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第百十五話 小話「二人の関係は」

 激動の一日が終わろうとしている。

 大空は水色から灰色、ついには黒一色に塗り替わり、子供はおろか大人さえ我が家へ帰宅した。

 魔女の里も例外ではない。鬱蒼な森に囲まれたそこは、夜の訪れと共に静まり返っている。

 一日を締めくくる行事として、夕食は家族団らんの機会だ。

 その家の場合、三人は赤の他人ながらも、眼前のご馳走に涎を垂らしながら顔を突き合わせている。

 いつもと変わらない光景だ。

 そのはずだった。

 些細な違和感ながらも、ハクアは年長者として見逃さない。


「アゲハ、ちょっといい?」


 長すぎる赤髪は床まで届きそうだ。白衣は脱いでおり、茶色のロングワンピースを部屋着として着こなしている。

 椅子に腰かけ、夕食を食べ始めた直後ながらも、眼前に座る二人を前にして箸より先に口を動かさずにはいられなかった。

 なぜなら、アゲハの態度が珍妙だ。

 恥じらうような、照れているような、なんともらしくない雰囲気を醸し出している。

 その証拠に、隣のエウィンをチラチラと盗み見ており、落ち着きのなさは普段の彼女とは正反対だ。


「あ、はい」

「どうしたの? エウィンに胸でも触られた?」


 この瞬間、名前を告げられた少年は無罪にも関わらず咳き込んでしまう。

 エウィンとしても、反論せずにはいられない。豪華な夕食に後ろ髪引かれながら、悔しそうに箸を置く。


「僕がそんなことするわけないじゃないですか。ねぇ、アゲハさん」

「う、うん……」


 容疑者の発言に信ぴょう性が付与された以上、家長としても信じるしかない。

 テーブルの上にはトカゲ肉を中心とした多数の料理が色彩豊かに並べられている。オーディエンの部下を打ち破ることが出来たことから、ハクアとアゲハが腕を奮った結果だ。

 エウィンとしてはこのような問答で時間を消費したくないのだが、身の潔白を訴えずにはいられない。芳醇な肉の匂いを嗅ぎながらも、眼前のハクアを見つめ返す。

 それでもこの魔女は、己の直感を信じて疑わない。


「じゃあ、あんた達の間に漂うその妙な雰囲気は何?」

「え? 僕は普通ですけど。あ……」

「あ、って何よ?」


 今日の出来事を思い出した瞬間だ。

 煉獄の魔物と出会ったことではない。

 リードアクターのさらなる進化でもない。

 隣の日本人女性に告白されたことだ。

 エウィンにとって、異性から好意を寄せられたことなど一度もなかった。

 強敵と死闘を繰り広げたことから、返答が曖昧なまま今に至る。

 アゲハにとっては、勇気を振り絞った行動だ。手応えとしては申し分なく、受け入れてもらえたと思っている。

 それでも、明確な返事をもらえていない以上、落ち着いてなどいられない。

 対照的に、エウィンは普段通りだ。守ると宣言したことから、それをもって決意表明を済ませたと思い込んでいる。

 とは言え、これは二人だけの秘密だ。眼前のハクアにどこまで伝えるか、悩まずにはいられない。


「今日は死にかけたので、アゲハさんもお腹がペコペコなんだと思います」

「ふぁっ⁉」

「あんたねー、誤魔化すにしても傷つけない言い回しを心がけなさいよ」


 ハクアの指摘は正しい。

 アゲハの顔は真っ赤だ。空腹はその通りながらも、それをエウィンに言われてしまうと恥ずかしくて仕方ない。

 そういった乙女心がわからないため、この少年は緑色の髪ごと首を傾げる。


「え? 実は食いしん坊なのに?」

「ふぁっ⁉」

「あんたにだけは言われたくないでしょうよ。大食いになれって言ったのは私なんだけど」


 テーブルを囲う人数は三人ながらも、卓上の料理はそれ以上だ。

 女性二人はそれぞれ一人前しか食べないのだが、残りをエウィン一人で平らげる。

 体作りのためだ。

 つまりはこれも強くなるための施策であり、事実、ハクアから指摘されながらも、肉厚のステーキをジュワリと噛み千切っている。


「お肉もチャーハンも、みんな美味しいです」

「誤魔化すんじゃないの。昼間のこと、忘れてないからね。そろそろ教えてくれない? 元の世界に帰れないって言われてもなお、動揺しなかったワケ」


 ここからが本題だ。

 そうだと主張するように、赤髪の魔女が魔眼をすっと細める。

 鋭い眼光に晒された結果、エウィンとしても困惑するしかない。もっとも、口はもぐもぐと動かしており、咀嚼の後にゴクンと飲み込む。

 そのまま左手で丼を持ち上げると、白飯をかきこむ仕草は夕食のそれだ。

 しかし、その行為に対しハクアはつっこまざるを得ない。


「あんたって、チャーハンをおかずにお米食べてない?」

「え? そうですけど?」

「く、その顔ムカつく。まるで私の方がおかしいみたいな」

「ハクアさんは出来ないんですか?」

「いや、やろうと思えば出来るけど……。って、そんなことはどうでもいいから。あんたねー、いや、アゲハか。故郷に戻れないのよ? なんでそんなに落ち着いていられるの?」


