最終話 魔王より
召喚された若者はキョロキョロと周囲を見回し、次第に事態が呑み込めてきたのか、顔色を白くしながら、怒りを溜めこみ始めた。
その様子に周囲は驚き息を詰めた。
女もゴクリと息を飲んだ。
取り巻く魔力の強さは、さすがに召喚されただけあって、この世の人間とは比べようもなかった。
皆が恐れをなしてひれ伏す。
女だけが胸のうちに湧き上がる期待を抑えきれずに顔を上げて若者の様子を見つめていた。
勇者が、アレっと言いたげな顔をして女を見た。視線があった。
勇者の怒りが急速に解けていった。様子の変化を感じ取った国王が、急いで勇者を宥めにかかった。
「どうか、この世界を救って下さったら、叶えられる望みならば何でも叶えて差し上げます」
勇者はチラっと国王に目を遣ってから、少し格好をつけつつ、女を見た。
「えっと、あ、まぁ・・・」
ん? これは。
若者の態度の変化に思うところがあって、女が前の召喚勇者の孫である白髪の老人をチラリと見てみれば、老人は『バーチャン、ガンバレ!』と両手でこぶしを作って、アイコンタクトと身振りで応援してきた。
***
事情を知る人たちと別室に移動した。勇者は大人しくついてきて、女からの訴えに耳を傾けた。順応性がものすごかった。
若者は急にやる気になったらしい。
「自分にできることなら、世界のため、頑張ります!」
チラチラ女を意識している様子に、女は「マジか」と呟いた。
まぁ、他はジィチャンとオッチャンしかいないし。多分、モテ期到来なのだろう。
女はしばらくじっと勇者の目線を受けつつ考えたが、受け入れてくれる予感があったので、きちんとすべていう事にした。
「実は、私も日本から召喚された元勇者で・・・」
きっちり詳細を教えてみると、勇者は驚き、酷く女に同情し、意気投合した。
「ってわけやねん。だから、一緒にニホンに戻るために、魔王になっちゃった私を倒してほしいねん?」
「任せてください!」
なんだか軽いヤツだなぁ、と女は思った。とはいえ嬉しいことに違いなかった。
「ちなみに出身どこ?」
「奈良です!」
「関西人やー!!」
二人はがっちりと手を握り合った。
***
その勇者は、時間と場所に関係する魔法に異常に興味を持ったとされる。
同時に、女師匠に厳しい指導を受けて、突出した力を身につけた。
数年後。
人の住めなくなった荒涼とした魔王城で。ついに勇者は魔王を打ち破った。
キラキラした光に包まれて、勇者は、二度と厄災がこの世を脅かさないよう魔王を抱えて、元の世界に戻ったという。
***
「ワルド、バーチャンから遺言来たって本当か!?」
「ジェイ! 久しぶりやなー」
「手紙や手紙!」
「焦んなや、これやこれ」
前召喚勇者の孫である、白髪の老人たちが興奮している。
「なになに、どれどれ、読めへんわ! 字ちっちゃ!」
「ママー、どうしておじいちゃんたち、あんな変な話し方なの?」
「そうよねぇ、でもおじいちゃんのおじいちゃんがあんな話し方だったのですって。勇者様だったのよ」
「そっか、じゃあ、カッコイイお話の仕方なのね!」
「そうね、ふふ」
「シェリル、パパだってあんな話し方ができるんやで」
「パパ、かっこいいー!! 私もそんな風になりたい!」
「ええよー、おしえたるわ」
「キャー!! パパありがとー!!」
「そこは『おおきに』って言うんやで」
「パパ、おおきにー!!」
関西弁の伝授を始めだした子孫をそのままに、老人たちは虫眼鏡をあてて文字を読みだした。
「えーと、なんやって・・・」
***
『前勇者ヒガシの孫の、ジェイとワルドへ!
こんにちは。魔王でバーチャンのイノウエです。この度、やっと勇者に倒してもらえてん! 最後の力を振り絞ってこの手紙を送ってます! 勇者のスズキくんな、バーチャンの事大好きやから、一緒の時代に帰って可笑しくならないようになんか調整してくれるんやって! すごいやろー、嬉しいわー。やっとニホンに帰れるし、ホンマに嬉しいわ。スズキくんも一緒のはずやから助け合えるしな。
ジェイトワルドには本当にお世話になりました。心からありがとうね。ヒガシにもメリッサにもイクスにもターシャにも、本当にヒガシ一家には本当に世話になりました。
ヒガシも一緒にニホンに帰りたかったなぁ。それが少し寂しいわ。でもヒガシはそっちの世界で幸せやったって言って亡くなったから、まぁ、なぁ・・・。
ニホンに戻ったら、もう手紙とかやり取りとかできなくなってしまうやろうと思う。
ジェイ、ワルド、私が戻れるのは、本当に二人のお陰やわ。何回も言うけど、有難うな。もうたぶん会えないけど、元気にしていてな。魔王がいなくなった後どうなるか分からんけど、頑張ってな。
本当に、ありがとう。
ニホンで、私も頑張って幸せになるな。みんな、じゃあ、さよなら、元気でな。
フォー○と共にあらんことを!』
***
「最後意味わからん」
「魔王のバーチャンらしい」
老人二人は、そう言って、浮かんだ涙をぬぐったという。
END




