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ボクは今日、中二病を卒業する

作者: 蒼乃暁

 ――これは【ボク】が幻想と決別し、中二病卒業を目指そうとしたとある一日の物語である。




 ある日の事だ。

 ボクは突然前世の記憶に目覚めた。


 何故目覚めたのか、などという無粋な質問は不要だ。

 そこに理由を追及する必要はない。

 大事なのは、ボクが前世にて伝説と謡われた大賢者であるという事実だけだ。


「ねえ、またいつもの中二病やつやってるの? いい加減飽きない?」


 せっかく人がシリアスムードを作っていたところに水を差す存在がある。

 リビングでくつろぎながら片手で本を読むボクに歩み寄ってきたのは一人の少女。


 釣り目。ツインテール。トドメに貧乳。

 ツンデレキャラの三大外見特徴を装備したソイツは遺憾ながらボクの妹にあたる存在である。


「……ちょっと。ひどい偏見で評価されたような気がしたんだけど?」

「気のせいだ。それよりオマエこそ設定とか言うな。ボクはどこまでも本気だぞ」

「そういうのいいから。で、アタシにどんな不当評価を押し付けた?」

「気のせいだと言っただろ外見ツンデレ。内面もツンデレにして出直して来い」

「よーし、良く分かった! 表でろ! 白黒つけてやる!」


 断る。

 外は暑いのだ。

 太陽がギンギン照りつけている。

 ヤツはボクらを燻そうとしているに違いない。


 前世でヤツの化身と戦ったときにも暑い目、もとい痛い目に遭わされた。

 油断ならぬ相手だ。

 だが今世では日焼け止め各種という薬品ポーションや、遮光眼鏡サングラスなどの道具アイテムがあるのだ。

 再びヤツの化身が出てきたところで以前のように苦戦したりはしないぞ、多分。


「またくだらないこと考えてる顔だ……」

「くだらなくはない。いいか、太陽を舐めるな。ボクも前世でかなり苦戦した。だが奴は女の色香に弱い。男子の目に毒なその格好は対太陽装備としては間違っていないので許可する」


 というか正直眼服だ。言わないけど。


「だがくれぐれも正面からの戦いは控えろ。いくらボクでも助けきれないからな」

「……なんでこんなのが体操部のエースなの? ウチの体操部ホントに大丈夫?」

「知らん。他の部員に聞け」


 ウチの中学は部活動強制参加という悪しき習慣を継承せし学校だ。

 ボクは『どうせ入部するならば』と体を鍛えられる運動部に所属することにした。


 ボクは大賢者であり根っからの後衛職なのだが、きたるべき戦いの日の為を思えば一定の身体能力は必要となるだろう。

 壁となってくれる前衛職が居ればその限りではないが、残念ながら今世では前衛職の仲間は居ない。


 ちなみに、数ある運動部の中から何故体操部を選んだかと問われれば屋内スポーツだからである。外は暑い。


「これのドコがいいんだか。ましてやファンができてるのとか本気で謎。少なくともアタシならこんな痛い人間には絶対お近づきになりたくない」


 妹がジト目をボクを向ける。

 外見も相まって、その筋の人なら一発で虜に出来そうだ。


「フッ、残念だったな妹。生憎だがボクとオマエとの因縁は前前前世にまでさかのぼる。最早切っても切れぬ縁というやつだ。どう足掻いたところでボクらは出会うべくして出会う。ましてや今世にいたっては血縁関係なのだからボクから遠のくのは不可能だぞ」

