102.2位じゃだめなんですか?(優勝候補の天鏡竜視点)
ワシ、無敵。ワシ、天鏡竜。すごく強い。
だからランク2位なのが、ちょっと不服だ。
身体、大きい。普通のドラゴンの二倍くらいはある。
重くて飛ぶの苦手。だけど、百竜大戦は飛行モード禁止だから、あんまり関係ない。
移動は遅い。どいつもこいつもワシに言う。ロートルだの、ドン亀だの。
けど、負け惜しみでしかない。
ワシの鱗、鏡みたいにキラキラ。
すごく硬い。そして、ちょっと特殊だ。
ランク4位の黒炎竜のブレス。普通のドラゴン相手に黒炎竜が本気で撃ったら、相手を殺す威力がある。
だけどワシの鱗は、本気のソレでも全部跳ね返す。
黒炎竜が進路に立ち塞がった。ワシを足止めしようと収束させた黒い熱線を撃つ。
鱗を制御して熱線を拡散、乱反射させて無効化する。
黒炎竜だけじゃない。3位から9位までの連中が、ワシを扇状に半包囲。それぞれブレス撃つ。赤だの黄色だの緑だの黒だの青だの紫だのオレンジだの、色んなブレスがワシ目がけて放たれる。
『いくら天鏡竜でも、俺たち一桁ナンバーズのブレスに耐えられるわけねぇよな!』
『あいつ片付けたあとは、改めて仕切り直しだぞ!』
『倒さなくていい。奴を釘付けにして足止めするんだ。第二収縮が始まればドン亀なジジイは終わりだからな』
『だっる。早よ終われや骨董品のクソロートル』
ブレス吐き続けながら念話でわちゃわちゃ。
ワシ、前回大会で優勝できなかった理由、自分でもわかってる。
足が遅い。だから今回は、できるだけフィールドの真ん中に降りて、収縮が始まったら円の中心目指して、ずっと歩くことにした。
平野とか舗装跡の道とか、歩きやすいところを選んでいる。谷や山は越えるのに時間が掛かる。
で、ワシを倒したい連中は、裏で手を組んでいた。収縮のタイミングを待ってから、集団で仕掛けてきた。
七対一だ。連中のブレスなんてそよ風みたいなものだけど。
歩く。一歩ずつ。前に進む。
『こいつ止まらないぞ!』
『テメェなにやってんだ! 本気で……殺すつもりでブレス吐きやがれよ!』
『んだとお前の方こそ手を抜いてるんじゃあないか?』
仲間割れ。徒党なんて組んでるから弱いのか、弱いから組みたがるのか。
雑魚の気持ち、ワシ、わからん。
にしても、ぎゃーぎゃーうるさい連中だ。
ワシは鏡の鱗の角度を調整した。連中の吐くブレスを拡散して無効化させていたけど、先に殺すつもりで撃ってきたのはそっちだ。
全部のブレスを放った本人に反射してやった。
『『『『『『『――ッ!?』』』』』』』
黒炎竜が自分の吐き出した黒い熱線に焼かれる。
他の竜たちも概ね同じような感じだ。
なに、自分の属性の攻撃なんだ。耐性くらいついてるだろ。死にはしない。
天に唾を吐けば、自分に降ってくる。
ワシ、天鏡竜。天に刃向かう愚か者に、その刃を返す最強の楯。
雑魚どもが勝手に倒れた。別に弱点を狙ったりしてないけど、全員意識を失った。
捨て置く。自分の勝利のために前だけを向く。
一歩一歩、着実に安全地帯を目指して進む。
大霊峰から純白竜の咆哮が響いた。第二収縮開始だ。
チラリ、後ろを見る。赤い光の壁が、だんだん背中に近づいてきているけど、まだ遠い。
あと数十秒もすれば、倒れた雑魚どもは安全地帯の輪の外だ。失格確定。
このままいけば、ワシ、優勝する。今回は運が良い。収縮の感じからして、進路そのままで十分間に合う。
目の前に広がる平野は、起伏もなくて歩きやすい。
おや?
