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第百二十六話 小話「日本人らしく?」

 セステニアについて、不明な点は多い。

 確定していることは二つだけ。

 千年前の巨人戦争を引き起こした張本人であること。

 人間でありながら、不老不死であること。

 後者に関しては、赤髪の魔女ことハクアが近い存在か。

 もっとも、ハクアは加齢が止まっただけで不死ではなく、より強い相手と戦えば、命を落とすだろう。

 セステニアは正真正銘の不死者だ。巨人戦争の際は、初代王によって幾度となく切り刻まれた。

 それでも、死なない。

 あるいは、その都度蘇っているのか?

 その仕組みについては謎ながらも、ハクアだけは看破出来ている。

 ゆえに、後は探すだけだ。

 セステニアを殺せるほどの逸材を。

 その才能を秘めた若者を。

 そして、ついに見つけ出す。

 エウィンとアゲハ。

 両親を失った浮浪者と、異世界からの転生者。

 ハクアは二人の鍛錬を開始するも、本命はエウィンに他ならない。

 アゲハは残念ながらバックアップだ。戦うことを得意とせず、言うなれば積極性が欠けてしまっている。

 その点、エウィンは問題ない。

 傭兵として十年以上もの年月を、魔物との死闘に費やした。

 戦うことを苦とせず、実力も相まってハクアの指導にも食い下がれている。

 風が吹こうと、雨天であろうと、毎日が傷だらけの修行漬けだ。

 とは言え、半日という単位でなら休暇がなくはない。

 なぜなら、ハクアは多忙な身だ。里を束ねる地位ゆえ、時には集会の類にも出席せねばならない。

 そういった時、エウィンは自由時間を獲得する。

 あるいは、買い出しを指示されることも少なくない。

 今回は後者だった。

 見た目以上に大量の荷物が収納出来るリュックサック。マジックバッグと呼ばれる魔道具であり、それを背負って今はシイダン村へ出向いている。


「ん、アゲハさん? 食い入るように何を見てるんですか?」


 農村ながらも、大いに盛り上がっている。

 それもそのはず。ここは露店が連なる大通りであり、簡易的な店には新鮮な野菜や果物が多数並んでいる。

 時間帯は昼過ぎゆえ、市場は大賑わいだ。

 人通りで混雑する中、エウィンはふと立ち止まる。

 露店が気になったわけではない。

 背後のアゲハが、買う予定のない穀物を凝視しているためだ。


「これ、これって……」

「お米、ですかね」


 エウィンでさえ、一目でわかる程度には米だ。精米前なのか、色合いとしては薄茶色に濁っている。

 今回の買い出しは一人ではない。珍しくアゲハが同行しており、言うなればハクアが気を利かせた結果だ。

 デートと呼ぶには情緒が足りていないが、二人で買い物をしていることは変わりない。

 アゲハが腰を折って覗き込んでいる。茶色のチュニックは素っ気ないが、彼女の豊満過ぎる胸のせいで雰囲気はただただ妖艶だ。

 その目は大きく見開かれており、視線は見本として精米済みの真っ白な米粒に吸い込まれている。


「あのう、すみません」


 内気な彼女も、今回ばかりは眼前の店員に声をかける。

 ふくよかな女性はエプロンを着用しており、突然の問いかけにも至って冷静だ。


「いらっしゃい。ここではもち米を扱ってるよ」

「あ、やっぱり……」


 アゲハは即座に理解した。

 隣のエウィンは首を傾げるも、わからない以上、口を挟まない。

 店員の言う通り、商品は特殊な米だ。通常の米粒が洗米後は透き通る一方で、眼前の見本は色濃く白色を残している。


「嬢ちゃん、今なら安くするよ。もち米は人気がないからね、どうしても売れ残っちまう」


 店員の女性は嘘を言っていない。

 もち米は残念ながら不人気だ。べっとりとした触感が選ばれない理由ながらも、それならそれで調理法が存在している。

 それこそが餅だ。この世界にも浸透しており、草餅もその内の一つと言えよう。


「エウィンさん、もち米、買って帰っても、大丈夫かな?」


 アゲハは日本人だ。彼女の脳内には、調理方法がしっかりとインプットされている。

 ゆえに、もち米の購入を持ち掛けるも、エウィンとしても断る理由がない。


「はい、お金なら残ってますよ。お昼前に粗方買えましたし、うん、好きなだけどうぞ」


 背負っている鞄には、既に大量の野菜が放り込まれている。見た目は空っぽのようにも見えるが、マジックバッグにそういった常識は通用しない。

 エウィンから許可がもらえた以上、アゲハは人ごみに負けじと声を張る。


「じゃあ、これ、ください」



 ◆



「あら、おかえり。早かっ……、なに、その米俵……」


 その重さは成人男性一人分にも匹敵する。

 しかし、それを担いでエウィンは帰宅した。

 ここは迷いの森に隠された、魔女の里。

 エウィンとアゲハはシイダン村での買い出しを終えると、足早に居候先へ舞い戻る。


「これはアゲハさんの戦利品です。お米って案外重たいんですね」


 エウィンはそう言いつつも、汗一つかいていない。

 ハクアが驚いている理由は、若者二人が早々にデートを切り上げたことも去ることながら、やはり米俵が最たる要因だ。