「……こんな人間がエースとか、他の部員がかわいそうで仕方ないんだけど」


 妹は本気の口調でぬかしてくれた。

 冷めた視線で虚空を見ている様子がちょっとサマになっていてムカつく。


「おい妹。さっきからやたらとボクをディスってくれてるけどな、ボクはきちんと努力して体操部で今の立場を手に入れたんだぞ」

「知ってるよ。帰宅後もうっとおしいぐらい練習してたからね。アタシも散々付き合わされたし」


 その節は世話になった。

 なんだかんだとぶーたれながらも練習に付き合ってくれたことには感謝する。


「ていうか、あそこまで努力したなら生き方見直してちゃんと真っ当な体操選手になりなよ。その痛い設定いい加減に捨ててさ」

「断る。ボクはきたるべき日に備えて我が道をいくのだ。あと設定言うな」


 本当に失礼なやつだ。

 ボクはいつだって本当のことしか言っていないというのに。

 嘆息しながら、左手に持つ本のページを親指でペラリとめくる。


「前々から訊きたかったんだけど、なんで本を読む時片手なの? どう考えても読みづらいでしょ、それ」

「ただの癖だ。前世でもこうして読んでたからな」


 前世のボクは色々と時間が無かったからな。


 時に食事をしながら、時に弟子をしごきながら、時に婚約者の髪を撫でながら、数々の書物を読破してきた。


 最初は難しかったが、身体に覚え込ませればなんてことのない作業である。


 ちなみに今世では慣れるのに三ヶ月ほどかかった。

 その間読んだ本の中身は殆ど頭に入ってない。

 ひたすら動作を身体に覚え込ませる日々だった。


 病院のベッドの上で暇な時間を持て余していた頃の話だ。

 過日の記憶を脳裏で再生する。


「……ねえ。なんで左目抑えてるの?」

「気にするな。ボクの魔眼が疼いているだけだ」


 魔眼封印用の眼帯の位置を調整していると、妹が可哀想なものを見る目でボクに視線をくれやがった。


「……ところでさ、アタシの友達に真央ちゃんっているじゃん。ほら、この前ウチに遊びに来てた、メガネじゃないのにクラス委員長やってる子」

「すべてのメガネちゃんとクラス委員長に謝れ」


 ナチュラルにとんでもない差別発言だった。


「いいから。で、その真央ちゃんがとある体操部のエースさんにラブレターを送りつけるという人の道に外れた行為を働いたという密告があったんだけど」

「……人の道に外れたとまで言うなよ。ちょっぴり傷ついたぞ」

「そういうのいいから。で、ホントのことなの?」


 ふむ、とボクは腕を組んでしばし思慮にふけった。

 たっぷりと間を取って、意味深に一つ頷き……真剣な眼でボクを見る妹に告げる。


「黙秘で」

「却下。吐け」


 妹がボクを睨みつけてくる。

 その表情は怖いぐらいに真顔だった。


「いや、だってさ……家族に恋愛話するとか、そういうの、恥ずかしいじゃん?」

「普段のアンタの方がよっぽど恥ずかしいよ。そんなのの妹をやらされてるアタシが普段どれだけ恥を忍んで生きてると思ってるの? 一時期引きこもりかけたんだぞアタシは」

「引きこもりだなんて……オマエ、そんな辛い悩みを抱えてたのか? 言ってみろ。ボクでよければ力になるぞ」

「アンタの存在がもっぱらの悩みだよッ!」


 全力の断言だった。

 実の妹から存在まるごと否定された。

 ……さすがに凹んだ。


「あ……ご、ごめん。言い過ぎた。謝る」

「慰めるな。別になんとも思ってない」

「いやそれは無理がある。見るからに落ち込んでるし」

「落ち込んでない。なんちゃってツンデレごときに暴言を吐かれたところで痛くも痒くも無い。大賢者たるボクの精神値メンタルを甘く見るな」


 なにせ大賢者だ。

 精神値メンタルはカンスト済みである。

 そしてステータスは引継可能だ。

 強くてニューゲームなボクなのだ。

 だからこの程度の暴言でどうにかなるようなヤワな精神の持ち主ではないのだ。

 ……ないのだ。


「フン、運が良かったな妹。ボクの魔眼が本調子なら今頃痛い目を見ていたぞ。眼だけに」

「欠片も上手くないね」

「手厳しいな。まあいい。じゃあボクはそろそろ自分の部屋に戻――」

「待った。まだ返事を聞いてない。告白されたのってホント?」


 巧みに躱そうとしたのに追撃されてしまった。


「……チッ。さかしい子供ガキは嫌いだよ」

「いいから答えて。どうなの?」


 しつこい。

 どうにかなあなあで済ます方法は無いかと模索していると、真剣な表情の妹が僅かに身体を寄せてきた。


 これは答えるまで逃げられないパターンだ。

 観念して、溜息をつきながら端的に告げる。


「ラブレターを貰ったのは事実だ」

「……そう。残念だよ」


 すると妹はその貧しい胸元からカッターナイフを取り出し、チキチキと音立ててその刃を待て待て待て待てちょっと待て!


「どこから取り出した!? それは巨乳にのみ許された技だぞ。そして何に使うつもりだそのカッター!」

「アタシは友達の為なら命を賭けられる女だ」

「賭けられてる命ってオマエのじゃなくてボクのだろ!?」


 なんて女だ。

 人のことをさんざん病気だなんだと言ってくれたが、オマエの方こそ病んでるじゃないか。

 眼からハイライトが消えかけてるぞ。

 もしかして妹はそっちの道のヒトなのだろうか。


「まあそれは冗談として……どうすんの? 受けるの?」

「……受けない」

「何で?」

「何でって……いやほら、女の子と付き合うとか、なんか怖いし……何を話していいか分かんないし……」

「人前で堂々と中二病する度胸があるのに女の子と付き合うのは怖いとか。ヘタレなの? この前はガチムチ男子に告白されてた癖に」

「やめろぉ! ボクの黒歴史を掘り返すなぁッ!!」


 せっかく忘れかけてたのに!

 忘れようと頑張ってたのに!


