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第百一話 パオラの実力

 その集落は人里離れた僻地に存在している。

 魔女の里。

 森の奥に存在するそこは、千年前に魔女が築いた集落だ。

 以降も外部との接触を断って森に籠り続けている。その理由は身を守るために他ならない。

 事の発端は、魔女狩りだ。

 魔眼を宿した女性を魔物とうそぶき、王国は軍隊を派遣して虐殺を試みた。

 それでも、この里が千年もの間残り続けた理由は、ハクアのおかげと言っても過言ではない。

 彼女は不老だ。具体的なタイミングは不確かながらも、三十歳を超えた辺りで加齢が止まる。

 鍛錬の果てに身に着いた能力であり、これは魔法や戦技とは異なる枠組みだ。

 天技。未だ解明には至らない神秘。これの習得者は非常に少なく、その割合は一パーセントにも満たない。

 そのはずだが、ここだけは例外だ。

 古びた家屋ながらも、十分に広い客間。飾り気のない質素な空間ながらも、居住性を追及した結果だ。

 普段は三人で囲うテーブルの上には、五人分の夕食が並んでいる。多数の皿が置かれており、一見すると豪華だが事実今日はご馳走だ。


「うわぁ、美味しそー。山盛りのから揚げとか、お野菜たっぷりのお肉とか、アゲハさんが作ったのー?」


 客の一人が涎を垂らす。

 彼女の名前はエルディア。長身かつ肉付きの良い魔女ながらも、その方向性はアスリートのそれだ。現役の傭兵ゆえ、体は自然と鍛えられる。

 入浴間もないため、茶髪はしっとりと艶っぽい。ラフな部屋着が肌の露出を増やしていることも、そのように感じさせる一因か。

 子供のように魔眼を輝かせる客人に対し、アゲハは気圧されながらも答える。


「から揚げは、わたし。赤い料理は、トカゲ肉のトマト煮込みで、ハクアさんだよ」


 彼女の言う通り、今晩の食事は分業だ。それ自体は普段通りながらも、腕が振るわれていることは間違いない。


「へー、これをハクアさんがー。なんからしくないと言うか、あぁ、アゲハさんから習った新メニュー?」

「うるさいわね。聞こえてるわよ」


 ニヤニヤ笑うエルディアに対し、背後から家長が近寄る。

 ハクアが台所から姿を現したことで、五人はついに揃った。

 楽しい夕食の始まりだ。

 本来は四人用の食卓ゆえ、狭いことは間違いない。

 ハクアの右隣には、小さな女の子が行儀よく座っている。瑠璃色の髪は長く、風呂上りゆえのストレートヘアー。グレーのワンピースは寝間着を兼ねており、赤いリボンがかわいらしい。

