の異名を誇っていた。

 商都としてだけでなく、王国屈指の芸術の都だ。


 七代貴族の一人、芸術侯爵カーマインとかいう女領主が治めていて、絵画彫刻美術品から、音楽文化芸術もろもろ。ファッションの流行発信地でもあった。


 町中に張り巡らされた水路にゴンドラが行き交い、町のどこにいても愉快な音楽が自然と耳に入る。


 美食も芸術とばかりに腕利きの料理人が店を構え、観光満足度も高いんだとさ。


 私は今、少女と二人ゴンドラに揺られている。


 王都のダンキで買った目元を隠すマスクを装着。安物ながらも気分は仮面舞踏会。


 隣に座る少女が不安げに私を見上げた。


「ね、ねえメイヤさん。恥ずかしいわ。こんなマスクをするなんて」

「安心しろ。観光客のお上りさんにしか見えないぞ」

「そういうメイヤさんもだけどね」


 私は人差し指を立てると少女の口元にそっとつけた。


「シーっ……ここにメイヤ・オウサーとかいう超絶イケメン最強大魔導師はいないのだ」

「あっ……ごめんなさい。ヤメイさん」


 我が名はヤメイ・サウオー。王国西方辺境地にて、研究をしている一般通過魔導師にして錬金術師だ。


 と、ゴンドラを操る陽気な男がこちらに振り向いた。


「お客さんたち、新婚さんかい?」


 シャンシャンが言葉に詰まる。


「ええ、そうなんです。私はヤメイ。隣のこれは妻のシャンシャンです」

「いやあお熱いねぇ。ゴンドラいいでしょ? 二人並んで座ると自然と密着するし。恋人同士に、遊覧は人気なんですよ」

「良い町ですねルネサヌスは」

「ええ。これも芸術を奨励なさるカーマイン様のおかげです」


 私の脇腹にシャンシャンの肘がぐりぐり刺さる。彼女は小声で耳元に口を近づけた。


「ちょ、ちょっとメイヤさん。兄妹って設定だったんじゃ……夫婦だなんて……は、恥ずかしいわ」

「いいかシャンシャン。金髪と黒髪じゃ無理があるだろう」

「なら最初にそう言ってくれれば……んもぅ……ばかぁ」


 彼女は顔を真っ赤にした。そんな彼女の首には七色のマフラーがキラキラと光っている。


 こいつは疑似餌みたいなものだ。

 果たしてカーマイン侯爵とかいう大貴族が、釣れるかどうかお楽しみである。


 なお――


 キャンプ地に居残り留守番となったサキュルはというと、半泣きになりながら糸を紡ぐ係になっていた。


 聖王国領で淫魔を連れ回すわけにはいかず、誰かが糸を量産せねばならずなので、仕方ないのだ。


 ま、アヒルのキングがいるから寂しくないよね。うん。

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