「だって事実だし」

「事実だからって何でもかんでも口にしていいと思うなよ!? 体育館裏で壁ドンされてホントに怖かったんだぞ!」


 放課後に呼び出され、はて何の用事だろうかとホイホイ出向いたボクは本当に馬鹿だった。


 まさかアメフト部の主将キャプテンから告白されるとは思わなかった。

 つうか誰が思うか。

 アレはボクの今世トラウマランキング堂々の第一位だ。

 誰も居ない体育館裏、二人きりの状況シチュエーションで壁際に追い詰められた時の恐怖は筆舌に尽くし難い。


 ちなみに前世のトラウマランキング第一位は婚約者だった姫君を戦争で亡くしたことである。アレは辛かった。


「ついさっき『大賢者たるボクのメンタルを甘く見るな』とか言ってたから別にいいかなと思って」

「ぐっ……」


 言葉に詰まった。

 こんな時だけボクの前世を持ち出してくるとは卑怯な。


「まあいいや。受けないなら別にオッケー。でも傷つけないように返事返してあげてよ? 泣かしたら怒るから」

「努力はする」


 ボクだって泣かれるのはイヤだ。

 乏しい文才をかき集めて出来るだけ傷つけない断り文句を考えるとも。


 だって女の子に泣かれるとかどうしていいか分かんないし。

 普通に怖い。

 さりげなくハンカチ取り出して涙拭うとかイケメンにだけ許された技がボクに使える訳もない。


 というか、そもそもなんでボクなんかに告白してきたんだあの子。


たで食う虫も好き好き、と偉い人は言いました」

「……おい妹。オマエ実は能力者だろ。読心系の」

「あーはいはい。じゃあアタシちょっと買い物に出かけてくるから」


 妹は蚊を追い払うかのような仕草で手を振り、適当極まり無い返事を吐き捨てながら去っていった。


「結局アイツ何しに来たんだ……?」


 さんざん人の心に言葉のナイフを突き刺すだけ突き刺してから退散しやがった。

 おかげでボクは心に傷を負った。

 傷心状態ハートブレイクだ。


「いや、待てよ……傷心状態ブロークンハートの方がカッコイイか?」


 ルビは大事だ。

 現代日本文学が生んだ神秘だと思う。


 漢字単体でも十分な意味を含むのに加え、組み合わせて熟語とすることでそれは新たな意味を持つ。

 更にはルビという表現で、文字の形に囚われない意味をも与えることができる。

 たった一つの言葉で三重の意味を持つことができるのだ。


 呪文で言えば漢字一文字で単純詠唱。

 熟語にすれば複合詠唱。

 ルビつき熟語で三重詠唱だ。


 ――三重詠唱トリプライケーション・マジック

 おお、なんと心躍る響きだろうか。

 字面の時点で既にカッコイイ。

 実にボクに馴染む。馴染むぞぉ。


「……痛ッ」


 左目を抑える。

 今日は特に疼きがひどい。

 ボクの魔眼はきたるべき何かを見据えているようだ。


「……付近に他の転生者でもいるのかい? ボクの魔眼よ」


 呼び掛けるが答えは無い。

 軽く溜息を付きながら天井を仰ぎ見て、古い記憶を思い返す。


 ボクが転生者だとわかったのは今から六年前のこと……ボクがイタイケな小学三年生だった頃の話だ。


 とある事故の直後から見始めた夢のお告げ。

 天啓とも言える出来事を通じて自分が転生者だと知ったボクは、それから体を鍛えに鍛えた。基礎体力は小学生時代でそれなりについたので、中学校からは体操部で技部分――自分の身体の使い方や技術を学ぶことにした。


 肉体ハードが優れてもソレを使いこなす技量ソフトが追いついていなければ宝の持ち腐れだからだ。そしてその努力は実を結び、体操部のエースと言われるまでの身体能力を獲得するに至った。

 

 頭脳面はどうなのかって?

 ああ、それなら問題ない。


 ボクの前世を忘れたか。

 大賢者だぞ。

 今更小学校レベルの勉強などあくびが出る。


 実に楽勝だった。

 勿論、テストも全部満点だったとも。


「塾とか習い事しまくってたもんね。あんだけ勉強して満点取れなきゃむしろ恥ずかしいレベル的な」

「……おい妹。オマエやっぱり人の心を読んでるだろ。そしてオマエは家を出たのではなかったのか」

「お財布忘れてた。ということで再びいってきまーす」


 バタバタと慌ただしい足音をたてながら再び妹が去っていく。

 ボクに茶々を入れるためだけに戻ってきたワケじゃあるまいな。

 