 ハクアの正面には、エウィンが普段通りに着席している。右手には箸を、左手には巨大なお椀を持っており、その目は嬉しそうに物色中だ。

 少年の左隣はアゲハの定位置と決まっている。眼前に並ぶ料理の半数以上を、彼女が作った。

 アゲハの左には、つまりは四人が向き合う中で唯一の仲間外れがエルディアだ。俗に言う上座に陣取っており、消去法でそうせざるを得なかった。

 もっとも、不満などあるはずもない。我先にと、大皿へ箸を向ける。


「早速から揚げを……。んん~、熱々のジューシーでおいしー。トカゲ肉ってもっと硬いと思ったけど、めちゃくちゃ食べやすい。どゆことー?」

「揚げる前に叩いて、柔らかくしたよ」


 二人で手分けしたからこそ、一品一品に手間をかけられた。

 アゲハは照れるように調理法を述べると、コップのお茶で喉を潤す。

 このタイミングで、家長も主張せずにはいられない。


「こういう食べ方もあるのよ。野菜にかけたタルタルソースを……、ちょんとつけてから食べる。騙されたと思って試してみなさい」

「ほえー、これってタルタルソースって言うんだ。マヨネーズとどう違うの?」

「揚げ物にもマッチするって感じかしら? まぁ、アゲハの受け売りなんだけどね。あ、パオラもついにお箸を覚えたのね」

「おぼえた!」


 総勢五人ともなれば、食卓は賑やかだ。その内の二人が無口だろうと、なんら問題ないほどには騒がしい。

 今回はエウィンも比較的静かだ。口数が減る理由は食べることに専念するためであり、話を振られない限りは咀嚼で忙しい。

 肉と米を交互にかきこむ姿は食いしん坊そのものだ。

 久方ぶりの再会ゆえ、エルディアとしても突っ込まずにはいられない。


「エウィン君のどんぶりだけ、やけに大きくない?」

「あ、はい。ハクアさんがいっぱい食えって……」


 つまりは修行だ。体づくりの一環であり、摂取カロリーは大きく跳ね上がった。


「へー、あのハクアさんが……」

「ん? 何よ?」

「いやー、お母さんみたいだなって」

「バカ言ってんじゃないの。モーフィスがそうしろって言うから試しに取り組んでるだけ。見てるこっちは胸焼けしそうだわ」


 大食いはエウィンだけだ。女性二人は据え置いている。

 強くなるための施策ならば、アゲハも食事量を増やすべきだ。それでも頑なに拒む理由は、体重を気にしてか。

 ハクアの説明を受けてエルディアは納得するも、話題は当然のように推移する。


「ん? この黒いから揚げ、なんかテカテカしてるけど……。ん? ん? 甘酸っぱくておいしー。何これ?」

「いちいちうるさいわね、それもアゲハの担当よ。あら、本当においしいじゃない。またなんか新しいメニューに取り組んでる、くらいにしか思ってなかったけど、これって何?」


 魔女二人が口にした料理は、小さなから揚げだ。

 しかし、サイズ以外に異なる点が一つ。大皿のから揚げ達と異なり、黒蜜を被ったように輝いている。

 サラダに添えられたそれらは少量ながらも、その味を知ったら最後、もはや引き返すことは叶わない。


「それは、から揚げの甘辛煮。硬い部位を、細かくカットして、火が通るまで揚げた後に、タレを煮立たせながらからめたら、完成」


 アゲハが新たなメニューを異世界に生み出した瞬間だ。

 どこかの誰かが既に思いついている可能性はあるが、少なくともハクアは箸を止められない。


「本当にすごいわね。から揚げなのにほんのり甘くて、だけど味そのものに奥深さがあって……」


 アゲハの料理が、千歳の魔女を唸らせる。

 それほどに絶品だ。大皿に盛られたから揚げより小粒ながらも、満足度はこちらの方が高いかもしれない。

 エルディアもまた、負けじと感想を述べる。


「うん、本当にびっくり。から揚げなのにほんのり黒くて、だけど味も奥の方が黒くて……」

「バカ丸出しだから黙って食べなさい」

「もぐもぐ」


 ボキャブラリーの差が露呈した瞬間だ。

 トカゲ肉のから揚げ甘辛煮を噛みしめるように味わうハクアだが、それらを食べきったタイミングで弱点を言い渡す。


「でも、これ、ちょっと油っぽいわね」


 個人差はあるだろうが、正しい指摘だ。

 だからこそ、アゲハは少量しか作っていない。本日のメインディッシュは大皿のから揚げであり、甘辛煮はあくまでも添え物だ。


「わたしも、そう思ってて……。エウィンさんは、どう?」

「めっちゃ美味しいです。こんなちっこいのに、お米がめちゃくちゃ進みます。僕には油うんぬんってのはよくわかりませんけど、まぁ、若いので……」

「さりげなく私のことバカにしてない?」

「バカにはしてません。おばあちゃんだとは思ってます」

「く、こいつ……」


 怒りを堪えるハクアとは対照的に、エウィンは悠々と白米を貪る。

 から揚げの甘辛煮は欠片のようなサイズ感ながらも、その味は格別かつ濃厚だ。口内の残り香ですら、おかずになってしまう。

 大食いの少年を眺めながら、エルディアが持論を述べる。


「から揚げかー。アゲハさんすごいなー、私作れないんだよねー」


 この発言に対し、赤髪の魔女が真っ先に食いつく。


「そんなに難しくないわよ。面倒ではあるけど」

「んー、私が作るとさー、なんかべちょべちょになっちゃって。それ以来、近所のお肉屋さんで買って済ませちゃってる。コツとか、あるの?」

「油の温度管理くらい? べちょべちょってことは、油をきちんと切れてないとかもありそうね。まぁ、王国ならお店なんていくらでもあるでしょうし、買うのも一つの手でしょうね」

