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好きな人とプレゼント


 昨日のプレゼント選びから一日経ったゴールデンウィーク終わり最初の登校日。ほとんどの学生が憂鬱な気分で過ごすことだろうこの日に俺はいつものスペースで興奮と緊張、少しの期待が入り混じって騒ぐ心臓を落ち着かせながら美桃を待っていた。


「それにしても、藍沢くんは人使いが荒いね。昼休みになる直前に言ってくるんだから」


 すると、前の席に座っている清水が頬杖をつきながら面白そうに、いや、拗ねたように言う。清水にはこの昼休みに美桃をいつものスペースに呼ぶという重要な仕事をお願いさせてもらった。そのせいだろう。言外に自分で呼べばよかったんじゃないかいと言っている気がする。いや、もう少し早く言ってくれないかい、か?


 そんなことを考えながらも申し訳ないとは思っている俺は、焦りながらも合わせた手を顔の前に出す謝罪のポーズをしてもう一度謝る。


「それは本当にごめん。代わりと言ってはなんだけど、あとでなんか奢るから」


 そんな情けない俺の姿を気の毒に思ったのか慎哉が話を変える。


「というか浩介はなんで昼休みにしたの?放課後とか授業の合間の十分休みとか他にも渡すタイミングはありそうだけど」


「そんなの簡単だ。まず放課後は美桃が蓮と一緒に帰るから渡せないだろ、それに十分休みは友達と話してて声をかけずらいからな」


「思った何倍も情けない理由だった…なー」


 慎哉がテーブルに手を伸ばして突っ伏しながらそう呟く。もう何分も待たされて暇なんだろう。俺がここに二人を集めた訳だし、美桃が来るまでは楽しませないとな。ということで会話を引き延ばすために話題を探し始める、すると数秒もしないうちに思いつく。そうだ、プレゼントのことについて話そう。俺も気になるし。


「なあ、二人はどんなプレゼントを用意したんだ?俺はこれなんだけど」


 懐に忍ばせてあったマグカップをテーブルに置いて見せて、二人の返答を待つ。いったいどんな物を贈るんだ、俺のものと同じぐらいのプレゼントだったらいいんだけど……


「俺はシャーペンかなぁ、まあ美桃さんとは友達になってまだ日が浅いからね」


「僕はハンカチかな、咲が好きな犬の刺繍が入っているものを用意したよ」


 そうやって二人は自分のプレゼントを教えてくれる。なるほど、二つともいい感じのプレゼントだ。そう頷き、視線を少し下に下げる。テーブルの上には俺のマグカップだけが鎮座していた。


「二人に質問があるんだが、……なんで実物を見せてくれないんだ?」


「そんなのもうプレゼントしてるからに決まってるじゃん」


 どうやら今のは清水の言葉も代弁していたものだったらしい。二人の呆れた顔を見ればそれくらいわかる。……いや、呆れているのは俺の反応を見たからか?目を見開き、口すらも開いている俺の顔を見れば誰だってものすごく驚いているのが伝わるだろう。

 いやいや、そういう話じゃない。いったいいつ渡したんだ、どうやって。と驚愕して働いていなかった脳みそが動き出してから、焦って質問をする。だが、それに対して清水は落ち着いて、というよりいつもの調子で答えた。


「僕は朝だね。HRが始まる前のまだ人が少ない時に渡したよ。慎哉くんは僕が咲にここに呼ぶ為に話しかける直前に渡してたかな。高級そうなシャーペンだったよ」


「ま、まじか、勇気すごいな。ちょっと自分のことが情けなくなってくるぞ」


「でも浩介は本命に渡すわけだからね、緊張するのも仕方がないと思うよ。…………あ」


 俺を慰めてくれていた慎哉が急に口を塞ぎそっぽを向く。いったいどうしたんだ。…というかこういうこと前にもあったような。確か前にこういう空気になった時は清水がちょっとおかしくなったんだったか。思い出した俺は清水の方を向く。


 清水はとんでもない力を目に込めて慎哉の方をまるで穴が空くぐらい見ていた。その表情は無と言ってもいい。俺と慎哉の額に冷や汗が出てきた。俺は心配になって慎哉と清水を交互に見る。そのまま数秒経つと、いきなり清水が手で口を隠しながら顔を綻ばせた。