 改めての問いかけだ。

 年長者に見つめられながら、アゲハはもじもじと口を閉ざしてしまう。無口だからではない。事情が事情だからだ。

 妙な空気が漂う中、エウィンがついに助け舟を出す。


「アゲハさんは決めたんです」

「何を?」

「こっちの世界に残るって」


 端折った説明だ。

 そうであろうと、ハクアはその真意をあっさりと見抜く。魔眼で男女を見比べながら、情報を精査せずにはいられない。


(タイミングはあの時? イチャイチャしながら、なんか話してたし……)


 エウィンがシャドウデーモンに殺されかけた直後のやり取りだ。

 彼女の予想は正しく、追加の質問を投げかけずにはいられない。


「で? あんたは何て返事したの?」

「え? 守ります、的なことを言ったような……」


 そう言い終えると、エウィンはトカゲ肉の串焼きを頬張る。

 見た目は焼き鳥のねぎまと瓜二つだ。肉とネギが交互に串で貫かれており、野菜を摂取させようという調理人の気遣いが感じられる。

 ジューシーな味わいを堪能する少年とは対照的に、ハクアは目を見開いて固まってしまう。


「それだけ?」

「もぐもぐ」


 口の中は肉とネギでいっぱいだ。エウィンとしては、肯定のために頷くしかない。

 その反応からハクアは察すると、続けてアゲハへ視線を向ける。


「アゲハ、あんた告白したの? と言うか、まだしてなかったの?」

「あ、その……、うん……」


 この瞬間、ハクアは赤髪を揺らしながら天井を見上げる。

 眼前の若者がそこまでウブだとは思いもしなかった。恋人のようなスキンシップを一切見せないことに違和感を覚えていたが、今回のカミングアウトから全てを理解し終える。

 驚けばよいのか?

 呆れるべきか?

 自身の感情に戸惑いながら、最後の質問を投げかける。


「それで、エウィンは何て言ったの?」

「え? さっき言いましたけど……」

「守るってやつ?」

「はい」

「それだけ?」

「それだけ……ですけど……」


 事実そうなのだから仕方ない。

 エウィンは誤魔化すように肉団子のスープをすするも、ハクアはこめかみを押さえて動かない。


「アゲハに何て言われたか、思い出しなさい」

「え~っと、一緒にいたい、とか、その、す、好きです、的な……」

「そうでしょう? だったら、ちゃんと返事なさい」


 まるで説教だ。

 実際、そのつもりで十九歳を叱っているため、エウィンとしても縮こまるしかない。

 アゲハだけが顔を赤らめる中、一瞬の静寂は少年の声によって破られる。


「僕は……、アゲハさんのことが好きです」

「ふぁっ⁉」

「優しいし、ご飯を作ってくれるし、色々教えてくれるし。そんでもって……」


 すぅと大きく息を吸う。

 エウィンの独白は止まらない。

 アゲハが嬉しそうに震えるも、そんなことはお構いなしに話し続ける。


「ハクアさんのことも好きですよ。こうして住まわせてくれてますし、なんだかんだ面倒見もいいので」


 女性二人が凍り付いた瞬間だ。

 悪気はないとわかってはいるものの、この妙な雰囲気が彼女達の思考を停止させてしまう。

 そんなことは露知らず、エウィンはさらに話し続ける。


「エロ本もといマリアーヌさんも、家族だと思ってますよ」

「わーお、わたしのことも想ってくれてるのねー。でも今はそういうことじゃないと思うんだよねー。巻き込まれたくないから、お姉さんは貝のように口をつぐむ」


 食卓の隅には、真っ白な本が置かれている。それは言葉を話す古書であり、言うなれば四人目の同居人だ。

 しかし、今はこれ以上しゃべられない。それが正解だと理解しているためだ。

 エウィンも別の意味でこれ以上は話さない。言いたいことは言い終えたため、眼前の夕食を堪能し始める。

 室内に漂う、奇妙な沈黙。少年に悪気はなくとも、八方美人な態度が作り出してしまった。

 そうであろうと、エウィンとアゲハの関係は一歩前進だ。

 年長者としてハクアはそう理解しながら、トカゲ肉の串焼きにそっと手を伸ばす。

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