64・彼等のこれまでとこれから
ショートストーリー集です。
残酷、救いの無いお話があります。
*アムルの穏やかな日常*
ポルーキュラでカイと暮らして数年。アムルはポルーキュラでの暮らしに満足していた。
今は『収穫期』の季節。朝、まだ暗い内から目覚めてしまう二人は部屋を温めた。朝食の支度をしているうちに部屋も温まり、スープとパンとヨーグルトの簡単な朝食を食べる。ヨーグルトには先日採ったブルーベリーで作ったジャムをかけてある。
朝食後にはカイと二人でお弁当を持ちベリー摘みに出掛けた。
「今年も沢山採れたね。」
バケツいっぱいに入ったリンゴンベリーを見て、カイは満足そうに笑っている。収穫期に採れたベリー類は、冬場の貴重なビタミン源だ。
「キノコも沢山採れたから、今日はキノコスープにしよう。」
「いいね。アムルも、薬草が沢山採れたみたいで良かったね。」
二人は穏やかに笑い合うと重たいバケツを手に家路に着いた。
夕食後にコーヒーを飲みながら、焼けたブルーベリージャムのマフィンを食べている。
「カイ、これ美味しいよ~。」
「良かった。明日、リンゴンベリーのジャムも作ってマフィンにしようかな。」
「良いね~。絶対美味しいよ。」
窓の外を見ると、夜空に揺らめく黄緑色のオーロラが見えた。
「また双子のオーロラを見に行こうよ。」
「そうだな。雪が降る前に行かないとな。」
アムルは湖に映りこむオーロラと空のオーロラが同時に楽しめる双子のオーロラを見るのが好きだった。カイとアムルは温かい家の中で、オーロラを見ながら香り高いコーヒーを飲んでいる。落ち着いた毎日にアムルは幸せを感じていた。
「雪が降り始めたら、カイの大好きなサウナと雪ベッドだね。」
「ははっ。この為にサウナ付きの家を買ったからね。今日もこの後のサウナが楽しみだ。」
カイが笑うとアムルも笑う。
「良い老後だろう?」
「ふっ、最高だね。」
夜は決まって二人はサウナに入る。生粋のヴァルティモ人であるカイはサウナを愛してやまないが、アムルもサウナをとても気に入っていた。
時々訪れる美仁達との再会を喜び、ポルーキュラの季節の移ろいを楽しむ。二人の老後は穏やかに過ぎていった。
*オルガのその後*(オルガ登場回53話54話55話)
ディディエと美仁は、今頃結婚式を挙げているのだろう。オルガは失恋の胸の僅かな痛みと嫉妬、苛立ちを胸に、ポルーキュラからトゥルオーニの町へ向かっている。駅馬車を乗り継いで町へ向かう目的は、理想の結婚相手を見つける事だ。
ディディエと出会い、その美しさに運命を感じたが、ディディエの気持ちは美仁から離れる事は無かった。美仁よりも自分の方が美しいと自負していた為、オルガは自分が選ばれると信じていたのに…。オルガのプライドは傷付いていた。
トゥルオーニはヴァルティモ国で一番栄えている。きっとオルガの理想の男性に出会えるだろうと、オルガは期待に胸を膨らませた。
トゥルオーニに着くと部屋を借りて仕事を探した。すぐにレストランの給仕の仕事が見つかり、美しいオルガは看板娘として人気になった。数多の男性がオルガを誘ってきたが、オルガのお眼鏡にかなう人物は居なかった。
「オルガさん。今日もお美しいですね。」
ニコニコと人の良い笑顔で声を掛けてきたのは、何度も誘いを断っている男性だった。何度断ってもこの男は諦めない。オルガは忌々しい気持ちで男性を睨んだ。
「いらっしゃいませ。ヨアキムさん。お好きなお席へどうぞ。」
オルガはツンとした態度でヨアキムに接した。ヨアキムの容姿はオルガの好みでは無かった。だがヨアキムは、この少しの会話でも嬉しいようで、笑顔のまま空いている席に移動した。
