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リントヴルムの魔法紡ぎ  作者: 小津 カヲル
六章 故郷へ

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60 月明かりの誓いとリズの宣言

前話までいろいろと誤字、重複箇所など修正しております。気になる方は読み返していただけると大変助かります。大筋はまったく変更なしなので読まなくても大丈夫です。読みにくい状態のまま載せてしまい申し訳ありませんでした。

 休憩所を出発したのは、雨が少し小降りになったのを見計らっての判断だった。

 シュウさんが魔法石を馬車の前方へと移動させて、コンファーロ家の御者たちが荷馬車部分をいつでも分離できるよう、仕切り部分には収納されていた補助輪を取り付けてくれた。分離すると屋根部分に取り付けてあった扉を下ろすと、前部分の座席だけの馬車に早変わりする仕組みだった。

 休憩所まで御者をしてくれていたコンファーロ社の人たちは荷馬車に乗り込み、手綱を握るのは騎士だ。万が一奇襲がある時には、荷台を切り離して危険からクリスチーナお嬢さんを逃がす予定なのだという。その点については、私も大いに賛成だ。ここまで危ない橋を渡ってくれたコンファーロの人々には、感謝してもしきれないほど。それなのに大切なクリスチーナお嬢さんに何かあっては、彼らに顔向けできない。ここまで関わらせてしまったからこそ、何があっても彼女は無傷で返したい。

 そうして私たち一行は、クリスチーナさんたちとシュウさんは荷台の方に、そして私とラルフは前方の座席の方に乗り込み、次の宿泊所へと向かっていた。

 予定では、宿泊所を日が昇る前に出ると、ウィンスの町には朝のうちに到着する。焦って夜を押して馬車を進めるのは、狭い山道ではかえって危険だ。

 レオナルさんの襲来のせいもあってか沈黙が漂う馬車の中、私は黙々と刺繍を続けている。

 黒い布に込めるのは、リントヴルムの主の羽化が成功して、もう魔素が溢れて人々が傷つかないようにという願い。

 雄々しい身体を得た主様が、新たなアバタールとして自由に空を駆ける姿を思い描きながら針を動かす。

 どうか世界が、正しい循環を新たに始めてくれますように。

 人とアバタールの穏やかな暮らしが、戻って欲しい。

 一つ願うと、願いは溢れるばかりで、とりとめがなくなってしまう。

 こんな風で本当に役に立てるのだろうかと迷い、私は針を止めて顔を上げる。するとその先にいるラルフは、相変わらず厳しい顔つきのまま。窓の外への警戒を解くことはない。

 けれども私の視線に気づいて、彼なりに安心させようとしてくれているのだろう、表情を和らげて私の様子を窺う。


「あまり、根を詰めないようにしてくれ、リズ」

「……うん、大丈夫よ。それはラルフもね」


 私の声を聞きつけたヤタが、後部から翼を羽ばたかせて戻ってきた。

 彼はシュウさんの描く主様の絵が、とても気に入ったらしい。もうすぐ完成するという彼の絵を、側でずっと観察していた。

 それでも私への注意を払うことは忘れず、こうして何かあれば反応しては近くに来て、慰めるように頬ずりをしてくれる。


「ヤタも疲れていない?」

『我は平気だ、リズは休むか?』

「……うん、そうするわ」


 まだ途中だったけれど、糸を仮留めして道具を片付けた。その刺しかけのものと、クリスチーナさんが作ったものを重ねてから、鞄に収める。

 そうして膝に乗ったヤタを撫でていたのだけれど、私はいつの間にか寝てしまっていた。

 声をかけられて起きたのは、宿泊所に到着してからだった。

 食事の用意まで整っていて、私はすっかり恥ずかしくなってしまったのだけれど、そんな私をクリスチーナさんが慰めてくれた。


「疲れていないわけがないのよ、眠れる時に眠るべきだわ。それにまだリズの旅はこれからでしてよ」


 素直に頷き、片付けを買って出る。

 話し合いもすることなく直ぐに消灯となり、私も与えられた寝場所に入るのだけれど、仮眠を取ったせいで目が冴えて眠れなかった。

 しばらくもぞもぞと寝返りを打っていたけれど、諦めて簡素な寝台を抜け出すことにした。

 宿泊所は広い部屋がひとつ、その周囲にいくつか小部屋があり、それぞれに四つずつ寝台が入っている。広い部屋に出ると、灯りは消されて真っ暗だ。それに寝台の縁に留まっていたはずのヤタがいないのが心配になり、室内を見回す。