「……まあいい」


 兎に角、転生者であると自覚したボクは心身ともに鍛え上げてきたのだ。

 何故か。

 決まっている。

 きたるべき戦いの日に備えてだ。


 前世のボクは世界の滅びと戦っていた。

 正確に言えば世界同士の戦争に参戦していたのだ。

 ボクの生きていたα世界と、平行世界であるβ世界との滅ぼし合いだ。


 大賢者として名を馳せたボクは、連合国の代表者に協力を乞われ、最前線でその力を奮うことになる。


 戦いは熾烈を極めた。

 血で血を洗う、という表現でさえ生ぬるい。


 自爆特効が当然のように戦略レベルで組み込まれ、民間施設への攻撃や毒の散布も平然と行われる。

 禁呪が戦場を飛び交い、高位術者数十人の命と引き替えに戦略拠点が一瞬で蒸発する。


 その末期ぶりと言えば神々の黄昏(ラグナロク)ですら真っ青だ。


 ボクの身を挺した英雄的行動もあってか、ボクの所属していたα世界は勝利を納めるに至る。しかし文字通りの最終戦争は互いの世界を急速に疲弊させていた。


 勝ち残ったボクらのα世界の被害も甚大で、完全復興には何百年必要になるだろうかといった案配。人も国も世界も、何もかもが疲れきっていた。


 そこへ攻め込んできたのが、更なる平行世界――γ世界だ。


「あーはいはい、あーはいはい。戦争してたんだね英雄だったんだね頑張ったんだね。あーえらいえらい」

「確定した! 絶対オマエは読心能力者サイコメトラーだ! そして何故出掛けていない!?」

「スマホ忘れてた」

「出かける前に必需品チェックをしろ! ハンカチは持ったか。ティッシュは。それにスマホ用のミニチャージャーと家の鍵!」

「お母さんみたいなこと言わないでよ。ちゃんと持ってるって。じゃあ今度こそいってきまーす」

「車には気をつけろ。横断歩道では左右の安全確認を怠るな。そしてしばらく帰ってくるな!」


 一息に告げると、妹は今度こそ出ていった。

 玄関の扉が閉まり施錠の音を聞き届ける。


 二度と邪魔されないよう玄関扉にチェーンを掛けてやろうかと思ったが、流石にそれはかわいそうかと踏みとどまる。

 タイミング悪く親が帰ってきたらボクが怒られるだろうし。


「それにしてもアイツめ、最近本当に遠慮がなくなってきたな。反抗期か?」


 ちなみにボクには反抗期が無かった。

 親に反抗するには申し訳無さが先立って躊躇われたし、妹に当たり散らすのは選択肢としてそもそも無かった。


 これでも幼い頃は妹と仲が良かったのだ。

 幼い頃の妹は、常日頃からベタベタとひっついてきて、ボクとちんまいお手てを繋いではニコニコとした笑みを浮かべる、そんな可愛らしい子供だった。


 今でこそあんなのだが、あの妹にも可愛げのある時期があったのだよ。


 思い返すのは六年前の真夏日

 ボクが小学三年生で、妹がピカピカの一年生だった年のとある日の話だ。


 その日もボクらは仲良く公園で遊んでいて、太陽が傾き始める頃に帰路についた。

 公園の前の道路は交通量が多く『帰り道はくれぐれも気をつけなさい』と親からしつこく注意されていたのを思い出す。


 ……初めに断っておくが。

 何もボール遊びをしていて道路に飛び出したとか、そんなのではない。

 ボクらはちゃんと青信号であることを確認して、横断歩道の上を、きちんと手を上げて渡っていた。

 ウチはちゃんと躾の行き届いた家庭だったのである。

 実に結構なことだろう?


 ――そして結構で無かったのは赤信号なのに猛スピードで突っ込んできたベンツの方だった。


 気づけば身体が動いていた。

 繋いでいた手で妹の体を前に放り投げ、更にその背を思い切り蹴り飛ばす。

 場面が場面でなかったらドメスティック・バイオレンス間違い無しの行為だったが、緊急事態だったのでご容赦頂きたい。


 そしてなんとか妹を車線上ならぬ射線上から遠のけたボクだったが、ボク自身が逃げる余裕なんてものはどこにも残っておらず、時速100キロ超過で国道を爆走する総重量2トンの弾丸をその身に受けることになった。


 普通ならその時点で瀕死ものだが、話はそこで終わらない。


 体重の軽いボクは衝突の衝撃で宙を舞い、ガードレールを隔てた対向車線にまで跳ね飛ばされた。そこへ突っ込んできたのが中型トラックだ。ピンボールのようにボクの身体は再度弾き飛ばされ、ノートラップでボレーシュートされたサッカーボール君の気分を味わうことになる。


 その日、日本全国で一番不幸だったのは間違いなくこのボクだが、二番目に不幸だったのは中型トラックの運ちゃんだろう。法定速度内、かどうかは微妙だが常識の範囲内の速度で職務遂行中だったというのに、子供をハネるという貴重な体験をしてしまったのだ。間違いなくトラウマもんである。


 んで、その日一番不幸だったボクは一呼吸の間に二度車に跳ねられるという宝くじ当選者もビックリな超貴重レア体験を経て、病院に緊急搬送された。


 普通なら即死ものなのだが、体重が軽すぎたのが幸いしてか衝撃がどこぞへ逃げてくれたらしく、半死半生状態で済んだ。

 後日聞いた話によると、病院に到着するまでは呼吸も心臓も止まっていなかったらしい。その時点で殆ど奇跡だ。んでもって心拍が停止したのは救急車が病院に到着したのとほぼ同時であり、そこから先は緊急手術と相成ったとのこと。


 ……思い返してもワケのわからない壮絶体験だ。

 よくもまあ命永らえたものだと思う。


 そして病院のベッドで眼を覚ますまでの間に、ボクは運命と出会ったのだ。



『――ようやく、会えた』



 心からの想いであるかのように絞るような声色で話しかけてきたのは、腰まで伸びた美しい金髪が眼を惹く、綺麗な女性だった。


『ずっと貴方を探していました……間に合って、本当に良かった』


 その女性と会ったのは夢の中だ。

 現実世界の当時のボクは生と死の狭間に有り、病院のお医者さんが必死こいて生の彼岸に呼び戻そうとしてくれている最中だった。


 言っておくが、彼女は臨死体験が見せた夢現ゆめうつつの幻では無い。

 当時のボクはそんな事を考える余裕も知能も無かったが、今思い返してみてもあの女性と出会ったのはアレが初めてだった。臨死体験ならば登場人物は既知の人物に限るだろう。初対面の彼女が出てくるワケがない。


 理屈としてそれを理解していたわけではなかったが、当時のいたいけなボクは彼女の存在を、そして彼女の言うことを素直に信じた。


 曰く、ボクの前世は大賢者である。

 曰く、彼女はボクの弟子である。

 曰く、彼女はボクの魂をずっと探し続けており、夢を通じてようやく再会することが出来た。

 曰く、前世でボクと相打ちになって死んだ敵が、この世界に転生した可能性がある。


 泣き笑いの表情で必死に言い募る彼女の言葉を、ボクは最後まで聞き届けた。


 そして大手術成功から三週間後。

 奇跡的に眼を覚まし、日常会話が出来るまで回復したボクは集中治療室を出た。


 涙を流しながら再会を喜ぶ家族に対し、夢の中の女性の言葉を鵜呑みにしたボクは、新たな人生の幕開けとなる第一声を口にする。



「父よ、母よ、そして妹よ。どうやらボクは転生者だったようだ」



 ――家族の涙がピタリと止まった。


 その後、突如口調どころか性格まで一変したボクの容態を心配した家族により、脳外科や神経内科の権威らが集まる大学病院に連れ回されることとなったが『科学的な異常は無し』という結果が出た。


 二度車に跳ね飛ばされて頭を強打しておきながら奇跡的に生還したのだから素直に喜んで欲しいものなのだが、豹変したボクを見る家族はとてもとても微妙な表情をしていた。


 冷静に考え直せば【妖精の取り替えっ子(チェンジリング)】レベルで我が子の性格が豹変したので、薄気味悪く思われるのはある意味当然のことなのだが、それでも最終的には『命が助かって良かった』と受け入れてくれた両親は控え目に言っても出来た親だと思う。