「そなんだよねー。私の母さんもたまにしか作ってくれないしー。と言うか、お店の方が美味しいし……。あ、でも、アゲハさんのから揚げは別格! めっちゃ美味しいゼ」


 お世辞抜きの感想だ。

 エルディアも料理は出来る方だが、得意不得意はどうしてもある。

 アゲハは趣味で料理に没頭したことから、その腕前はなかなかだ。プロ並みかどうかは定かではないが、この場の全員を満足させた。

 その証拠に、五人目からも同意が得られる。


「おいしー。これも、これも、これも!」


 少女の名前はパオラ。彼女こそが本日の主役だ。

 エルディアは道案内を兼ねた保護者でしかなく、そうであると裏付けるように明日の朝には帰国する。

 一方で、パオラの滞在期間はおおよそ一週間。

 その間、ハクアがこの少女を鍛える。

 強くするために。

 セステニアと倒させるために。

 十二歳の子供が背負うには、重すぎる使命だ。

 そうであろうと、もはやなりふり構ってなどいられない。

 セステニアか。

 人類か。

 現状はそのような岐路に立たされており、打てる手は全て試す。

 その一つがパオラであり、エウィンという傭兵もまた、新たに加わった手札と言えよう。



 ◆



 翌朝、エルディアだけがこの地を去るも、本番はここからだ。

 昨日とは打って変わって頭上は曇り空。雨粒の到来も視野に入れるべきか。

 里長の自宅から数分歩けば、広大な空き地にたどり着ける。

 既に先客が大勢おり、彼らは大男を中心に鍛錬の最中だ。

 ハクア達が現れたことで、モーフィスとしても振り向かずにはいられない。


「おう、来たな」


 力強い発声だ。老兵と言えども、肉体は全盛期と比べて勝るとも劣らない。

 ハクアが挨拶代わりに右手を挙げたその時だった。

 瑠璃色のツインテールを躍らせながら、小さな少女が駆け出す。

 その服装なこの地においてはいささか上品だ。フリル袖の白いブラウスと、ゆったりとした青いズボンを着こなしており、その金額は決して安くはない。


「こにちは!」

「こんにちはというよりはおはようだな! じゃがまぁ、どっちでも構わんか!」


 ニシシと笑うパオラ。

 ガハハと叫ぶモーフィス。

 この場がいっきに騒がしくなるも、赤髪の魔女だけは至って冷静だ。白衣のポケットに両手を入れながら、正面の巨漢に語りかける。


「昨日頼んだ通り、早速パオラと戦ってちょうだい。どれだけなまってるか確認しないと……」

「嬢ちゃんがここに来るのも久方ぶりじゃからのう。まぁでも、元気そうじゃな!」

「うん、げんき!」


 またも二人が笑い出す。

 彼らの年齢差は五十歳以上だ。それでも波長が合うのか、パオラとモーフィスは屈託ない笑顔を浮かべている。

 その光景を眺めながら、エウィンは思案せずにはいられない。


(わかってはいたけど、やばい……。アゲハ、ハクア、んでもってパオラ。絶対こんがらがる。なんで三人共三文字で、しかも響きまで似ちゃってるの? 昨日は大丈夫だったけど、その内言い間違える自信がある。なんか対策考えないと……。そうだ!)


 妙案が思いついた瞬間だ。勢いそのままに、隣のアゲハへ問いかける。


「アゲハさんって、下の名前はサカグチでしたっけ?」

「あ、ファミリーネーム? うん、そうだよ」

「じゃあ、今後はサカグチさんって呼びますね」

「え⁉」


 困惑するアゲハを尻目に、エウィンはもう一歩踏み出す。


(よし、アゲハさんが四文字になったから、多少わかりやすくなったぞ。後は、そうだな……、パオラちゃんはちゃんづけで決まりだから、それはそれで差別化が出来てるのか? サカグチさん、ハクアさん、パオラちゃん……。う~ん、やっぱりどっちかをいじりたいな。だったら……)