「ふふっ、冗談だよ。今更そんなことで怒らないさ」


「はぁ、よかったー。不機嫌にさせたのかと焦ったよ」


 それを見た慎哉が安心からか体を脱力させて清水の方を向いてそう言った。俺も同じく安心してふう、と息を吐く。

 すると廊下の奥から走ってくる足音が聞こえる。それを聞いて俺たち三人は黙ってそちらの方を向く。そうやって待っていると慎哉が焦ったように小さな声で俺に話す。


「浩介、マグカップ隠さないと!」


 それを聞いて俺は弾かれるように立ち上がり、マグカップを掴む。そのままカバンに入れようとすると椅子に足が引っかかり、こけてしまった。二人の心配する声が聞こえる。なんとかマグカップは地面に落とさなかったが、今の俺の姿を見られるととても不味い。地面に突っ伏しながら右手のマグカップを天高く掲げている姿は、見られてしまえばプレゼントがバレるなんて関係なく、ただ単純に恥ずかしすぎる。というかもう二人に見られているだけでこんなに恥ずかしいのに美桃にも見られると死んでしまうかもしれない。


 はやく立ち上がろうと左手を地面について体を持ち上げようとしていると聞こえていた足音が俺の後ろで止まる。俺は冷や汗をかきながら顔だけを後ろに向ける。——そこにいたのは、妹の結依だった。






「お兄ちゃん、大丈夫?」


「ああ、怪我とかはしてないっぽい。多分大丈夫だ」


 マグカップをカバンに入れて椅子に座り直すと、結依が俺の側に立って心配してくる。あの姿を見て笑ってくるでもなく心配してくれたのはとても嬉しい。そして俺が無事だと確認した結依はあっ、と何か気づいたように声を出し、頭を下げた。


「は、初めまして、藍沢浩介の妹の藍沢結依です。いつもお兄ちゃんがお世話になってます」

 

「こちらこそ初めまして。知っているかもしれないけど、藍沢くんと友達をやらせてもらっている清水凛だよ。よろしくね、結依ちゃん」


 二人とも初めましての挨拶をして、お互いに握手をする。結依は清水と友達?になれたのが嬉しいのかはにかんでいる。慎哉に対しての挨拶の時はこんなに丁寧でもなく、楽しそうではあったが嬉しそうではなかったというのに。

 俺が慎哉に憐れみの視線を向け、それに気づいた慎哉が俺を睨みつける。そんな風に遊んでいると結依が興奮した様子で口を開く


「というか実物の清水先輩、写真の何倍も美人じゃないですか。めっちゃ羨ましいです。あ〜、もっと早く教えてもらってたらな〜」


「こっち見んなよ。それにあんまり学校のこと聞いてこなかったお前もちょっとは悪いだろ」


 それを聞いた結依は、そ〜だね〜、と頬を膨らませながら明らかに納得してない声色で言ってくる。やっぱり言い訳が苦しかったか。


「まあまあ、それよりも結依ちゃんはよくここまで来れたね。ここって美術部ぐらいしか知らないはずなんだけど」


 咄嗟に慎哉が話を変えてくれる。俺は心の中で感謝をして、その後に確かに、と思った。この場所は教室がある棟(東棟)ではなく、部室がある棟(西棟)の一番左。二階の美術部の部室から二つ分離れた所にある。普通に生活しているとほとんど来ることのないこの場所はほとんどの生徒が知らないだろう。俺も一年の時に数ヶ月だけ美術部だった慎哉に教えられて知ったぐらいだ。そんな場所にどうやって


「お兄ちゃんが昨日、昼休みは慎哉と清水の三人で秘密の場所で過ごすんだって言ってたので、どうしても清水先輩に会いたくて学校中探しちゃたんです」


 いい笑顔をしてやがる。だが、使う場面を完全に間違っているな。二人が軽く引いてしまっている。


「そ…それで、なんで僕にそこまでするほど会いたかったんだい。わざわざ僕の場所が分かる十分休みではなく、昼休みに会いに来たということはそれなりに時間がかかる用事だと思うんだけど」