 というか、ボクが親ならそんな子供は捨ててるかもしれん。面と向かってはとても言えないが、両親には心から感謝している。


 そしてその日以来、ボクは我が道を歩むこととなった。


「妹よ。ボクは今日から修行やら何やらで忙しくなる。なるべくオマエを構ってやれるように計らいはするが、ボクの魔眼が疼いている時は近づいちゃ駄目だぞ」

「ごめん。なにいってるのかぜんぜんわかんない」


 未だボクが病院のベッドの上でミイラのようになっていた頃のやり取りである。


 そして病院着以外の着衣が許されるようになると、ボクは疼きを訴える左目に眼帯を装着し、交通事故の影響で傷跡の残った右腕を包帯でぐるぐる巻きにした。


 それが退院後から今に至るまでのボクの通常装備デフォルトとなった。更に夢で出てきた“彼女”の告げるまま、きたるべき戦いの日に備えて日々を過ごす。


 その姿は他者と一線を画した……なんというか、まあ、アレだ。世間一般で言うところの中二病患者そのものであり、家族を除く周囲からは腫れ物扱いされることになる。


 当然、イジメも経験した。

 子供というヤツは自分達とは異なる存在を排除することに長けている。

 まあそれなり壮絶なイジメ体験だったと言えよう。

 前世の記憶が無ければ心が折れていてもおかしくない。

 正直、それが合ってもキツかったぐらいだ。

 不特定多数の人間から一方的に朝から夕まで延々と悪意をぶつけられるというのは、中身ココロが大人であっても堪える。


 だがボクは負けなかった。

 退院後は頻度こそ少なくなったものの、たまに夢に出てきてくれる“彼女”が励ましてくれていたからだ。


 他の誰に嫌われても“彼女”に嫌われるのはイヤだった。だからボクは、自分を偽らず、それでいて悪意をぶつけられても負けない程度の力を得る為に、道場通いを始めた。


 イジメが無くなる契機となったのはボクが小学六年生になったばかりの頃に小学校で行われたドッチボール大会だった。

 やたらとアクロバティックな動きでボールを躱し、自軍で最後の一人になってから七人抜きの大逆転を達成して見せたボクは、『気持ち悪い変なヤツ』から『変だけどちょっとスゴいヤツ』とクラスメイトからの評価を改めることとなった。


 そしてその後の運動会のリレーで、くじ引きの結果としてアンカーになったボクはぶっちぎりの一位を獲得し『変だけどかなりスゴいヤツ』と更に評価を改めた。

 その結果としてクラスの中でそこそこの地位を獲得することに成功したものの、つい最近までイジメていた癖にコロッと態度を変える糞ガキ共(クラスメイト)にはちょっとばかり殺意を覚えた。


「賢者というのは孤独なものだ。愚民どもに何を言われようがボクは気にしない」

「気にして! 折角ちゃんとした評価が得られるようになったんだから、クラスの子煽っちゃ駄目だよ!? 駄目だかんね!?」

「ふむ……妹よ、それはフリというやつか?」

「違う!」


 妹がいつになく必死に言い募ってきたこともあり、ボクもまた悪意に晒されながら残りの小学校生活を過ごしたいわけでもなかったので、掌返しについて学友どもにツッコミを入れるのは自重した。


 そして無事に小学校を卒業し、中学校の体操部にて鍛えた肉体美と身体能力を披露してみれば、一躍人気者と相成ったワケである。


 とは言え、ボク自身が振る舞いを変えたわけではないので、ボクのような中二病せいかくがそもそも受け入れられない一部の自称大人クラスメイトからは相変わらず蛇蝎の如く嫌われているが、他の学友からは概ね好意的に受け入れられていると言っていいだろう。


 ちなみに部活動の後輩に話を聞いたところ、ボクは『変だけど面白くてスゴい先輩』として有名になっているらしい。

 どうでもいいが『変だけど』のくだりは中学生になっても取れないんだな。まあいいけど。


 で、そんなボクも中学校の最高学年に達した。


 まあ、このぐらいの年齢になればある程度の分別はつくようになる。

 将来の夢は宇宙飛行士だとしていた少年は身の丈にあった進路を考えるようになり、お姫様に憧れていた少女は現実的な将来像を描き始める。

 それはボクとて例外ではない。


「……ああ、分かっているさ」

 