 少年は物理的に一歩を踏み出す。

 その先には赤い髪の魔女が立っており、パオラを優しく見守っている。


「ハクアさーん」

「ん?」

「これからは、ハクアおばあちゃんって呼んでもいグホッ!」

「死ね」


 エウィン・ナービス、享年十八歳。死因は顔面の陥没ながらも、犯人は残念ながら捕まらない。

 完全犯罪ではなく、落ち度がこの少年にあるためだ。目撃者は口々にそう供述しており、さすがのアゲハも治療をためらった。

 予定外の場外乱闘はあったが、滞りなく模擬戦が開始される。

 出場選手はこの二人だ。


「よろしくおにゃしゃす!」

「ガハハ! 手加減はせんぞ」


 構図としては、祖父と孫か。年齢と身長がそれほどに離れているのだから、本来ならば競わせるべきではない。

 それでも誰もが止めない理由は、知っているからだ。

 パオラという少女が、普通ではないことを。

 鍛錬の時間は一旦中断だ。汗を流していた若者達も、文句を言わずに避難する。

 審判はいつものようにハクア。彼女でなければ、割って入ることは難しい。

 鼻息荒い二人を眺めながら、このタイミングでアゲハに声をかける。


「さっきも言ったけど、どちらかが怪我をするかもしれないから、その時はよろしく」

「う、うん……」


 これこそが、アゲハを同行させた理由だ。彼女の天技ならば、触れるだけでどんな傷さえ治せる。

 その効果は、死の淵から舞い戻ったエウィンで実証済みだ。


「はぁはぁ、死ぬかと思った……」

「あんた、こういう時こそ先読みじゃないの?」


 ハクアの指摘は正しい。

 この少年は直感のような先読みが可能だ。自身に危機が訪れた時のみだが、未来予知のように相手の手が読めてしまう。


「決して万能じゃないんです。速すぎて反応うんぬんじゃなかったし……」

「情けないわねー。もっと精進なさい」

「はい、ハクアおばあちゃ……、嘘ですごめんなさい二度と言いません」


 エウィンの必死な命乞いが功を成した頃合いに、試合が開始される。

 合図と同時にぶつかり合う両者だが、悲鳴は老兵から発せられた。


「ぐぅ⁉ なんと……」


 先制攻撃はパオラだ。モーフィスが譲ったのだからそうなって当然ながらも、老人は顔を歪めてしまう。

 左脚を蹴られた。

 もちろん、それを踏まえて踏ん張るも、巨体はよろめく。

 少女のキックはそれほどの威力だ。付け加えるのなら、目にも留まらぬ急発進が観客達を置き去りにした。

 この瞬間、モーフィスは対戦相手の力量を計り終えるも、模擬戦は終わらない。


「やりおる。がはっ⁉」


 次の一手もパオラだ。

 でこぼこだらけな腹筋へ、少女は飛びかかるように右手を打ち込む。

 ただの打撃ではない。巨漢を吹き飛ばすほどの何かだ。

 モーフィスは平常心を手放しながらも、戦況の分析に努める。


(速さも! 力も! 何より動きのキレが!)


