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第百三話 小話「きっと太らない」

 窓の外は暗い。

 一方で室内が明るい理由は、文明の利器が煌々と輝くためだ。

 入浴と夕食が済んだことで、居間は喉かな空気で満たされている。

 四人はそれぞれのやり方で就寝までの時間を潰すも、その内の三人は偶然にも似通っている。

 読書だ。

 もっとも、無音ではない。ページをめくる音は心地良く、一方で雑音も健在だ。

 その発生源はエウィン。彼だけが本ではなく皿と向き合っている。

 ここはハクアの自宅だ。

 そして、居間には腹を満たした四人が居残っている。

 後は眠るだけの状況ゆえ、彼らはラフな格好だ。寝間着に一枚羽織っており、外出には耐えないが室内ならば問題ない。

 居間の最奥には机とそれを囲うように本棚が設置されている。そこは家長の特等席となっており、机の上は読みかけの本だらけだ。

 散らかっていることを気にも留めず、分厚い本に目を通すハクア。その佇まいは年長者のそれであり、そういう意味ではカーペット上の少女は正反対だ。

 瑠璃色の髪を後頭部で束ね、フンフンと鼻息を荒げるパオラ。寝転がって絵本を読んでおり、行儀は悪いが注意するほどでもない。

 読書に励む三人目はアゲハだ。少女の隣に座りながら、魔物に関する専門書で知識を蓄えている。ダボっとした黒い服を着ており、ズボンの締め付けも緩い。

 女性陣が寡黙に活字を追いかける中、一人だけ口を動かしている。

 エウィンだ。夕食時のテーブルに陣取り、モグモグと何かを食べている。


「この構図って、なんか僕だけマヌケなんじゃ……」


 客観的な感想だ。

 この少年も読書家と言えなくもないのだが、今だけは間違いなく仲間外れだ。

 正しい論評に対し、ハクアが大人として同意する。


「わかってるじゃない」

「え⁉ それってほとんど悪口じゃ……。もぐもぐ」

「夕食の後に、一人だけお菓子食べてるあんたの姿が紛れもない証拠よ」

「うぐぐ……。もぐもぐ」


 シャリ。

 あるいは、パリン。

 一口ごとに、そのような音が居間に響く。

 その正体は、アゲハが作った菓子だ。地球ではありふれた食べ物ゆえ、スーパーだろうとコンビニだろうとありとあらゆる店で買える。

 そして、片付けの手間はかかるが自作も可能だ。

 テーブルの上には大きな皿が置かれており、そこには黄金色の薄い何かが折り重なるように盛られている。

 菓子と呼ぶには素っ気ない見た目ながらも、こってとりとした味わいは少なくとも地球の人々を魅了した。


「ポテトチップス、こっちで作ったのは、初めてだけど、どうかな?」


 アゲハが異世界に新たな料理を生み出した瞬間だ。

 スライスされた薄い芋ながらも、エウィンは右手を止められない。


「すっごく美味しいです。コッテリしてて、ちょっぴり塩辛くて、確かにこれはお菓子です。元がただの芋とは思えません」


 山盛りのポテトチップスを前に、エウィンは塩味と幸せをかみしめる。

 もっとも、摂取カロリーは膨大だ。ニキビの一つも出来そうなものだが、この少年は鍛錬だけでなくフルマラソン以上の距離を駆けており、その運動量は地球人の比ではない。

 アゲハもそれをわかっているからこそ、実験も兼ねてこの菓子作りに挑んだ。

 結果は見事成功だ。エウィンの嬉しそうな顔も見れたことから、心の底から満足出来ている。

 そうは言っても、つまみたくなるのが人間の心情か。


「わ、わたしも、少しもらおうかな」


 そもそも作った当人だ。許可などなしに、好きなだけ頬張れば良い。

 しかし、このタイミングでハクアが釘を刺す。


「いいんじゃない? あんたもいっぱい食べて太り……、間違えた、強くなりなさい」

「はう!」


 事実として、この時間帯にポテトチップスを暴食しようものなら、脂肪が蓄えられてしまう。