 いつの間にか雨が止んでいたようで、しんと静まり返っていた。


「……リズか?」


 ふいに暗闇で声をかけられ、ビクッと肩が震えた。

 驚いたけれど、すぐにその声がラルフと分かり、ホッとする。


「ラルフ、あなたは寝なくて大丈夫なの?」

「リズこそ、どうした?」

「馬車でうたた寝したせいか、眠れなくて。それにヤタが居ないの、こっちに来ていないかしら」


 声のする方へ近寄ると、暗闇の中でハニーブロンドが月明かりを受けて浮かんだ。

 雲間から月が出たようで、その薄明かりを頼りに彼の元へと近づく。すると手を差し出してくれて、その手を取って彼の隣に座る。


「ヤタなら、外に出たいと言い出したから、しばらく戻って来ないだろう」

「外って……大丈夫なの?」


 普通の鳥ではないことは分かっていても、暗い夜空を飛んで帰ってこれるのかしら。


「心配はいらない、視界が繋がっているからな」


 ラルフが窓の外を見ながら言った。

 そういえば、ヤタの金の瞳は、ラルフの魔力が含まれているからだっけ……。


「もしかして、ラルフは見張り当番?」

「ああ、もう少ししたら交替する」


 それを聞いて安心した。

 レオナルさんとの対峙は、ラルフにとって辛いものだったはず。それが原因で眠れないのではなかったなら良かった。

 けれども月明かりの元で見上げるラルフの顔を見て、私は手を伸ばさずにはおれなかった。

「リズ?」


 立ち上がり、両腕で彼の頭を抱きしめた。


「邪魔はしないから……少しだけ」


 再会した時のラルフを思い出す顔だった。張り詰めた緊張、痛みを抱えていた、常に疲れ切っていたラルフ。

 何度も何度もラルフの幸せを願うのに、その度に遠ざかる気がして切ない。

 私と……リントヴルムに関わらなかったら、もっと彼は楽に生きられたのかもしれない。そう頭によぎるのに、私はこの世界に生まれて、ラルフに会えて良かったと思うのを止められない。


「好きよ、ラルフ」


 気持ちが溢れたような呟き。それに驚いたように顔を上げようとするラルフを、制止するようにして彼のハニーブロンドの頭に唇を押しつけた。


「お願いだから、ラルフは居なくならないでね」


 抵抗を止めたラルフが、大きな手を私の背中に伸びて、温かい体温で包まれる。

 温かいこの手が、母さんのように動かなくなっていくのを見るなんて嫌。不安が湧き上がるのは、レオナルさんの言葉だけが原因じゃない。

 これまで何気なく耳にした言葉たちが、私を不安に駆り立てる。


「ラルフが人柱になった世界で、私だけが幸せになんてなれるわけないんだからね」


 揺れる肩が、すぐに反論しない動揺が、答えを物語っている。

 あの可哀想なレナーテさんのように、紋章を刻まれた人たちは、ラルフの代わりなのかもしれない。そしてあちら側に残ったレオナルさんも……。


「リズ、何を……」

「リントヴルムの主を羽化させず、魔石に変えるための依り代。そのためにラルフや……魔力が高い魔法使いが必要なんじゃないの?」

 

 エリザベートさんがラルフに犠牲を強いるとは思えないけれど、その可能性をラルフは分かっていた。だからクリスチーナさんはその危うさに危機感を覚えていたのかもしれない。彼女もまた、ラルフを好きだから。

 好き……。たとえラルフに嫌われようと、ラルフが生きてくれる方がずっといい。だから。


「私は、もう迷わない。リントヴルムの主の羽化を、何としても手助けしてみせる。そしてラルフを守るからね」


 あの大きな主を魔石化させるなら、一人二人の魔法使いだけで足りるとも思えない。ラルフを守りたい、それがラルフだけじゃなくラルフを取り巻く全てを守れる気がする。

 大いなる決意に、鼻息を荒くしていると、顔を上げたラルフと目が合った。

 少しだけ、和らいだ目元にホッとしていると。


「リズは、強いな」


 え? そうだろうか。言葉こそ威勢がいいだけで武者震いしてるよ?


「まだ決意表明をしただけだよ?」

「リズがいなければ、俺は未来を思い描くことすら出来なかった。だからそれもいいかと考えたこともある」


 そんなの駄目。

 ラルフはただ首を横に振る私の手を取って、甲に唇を寄せた。

 王子様のようなその仕草に、私はすぐに茹で蛸のようになる。そんな私を見て、ラルフが見たこともないくらい優しく微笑んで……。


「愛してる、リズ。命がある限り、側を離れないと約束する」


 静まり返った夜の部屋で、囁かれる言葉。

 嬉しくて、でも恥ずかしくて、真っ赤になっているのにラルフから目を離せなくて。

 引き寄せられるようにして近づいた私たち。

 けれども……。


「きゃあ、押さないでくださいってば」


 叫び声とともに広間の扉が開き、人影が二つなだれ込む。

 驚き、仰け反るようにしてラルフから離れた私は、跳ねる心臓を落ち着かせようと胸に手をあてながら声の方を見ると……。


「ほ、ほほほ、失礼いたしましたわ。どうぞ続きをなさって?」


 く、クリスチーナさん?!

 同時に、私の横から大きな舌打ちが聞こえる。

 扉の向こうで覗き見をしていたらしいクリスチーナさんと、見張りの交替でやってきた魔法騎士の一人が、膝をついたまま苦し紛れの笑みを浮かべている。

 もしかしなくても彼らにラルフとの会話を聞かれていたと分かり、私は恥ずかしさで何も言えなくなり、両手で頬を包む。


「……おまえら」


 ラルフがここしばらく聞いたことがないくらい不機嫌そうな声を上げかけたところで、真っ暗な窓を『バン』と何かが叩きつけた。

 今度は何?