「お米……、いや、米は足りてるわよ?」


 この里にも畑は存在している。

 稲作用の田んぼも作られており、ある程度は自給自足が可能だ。

 ハクアは里長として、収穫量はきちんと把握している。

 シイダン耕地の農地と比べれば小規模ながらも、この里の人間を食わすことは十分可能だ。いかにエウィンが大食いと化しても、なんら問題ない。


「なんかこれ、普通のお米じゃないみたいです。アゲハさん、何でしたっけ?」

「もち米」


 言い終えるや否や、アゲハが米俵を受け取る。そのまま台所へ姿を消すも、残されたハクアは以前として腑に落ちない。


「もち米って……。草餅でも作るの?」

「さあ? 普段以上に口数少なかったので、なんか訊けませんでした」

「まぁ、あの子のことだから、餅の類を作るんでしょう。夕食はまだ先だし、あっちはあっちで好きにさせて、こっちは鞄の中身を確認するわ」

「はい、どうぞ」


 この時の二人は知らない。

 夕食は普段通りの肉料理が並ぶも、食後のデザートこそがメインディッシュということを。



 ◆



「え……、うお、すごい量……」


 エウィンとしても唸るしかない。

 腹は既にパンパンだ。トカゲ肉のステーキや山盛りの白米を、三人分は平らげた直後だからだ。

 食卓の食器は片付けられた。

 普段ならここで自由時間が訪れるのだが、今日ばかりはそうもいかない。

 注文もなしに、新たな皿がいくつも運ばれる。

 調理人はアゲハ。ペッタンペッタンと寡黙に餅をついた。

 そのサポートに駆り出されたハクアだが、このタイミングで釘を刺す。


「お腹いっぱいでしょうけど、がんばって食べなさい」


 気づけば、テーブルの上は餅だらけだ。まるで二回目の夕食が訪れたようだが、満腹ゆえに喜べない。

 ハクアが赤髪を揺らしながらいつもの席に座る。

 同時に、ほうと息を吐いた。

 気合を入れ直したのか。

 空気を吐いて少しでも胃の容量を確保したのか。

 どちらにせよ、ここからは第二ラウンドだ。

 アゲハが満足そうに着席すると、エウィンは率直な感想を述べる。


「色んなお餅があって、どれも美味しそうですね。と言うか、お餅って作るの大変ってイメージなんですけど……」

「うん、けっこう、重労働だよ。でも、今の私なら、大丈夫」


 それもそうだろう。アゲハは日本人ながらも、その身体能力はゲームや漫画に出てくるような超人だ。

 全力疾走は新幹線よりも速く、腕力に至っては高層ビルをパンチ一発で倒壊させられる。

 ゆえに、もち米を潰す作業も造作もない。工程を減らせるわけではないため、どうしても手間と時間はかかるが、餅への飽くなき執着が彼女の背中を後押しした。

 その結果がこれだ。

 三人の眼前には、色とりどりの餅が並んでいる。

 エウィンはその内の一つ、赤茶色の塊を乗せたそれへ手を伸ばした。


「これはあんこ?」

「うん。あんこで包んでないから、あんころ餅じゃないけど、そんな感じで」

「アゲハったら、平行してあんこまで作っちゃうんだから。うちは台所広いからなんとかなったけど、それにしたって器用なことで。あ、私は砂糖醤油のを頂くわ」


 ハクアの箸が、真っ白な餅を持ち上げる。

 別皿には砂糖を加えた醤油が注がれており、ちょんちょんとつつけばそれだけで完成だ。

 他にはきな粉をまぶした餅も存在しており、エウィンは食べ比べるようにガツガツと口に運ぶ。


(うん、どれも美味しい。さすがアゲハさん、料理の天才だな。まぁでも、うん……)


 ハクアに次いで、エウィンの箸も止まる。

 当然だ。腹は既にパンク寸前、餅だけの皿を二つも平らげただけでも上出来か。


「ハクアさん、きなこのお餅も美味しいですよ」

「知ってるわよ。手伝ったんだから……」

「じゃあ、どうぞ」

「さすがにもう無理よ。妊婦くらいお腹膨らんじゃったわ」


 そう言いたくなるほどには、ハクアもギブアップだ。赤髪の魔女が最強の人間であろうと、食べられる量は常識から逸脱していない。

 エウィンはその点だけならハクアを追い越したが、そうであろうと既に限界だ。

 二人が苦しそうに呼吸をする一方で、アゲハだけがその手を止めない。


「おいしい、おいしい」


 自分で手間暇かけたためか。その味はひとしおだ。

 ましてや、完全な日本料理をここまで満喫出来る機会は久方ぶりゆえ、彼女の胃袋は留まることなく餅を受け入れる。


(すげぇ……。見てるこっちが気持ち悪くなる)

(な、泣くほど? 日本人特有の発作か何かかしら?)


 アゲハ、二十五歳。餅の美味さに涙をこぼしてしまう。


「甘い、おいしい。つきたて、最高」


 箸が止まらない。デザートは別腹ということか。

 この時のエウィンは知らない。

 明日以降も、餅料理が続くということを。

 ハクアは知らない。

 裏方に徹していたはずのアゲハが、どういうわけかエウィンと同等の強さを獲得していることを。

 こんな涙であろうと、天技のトリガーであることに変わりない。

 涙の数だけ強くなれる。

 うれし涙もまた、例外ではなかった。

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