7 少女
少女が目を覚ました時、辺りは暗闇に覆われていました。自分の体以外は何も見えません。周りには誰一人いませんでした。思えばずっと長い時間、意識を失ってこの場所にいた気がします。遠くの方で爬虫類が鳴くような連続音や、中年女性が何かを叫ぶ声が響いています。なぜ目覚めたかもわからないまま、少女は歩き出しました。
暗闇は薄らぎ少しずつ周りの景色が見え始めました。荒廃した街の中です。石造りの家や通りの門が崩壊し、道路のタイルはめくれ上がっています。少女は、かつて滅ぼされた母国を思い出しました。目の前にある光景は、それよりも大きな街で、より破壊されているようです。曇り空の明け方、街には人の気配がありません。
先ほどから左足が痛んでいます。手をかざして念じても『聖法』は使えませんでした。宝剣も魔石もありません。この足の痛みでは、走る事も、剣をふるう事もできないでしょう。服は汚れ、髪は乾き、肌にいくつもの傷が熱を発しています。少女は崩れ落ちた壁にもたれ、溜息をつきました。
ふと、男の鼻歌が聞こえてきました。何人かの足音も一緒です。首を上げて見上げると、甲冑を来た男を先頭に、数人の列が意気揚揚と横切っているところでした。その鼻歌は、少女がよく歌っていた亡国の民謡でした。よく見ると、人々は軍国の旗をくしゃくしゃにして抱えています。廃墟の中、旗を集めて歩いているのです。
少女が後に着いていくと、早朝の街の広場で、大きなたき火が燃えていました。人々は軍国の旗を投げ入れていきます。広場の中央には、ワインの屋台が大量の樽を積んで陣取っています。城下町から城を見上げると、今まさに、掲げられていた一番大きな旗が降ろされているところでした。風に運ばれて、群衆たちの大きな歓声がかすかに届きます。ワイン屋の店主は歓声を聞くと、椅子を並べたり、樽の栓を抜いたりしはじめました。そこからは、いつかのフェスティバルで見た光景の繰り返しです。みな恐る恐る飲み始め、見ていた人たちも手を伸ばし始め、誰かが音楽を奏で出します。ほどなく、城へと続く街道から、見通せないほどの群集が押し迫ってきました。それは歓喜のパレードです。誰も彼もが大きな声を上げ、国の解放を祝福しているようでした。ワイン屋台の音楽隊がパレードの先頭に合流すると、音楽に合わせて群衆が合唱をし始めました。そしてその音楽は、少女が歌っていた亡国の民謡なのでした。もしかしたら、少女が一人で軍国と戦った事が広まったのかも。少女は今にもそこへ混じって一緒に歌いたいと思いました。けれど、少女は何とか自分を押し留めました。もう、力も名誉も欲しくはなかったのです。その代わりに、涙がとめどなく溢れてきました。みんなが自分の好きな歌を歌ってくれるというのは、何でこんなに嬉しいのだろう、と。群衆はワイン屋台に集まり、フェスティバルは始まりました。少女は歓喜の人々の中に、時折知った顔を見つけました。亡国の姫様や、メイドとして仕えた女王様、夜に遺骨を噛んでいたシスター、盗賊の姉御とお嬢。見つけるたびに身を乗り出しそうになりましたが、次の瞬間には別人になっていました。その誰も彼もが、心から祝福する笑顔に満ちていました。少女はいつまでも、いつまでも広場のフェスティバルを眺めていました。
少女はこれまで会った人たちの為に手紙を書きました。何を書いたかは秘密でしたが、それは「親愛なる…」から始まり、「いつの日か…」の一文で締めくくられているようです。少女はこれから手紙を渡す旅に出ます。手紙をうまく渡せるかは分かりません。すでにこの世にいない人もいます。手紙を渡した相手が少女を抱きしめてくれたら、その時点で旅は終わるかもしれません。
けれど、手紙をすべて配り終えたとしても、一通だけ、少女の元に残る手紙があります。それは神様が書いた手紙です。遠い場所の知らない世界で起きた、悲しい出来事が書かれています。それは同時に、少女が生まれた理由でもありました。そう、少女は神様からその手紙を盗んでしまったのです。きっと神様は手紙を探しても見つからない事でしょう。
少女の旅がどうなるのか、この先誰も知ることはありません。少女は今日もどこかで、民謡を歌って歩いている事でしょう。