 気を取り直した清水が結依に尋ねる。俺は頭の回転が遅いので何で会いたかったのかという疑問を思い付くことも出来なかったが、確かに気になる。俺たちは黙って結依が理由を話すのを待つ。

 考えが纏まったのか、あ〜、とか、ん〜、とか言っていた結依が静かになった。そこから一泊ほど待って結依が口を開く。


「私、清水先輩と話したいことがあるんですよ。だからここまで訪ねたんです」


 キリッとした表情で結依が清水に告げる。清水は何も言わない。結依の尋ねてみたいことは何なのか待っているようだ。だが、結依はこの先は考えていなかったのか冷や汗をかきながらモニョモニョと口を動かしている。まったく、何をしてんだ結依は。


「あー、俺たちがいると話しずらいのならあっちで二人で話したら?」


 停滞したこの場を見かねたのか、慎哉が廊下の方を指差してそう言った。結依に時間を与えたいからだろうか?ひとまず、俺もそれに乗ったということを二人に頷くことで示す。


「そうですね。あ、慎哉先輩〜、一緒に来てもらえませんか?ちょっと一人じゃ心細いので」


 結依が慎哉の腕を握り、そう尋ねた。慎哉も……そういうことならもちろんと言い、慎哉も含めた三人で歩き出す。

 そうして、俺だけがここに置いていかれそうになった。


「ちょ、ちょっと待てよ」


 咄嗟に俺は三人を引き留めていた。話が急展開すぎたからだ。それに、慎哉がついて行く事に文句はないが何で結依がそう決めたのかが気になる。


「結依、何で慎哉なんだ?別に心細いだけなら俺でもいいと思うんだが」


「え、え〜と」


 忙しなく両手の指をくるくる回している。これは、何か言い訳を考えるときの結依の癖だ。何か言えない理由があるのか?


「浩介は美桃さんにプレゼントを渡さなきゃいけないでしょ。だからここに残ってないと。そういうことだよね、結依ちゃん」

「——は、はい。そういうことなんだよお兄ちゃん」


 結依が喋るのを待っていると、慎哉が代わりに理由を説明した。まあ、もっともらしい理由だが……俺は慎哉の顔を見る。気づいたのか慎哉も俺を見てきた。その顔は何か申し訳なさそうでもあり、信じて欲しいと懇願しているようでもあった。……はあ


「分かった。そういうことだったんだな。変に止めてごめん」


「そうだよ、いくら可愛い妹に俺が選ばれたらといっても嫉妬しないで欲しいな」


「してねえよ、さっさと行け」


 折角俺が深く聞かなかったというのにすぐ揶揄ってきた。なんてやつなんだ。


「帰りたくなったら帰っていいからね〜」


 慎哉との会話に気を取られていると、そう言って結依が手を振ってきた。俺も椅子に座りながら軽く手を振る。結依は満足したのか手を振るのをやめると二人を連れて俺に聞こえない場所まで移動していった。





 三人が歩いて行った方を見るのをやめ、俺のカバンを見る。この広い空間に俺一人になって淋しさもあるが、今美桃が来ると二人きりでプレゼントを渡さなきゃいけないという事実に対する緊張の方が大きい。

 俺はチラチラと美桃が来るであろう方を見ながら緊張を誤魔化す為にプレゼントを贈るシュミレーションを脳内でする。すると、美桃が走って来る姿が見えた。俺は驚きながらも、深呼吸をして椅子から立ち上がる。ちょうど美桃も来た、どうやら自分を呼んだ清水も居らず俺一人なことに困惑しているようだ。俺は何で俺だけがここにいるのかその理由を伝えた。


「ん、なるほど。そういうことだったんだ。だったらもうちょっと早く来れたらなぁ、そしたら久しぶりに結依ちゃんと話せたのに。私、先生に呼び出しくらっちゃってたんだよ〜」


「そりゃ残念だな、でも結依はこの高校にいるしまたいつでもチャンスはあるだろ」


「——まぁ、それもそっか!……それで、何で私を呼んだの?凛ちゃんから『今日の昼休み、あの場所に来てくれないかい。藍沢くんがどうしても会いたいそうだよ』って聞いたんだんだけど」


