99.【番外】それは、スクフェスだったのです。
※ちょっと時系列が前後します。
「ミオっちー、そろそろ商品の補充お願い」
「了解なのです!」
私は暗幕で区切ったバックヤードへ向かうと、段ボールに無造作に詰められた商品から、適当にピックアップしました。
高3、最後の学園祭なのですが、今回は無難にフリーマーケットなのです。食品を扱わないということで楽ではありますが、クラスのみんなの不用品を掻き集めたら、それなりの数になったのでびっくりです。
あ、今回のクラスのスローガンは「断捨離」です。……誰ですか、単なる大掃除をしたかっただけだろ、なんて言ったのは。スローガンというのは大事なのですよ。たぶん、建前という意味で。
残念ながら、私はあまり不用品を出せなかったので、クラスメイトと端切れでポーチ作ってました。お弁当がちょうど入るような巾着なんかは、紐の部分も端切れを編んだものにしてしまえば、材料費を安く抑えられるのです。こんな方法を教えてくれた手芸部のメイさんには感謝ですね! あ、端切れは布の問屋街に行って、買い出し班が激安で買い集めてきたのです。正直、端切れの山を見たときは「おぉぅ」なんて声が出てしまったポーチ班ですが、放課後や休み時間を使ってせっせと縫っていたら、意外と消えるものなのです。人海戦術のすごさを感じました。あと、クラスメイトの笹森くんが、単純作業にかける情熱がすごすぎて、ほとんどの端切れの編み紐を作ってくれたというのが、意外と言えば意外でした。でも、こういうクラスメイトの意外な一面って、こういうイベントの時にしかわかりませんよね?
ポーチの他にも、手芸の腕に覚えのある人たちの作った手のひらサイズのクマさんやウサギさんがゴロゴロしています。端切れなのでやたらとビビッドなのはご愛敬。
「去年は楽しかったよねー。飲食店の権利ゲットできたし、羅刹をライバル店に派遣したりとかー」
「いえいえ、玉名さん。結局あのルート完遂できませんでしたから」
「あれ? そうだったっけ? 二日目の一般参加日は全面中止したのは覚えてるんだけど、初日は回ったんじゃなかった?」
「えぇと、アクシデントがあったり、結局トキくんの気が乗らなかったので1クラスしか回ってませんでした」
「それなのに、あそこまで苦情が来る……さすが羅刹よね」
「玉名さん。もしかして、今年もやろうとしてました?」
「や、今年はナイナイ。売れ残ったって困るもんじゃないでしょ? ほら、飲食店は売れ残るとちょっと困るし?」
うーん、玉名さん、どうして視線を合わせてくれないのでしょうね。邪推してしまいそうなのです。
「やぁねぇ、ミオっち。そもそも羅刹いないんじゃ、どうしようもないでしょ」
「まぁ、そうなのですけれど」
そうなのです。
今回は残念ながらトキくんはいないのです。なんか、外せない訓練が入ったとか何とか。去年の『ハプニング』のことを考えると、心細いのです。
「ミオっち?」
「何でもないのです。あ、お客さんなのですよ。―――いらっしゃいませー、どうぞお手に取って見てください~」
入口に誰かが来たみたいなので、私は表に出したばかりの商品を、少しでも見栄えがよくなるように並べ始めました。あのバイトをしているので説得力に欠けるかもしれませんが、接客って苦手なのです。ゾンダーリングでは、もう役柄が決まっているので、それに沿ってセリフがいくらでも出てくるのですけど、素の状態で接客って、かえって何をどうしてよいか分からないのです。
ということで、とりあえず私のやるべきことは、商品陳列を極めることと見つけたり! お客さんが手に取りやすいように、するのはもちろん、似たようなグッズはなるべく近くにおいて、その場で比較して選べるようにするのです!
「ミオっち!」
「はいっ」
いけないいけない、つい熱中してしまいました。これでは同じ時間帯に店番をしている玉名さんに迷惑が……めいわく、が?
「えぇと……」
おかしいのです。昼間だというのに、幻覚が見えるのです。あぁ、なるほど、これが白昼夢なのですね。
「いやいや、ミオちゃん、変なこと考えてるよね?」
「……えぇと、徳益さんなのですか?」
そうなのです。玉名さんの隣に立っていたお客さんは、徳益さんだったのです。でも、トキくんが訓練だとしたら、徳益さんも同じ訓練中なのではないのでしょうか?
「ミオっち、今日って羅刹はお休みなのよね?」
「え? あ、はい、そう聞いているのですけど」
「……それがね、ミオちゃん。トキのヤツ、途中でフケちゃったんだ。もしかしたら、こっちに来たんじゃないかと思ったんだけど」
「フケ……サボっちゃったんですか?」
「あー、まぁ、こういうの初めてじゃないんだけどさ、そもそも今回の訓練を文化祭にぶつけたのだって、隊長の……いや、忘れて?」
忘れて、とか言いながら、今、確実に私に聞かせましたね。でも、なんとなく事情は見えました。
去年だって、休日申請したというだけで私に問い合わせてきたあの蛇は、きっとトキくんを構いたくてわざわざ学園祭に訓練の日程を設定したのでしょう。……本当に、難儀なのです。実の親なのですから、もっと、こう、直球で―――いえ、やめましょう。私だったら全速力で逃げる自信があるのです。
「えぇと、とりあえずトキくんを見つけたら、徳益さんに連絡すればよいのですか?」
「いや、トキが逃げ込んでそうな場所に案内してくれないかな?」
「案内……と言われても」
今、店番中なのですけど。
ちらりと玉名さんに視線を移すと、何をどう理解したのか、うちのクラスのチラシの裏にサラサラと何かを書き始めたのです。
「はい、ミオっち。これにサインしてもらえばいいんじゃない?」
「あの、そこではなくて店番は―――」
「大丈夫よ。ミオっちがいるおかげで、羅刹が大人しいんだもん。へーきへーき!」
別に私がいるから大人しいのではなくて、元々、トキくんはケンカを売られなければ暴力沙汰をしない人なのですよ?
