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ごはん革命  作者: Sen
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野菜の行方

 翌日も、低地にはまだ水が残っていた。


 前の日ほどではない。


 けれど、川に近い草の根元は黒く濡れ、街道側から流れ込んだ泥の筋も、まだ消えていなかった。


 碧はリゼと並んで、第四の区画の外に立っていた。


「昨日よりは引いてるな」


「はい。でも、ここはまだ柔らかいです」


 リゼは木板に書き込む。


 雨後二日目。


 第四、街道側の泥残り。


 杭一本、傾いたまま。


 補修は次回。


 碧は街道の方へ目を向けた。


 昨日、泥水が低地へ入ってきた場所だ。


 けん車の車輪跡に水が溜まり、そこから細く泥が流れている。


「道の水って、思ったより残るんだな」


「はい」


「低地だけ見てたら分からなかった」


 碧がそう言った時だった。


 遠くから、何かが軋む音がした。


 ぎし。


 ぎし、と、重い木が無理にねじれるような音。


 それから、男の声。


「止めろ! 動かすな!」


 碧とリゼは顔を上げた。


 街道の先で、けん車が斜めに傾いていた。


 片側の車輪が、道端のぬかるみに沈んでいる。


 荷台は大きく傾き、木箱がいくつも転がっていた。


 濡れた道の上に、泥をかぶった野菜が散らばっている。


「……事故?」


 碧はすぐに走り出した。


 リゼも木板を抱えて後を追う。


     ◇


 近づくと、そこには見覚えのある犬人が二人いた。


 一人は、若いカーロ。


 もう一人は、年上のブルーノ。


 カーロは顔を青くして、手綱を握りしめていた。


「すみません、すみません……俺が、俺が端に寄せすぎて……」


「カーロ、落ち着け」


 ブルーノは低い声で言った。


「今は謝るより、手を離すな。牽く獣を落ち着かせろ」


「でも、荷が……カンポリアの荷が……!」


「荷は後で数える。先に人だ」


 ブルーノは泥の中に膝をついている男へ振り向いた。


「ダリオさん、腕は動くか。腰は打ってないか」


 男は四十前後に見えた。


 大柄ではないが、肩と腕に畑仕事の厚みがある。


 泥で汚れた外套の下から、土の匂いがした。


 その男は、自分の服よりも、泥に落ちた野菜を見ていた。


「ああ、おれは大丈夫だ」


 そう言いながら、男は折れた葉を一本拾った。


「だが、こいつは……市場には出せねぇな」


 その声は怒鳴り声ではなかった。


 けれど、重かった。


 碧は息を整えながら声をかけた。


「大丈夫ですか。手伝います」


 ブルーノが振り返る。


「碧か。ちょうどいい。荷台にはまだ触るな。先に散った荷を道の外へ寄せたい」


「分かりました」


「リゼ、濡れてないところを見てくれ。泥の上に積むな」


「はい」


 リゼはすぐに周囲を見た。


「あそこなら、草が少し高いです。水も溜まっていません」


「そこに分けるか」


 碧は頷き、泥に落ちた木箱を起こした。


 箱の中には、根菜が詰まっている。


 曲がったもの。


 二股に分かれたもの。


 大きすぎるもの。


 小さすぎるもの。


 形は不揃いだが、どれも重く、しっかりしていた。


「これは……」


「触るなら、割れてないやつだけ先に寄せてくれ」


 泥の中で男が言った。


「葉が折れたものと、皮で守られているものを一緒にするな。泥の入り方が違う」


「はい」


 碧は顔を上げた。


 男は泥だらけの手で、野菜を一つずつ分けている。


 ただ落胆しているだけではない。


 どれがまだ生きていて、どれがもうだめなのか。


 泥の中でも、作物を見ていた。


     ◇


 カーロは手綱を握ったまま、何度も頭を下げていた。


「すみません、ダリオさん。本当に、俺が……」


