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色のない天使と黒髪の娘  作者: みうめむらさき
10/16

九:輝く

林檎は黒い。空は灰色。草の色は濃い灰色。

僕の世界は白と黒と灰色の世界。


きっとこれは赤いのだろう。

きっとこれは青いのだろう。

以前見ていたカラフルな世界の記憶を辿る。

悲しいなあ。



「僕は目が悪いんです。突然ポンコツになってしまったので驚きました。」

ルチルティアは目を細めて言った。

絵は自分の作る物語を表すことができる唯一の手段だったのに…と、後からぽそりと付け足して、どこかを見つめる。



「絵しか人並みにできることがなくて、必死になりすぎたんでしょうねえ。」

だけど、とても楽しかった。必死に描いていた、たった一瞬の画家としての日々が。


期待と、緊張に溢れたあの日々。


「…は!すみません、白黒でも濃淡はわかるので、あなたの絵がきっと美しいのだということはわかりますよ!あの林檎はすごくリアルだし…こちらの絵はかなり抽象的でミステリアスです。すごいですね…ふり幅が広い!」


彼はまた違うキャンバスを眺め始めた。

さらさらと流れるような言葉たちだったが、ラピスラズリにとっては大きな衝撃だった。

色が見えない。

そんなことがあるのか…?


だけど冗談を言っているように見えなかった。想像する。私に色がなかったら。

これまでのような絵を描くことができなくなったら…。


言葉を失ってしまった。思考ばかりが頭の中でぐるぐると高速で回転している。




「……………物語、て。」

「…はい?」


ふと、口をついて出た言葉。



「…物語を、絵に描いていたの?」



ラピスラズリは聞いた。


…普通に質問をしてしまった。

我ながら、気の利いた言葉のひとつも出てこない。


「はい!僕は頭の中で考えたお話を大きな絵にするのが好きだったのです。みんな喜んでくれました。」

ルチルティアは微笑んだ。

ふふふ、と何かを思い出しながらにこにこして、そしてふと、悲しそうな顔をした。


「…………そう。私は大抵物を見て描く。もうお話はつくらないの?」

と言ってから、しまったと思った。

彼の顔がますます悲しそうな色になる。

あまり人と話す機会がないので、こういう時に何を言えばいいのか全くわからない。


「う…ん…。書いてはみたのですが…。駄作のようで…。ああでも、エリスだけはいつも読んでくれていたなあ。嬉しかったなあ。」

少しだけルチルティアの顔が明るくなった。

内心ホッとする。


「エリスって誰?」

この調子で会話をつなごう。

黙っているとこの場の空気に耐えられそうにない。ラピスラズリは必死に質問を考える。


「とっても美人な僕の小さい友人です。すごく頭がいいし、なんでもできるし…天使たちの中で一番美しい子です!それなのに僕なんかと仲良くしてくれて…本当にいい子で…。」



そういえばこの人、自称天使だったな…。

いや、確かに背中に羽っぽいのあったけど…。

と、そんなことを考えている場合ではなかった。


何かを思い出して、ルチルティアの顔は再びみるみるしおれていく。しまったしまった。

ラピスラズリの心はこの人生の中で一番焦りを感じている。


彼は秋の天気より先が読めない。




「……わ、私も読みたい。」




……と、思ってもみない言葉が出てきた。

どうしよう。

普段、ラピスラズリはつくられた物語をあまり読まない。

というか、本をあまり読まない。読んでいる時間に絵が描けるから。


「…ほ、本当ですか…。」


しまったと思っている間に、みるみるルチルティアの表情が輝いた。

そしてますます白く発光する。


「…で、でもあまり面白くないかもしれません…し、しかも、僕は今物語を書いた本を持っていません…!」


はっとした様子でルチルティアは言った。


彼は大分、天然なのかもしれない。

彼は本どころかその身以外何も持っていない。



「…紙ならある。こ、ここで書けばいいじゃない。覚えてるでしょう、自分で書いたお話なら。」



落ち込んでいるルチルティアに、またびっくりするぐらい思ってもいないことを言ってしまったと、ラピスラズリはちょっと後悔した。

…が、後には引けないようだった。



「…ほ、本当ですか!いいのですか!」



よくはない。

煩いのは嫌いだしすぐに静かな庭に戻したかったし、面倒事は嫌だし、こんな顔面を毎日見ていたら自分の顔に絶望しそうだし、今すぐ離れたかったし何より人と居ることにあまり慣れていない。


しかし、その眩く輝く機体にあふれた顔を見てしまっては…。




「…まあ…私に…迷惑かけないでね…。」




ラピスラズリは頷くより他になかったのであった。




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