 それを聞いてカバンからマグカップを取り出し、美桃に見せる。美桃は目を丸くしている。


「今日、誕生日だろ、だからプレゼントを贈りたくて…教室で贈るのも恥ずかしかったからさ……ああ、いらなかったら受け取らなくてもいいから——」


 俺が緊張から上手く話せず、あたふたしていると美桃がマグカップを両手で持って俺の手の中から取り出し、胸の前で抱くように持つ。そして、花のように笑った。

 俺は手に美桃の指が被さるように触れて、照れてしまう。しかも美桃の笑顔を見たせいでさらに顔が熱くなってきた気がする。


「めっちゃ嬉しい!ありがと、浩介。実は貰えないんじゃないかって心配してたんだよ」


「ど、どういたしまして」


 美桃の方を見れない。嬉しすぎる。ひとまず落ち着く為に椅子に座る。美桃は椅子に座りながらもマグカップをテーブルの上に置いて色々な角度から見ている。


「んー、可愛いね!このマグカップ。犬のイラストがいきいきしてるのが最高だよ」


「犬が好きだったなって思い出してな。そんなに喜んでもらえるなら本当に良かったよ」


 協力してくれた結依と慎哉には感謝しないとな。俺はそんなことを思いながら本当に嬉しそうな美桃を見ていた。ああ、俺ってこんなに美桃のことが好きなんだなただいるだけで、見ているだけで幸せな気分になる。どうやらこの一年ちょっとの時間は俺の美桃への恋心を深めたようだ。

 ゆったりと三人を待ちながら美桃と会話をしているともう昼休みが終わりそうなことに気づく。一瞬どうしようか迷うが、結依が帰っててもいいよ〜と言っていたことを思い出す。


「美桃、もう昼休みも終わるし教室に戻らないか?」


「それはいいけど、三人は待たなくていいの?」


「ああ、先に帰ってていいって言ってたからな。……じゃあ行くか」


 そう言ってカバンを持って美桃と一緒に教室に戻る。隣に美桃が居ることに心臓がうるさく響きながら、俺たちはこの前の昼休みに一緒に帰れなかった分まで話をしながら歩いていった。




◯




 俺は結依ちゃんの少し後ろで清水さんと隣あって歩いていた。廊下を進んで右に回り、西棟と東棟を繋ぐ通路を通る。その通路の真ん中あたりで俺は結依ちゃんに言う。


「もうこのくらいでいいんじゃない。浩介の姿も見えなくなったし」


「確かに、そうですね〜」


 そう言って結依ちゃんは止まる。そして清水さんに向き合った。清水さんは未だに無言で、何を尋ねるのか待っている。

 結依ちゃんは覚悟が決まったのか勢いよく口を開く。


「それで、清水先輩。清水先輩は——本当にお兄ちゃんのことが好きなんですか」


 まあ、俺が教えたんだから何を尋ねるのか大体分かってたんだけど、まさかこんな風に聞くなんて……

 覚悟できていた俺が驚くほどの直球ど真ん中の質問。清水さんは驚きから、さっきまでと同じく無言になってしまった。

 その表情は随分と違うんだけど


「あ、あの〜、清水先輩?」


 結依ちゃんもまだ何も言わない清水さんに疑問を持ったのか心配そうな声で尋ねる。そこから数秒もせず清水さんは立ち直った。流石清水さん!っと言った所かな


「大丈夫だよ。それで、僕が藍沢くんを好きだという話か……ちなみに、どうしてそう思ったのかな」


「慎哉先輩が教えてくれたんですよ、『清水さんは浩介のことが好きなんだよー』って言ってました」


 や、やばいかも、清水さんが俺をものすごい睨んでる。睨み慣れてないのか、清水さんが美人だからかそこまで怖くないけど嫌われたくないんだよなー。


「ちょっと待って、清水さん。それは先に結依ちゃんが聞いてきたんだよ。『清水さんってお兄ちゃんのこと好きなんですか』って、俺はそれに答えただけだよ。教えたりなんかしてないさ」