「謝るのは後でいい」


 ダリオと呼ばれた男は、泥のついた根菜を箱に戻しながら言った。


「まず、潰れていないものを拾う」


「でも……」


「カーロ」


 ブルーノが短く言った。


 カーロの耳が伏せる。


「犬人が頭を下げるのは簡単だ。だが、荷は頭を下げても戻らん」


「……はい」


「手を動かせ。失敗は、荷を戻してから数えろ」


「はい!」


 カーロは泥に膝をつき、箱を起こし始めた。


 碧はその横で、落ちた野菜を分けた。


 葉物はひどかった。


 泥をかぶり、葉が折れ、根元に砂が入り込んでいる。


 だが、根菜や硬い実のものは違う。


 表面に泥はついている。


 傷もある。


 けれど、割れていないものも多かった。


「これ、全部だめなんですか」


 碧は思わず言った。


 ダリオが顔を上げる。


「市場では厳しい」


「泥がついているからですか」


「それもある。箱が割れた。葉が折れた。見た目も悪い。ここまで来るのに三日以上かかってる。フェルメリアの市場で、わざわざ泥つきを高く買う者はいない」


 三日以上。


 碧はその言葉を飲み込んだ。


 フェルメリアとカンポリアは近くない。


 けん車で往復すれば、一週間と少しかかる距離だ。


 昨日落ちたものを、明日また取りに行く。


 そんな簡単な話ではない。


 ここにある荷は、カンポリアから時間をかけて運ばれてきたものだった。


「朝採れってわけじゃないんですね」


「ああ。畑で選んで、積んで、道を越えてくる。だから持つものを選ぶ。根菜、硬い実、乾かした豆、日持ちする葉。柔らかいものは途中で弱る」


 ダリオは泥のついた箱を見た。


「今回は、フェルメリアの値を自分の目で見に来た。ついでに、出せるものを積んできた。だが、これじゃ値を見る前に終わりだ」


「値を見に?」


 碧が聞くと、ダリオは少し黙った。


 それから、低い声で言った。


「最近、カンポリアでは、フェルメリアでの値が下がったと言われている」


「市場価格が?」


「そうだ。だが、旅商人の話だと、フェルメリアの店先では前より高く売られているらしい。なら、どこかで値が消えている」


 ブルーノが横で息を吐いた。


「だから、ダリオさんは自分で見に来た。カーロの見習い便に乗せてな」


 カーロの耳がさらに伏せた。


「それなのに、俺が……」


「カーロ」


 ブルーノの声が少しだけ強くなった。


「今は拾え」


「はい……!」


     ◇


 碧は泥に落ちた根菜を見つめた。


 曲がっている。


 形が悪い。


 泥がついている。


 市場の棚に綺麗に並ぶものではない。


 けれど。


「これ、料理に使えないかな」


 思わず口から出た。


 リゼが顔を上げる。


「オステリアで、ですか?」


「うん。もちろん、俺じゃ決められないけど」


 碧は根菜を一つ持ち上げた。


 泥の下に、しっかりした重さがある。


「洗って、皮を剥いて、切って煮込むなら、形ってそんなに関係ない気がする」


 ダリオが碧を見た。


「市場には出せないぞ」


「市場には、ですよね」


 碧は言った。


「でも、これくらいの汚れならお店で調理すればまだぜんぜん使えます」


 ブルーノが少し目を細めた。


「飯屋でもやってるのか」


「はい……まあ、俺の店ではないんですけど」


「そうなのか」


「店主にこの野菜を使えないか聞いてもいいですか?」


「タダでってわけにはいかないがな」


「いや、ちゃんと値をつけますよ」


 碧はそう言ってから、少し自信がなくなった。


 勝手なことを言ってしまった。


 ジーノの店だ。


 オステリア・ジーノの名前で、碧が勝手に買うわけにはいかない。


「相談してみてもいいですか?」


 碧はダリオに向き直った。


「全部は無理かもしれません。使えないものもあると思います。でも、このまま捨てるには、もったいないです」


 ダリオはしばらく黙っていた。