「オルガさん、今度一緒に観劇に行きませんか?知人が面白かったと勧めてくれたんですよ。」
オルガは水の入ったコップを乱暴に置くと、ヨアキムを軽く睨み答えた。
「他の方をお誘い下さい。私は興味ありませんから。」
全く、この男はこの容姿でよく私を誘えるものだ。オルガは内心でヨアキムを貶しながらイライラと注文をとった。ヨアキムは残念そうに笑っている。ヘラヘラしているように見える所も、オルガは気に入らなかった。
オルガの理想の相手は見つからず、更には誘いを断り続けた事でオルガに声を掛けてくる男性も減ってきた。もうポルーキュラの同年代の女性達は結婚している者ばかりで、オルガは売れ残ってしまっていると感じている。村一番の美人である自分が、誰からも選ばれなかった事が自分を惨めな気持ちにさせていた。
そんな時、いつもと変わらずヨアキムが声を掛けてきた。
「こんにちは。オルガさん。今日もお美しい。『夜中に輝く太陽』の季節になって、気持ちのいい日が続きますね。今度、湖にピクニックに行きませんか?」
少し頬をピンク色にしたヨアキムを、オルガは横目で睨む。オルガは溜息をついて目を閉じた。
「はぁ…それも良いかも知れないわね…。」
色々と諦めがついたオルガは少し投げやりな気持ちで誘いを受けた。断られると思っていたヨアキムは、驚きと喜びで目を見開き頬を上気させた。
「ほっほんとですか!?お弁当は任せて下さい!オルガさんは、来てくれるだけで良いですから!」
嬉しそうに笑うヨアキムを、オルガは苦笑して見返した。楽しみで仕方がないというヨアキムと、全く楽しみではないオルガ。
週末のピクニックでは、ヨアキムが嬉しそうにオルガの世話を焼いていた。至れり尽くせりだった事に満足したオルガは、それからヨアキムと過ごす事が増えた。そしてある日の事…
「オルガさん。私と結婚して下さい。」
真剣な表情のヨアキムから真っ直ぐなプロポーズをされたオルガは、目をぱちくりさせてヨアキムを見た。真っ赤な顔をしたヨアキムは、緊張でガチガチに固まっている。オルガの為に用意したらしい指輪には、オルガの瞳と同じ色の宝石が輝いていた。格好のつかないプロポーズに苦笑したオルガは、ヨアキムに対して手を差し出した。
「仕方無いわね。私を不幸にしたら、許さないわよ。」
ヨアキムは喜びで涙目になりながらも、ぎこちなくオルガに指輪をはめた。
「オルガさん。愛しています。この気持ちは、一生変わりません。」
「ふん。当たり前よ。心変わりなんかしたら、ただじゃおかないわ。」
こうして妥協して結婚したオルガは、ヨアキムとの間に二人の子供を授かった。
「ミーカ、お母さんを起こしてきてくれるかい?」
「うん!良いよ!」
ヨアキムは自分によく似た長男に頼むと、頼まれたミーカは笑顔で二階の寝室に向かった。パタパタと足音が遠ざかると、ミーカのよく通る声がオルガを起こしているのが聞こえてくる。
「シルヴィはお皿を並べて。」
「はぁい。」
オルガによく似た綺麗な顔立ちのシルヴィは、お皿を割らないように慎重に進んでいる。ヨアキムは目を細めてそんなシルヴィを見ていた。
「おはよう。寝坊しちゃったわ。」
「おはよう、オルガ。昨日遅くまで起きてたものね。お疲れ様。」
優しく微笑むヨアキムに、オルガも微笑み返すと朝食の席についた。ヨアキムは毎日幸せそうだ。オルガも、そんなヨアキムを同じ気持ちで見つめている。二人の子供達はとても可愛くて愛しい。
オルガは妥協して結婚したつもりだったが、自分にとって最良の選択をしたのだと、今は思っている。ヨアキムのお陰で愛と幸せを得る事が出来た。その幸せを壊さないように、オルガは毎日を大切に生きていく。オルガは朝食を食べる家族を見て、美しい顔を幸せそうに微笑ませた。