 そう言い訳すると清水さんがため息を吐く。


「はあ。……慎哉くんは嘘はつかないからね、信用するよ」


 よかったー、失敗したかと思ったよ。


「それと、結依ちゃんに一つ質問があるんだけど。何で僕が藍沢くんを好きだということの真偽を確かめたいんだい?」


 清水さんがまた結依ちゃんに尋ねる。結依ちゃんは自分の質問がまだ答えられてないことにちょっとずるいなと思っている表情でそれに答えた。


「それは、お兄ちゃんが美桃さんを好きだからです。私は清水先輩のことも好きですけど、お兄ちゃんに幸せになってもらいたいから……だから清水先輩がお兄ちゃんのことが好きなら協力できないし、逆に美桃さんの方に協力するってことを伝えたかったんです。せめてそこはフェアにしたくて……」


「結依ちゃん……」


 思わず言ってしまう。浩介はこんなにいい妹がいて羨ましいな。今でさえ羨ましかったっていうのに、こんなんじゃ上限突破してしまう。


「そう、答えてくれてありがとう。こんな妹がいるなんて藍沢くんが羨ましくなってくるね」


 そう清水さんは微笑みながら言う。俺と同じ感想か、ちょっと嬉しいかも。そんな風に俺たち二人がほんわかした雰囲気になっていると結依ちゃんがちょっと怒りながら言ってくる。


「清水先輩、いい加減答えてください。私はもう何も言えないですよ」


 どうしようと思っていると、清水さんから目配りされる。仕方ないな、清水さんの代わりに俺が言うか。


「結依ちゃん。もう清水さんは答えてるよ」


「えっどういうことですか?」


「さっき、清水さんは俺は嘘をつかないって言ってたよね。ということは俺が結依ちゃんに言った清水さんは浩介のことが好きということも嘘じゃないってことさ」


 結依ちゃんは目を丸くしながらそ、そういうこと、と小さく呟いた。清水さんも分かりづらいことをするよねー、まあただ面倒くさかっただけかもしれないけどさ。

 そうしてひと段落つくと、今まで友達としての会話が出来ていなかった分を補充するように清水さんが結依ちゃんに話しかける。


「それにしても、結依ちゃん。さっき咲のことを美桃さんって言っていたよね。もしよかったら、僕達のことも先輩をつけずに呼んでくれないかい。友達だからね」


「は、はい。え〜と、し、清水さん」


 呼ばれた清水さんは少し不服そうだ。きっとさん付けなのがちょっと気に入らなかったのだろう。それに結依ちゃんも気づいているようだ。まあ、清水さんは感情が結構顔に出るからね。分かりやすかったんだろう。


「いやいや、清水さんを呼び捨てなんかできないですよ。さん付けでも少し緊張してるんですから」


 そう言われて清水さんも満更でもないようだ。こういう所が可愛いと俺は思っている。

 それは一旦置いておいて、俺も結依ちゃんに呼んでもらう。


「え〜、し、慎哉」


「俺は呼び捨てにしてもいいって思ってるってことじゃん!酷いよー」


「冗談ですって、慎哉さん」


 こういうのは浩介の役割なんじゃないの?まさか、俺が揶揄われるなんて……でも、仲良くなった証だよね。なんて考えていると、美桃さんがもう一つの通路から西棟に走っている姿が見えた。どうやら、二人も見えたらしい。


「どうする?二人とも、もう話は終わったんだし戻る?」


「私は折角の二人きりのチャンスなので教室に戻りたいですけど」


 そう言って結依ちゃんは清水さんの方を向く。清水さんはお兄ちゃんのことが好きだからあの場所に戻るかも、と思っているんだろう。でも、清水さんはきっと……


「僕も教室に戻ろうかな。ちょうどお茶でも飲みたくなってきてね」


 そう言って教室の方へ進もうとする。結依ちゃんは驚きから何でですか、と言っているが、その理由は簡単だ。


「僕は君と同じで藍沢くんのことも咲のことも好きなんだ。だから邪魔したくない。それだけだよ」


 清水さんは友情も恋愛もどちらも大切で、甘いかもしれないけどどちらも手放したくないんだ。

 結依ちゃんはその答えに納得したのか、清水さんの左隣に並んで教室へと戻る。俺も置いていかれないように結依ちゃんの隣に並ぶ。

 結依ちゃんが先輩呼びを辞めたのを知ったら浩介はどんな反応するかな、なんてことを考えながら二人と一緒に歩いていった。


 

 

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