第11話 魂の幻影
コン、コン……コン、コン……
「おはようございます、ルミスです。開けてくださーい」
「……開いてますわ」
「ええっ!」
ガチャ……本当に開いてた。はぁ~、やはり聖女様は世間をあまり知らないのだろうか?
「フェリエ様、いくら何でも不用心——ひぃっ」
扉を閉めて振り向いた瞬間、フェリエ様が息のかかるほどの距離に立っていた……目の下に大きなクマができた、それでも美しい顔が、ホント目の前に。
「……遅すぎですわ、ルミス」
「え? まだ早朝ですよ!? ……というか、もしかして寝付けませんでした?」
「はい。それはもう興奮して……」
……しまったぁ。そりゃそうだよな、命からがら逃げてきたんだ。気持ちも高ぶって、なかなか寝付けないだろう。しかも、聖女様がこんな普通の宿で一人で休むとか不安だよな。
「すみません……お側で寝ずの番をすべきでした」
「……え!? 寝ずに朝まで!? さすが、ルミスは若いのね……ぐへへ……でも、ごめん。今はちょっと寝たいかも」
「はい、お休みになってください。お嫌でなければ、お側に控えております」
何も言わずにベッドに入ったフェリエ様は、片手だけベッドから出して俺に言った。
「……手、握ってて」
「……はい」
俺はベッドの傍らに座り、滑らかで絹のような肌触りの、美しい手を押し頂いた。
◇
はぁ~。やはり聖女様は世間というものをご存じないのだろうなぁ。昨日会ったばかりの男を傍において、スヤスヤお休みになられるとは。まぁ、自分から申し出たのだけどさ、なんの警戒心もなく、俺に気を許し過ぎというか……
いや、まぁさすがに聖女様においそれと、手は出せないけど。あまりに美しすぎるし、神々しさが眩しすぎて、気が引けるというか。
……それでも、今は不完全ながら、俺の奴隷……あのクソみたいな騎士の欲望も理解できる……
「……な~んてな。はぁ……」
俺も数年前までよく女の子に間違われて、“変なちょっかい”をかけられたりしてた。寝てる間に、何かされるなんて気持ち悪すぎる。
……でも、眺めるくらいなら許されるかな。役得、役得。
俺はベッドに頬杖をつき、片手で手を握りながら、美の極致ともいえる寝顔を眺めていた……眺めていたら。
「……うふふ……ルミス……そんな恥ずかしい格好して……ぐへへ…」
美しいながらも、だらしなく弛緩した顔で……フェリエ様は寝言をつぶやいた。
——いや、どんな夢見てんの!?
◇
「ん、んん~、ふぁ~あ」
「おはようございます。フェリエ様」
「……おはよう、ルミス」
『おはようございます、我が君』
ん、 二人して「おはよう」か……
「フェリエ様が寝てるときは、やはり、リヴィアさんも寝ちゃうんですか?」
『そうなのです。フェリエ様がおやすみになっているときに、私が起きてお守りしようと思っていたのだが、どうやってもそれができなくて」
「うん、どちらかが起きておくというのは無理みたい。まぁ、それやっちゃうと身体がもたないからね」
確かに。そうそう、都合よくはいかないよな。
とりあえず、目覚めのお茶を用意する。
「すみません、昨日は色々ありすぎて、疲れちゃって。今後の話がまだできていないですよね。フェリエ様が人の目に触れてもいいのかという問題もありますし」
『そこなのだが、まだ旧ヴァルシア共和国連邦が近いこの帝国北部ノルヴァン州では、フェリエ様のお姿は見せない方がいいだろう。グロムザール大公がおそらく必死になって探しているだろうしな』
今はフェリエ様のお姿でお茶を飲んでいる。姿勢がとてもよくて上品で美しい。カチャン、とカップを置き、フェリエ様は言葉を継いだ。
「私たちはリヴィアの姿を再現できるようになっても、誰にもその姿を見せてきませんでした。いずれ折を見て、神殿を抜け出そうと思っていたので、その時に備えて。うふふ、まさかこんなことで役に立つとは」
「ぬ、抜け出すつもりだったんですか? 聖女様が? ……いや、そんなことより、その、リヴィアさんの姿を再現って……幻影魔法とかいうやつですか?」
うふふ、とフェリエ様は笑って、椅子から立ち上がり、短く「【魂の幻影】」と唱えた。すると、紫紺の光が辺りを覆い、目の前にはリヴィアさんが立っていた。
『これは【魂の幻影】という、私が生み出した“女神の奇跡”。幻影という名前は付けたけど、幻影魔法とは違う』
リヴィアさんは俺に近づき、優しく、少しだけ恥じるように抱きついてきた。
「リ、リヴィアさん!?」
「……幻影魔法なら、ここまで人の温かみを感じられないだろう? これは私の身体だ。ずっと騎士として自分の肉体に向き合ってきたからこそわかる。フェリエ様が完全に再現してくださった」
『そう。リヴィアの魂に刻み込まれていた記憶をもとに再現したの。』
さ、再現したって……本当に女神の奇跡?
『もう少しだけ詳しく言うと、もちろん物理的に肉体を再構築はできない。これはリヴィアの〈魂石〉と私の身体を核に、魔素と魂力で再構築した疑似生命体。根本的には迷宮にいる魔物と同じ魔導術式の構造かな』
「フェリエ様! いえ、その……気持ち……悪いだろうか? 魔物と同じなんて……」
寂しそうに、抱擁をほどこうとしたリヴィアを、俺はそのまま強く抱きとめた。いまここで彼女を離してはいけない――そんな気がした。
「……あったかいし、気持ちいいし、それに、いい匂い。正直ずっとこうしてたい。どうあがいても気持ち悪いわけないよ。詳しいことはわかんないけど、リヴィアは女神さまに救われたんでしょ? 聖女様と共にあるわけでしょ? 君から伝わってくるのは、ただ澄みきった清らかさだけだよ」
「こうしてたい……我が君……」
『ね? 言ったとおりでしょ? ルミスは絶対に私たちを受け容れてくれるって。だから最初から正直に話そうって言ったのよ?』
「……はい。フェリエ様の言う通りでした」
俺はリヴィアの背中をトントンとあやすように叩き、抱擁を解いた。
「落ち着いた? リヴィア? ……あ、リヴィアさん」
小さい女の子をあやすような感覚に陥り、つい呼び捨てにしてしまっていた。
「ま、まって! そのまま私のことは呼び捨てにしてほしい。私はあなたの奴隷なのだから、敬語も不要だ! ……そう、私はあなたの奴隷なんだ! むしろきつい口調で命令してほしい。二言目には「お前は黙って俺の言うこと聞いていればいい」と冷めた視線で私を見下してください……そして、時々でいいので、嫌がる私の顔にあなたの硬い……無理やり押し付けて……はぁはぁ……」
「いや、話ぶっ飛びすぎ!」
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