 そして、泥のついた根菜を見下ろした。


「……もったいない、か」


「はい」


「畑では、毎年出る」


「何がですか」


「曲がったもの。小さすぎるもの。大きすぎるもの。割れそうなもの。味は変わらんのに、箱に入れると嫌われるものだ」


 ダリオは泥を払った。


「市場に出せば、二束三文だ。運ぶだけ損になることもある」


 碧はその言葉を聞いて、胸の中で何かがつながるのを感じた。


 売り物にならない。


 でも、食べ物ではある。


 市場には並ばない。


 でも、料理にはなるかもしれない。


「それ、最初からオステリア用に運んでもらうことって、できませんか」


 言ってから、碧は慌てて付け足した。


「もちろん、ジーノさんがいいと言えば、ですけど」


 ブルーノが小さく笑った。


「話が早いな」


「早すぎますか」


「いや。だが、距離を忘れるな。カンポリアからフェルメリアまでは、けん車で片道三日から四日。往復で一週間と少しだ。明日持ってこい、とはいかねぇ」


「……ですよね」


 碧は頷いた。


 だからこそ、約束が必要になる。


 いつ。


 どれくらい。


 何を。


 誰が運ぶのか。


 それを決めなければ、ただの思いつきで終わってしまう。


「まずは、これをジーノさんに見てもらいましょう」


 リゼが静かに言った。


「その上で、次の便に何を載せられるか、話すのがよいと思います」


 碧は頷いた。


「そうだな」


     ◇


 けん車を起こすのには時間がかかった。


 ブルーノが指示を出し、カーロと碧は荷台の後ろを押した。


 リゼは泥に落ちた箱を分け、ダリオは作物を見分けた。


 やがて片輪はぬかるみから抜けた。


 けん車は傷んでいたが、ゆっくりなら動かせる。


 散らばった荷は、三つに分けられた。


 完全にだめなもの。


 市場には出せないが、料理なら使えるかもしれないもの。


 まだ市場に出せるかもしれないもの。


 ダリオは二つ目の山を見て、低く言った。


「これだけでも助かれば、畑に顔向けできる」


 カーロがまた頭を下げる。


「本当に、すみません」


「だから、謝るのは後だと言った」


 ダリオは少しだけ苦笑した。


「お前が落としたのは事実だ。だが、道が緩んでいたのも事実だ。次は、端に寄せる前に土を見るんだな」


「はい……!」


 ブルーノがカーロの肩を軽く叩いた。


「よし。街へ戻すぞ。碧さん、先に店へ行って、ジーノさんに話しておいてもらえませんか?」


「えぇ、大丈夫ですけど」


「先に話しておかないと、泥つきの荷をいきなり店先に置いたら怒られそうで」


「確かに」


 碧は苦笑し、オステリアへ向かって走った。


     ◇


 ジーノは、話を聞くと眉を寄せた。


「泥に落ちた野菜?」


「はい」


「全部持ってくるな」


「ですよね」


「外で分けろ。葉物はまず見る。泥が中まで入ったやつはだめだ。根菜は割れてなければ洗う。硬い実も傷が浅ければ使える」


 碧は息を整えながら頷いた。


「じゃあ、見てくれるんですか」


「見なきゃ分からん」


 ジーノは布を肩に掛け、裏口へ向かった。


「裏に水桶を出せ。泥落としだ。使えるものと捨てるものを分ける」


「わかりました」


 碧は少しほっとした。


 ジーノは怒っているようで、もう動いている。


 それは、完全に断るつもりではないということだった。


     ◇


 けん車がオステリアの裏手に着いた頃には、ジーノは水桶と台を用意して待っていた。


 ダリオは荷台から降り、深く頭を下げた。


「急に押しかけてすまないね」


「押しかけたのは事故だろ」


 ジーノは短く言った。


「見せてくれ」


 ダリオは泥のついた箱を開けた。


 ジーノは一つずつ手に取り、傷を見た。


「これはだめだ。割れ目に泥が入ってる」


 横の箱へ置く。


「これは使える。洗って皮を剥く」