*ヤクロウの愛*(リームとヤクロウ登場回57話61話)
身体の中を、蝕みが蠢いている。身の内を蝕みに食い荒らされたヤクロウは、内臓の代わりに身体の中に詰まった蝕みの蠢きを、絶望に似た感情で受け入れていた。身体の中を蠢く蝕みは気持ちの悪い感覚と痒みを感じさせる。ヤクロウはずっと、眠れもせずに過ごしていた。
「ヤクロウ、こっちよ!」
輝かんばかりの笑顔でこちらを手招きしているリームを、ヤクロウは眩しそうに目を細めて見返した。リームはエルフ族だ。人間である自分の寿命はエルフ族より遥かに短い。リームを独りにさせない為に、自分は蝕みの禁術を受ける選択をした。だからヤクロウは、数多くのリームに思いを寄せる男達の中からリームに選ばれたのだ。
お陰でヤクロウは、若い姿のまま三百年以上もリームと共に過ごす事が出来た。
ヤクロウにとっての夜は長い。リームが眠るとカーテンを開けて月明かりでリームの寝顔を見て、苦しみと幸せを感じながら朝を待つ。朝日が登り時間が来ると、ヤクロウはリームを優しく揺り起こす。この日もいつものように、リームを呼びながら細い肩に触れた。
「リーム、朝だ。………リーム…?」
リームは起きなかった。眠るように亡くなっていたリームの亡骸を前にして、ついにヤクロウの忍耐に限界が来てしまった。
ヤクロウはリームの亡骸を抱き抱えて町を飛び出した。走って走って、人里離れた地でリームを抱き締めながら蝕みによる痛みに苦しんだ。もうこの苦しみを我慢する事など出来ない。リームがいないのに、そんな事に何の価値がある…。
ヤクロウは涙を流して叫んだ。ヤクロウは、自分の魂が擦り切れて消滅してしまうまで、ずっとそうしていた。リームの亡骸が、骨になってしまっても…。ずっと、ずっと、彼女を抱き締めていた。
*アマルナのお化けの日*(イーロン登場回27話28話29話)
イーロンとラムダの三人の子供達が、思い思いの仮装をしている。木の板に絵を描いたお面を付けている長男。長女はワカメのような植物を被り物にして顔を見えないようにしている。そして大きな葉っぱに目と口の形の穴を開けたお面をしているのが次男だ。
「行ってらっしゃい。毒林檎のランプが無い家に悪戯しては駄目よ。楽しんで来てね。」
「はーい!行ってきまーす。」
ラムダの言葉に三人は大きな返事をすると、手を繋いで行った。子供達を見送ったラムダとイーロンは、他の家の子供達が来た時の為に幽霊のケーキの用意をする。
「イーロン、覚えてる?ディディエが焼いた幽霊のケーキ。」
「忘れる訳ないだろ?あのケーキで泣きを見たのは俺だったんだから。」
お化けの日は、年に一度死んだ者が蘇り夜の人里を徘徊する日だ。現在ではそのような事が起こる訳ではなく、死者を祀るためのお祭りの日である。
そして、昔から料理をするのが好きだったディディエは、幽霊のケーキに悪戯をした。用意した三つのケーキを、アムルとイーロンに選ばせてその場で食べると、イーロンは激しく咳き込みだした。悪戯が成功し、大笑いしているディディエに、涙目で悶絶しているイーロン、何が起こったか分からず美味しいケーキをモグモグしているアムル達を、村の女の子達は見ていたのだ。
「いっつも悪戯されてたわよね。イーロン。」
「懐かしいな。で、その後アムルが薬くれて、アムルの人気がまた上がるんだ。」
「ふふっ。仕方無いわよ。アムルは格好良かったもの。」
「そうだなー。」
イーロンはアマルナから出て行った幼馴染達を想った。二人は無事に元の姿に戻っているのだろうか。姿が変わっても相変わらずだった二人を思い出し、イーロンはケーキを包みながら微笑んだ。