 そう。

 分かっているとも。

 ボクのこれが世間一般で言う中二病であり、社会で受け入れられるはずもない“痛い奴”というのは、とっくの昔に気づいていたとも。


 夢で会った“彼女”の存在も、医者に言わせれば臨死体験の一種として解釈されるのだろう。

 そんなことは言われなくても分かっている。

 いつまでも今のままでいいとは思っていない。


 だけど夢の中の“彼女”はボクを想って泣いてくれたのだ。

 あの酷い交通事故に遭っても奇跡的に生還することが出来たのは彼女のお陰だと今でも信じている。

 だって彼女は『助けられて良かった』と言って、ボロボロのボクを抱きしめながら泣いてくれたのだ。

 あの涙が嘘だとは思えない。

 思いたくない。

 その思いがボクを今日まで導いてきた。


 だからボクは“彼女の夢”の頻度が極端に減った12歳の誕生日に決意した。


 例え他人から何を言われようと、15歳になるまでは迷う事無く突き進もうと。

 “彼女”の存在を信じて我が道を歩み続けようと決意し“彼女”の姿に誓った。


 それまでに彼女の存在が証明されるか、それに足る“何か”が起きれば良し。

 しかし、何も起こらなければ……そこが夢から醒めるべき契機ということだ。


 その決意を夢の中で“彼女”に告げると、どこか寂しそうに微笑みながら『貴方がその世界で幸せに生きていてくれるなら、それでも構いません』と言ってくれた。

 本当に優しいヒトだと思う。正直、ボクには勿体無いくらいだ。前世のボクはこんな良いヒトを弟子に出来てさぞかし幸せ者だったことだろう。


「さて、と」


 パタム、と片手で本を閉じる。

 随分長々と過去を思い返してしまったが、ちょっとばかりセンチメンタルな気分に浸るのは許してもらいたい。

 なにせ、ボクの14歳はもうすぐ終わりを迎えるのだから。


「後一時間も残ってないか……。さて、残り時間はどうやって過ごすか」


 今日、僕は15歳になる。


 9月2日13時26分。

 それがボクがこの世に生を受けた瞬間だ。


 そして本日の日付もまた9月2日であり、リビングの壁時計が…指している時間は12時30分を過ぎようかというところ。


 ボクが14歳でいられる時間はもう殆ど残っていないというわけだ。


 ここ半年は殆ど“彼女”の夢を見ることもなくなった。

 たまに夢の中で会えたとしても、逢瀬はせいぜい体感で十分程度がいいところ。

 前回会えたのは三ヶ月前だった。

 きっと明日以降は夢を見ることもなくなるのだろう。


「そうだな……最後なんだから、この際アレをやってみるか」


 やり残しがあってはいけない。

 最後なのだから悔いを残すべきではないだろう。


 思い立ったが吉日。

 ソファから腰を上げて、二階の自室に足を向ける。

 三ヶ月前の夢で“彼女”が見せてくれた、前世のボクが得意としていたという攻撃魔術を再現してみることにしたのだ。


 慣れ親しんだ自室に入りドアを締める。

 やり方は“彼女”が丁寧に説明してくれた。内容は完璧に暗記している。


 夢で見た彼女は右腕に光の魔法陣を纏わせていたが、ボクに同じ真似をしろと言われても無理だ。

 仕方がないので、学習机の引き出しから取り出したマジックペンで直書きすることにする。


 右腕には包帯を巻いているので都合がいいと言えば都合がいい。包帯の上から、夢で見た魔法陣を正確に再現し書き込んでいく。


「……肘のとこが見えん」


 仕方がないので妹の部屋から手鏡をパク……拝借してくる。


 机の上に手鏡を置いて肘の部分を映しながら書き込んでいくが難しい。窮屈な姿勢で歪みそうになるペン先を根性で抑えつけながら、魔法陣を書き込んでいく。


 魔法陣の書き方自体は何度も練習していたので割りとスムーズに進んだ。


 学習机の横に置かれたゴミ箱には、魔法陣が書き込まれた紙の残骸がぎゅうぎゅうに圧縮されて詰め込まれている。


 中学上がりたての頃は失敗だらけだったが、今では綺麗な魔法陣が書けている。書き終わった後、あまりの出来栄えの良さに数十秒ほどうっとりするくらいだ。これも賢者タイムというのだろうか。