 別の箱へ。


「これは葉が折れてるが、芯は生きてる。今日中にスープだな」


「これは?」


 碧が聞く。


「見た目が悪いだけだ。味は落ちてねぇ」


 ジーノは淡々と分けていった。


 その手に迷いはなかった。


 ダリオは黙って見ていた。


 やがて、使える山が思ったより大きくなった。


「……こんなに使うのか」


 ダリオが言った。


「全部じゃねぇ」


 ジーノは答えた。


「食えねぇものは食えねぇ。客に出せねぇものは出さねぇ」


「それでいい」


「だが、形が悪いだけなら話は別だ。煮込みにするなら、曲がった根菜でも味は変わらん」


 ダリオの目が少し動いた。


「形ではなく、味を見る店か」


「味と、使い道だ」


 ジーノは泥を洗い流しながら言った。


「棚に並べるなら形もいる。だが、鍋に入れるなら切る。切れば、曲がりは消える」


 碧はその言葉を聞いて、少し笑いそうになった。


 ジーノらしい。


 優しさではなく、理屈で救う。


 かわいそうだから買うのではない。


 使えるから買う。


 それが、ダリオにも伝わったようだった。


     ◇


 ジーノは使える分を量り、値をつけた。


 市場に出すよりは安い。


 だが、泥で捨てるしかないと思っていたものに、きちんと値がついた。


 ダリオはその額を見て、しばらく黙っていた。


「高すぎないか」


「安いくらいだ」


 ジーノが言う。


「泥を落とす手間はこっちにある。傷みの見極めもこっちだ。その分は引いた」


「だが、これは市場には出せない」


「市場に出す値は知らん。俺は店で使う値をつけた」


 ダリオはゆっくり頷いた。


「分かった」


 その声には、先ほどまでの重さとは違うものが混じっていた。


「カンポリアには、こういう野菜が毎回出る」


 ジーノは顔を上げた。


「形の悪いやつか」


「ああ。味は同じだ。だが、市場向けの箱には入れない。入れれば値が下がる。だから畑で潰すか、村で食うか、安く流す」


「量は」


「日による。季節にもよる」


「毎回全部はいらねぇ」


「だろうな」


「うちで使える分だけだ。根菜、硬い実、豆、煮込みに使える葉。柔らかいものは距離があるから難しい」


「分かってるとも、カンポリアからここまでは遠い。往復で一週間と少しだ。毎日運べるものじゃない」


 ジーノは腕を組んだ。


「なら、便を決めろ」


 ダリオが目を細める。


「便?」


「カーロとブルーノのけん車が来る日だ。毎回少しだけ、規格外を積め。うちはその日に見て、使える分を買う」


 カーロが驚いたように顔を上げた。


「俺たちが、ですか」


「嫌なら別のけん車でもいい」


「嫌じゃありません!」


 カーロは慌てて首を振った。


「ただ、俺、今日……」


 ブルーノが横から言った。


「今日の失敗を覚えて運べばいい。次は道端を見る目が一つ増える」


「……はい」


 ダリオはカーロを見た。


「次に来る時は、落とすなよ」


「はい!」


 ジーノは短く息を吐いた。


「決まりじゃねぇ。試しだ」


「試しでも嬉しいくらいだ」


 ダリオは答えた。


「俺も、フェルメリアの店がどれだけ使うか見たい。市場だけに任せるのは、もう少し考えたい」


「なら、最初は少なくしろ。欲張ると腐らせる」


「分かった」


 リゼはその横で、必死に紙へ書いていた。


 カンポリア。


 ダリオ。


 規格外野菜。


 けん車便。


 往復、一週間と少し。


 根菜、硬い実、豆。


 柔らかい葉物は要注意。


 使える分だけ買う。


 試し。


     ◇


 その日の夜、オステリア・ジーノには新しい匂いが広がった。


 泥を落とし、皮を剥き、曲がった根菜を大きめに切る。


 折れた葉の中でも使える芯は刻む。


 硬い実は焼いてから煮込む。


 豆を加え、塩と香草を入れ、じっくり火を通す。


 鍋の中で、売り物にならなかった野菜が湯気を上げていた。