 そう身構えるも、続くのは緊張感のない声だった。


『リズ、ただいま!』


 月明かりを遮りながら、ヤタが黒い翼を広げてばたばたしている。

 再び舌打ちが聞こえて、ラルフが窓を開けてあげると、勢いよくヤタが私の肩に乗った。


『リズ、起きたのか?』

「お前のせいで起きたんだ」


 ラルフがヤタを軽く睨みつける。


『我はお前に協力し……ギャー!』

「ラルフ!」


 ヤタの首根っこを掴んで引き寄せるラルフ。


「リズ、今夜は俺がコレを引き受ける。静かになるはずだ、さっさと休めよ。クリスチーナを連れて」

「え、あ……うん」


 ラルフの言うことは尤もだ。いま私にできることは、ラルフたちの足手まといにならないこと。

 私はばつが悪そうにしているクリスチーナさんとともに、部屋に戻ることにした。

 相変わらず何やら言い合いをしているラルフとヤタ。仲が良いのか悪いのか……。


「ぬ、盗み聞きするつもりではなかったのよ、でもごめんなさいリズ」


 寝台に入ろうとしたところで、クリスチーナさんが謝ってきた。

 私はそれに首を横に振り、私の方から頭を下げる。


「リズ?」

「私、クリスチーナさんに言わなくちゃって思っていたのに、言い出せなかったんです」


 顔を上げて、真っ直ぐクリスチーナさんを見る。

 いつもは整った巻髪が、乱れて跳ねている。それでも凜とした彼女には、私が何を言おうとしたのかは分かったみたいで。


「ようやく、自覚なさったの?」

「……はい、私もラルフが好き、です。ごめんなさい、クリスチーナさん」

「なぜ謝るのかしら。私が宣言したのは、遠慮して欲しいからでもないし、ましてや謝らせたいからではなくってよ?」


 首を傾げるクリスチーナさんは、その言葉とは裏腹に優しい表情をしていた。


「私には渡せないと思って?」

「そうかも、しれないです。クリスチーナさんにはどうしても言わないと……って」


 ラルフの幸せを願うのは本心だけど、彼の心の一番側にいたい。幼馴染みとしても愛している、ううん、もっと近い。家族のように切れない絆が欲しい。本当はすごく貪欲で、恥ずかしい。そんな自分がずるいような、申し訳ないような気持ちがして、謝りたくなったんだ。


「ならそれは、間違いなく恋ね」


 クリスチーナさんは花が綻ぶように微笑む。


「私はね、リズ。ラルフェルト様が好きよ。でも彼が私ではない誰かを恋しいと思っても、その心は思ったより揺れなかったわ。これってきっと一生ね、絶対よ。でもそれは恋って気持ちなのかしら?」

「……クリスチーナさん?」


 彼女の言わんとすることがよく分からない。

 一生、誰かを好きと思うのは恋じゃないの?


「憧れ、というのが正解なのだと……あなたを見て分かったわ」


 憧れ……。

 手に届かなくても、誰かの希望になれる憧れ?

 病室だけが世界の自分には遠かったけれど、遠いからこそ好きなものは恋にも似た憧れそのものだった。


「だから私に遠慮なんてなさらないで? むしろ私のせいでラルフェルト様が幸せになれなかったら、本当に最っ悪です」


 一転して頬を膨らませるクリスチーナさんが可愛らしい。

 彼女の言葉を聞いていると、まるで推し活みたい。かつての世界であったあの言葉が、今ここで出てくる妙に、自然と笑い声が出てしまった。



「ふふ、頑張りましょうリズ、あなたのやりたい事を私も全力で応援するわ」

「ありがとうございます、クリスチーナさん。私、クリスチーナさんのことが大好きです」


 彼女の手を取ってそう言うと、珍しく照れたような顔をして目線を逸らすクリスチーナさん。しかしすぐに悪戯を思いついたかのような顔を返すと。


「あら、『大』がついた分、私がラルフェルト様に勝ってしまったわね」

「あ、本当ですね……って、やっぱりしっかり聞いていたんですね?!」


 私がそう言うと、クリスチーナさんは慌てて私を寝台に押し戻す。


「さあ、もう寝るべきですわよ、リズ」

「誤魔化さないでください」


 そうしてひとしきり笑い合い、私たちは並ぶ寝台の中に入り、身を寄せ合う。


「ねえクリスチーナさん、ひとつだけお願いをしてもいいですか?」


 暖かさで眠気が増したのか、落ちそうな瞼を開けながら「なにかしら?」と問うクリスチーナさんの耳元に、小さな声でお願いをつぶやく。

 すると彼女はくすぐったそうに笑い声をあげながら、「お安いご用ですわ」と言ってくれた。

 そうしてから私たちは眠りについたのだった。

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