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白銀竜たちは碧空に舞う  作者: 葦笛吹き
第四部:学院、森、空
74/74

(二二)(七四)

 星々が一つまた一つと姿を消す空の下、離れ家から空地へと歩み出たリウェルとフィオリナは鴉の姿のまま身繕いを済ませると、互いに顔を見合わせた。幾度か首を傾げながら目を(しばたた)いた二羽は、薄明が広がり始めた空を見上げると、申し合わせたかのように両の翼を広げ、その場から飛び立った。天に向かって伸びる樹々の幹を横目に、自身の翼の力で上昇を続けた二羽は、梢を越えてもなお羽ばたきを止めることもなく、やがて町の上空に到った。町は既に夜の眠りから覚めつつあった。住人たちは町の通りを行き交い、互いに挨拶を交わし、その日のそれぞれの仕事に備えていた。積み木の玩具のようにもみえる建物の間を忙しなく歩き回るその姿は、地を這う蟲を思わせた。町を取り囲む壁の周囲には、親方らしき者の指示の(もと)、槌を振るい、石を運び、壁に嵌め込む職人たちの姿がみられた。

 リウェルとフィオリナは東の空を見遣った。漂う雲のその先から届く陽の光は、空と雲を紅く染め上げ、星々の姿を既に空の内に隠し、二羽の頭上に広がる空に昼の碧を映し出し、新たな一日の始まりを告げていた。二羽は羽ばたきを強めるとさらに上昇を続け、ついには空の中に漂う幾つもの白い雲を見下ろすまでに到った。二羽はそこで上昇を止め、円を描くようにして飛行を続けた。

 〈今日はどこに行こうか。〉リウェルはフィオリナに念話で語りかけた。

 〈南に行くのはどうかしら。〉フィオリナが提案した。〈理由はないわ。ただ、南に行ってみたいだけ。行けるところまで、真っ直ぐ南へ。〉

 〈それなら、南に行こう。〉リウェルは翼をわずかに傾けると、首を巡らせ、フィオリナを見た。〈今までは西と北ばかりに行っていたから。〉

 〈東は?〉フィオリナはリウェルに笑いかけた。

 〈目を瞑ったまま飛びたい?〉リウェルも笑いながら問い返した。

 〈いいえ。〉フィオリナは首を横に振った。〈小さい頃、リウェルと待ち合わせる場所まで飛んでいくときは、いつも眩しかったわ。東に進むのは後に取っておきましょう。〉

 〈そういうこと。〉リウェルは東の空をちらりと見た。

 二羽の鴉たちは南へと進路を取った。眼下には白く輝く雲が一面に漂い、地上の様子を窺うことは叶わなかった。雲は、昇りつつある陽の光を受け、山に降り積もる雪のように、あるいは、湖の岸辺に寄せては返す(さざなみ)のように輝きを放ち、二羽の体を下から照らし出した。

 〈これだけ雲が広がっていれば、〉フィオリナは雲を見下ろした。〈元の姿に戻っても地上からは見えないと思うけど、どうかしら?〉フィオリナは顔を上げ、リウェルを見た。

 〈元の姿に?〉リウェルは眼下に広がる白い雲を見遣った。〈確かに、これだけの雲なら、地上からは見えないかもしれない。〉リウェルは顔を上げ、フィオリナを見た。

 〈それなら、元の姿で進みましょう。〉フィオリナは待ちきれないとばかりに前を向いた。

 〈わかった。少し離れよう。〉リウェルは南を向くと、フィオリナから距離を取った。

 碧い空の下、闇色の羽を纏った二羽の体は、雪のように輝く鱗に覆われた白銀竜の姿へと変じた。長い首と長い尾とを真っ直ぐに伸ばし、背から伸びる一対の翼を大きく広げた二頭の白銀竜たちは、鴉の姿のときそのままに南へと進路を取った。

 〈どこまで行こうか。〉リウェルは東から照らす陽の光を見、眼下に広がる白い雲を見、次いで、フィオリナを見た。〈もちろん、町に戻ることにはなるけど。〉

 〈行けるところまで。〉フィオリナは、遊びに誘う子竜のようにリウェルを見た。〈リウェルと一緒に、白い雲を越えて、碧い空をどこまでも、どこまでも。〉

 〈わかった。〉リウェルもフィオリナを見、遊びの誘いに答える子竜のように目を細めた。〈フィオリナと一緒に、碧い空を越えて、『世界の果て』まででも。〉

 互いに見つめ合ったリウェルとフィオリナは、鱗に覆われた顔に笑みを浮かべると、前を向いた。東からの陽の光を受けた二頭の白銀竜たちは、体を覆う鱗を煌めかせながら、澄み渡った碧い空の下を南へと進んでいった。


    ◆


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