「名前、どうします?」


 碧が聞くと、ジーノは即答した。


「泥落ち野菜とは書くなよ」


「書きません」


「カンポリア根菜の煮込み、でいい」


「普通ですね」


「客に出す名前は普通でいい」


「でも、味は普通じゃなさそうですね」


 ジーノは少しだけ口元を緩めた。


「形の悪いやつは、たまに味が濃い」


「そうなんですか?」


「知らん」


「知らないんですか」


「だが、そう言った方が客は食う」


 碧は笑ってしまった。


 リゼも小さく笑った。


 ルカがいつのまにか椅子の上で、鍋をじっと見ていた。


「食べる?」


 碧が聞くと、ルカは頷いた。


「食べる」


「泥は入ってないぞ」


「いらない」


「それはそう」


     ◇


 閉店後。


 ダリオは椀を手に、しばらく黙って煮込みを食べていた。


 泥の中で拾った根菜が、柔らかく煮えている。


 形はもう分からない。


 曲がっていたことも、小さすぎたことも、大きすぎたことも、椀の中では意味を失っていた。


「……うまいな」


 ダリオが言った。


 ジーノは皿を拭きながら答えた。


「野菜が悪くなかった」


「形は悪かった」


「形はな」


 ダリオは椀の中を見た。


「ダメだと思って捨てようとしたものが、こうなるのか」


「全部が全部こうなるわけじゃねぇ」


「分かっている」


「腐ったものは使わん。泥が中まで入ったものも使わん。だが、形が悪いだけなら、持ってこい」


 ダリオは静かに頷いた。


「次の便で、少し積む」


「少しでいい」


「根菜と豆を中心にする。葉物は様子を見る」


「そうしろ」


 碧はその会話を聞きながら、胸の中が少し熱くなるのを感じた。


 米とは別の道が、一本つながった。


 低地を見に行った雨の後。


 ぬかるんだ街道。


 脱輪したけん車。


 泥に落ちた野菜。


 その全部が、ここへつながっている。


     ◇


 帰り際、カーロは碧に深く頭を下げた。


「碧さん、今日はありがとうございました」


「いや、俺は何もしてないよ」


「俺、もっと道を見ます。車輪の下だけじゃなくて、端の土も、水の跡も」


「俺も昨日まで、雨の後の道なんてちゃんと見てなかったよ」


「え?」


「水って、思ったよりいろんなところに残るんだなって」


 カーロは少しだけ目を見開いた。


 それから、ゆっくり頷いた。


「はい」


 ブルーノが横から言った。


「見習いは、見るものが増えた分だけ先へ進む」


「はい」


「今日は忘れるな。だが、潰れるな」


 カーロの耳が少し上がった。


「はい!」


 ダリオは碧の前で足を止めた。


「お前が最初に、“使えるかもしれない”と言ったな」


「はい。でも、決めたのはジーノさんです」


「それでも、泥の中から拾う目を持っていた」


 碧は少し返事に困った。


 ダリオは低く笑った。


「次に来る時、畑の曲がり者を少し持ってくる」


「曲がり者、ですか」


「野菜の話だ」


「分かってます」


「本当に分かっているか?」


 ダリオの顔に、初めて少しだけ冗談の色が出た。


 碧も笑った。


「たぶん」


     ◇


 その夜、仮倉庫一号の方から、かすかに稲穂の鳴る音がした。


 かさり。


 碧は空き家の窓から外を見た。


 米はまだ増えていない。


 田んぼもまだない。


 けれど、オステリアには新しい煮込みが生まれた。


 市場に並ばなかった野菜。


 形が悪いと言われた野菜。


 泥の中に落ち、一度は売り物にならないと思われた野菜。


 それでも、鍋の中では湯気を立て、人を温めた。


 食べ物の道は、一つではない。


 その日、オステリア・ジーノは米とは別のところで、もう一つの仕入れ先を見つけた。

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