ピンクのドラゴンがワシの前に立ち塞がった。
ワシから見れば、まだ幼竜だ。
あんなの、参加者にいただろうか。
ま、どうでもいい。無視して進む。どうせどんなブレスもワシには効かない。近づいて打撃? 無駄無駄。ワシの鏡の鱗がはじき返すのは、ブレスだけじゃない。
打撃、斬撃、全部を攻撃した相手に返す。天に唾する不届き者に制裁を与える。
ピンクはワシの進路から引かない。まだあと、百メートルはあるが、警告してやろう。ワシ、親切。別に小娘が可愛いからとかではない。
『どけ……ワシは2位の天鏡竜だ』
『ウチはドラミちゃんだよ! で、こっちはお兄ちゃん』
ピンクの前足に黒いもやしみたいなのがシュッと生えていた。ああ、人間……か? 三千年ぶりに見た。
黒い人間はワシに向けて杖らしきものを構える。
『やめておけ人間。ワシに攻撃は一切効かん。跳ね返されるだけだ』
黒い人間は微動だにしなかった。
「ドラミちゃん。私をあいつ目がけて投げなさい」
『ええッ!? お兄ちゃん!? さっき見てたよね! あいつ全部のブレス跳ね返してたよ!』
「足止めすれば勝てるから。楽勝だぞドラミちゃんよ」
『ええぇ!? で、でもぉ……無理だよぉ! 反射されたら危ないって!!』
「いいからお兄ちゃんを信じて。命令は絶対だぞ?」
『んもおおおおおお! どーなっても知らないんだからにぇえええ!』
口論の勢いのまま、ピンクの小娘がワシめがけ、人間を投げつけた。
ワシに激突すれば衝撃でそのままペシャンコか、バラバラか。
何か魔法でも撃つのかもしれんが、ワシの鱗が反射して撃った人間がおだぶつだ。
ま、同族でもない異物が死んでも、関係ない。ワシの歩みを止めようとする方が悪い。
人間が空中で一瞬……消えた?
頭上から声が響く。
「魂の深淵より溢れ出でし闇の力を束ね、永劫すらも閉ざす力を現世に再臨せしめる。かの魔法は、天の法則に挑み、破壊し、無に帰すものなり。闇よりもなお暗く、完全なる真空が満たす永遠の絶望を顕現せり。天体世界に散りばめられし星々の嘆きよ集え! 混沌たる秩序を破壊し、星々が砕け散る大災厄を! 我は解き放つ……その真名は……極大破壊魔法なり!」
ワシめがけて魔法を放つ? しかも上空から?
どのみち無駄。全反射で終わり……のはずが――
青白い光の長城がワシの目の前すれすれの地面を縦断した。
一瞬で、底の見えない巨大な谷が姿を現す。
深い――
足を踏み入れれば、奈落の底だ。空を飛ばぬ限り戻ってはこれぬものだ。
谷を挟んだ向こう側に、黒い人間がシュタッと降りたつ。
「んじゃ、私たちは安全地帯に向かうんで」
あの人間、化け物……か。たった一撃で大地を穿ち、回り込むこともジャンプで跳び越えることも不可能な大きさのクレバスを生み出した。
ああ、きっと人間の姿をした竜に違いない。
でなければ2位のワシが負けるはずが……負けるはずなんて無いのだ。
黒い人間は小娘に持ち上げられ、その頭にちょこんと乗った。
爆速で桃竜が収縮する円の中心方面へと走る。
ワシが進むべき道だったのに。
気づけば――
背後には赤い光の壁が近づいていた。右に行こうと左に行こうと、谷を越えて回り込む時間はない。
赤い光がワシの身体を透過する。
「グルオワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
普段は滅多にあげない叫び声。その中にパリンという、水晶の板が砕ける音が混ざった。
すべてが終わったのだ。