「良し。これで完成」


 幾何学文様の魔法陣がビッシリと書き込まれた右腕(の包帯)が完成した。


 なかなか良い出来だと思う。少なくとも形状を間違えてはいない。夢で見た彼女が腕に纏っていた魔法陣と瓜二つだ。


 しばし魔法陣の完成度にうっとりして眺める。これが最後の賢者タイムになるのかもしれないと思うと、なんとも言えない感情がボクの胸を満たした。


「残り時間は……げっ、五分切ってる」


 危なかった。

 書き込みに必死になっている間に15歳を迎えていたとか洒落にならない。


 慌てて外に出かけようとしたが、やめた。

 今から外出して手頃な場所を目指してもきっと間に合わない。

 もうこの部屋の中でやるしかないだろう。


 軽い嘆息と共にボクは妹の部屋がある方の壁へと右手を向け……ちょっと考えてから窓枠のついている方の壁へと向きを変えた。


 ヘタレと言うなかれ。

 夢で見た攻撃魔術が再現されれば、放たれた光の奔流は容易く壁をぶち破ることになる。

 故に賢者なボクは魔術の発動に成功した場合の事を考え、妹に怒られるという無駄なリスクを廃したに過ぎない。


 さて、とボクは身体から力を抜く。

 精神を集中させながら足を肩幅に広げて立ち、包帯を巻いた右手を窓枠に向けて真っ直ぐ掲げる。


 折角なので眼帯も外すことにした。左手で眼帯を毟り取ると、久しぶりに外気を感じた左目が鼓動と共に疼きを強くする。


 構うものかと剥ぎ取った眼帯を放り捨て、右腕の二の腕あたりを左手で鷲掴む。


 バッと音立てて右手の五指を開けば呪文詠唱の準備完了だ。




 ――さあ、始めよう。

 別れを告げるべき刻が来た。




「我は告ぐ。我は悠久の刻の渦中に在りて世界を見届けし者」


 思えば色んな事があった。

 辛いことや楽しいことがあった。

 ちょっとばかり辛いことの方が多かったが“彼女”に出会えた幸運を思えばなんてことはない。


「我は乞う。我が道を阻みし理の尽くを打ち砕かんことを」


 だが、これを最後に彼女に会えなくなると思うと寂しくて仕方がない。

 その寂しさを振り払うかのように声を張り上げる。

 これは【儀式】だ。

 女々しいボクが“彼女”とキチンとした別れを済ませる為の儀式魔術なのだ。

 故にボクは堂々と胸を張り、声高らかに言葉を紡ぐ。


 この壁の向こうは土手だ。

 誰に聞かれるというものでもない。

 例え誰かに聞かれていたとしても構わない。

 羞恥の感情など振り払って詠唱を続ける。

 悔いは残さないと決めたのだ。


「我は求む。撃砕の力を携えし白と黒の精霊を」


 朗々と紡がれる言の葉。

 詠唱を続けながら『本当に悔いは無いか』と自問する。

 ……ああ、無いとも。

 ボクは今まで一生懸命に生きてきた。

 “彼女”の言葉を信じて、ひたすら全速力で走り続けてきた。

 身体を鍛え、技を磨き、知識を蓄え、いつか現れるかもしれない敵の存在に備えてきた。


「我は命ず。白き精霊は灼熱と成りて我が右腕に巣食い、黒き精霊は破砕の力を孕み我が左目に座すべし」


 そこに嘘はない。

 どれもこれも全力で取り組んだ。

 精一杯に頑張ってきたと胸を張って言えるとも。

 ボクの青春の全てを捧げた輝かしい日々だ。


 だがそれも最後だ。

 今日、ボクは15歳になる。

 ずっと抱き続けてきた中二病げんそうを卒業する。


 だけど今この瞬間のボクはまだ14歳(ちゅうに)だ。

 学年こそ中三ではあるものの現役中二の年齢でもある。

 ならば何ら恥じること無く、キメッキメの笑顔で最後まで叫び通してやろうではないか。


「終ぞ祝詞を此処に刻む。我が身に宿りし黒と白の精霊よ。我が視線を阻みしその尽くを穿うがつべし!」


 さらば、尊き記憶。

 さらば、幻想を追い続けし日々……。

 さらば、夢の中でボクの為に泣いてくれた君……ッ!


 嗚呼、そしてさらばだ!!

 我が中二病せいしゅんよ――ッ!!!


「故に爆砕の閃光よ、我が命により今此処に来たれッ――〝撃滅の光矢(ヴェルグレイヴァス)〟!!」




    +    +    +





「毎度ありがとうございましたー」


 店員の声を背に、買い物を済ませた私は自動扉の前に立つ。

 ウィーンと音を立てて開いた自動扉から一歩外に出てみれば、白い日差しが私を出迎えた。


 九月になったものの照りつける太陽の眩しさは変わらず、乙女の肌を容赦なく焼きに来る。


「暑っづい……」


 十分も歩かない内に、背に汗が滴り落ちる。

 胸元に風を送りたいが“服を引っ張って胸元に空間を作り風を送る”という作業には当たり前だが両手を使う必要がある。


 しかし右手にはケーキの詰め合わせをぶら下げているので片手しか使えない。

 つまりは我慢するしか無い。


「う”あ~、もっと近いトコで済ませば良かった」


 うだるような熱さに耐えながら歩く。

 家から割りと距離のあるスイーツショップにまで足を運んだ理由は、本日誕生日を迎えるアンニャローめが好きなケーキがモンブランだからである。


 家の近くのケーキ屋さんには何故かモンブランが置いておらず、私は熱さに耐えながら遠出をするハメになった。


 自転車を使えればもう少し楽なのだが、籠に入れると振動でケーキが型くずれを起こしそうだったので諦めた。


 片手に持って自転車を漕ぐという手も考えたが、片手運転で万が一体勢を崩したらせっかく買ったケーキが台無しになってしまう。自分のお小遣いからお金を出しているので、買い直すワケにもいかないのだ。


 そんなわけで、私は仕方がなく家から歩いて二十分のスイーツショップまで直射日光を浴びながら往復するハメになった。


 日傘? そんなもんウチには無い。必要なら自分のお金で買いなさいとお母さんは言うが、そんなお金があるなら服とか本を買う。夏しか使わないアイテムに費やすお小遣いなど私には無いのだ。


「それにしても……思ったよりずっと高かった」


 右手に下げているケーキ箱を恨めしい思いで見る。


 いざ店内に入って見ると、ショーケースに並べられているケーキの金額は想像よりも五割増しだった。


 思わず回れ右して出ていこうかと思ったが、時間帯が悪かったのか他のお客さんの姿は皆無であり、居並ぶ店員さんたちの視線は私に集中していた。


 何も買わず出ていくのが躊躇われ、結果として私は心もとないお小遣いを更に減らしてお高いケーキを買って帰ることになってしまったのである。こういう時だけは周囲の眼を気にしない鋼の心が欲しくなる。


「……むぅ。けど、それを突き詰めるとアレになるのかなあ」


 頭に思い浮かべるのは、今頃涼しいリビングでゴロゴロしているであろう困った家族の姿だ。


 アレは間違いなく鋼の心の持ち主だろう。その硬度と言えば鋼鉄製どころかダイアモンド並では無いかとさえ思う。あの年になって中二病な振る舞いを続けるとか、普通の精神で出来ることではない。


 いや、中学生だから中二なのはある意味間違っていないのかもしれないのだが、これはそういう問題でもないだろう。


 小さい頃は素直に尊敬していた。憧れていたと言ってもいい。何をするにもついて回り『一緒じゃなきゃやだ』と泣き喚いていた自分の小さい頃を思い出す。あの頃の私は若かった。


 では今は全く尊敬していないのかと問われればそんなこともなく、何をするにも一生懸命な姿勢にはそれなりに感じ入るものとかはある。あるのだが、だからと言って全面的に受け入れられるかと問われれば黙り込むしか無いのが本音だ。私は至って普通の中学生であり常識人なのである。