 想定以上だ。

 この手合わせが久方ぶりとは言え、老兵はうろたえてしまう。

 両者の間合いが広がったことで、一瞬の静寂が訪れる。

 エウィンを筆頭に、野次馬は息を飲むしかない。

 背丈だけを比べるなら、少女はモーフィスの半分程度だ。本来ならば覆せないほどの体格差ながらも、戦局はパオラに傾いている。

 にわかには信じ難い光景ながらも、それを可能とする存在が超越者だ。

 ましてや彼女は、生まれながらの超越者。そのような資質は、本来ならば英雄や王族の血筋でなければありえない。

 だからこそ、ハクアはこの少女を選ぶ。

 セステニアを殺すための切り札として。

 重責ながらも、誰かがそれを成さなければならない。

 パオラにその資格があるかどうかは定かではないが、少なくともこの模擬戦においてはモーフィスを圧倒し続ける。

 試合時間はものの数分だった。

 老兵が膝をついたタイミングで、審判が言い渡す。


「そこまで。パオラ、もういいわ」


 事務的な通達ながらも、今回はそれくらいで丁度良い。

 試合会場は盛り上がっておらず、彼女の声は問題なく響いた。

 パオラの圧勝だ。

 そうであると裏付けるように、満面の笑顔で喜びを表現する。褒められたと認識しており、ハクアの元へ照れながらも駆け寄る姿はまさに子供だ。

 対するモーフィスだが、悔しがる余力すらないのか、崩れるように尻餅をつく。しわまみれの顔は疲れ切っており、吐血による赤い汚れを拭うことすら出来ない。

 外傷は少なく、そういう意味ではただの敗者だ。

 しかし、実際には体のあちこちが破壊されており、左足に至っては立てない程度には折れてしまっている。

 すぐにでも手当が必要だ。

 アゲハもそれはわかっており、ハクアの指示を待たずに駆け寄る。


「大丈夫、ですか?」

「完敗じゃ。あっちこっちが痛くて構わん」

「今、治します」


 汗まみれの老人に、アゲハの細い指がそっと触れる。

 儀式のような作法ながらも、これは治療行為だ。

 そして、たったこれだけの手順で傷は癒される。


「ふー、助かったわい」

「いえ」


 未だ座ったままながらも頭を下げる。既に立てるのだが、モーフィスは休むように動かない。

 その姿を見届けつつも、アゲハが一歩後ずさる。

 同時に、エウィンが入れ替わるように歩み寄るも、嫌味を言うためではない。


「あの子って、本当に強いんですね。予想以上でした……」


 それほどのインパクトだ。

 エウィンでさえ、パオラの実力には仰け反ってしまった。

 彼女が自分と同い年が年上ならば、納得出来る。

 しかし、あの少女は十二歳。付け加えるのなら、その容姿はさらに幼い。


「そうじゃのう。ここまで歯が立たんとは思わなんだ。負けた手前言い訳にすらならんが、パオラには一年近いブランクがある。そこを突けると思ったんじゃが……」


 結果は完敗だ。

 もちろん、モーフィスの言い分は正しい。

 パオラは勉強のために、この地での鍛錬を中断した。

 休止期間が一年にも達するのなら、体はどうしてもなまってしまう。

 そのはずだが、パオラは依然としてモーフィスを圧倒した。

 三人から離れた場所で、ハクアとしても眼前の少女へ問わずにはいられない。


「上出来よ。痛いところはない?」

「だいじょぶ!」


 子供のやせ我慢ではない。

 本来ならば、殴った側も拳を痛めてしまう。足についても同様だ。

 それでもパオラは、白い歯を見せるようにニシシと笑う。

 つまりは無傷ということであり、体力的にも連戦すら可能だ。

 ハクアは紫がかった青い髪を撫でながら、次の質問を投げかける。


「戦い方が上手だったわね。お勉強以外にも何かしてたの?」

「うん! おにいちゃんにあそんでもらった!」


 この少女には兄がいる。遊び相手を務めるにはそれ相応の身体能力が求められるはずだが、ハクアはその点について追及しない。


「そう、そういうこと……。でも、お兄ちゃんも忙しいんじゃないの?」

「そだよー。だから、おやすみのひだけ! へいたいさんのひろばいったり、おそといったり!」


 外出先は、城下町の軍区画だけではない。王国を飛び出し、マリアーヌ段丘まで足を運ぶ。

 もっとも、その点については驚く必要などない。

 この少女は、迷いの森まで走れるだけの強者だ。徒歩なら何十日もの旅路ながらも、その距離を数時間で走破するのだから、非凡と言う他ない。

 ましてや、パオラは超越者だ。ハクアもそれをわかっており、改めて頭を撫でる。


「なるほど、納得だわ。お兄ちゃん、とっても強いものね」

「うん! すっごく、すっごいの! やさしくて、かっこよくて、パオラよりすごくて!」


 自慢の兄だと言いたい。

 もっとも、ハクアはその人物とも知り合いゆえ、舌足らずなパオラに対して聞き返したりはしない。


(父親の仕事を手伝う手前、相当に忙しいはず……。それこそ、休日返上なくらいには……。この子のために、なんとか時間を捻出したってところかしら? あの子らしいと言えば、それまでなんだけど。それにしても、嬉しい誤算だわ。一から鍛え直すつもりだったけど、その必要がないなんて……)


 もじもじと頬を赤らめるパオラ。勝てた上に褒められたことから、気分は上々だ。

 愛らしい姿を眺めながら、赤髪の魔女は改めて提案する。


「モーフィスじゃ相手にならないわね。だったら、次はあのお兄ちゃんと戦ってみる?」

「そうする!」


 遊び相手は変更だ。

 指名された人物は、緑髪の傭兵。何も知らないがゆえに、他人事の様にモーフィスを慰めている。


「良い勝負だったと思いますよ? ところで、今日は曇りですけど寒くないんですか?」

「へっちゃらじゃ。ほれ、カチコチ大胸筋もそう言っとる」

「うわ、ピクピクしてる。これにはアゲハさんもドン引き」


 敗者を中心に盛り上がるも、今はそれで構わない。

 そもそもここは戦場ではなく、魔女の集落だ。次の試合が始まるまでは、思う存分リラックスすべきだろう。

 遠巻きに三人を眺めながら、ハクアが静かに口を開く。


「少し休んでからにする?」

「だいじょぶ!」

「そう、若いっていいわね」


 力比べも兼ねた模擬戦、その第二回戦が幕開けだ。

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