第12話 明哲王チャピ
ヤマトの中心にそびえる議事堂。
古代の鉄骨と再利用された木材で築かれたその建物は、外観こそ粗野だが、中に入れば荘厳な気配が満ちていた。
壁には旧時代の装飾片が組み込まれ、床一面には幾何学模様のタイル。まるで過去と未来を繋ぐ橋のような空間だった。
広間の奥に鎮座するのは犬族の王、チャピ。
その姿は意外だった。小柄な体格はチワワを思わせ、かつて勇猛で名を轟かせたヤマトの名とは対照的。
だがその眼差しは、雷光のごとく鋭く、深い叡智を宿していた。
「……お前たちが、ノラとクロか」
静かな声に、不思議な重みが宿る。瞬時に広間の空気が張り詰めた。
クロは膝をつき、恭しく頭を垂れる。
「統一政府司法警察本部所属、クロ。ご謁見の栄誉、心より感謝申し上げます」
ノラは形式ばった礼をせず、ただ軽く会釈した。
その態度に、チャピの眼が細まり、値踏みするような視線が注がれる。
「……型通りの礼か。犬族の王に対し、その態度、恐れを知らぬのか?」
「俺は猫族の戦士だ。王かも知れぬがヤマトを身体を賭けて守った自負がある。恐れる理由も、媚びる理由もない」
静かに放たれた言葉。その中に凛とした意志があった。
クロが慌てて口を開こうとしたが、チャピは片手を挙げて制す。
「いい。……その言葉こそ、真に“哲学”だ。流石、破邪衆。」
王は古びた巻物を手に取り、微笑を浮かべる。
「個は己を律し、考え、選ぶ。
力の大きさではなく、言葉の重さこそが種を導く。
それが我ら犬族の哲学だ」
小さな体に似つかわしくない威厳。
それは筋肉や牙ではなく、“思索”によって築かれた強さだった。
ノラは息を呑み、クロは誇らしげに背筋を伸ばす。
チャピは二人を交互に見て、静かに告げた。
「お前たちの旅は、ただの依頼では終わらぬだろう。
“兄の死”を追っていると聞いている。その足は、やがて世界そのものを揺るがす。
忘れるな。考えることをやめた時、ナチュラビストは再びトヒと同じ道を辿る」
広間に再び静寂が訪れる。
だがノラとクロの胸には、それぞれ異なる重みが残されていた。
――秩序を守るための哲学。
――自由を求めるための哲学。
――力だけではなく言葉があるからこその頭脳。
二人の旅路は、ここで再び交差し、そしてすれ違い始めていた。