 というか、努力家な中二病患者とかある意味どうしようもないんじゃなかろうか。


「うーん。でも半分ぐらいは私の所為だもんなあ」


 あまり強く言えない理由がそれだ。

 六年前、あの酷い事故に遭って起きながら、私自身はほぼ無傷で済んだ。

 何故かと言えばあの困ったちゃんな家族に助けられたからに他ならない。

 豹変するキッカケとなった大事故には、妹の私を庇ってくれた結果だという背景があるのだ。


 あの人は昔から私にはとても優しい。

 豹変した今でもそこは変わっていない。


 お願い事をしたら断られることはほぼ無いし、どうしようもなく困った時に助けを求めれば大抵のことは解決してくれる。何事にも真面目に取り組んできた所為か、アンニャローめは無駄にハイスペックなのである。


 多分、中二病を捨てさえすればモテモテになると思う。いや、多分どころか間違いなくそうなるだろう。中二病な今でも男女双方から告白されているのだから、推して知るべしだ。


 妹としては若干思うところが無いでもないというか……少々、いやかなりムカつくが、事実は事実だ。


 けどまあ、今日の様子を見た限りではその日は当分来ないだろう。しばらくは中二病患者のままなのは間違いない。


 つまりもうしばらくの間は安牌だということである。残念だが真央ちゃんといえどもあげたりしない。アレは私のだ。


「はい、とうちゃーく。私頑張った。超頑張った」


 流れ落ちる汗を拭いながら、ようやく我が家の玄関前に到着する。

 炎天下の下、アスファルトの道のりを往復一時間強も歩き通したのはさすがに堪えた。

 汗でベタつく服が非常に不愉快だが、手に持つケーキ箱を見た時の誰かさんの反応を思い浮かべると少し溜飲が下がった。


 さて。

 サプライズケーキを持って帰った私を、素直でない中二病患者さんはどんな顔をして出迎えてくれるのか、じっくり拝ませてもらおうではないか。


 ニマニマしながらポシェットから鍵を取り出した。

 左手なので少し手間取ったが、どうにか手に取り、玄関扉の鍵穴に差し込む。




 ――同時に、閑静な住宅地に爆発音が轟いた。




「にゃっほおおぉぉぉぉぉぃ!?」


 謎な奇声を出してしまった。

 それほどの轟音。

 隕石でも降ってきたかのような衝撃だった。

 驚きのあまりその場でちょっぴり飛び上がってしまったぐらいだ。


「なになに!? なんなの!?」


 ケーキ箱を両手で抱えたまま周囲を見渡すが、どこも変わった様子はない。


 いや、一点だけおかしなところがあった。

 なにやら焦げ臭い匂いがするのだ。

 玄関前から少し離れて顔を上げてみれば、空に煙があがっているのが見えた。


 それは玄関から反対側の――ウチの二階の子供部屋から上がっているようにも見える。


「ウソ……まさか火事? ウチが!? なんで!?」


 慌てて、玄関扉に飛びつき、差しっ放しの鍵を捻って解錠し家の中に入る。

 玄関にケーキ箱を置いた私が目指すのは二階の子供部屋だ。

 煙の上がっていた方角からして私の部屋じゃない。向かいの部屋だ。ズダダダダと階段を駆け上がり、ノックをする間も惜しんで開く。


お姉ちゃん(、、、、、)、無事!?」


 振り払うような勢いで開けた扉の向こう側――中二病患者の姉の部屋には、青空が広がっていた。


「…………はい?」


 ゴシゴシと眼を擦る。

 見間違いかと思ったが、目に映る光景は変わらない。


 なんと、姉の部屋からは壁と天井が無くなっていた。

 自分でも何を言っているかは分からないが、まるで何かに吹き飛ばされたかのように壁と天井が破壊し尽されていたのだ。


 透き通るような青空の元、部屋の隅々まで直射日光に照らされているという日本家屋では有り得ない現実が目の前にある。


 そして部屋の中央にへたり込んでいる人影。

 暑苦しそうな黒のゴスロリ服に、右腕に包帯を巻きつけたいつもの姿。

 私の姉がそこに居た。


「え? え? 壁は? 天井は? お姉ちゃん、何したの?」


 姉は大穴の開いた壁に向けて右腕を翳したまま固まっている。

 不思議なことにその右腕からは白煙が昇っていた。

 焼き焦げたように変色した包帯が中途半端に千切れた状態で垂れ下がっている。

 まるで内側から弾け飛んだかのような千切れ方だった。


 状況が理解できず棒立ちになっている私の前で、ギギギギギ、と油の切れたブリキ人形のような動きで姉が振り返る。


 いつもしている眼帯はどこへやら、久々に目にしたオッドアイの大きな両眼が、立ち竦む私の姿を映す。


 姉の顔は今まで見たこと無い、泣き笑いのような表情を浮かべていた。


「――妹よ。どうやらボクは中二病卒業に失敗したらしい」


 いつも通りの意味不明な妄言。

 私はそれをいつものように聞き流しながら、この惨状を両親になんと説明するべきかと、頭を悩ませるのだった。





        了






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[良い点] 作品の中に自分にはない中二感を持っている。話がしっかりまとまっている。最後に意外な結末がある。 [気になる点] 短編なのが勿体ないので、出来る事なら連載版を読んでみたいです。 [一言] 遅…
[良い点] 面白い、短編としてもいいが連載版も見たい 日常ものでもバトルものであっても楽しめそう [気になる点] 叙述トリックのために許容できる範囲だけどやや苦しい表現が…… [一言] 女の子だと?す…
[良い点] 登場人物のキャラが個性的で、 とても面白かったです。 [一言] 続きが気になります。
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