*闇の王は娘と酒を飲みたい*
「何を作っているんだ?」
闇の王の城の厨房で料理をしていると、後ろから闇が手元を覗き込んできた。美仁よりも背が低い筈なのに、闇の顔が真横にある。足元を見ると、闇は浮いていた。
「おつまみ作ってるんですよ。野菜の天ぷら、抹茶塩で食べるのが好きなんです。」
闇が、ほぉ、と目を輝かせると、美仁は笑って頷いた。
「勿論闇の王の分もありますよ。一緒に飲みましょう。」
一瞬嬉しそうな顔をした闇はだったが、すぐに眉を寄せて美仁を上目遣いに見た。
「…あの酒も飲むのか?」
「あの酒?…ああ。ニガヨモギ酒ですね。闇の王には必要無いでしょうから、闇の王は飲まなくても良いでしょう。私達は飲みますよ。」
「お前達だって飲まなくても良いだろうに…。あんな変な味の酒…。」
闇は眉を寄せたまま、理解出来ないと美仁を横目で見た。美仁はそんな闇を笑って見返す。
「毎日食前に、飲まされてたんです。習慣になってしまってるんですよね。」
ディディエが健康の為だと、美仁に飲ませていたニガヨモギ酒だ。この習慣を、美仁は止めるつもりはなかった。ロンも飲む必要は無いのだが、毎日付き合ってくれている。
「…お前達が飲むのなら、私も飲むぞ。その後、美味い酒を期待しているからな。」
「はいはい。」
美仁は、優しく微笑みながら、綺麗に揚がった野菜をバットに移している。美仁の隣では、シロが揚げたベビーコーンの天ぷらをお皿に移していた。
「お、美味そうだな。」
「まだですよ。後でも揚げたてを食べられますからね。」
闇が手を出そうとしたが、美仁が皿をアイテムボックスに仕舞ってしまった。むくれた顔をした闇だったが、シロの横に立つと、シロに教わりながら舞茸を揚げ始めた。その様子を見ながら美仁は微笑んだ。
地獄で過ぎる時間は平和で緩やかだ。ディディエを亡くした悲しみも、過ぎる時が癒してくれる。美仁はまた、前を向いて進めそうだ。
*カイとアムルと妖精の魔法*
ポルーキュラの季節は移ろい、今は一日中陽の昇らない『凍てついた雪』の季節だ。朝目が覚めても外は暗く、目覚めも悪い。
家中の灯りを点けて部屋を温めたカイが、ふとテーブルを見ると昨夜置いておいたシナモンロールが無くなっている。カイは優しく目尻を下げた。
「カイ、おはよう。」
起きてきたアムルが、眠そうにカイに挨拶をすると、カイは嬉しそうにアムルを見た。
「おはよう、アムル。シナモンロールが無くなっていたよ。」
「え?本当に?妖精が来たんだね。ビールと、サウナにお湯も用意してあげないとね。」
カイの言葉に、アムルも嬉しそうな笑顔を見せた。ヴァルティモには妖精の国の入口があると言う。そして妖精達は、ヴァルティモの人々から、こうして食べ物等を拝借する事がある。ヴァルティモ人は、姿の見えない隣人を大切にしていた。
カイとアムルがサウナに入る前に用意したビールは、サウナから上がると無くなっており、二人はまた嬉しそうに顔を見合わせた。
「今日のシチューは格別に美味しいね。」
「うん。このホットワインも、すごい美味しくなってる。」
妖精のお陰だと、二人は微笑んだ。妖精のお返しは、囁かで温かい幸せを感じさせてくれる。カイもアムルも、毎日を幸せに暮らしていた。
アムルはカイよりも年上であったが、優しく頼りがいのあるカイを兄のように慕っていた。カイもそんなアムルを可愛がっていた。それは最期の時まで、リアツァの庭に運ばれた後も、変わらなかった。
美仁は異界の悪魔の子、これにて完結となります。最後までお読み頂きありがとうございました。ブックマーク、評価、嬉しかったです。ありがとうございました!