 アゲハの運動量もエウィンに勝るとも劣らないため、おそらくは問題ないはずだ。

 それでもこの発言を受けて立ち止まった理由は、万が一を考えた結果か。

 アゲハは知っている。ポテトチップスの暴力的なカロリーを。

 味見のために何枚か食べてしまったため、追加の一枚や二枚は誤差かもしれない。

 それでも今回は、踏み留まる。

 大人達の他愛ないやり取りの最中も、パオラだけは静かだ。絵本に夢中な上、満腹ゆえにこれ以上は食べられない。もう少し時間が過ぎれば小腹も空くかもしれないが、その頃には就寝が待っている。

 描かれた王様に食い入る少女を眺めながら、エウィンは思考を巡らせる。


(この子、本を読んでる時だけは本当に静か。行儀が良いのか、それくらい夢中なのか……)


 後頭部のポニーテールを時折揺らしながらも、少女は絵本から目を離さない。

 対照的に、十八歳はポテトチップスを食べ続ける。

 パリンと。

 あるいはサクッと。

 手が止まらない理由は、それほどに美味だからだ。

 おずおずと座ったアゲハへ視線を映しながら、エウィンは思うがままに語りだす。


「アゲハさんは別に太ってませんよ?」

「あ、そ、そうだよね……」

「お腹がこれ以上出るのはあれですけど、胸とか足なら大歓迎です」

「はう!」


 デリカシーのない発言だ。

 アゲハが倒れ込む一方で、ハクアが年長者として口を開く。


「あんたは本当に……。いつか後ろから刺されるわよ」

「時々、目ん玉潰されてますけど……。黙って食べます。もぐもぐ」


 保護者の魔眼に睨まれた結果、エウィンは萎縮してしまう。反省を促された結果であり、今は黙って食べ進める。

 薄っぺらいそれは食べ応えこそないが、その味は絶品だ。

 だからこそ地球では売れ筋商品だった。エウィンの胃袋もあっという間に掴まれてしまう。


(芋を焼いただけでなんでこんなに美味しいんだろう? 形に秘密があるとも思えないし……)


 すっかり虜だ。

 焼くのではなく油で煮ているのだが、この少年は調理に関する知識を持ち合わせていないため、その差すらわからない。

 貪り食うエウィンを眺めながら、ハクアがゆっくりと本を置く。


「あんたもすっかり大食いよね。夕食あんなに食べたのに、まだ入るなんて」

「確かに。でも、美味しくて止まらないです。これ、特別なお芋だったりするんですか?」

「まさか。普段から食べてる芋よ。若いと油っぽいだけでそう錯覚するんじゃない?」

「まぁ、否定はしませんけど……」


 事実として、エウィンの右手は止まらない。

 背徳感すら調味料にして、次々と口に運ぶ。

 そんな中、アゲハがよろめくように立ち上がった理由は、観念したからだ。そのままエウィンの隣に着席すると、ポテトチップスへ手を伸ばす。

 無言を貫くアゲハに対して、少年は問わずにはいられなかった。


「どうですか?」

「ちょっと、薄味かなって気もするけど、十分美味しい」

「食後のデザートにピッタリですよね。さぁさぁ、遠慮せずどうぞ」

「う、うん……」


 エウィンの気遣いを否定するほど、アゲハは野暮ではない。促されるがままに、二枚目、三枚目を口に運ぶ。

 しかし、家長だけはお見通りだ。ふんぞり返るように指摘する。


「アゲハ、餌付けされてるわよ」

「う⁉」


 正しくは肥育か。

 エウィンの思惑により、アゲハが数枚分太ったはことは間違いない。

 その成果をニヤニヤ見守る十八歳に対して、二十四歳はぷうと頬を膨らませる。


「こ、このくらいだったら、太らないから」


 摂取カロリーは微々たるものだ。

 それでも不安感を払しょく出来ない理由は、ポテトチップスを知り尽くした日本人ゆえか。

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