「それに、この文面は、その……」
「何かあった時のために、責任のショザイは必要でしょ」
玉名さんの掲げた紙には、少し丸っぽい文字で、こう書かれていました。
『私はミオを案内役に連れ出すことで、羅刹に殺されても文句は言いません』
別に、案内をしたからどうの、ということでもないと思うのですが。
「あっはっはー、話には聞いてたけど、玉名ミカちゃんだっけ? キミ、面白いねー」
「? ミオ、アタシのこと何て話してるの?」
「いやいや、徳益さんにそんなことはお話してないのですよ?」
そんな遣り取りをしている間に、徳益さんは、さらさらっと玉名さんの書いたメモ書きにサインをしてしまいました。
「じゃ、ミオちゃん借りてくから。店番減らしちゃってスマンね」
「あぁ、お気になさらずーってか、ミオっちあとでメールするから」
「え? あぁ、はい? って、ええぇぇぇぇ?」
徳益さんに腕を掴まれ、私はそのままドナドナされてしまったのです。
◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
ガンガンガン
トキくんが逃げ込みそうな場所、と言われても、ここぐらいしかないのですけれど。よくお昼を一緒に食べている作法室は、今日は茶道部が使っていますし。
「うーん……、返事がないのは、やっぱりいないからなのでしょうか」
屋上へ通じるドアをノックしてみても反応がないのです。去年のことを考えたら、校内にいるとしたらこの場所ぐらいなのですが。残念ながら、生徒に解放されていない場所なので、鍵がかかっているのです。そういえば、トキくんはいつもどうやって侵入しているのでしょう?
「このドアの先?」
「はい。よく日向ぼっこをすると聞いて……えぇ?」
徳益さんは鍵屋さんだったのでしょうか。明らかにピッキングツールと思しき道具が4本ぐらいポケットから出てきたのですが。
「あ、あの、徳益さん?」
「だいじょぶだいじょぶ。このぐらいなら1分もかからないから……ほら、開いた」
そういうことではないと思うのですよ。……ということは、トキくんもこんなふうに鍵を開けているのでしょうか。うぅ、とてもイリーガルな感じなのです。
ガコン、と重々しく扉が開くと、秋の高い空が飛び込んできました。
「うーん、いないかな」
「そうみたいですね」
残念ながらトキくんの姿はありません。いつもなら、入り口近くの日陰に転がっているのですけれど。
「うーん?」
「……どうかしましたか?」
「うん、ちょっとね」
「?」
屋上をぐるりと見渡せる場所まで歩いた徳益さんは、一人でうんうん、と頷いていました。
「ミオちゃん。ちょっと協力してくんない?」
「協力、ですか?」
「ちょっと耳貸して」
「……はぁ」
手招きする徳益さんに、私は耳を向けます。それにしても、人影がないのに、どうして内緒話なんてする必要があるのでしょう? やっぱり、雰囲気が大事なのでしょうか?
「あのね」
「ひゃぅっ!」
み、みみみみ耳に息を吹きかけられ……!
私が思わず耳を押さえてしゃがみこんだのと同じぐらいのタイミングでしょうか。突然、ガッという音が響きました。
「ハヤト、オレのに何してんだ、病院送るぞ?」
「おーおー、さすがミオちゃん効果……って、手加減しろよ! ちょ、待てって!」
どこからか出てきたトキくんが、徳益さんに殴りかかっていたのです。トキくんは、その大きい体でどこに隠れていたのでしょうか? 私にはサッパリ分からなかったのです。
とりあえず、生温かい感触の残る耳を、せっせと擦りながら、私は肉体言語を駆使し始めた二人を呆然と見守ります。
え? 止められるわけがないではありませんか。自慢じゃありませんが、ミオさんは運動神経に自信がないのです!
「あぁ? こうなること分かってやったんだろ?」
「いやいやいや、こうでもしないと、お前出て来ないだろ! 屋上にいるかどうかカマかけただけだって、の!」
「ふぇぁっ!?」
傍観者を決め込んでいたはずなのに、徳益さんに腕を掴まれ、ぐいっと引っ張られました。人間の盾はよくないのです! というか、トキくんのいつにも増して怖い目つきが……!
「もぎぇりゃっ」
今度はトキくんに引っ張られて、私はあっけなくトキくんに抱え込まれてしまいました。
「ふー、やれやれ。危ないところだった。ミオちゃんスマンね、ありがと」
盾にした時点で、すぐに奪還されることは分かっていたのでしょう、徳益さんが至極軽い調子で謝罪と感謝を述べます。えぇ、全然心が入っていませんとも。
「オッサンに言われて、連れ戻しに来たのか?」
「いや? 隊長はむしろよく保った方だって言ってたぞ? 今回も文化祭に来たかったんだろ?」
「……別に」
トキくん、文化祭で何も仕事振られていませんから。もし来たとしても、することはないのですよ? でも、やっぱり高校最後の思い出作りがしたかったのでしょうか? そこまで学園祭を楽しみにしていたようには見えなかったのですけれど。
「トキくん?」
「……ちっ、なんでもねぇよ。ハヤト、戻る必要はないんだな?」
「とりあえずはね。まぁ、今日の訓練だって、隊長の一存で決まったもんだし、トキ以外は任意参加だしな」
「あのクソ○○○野郎が」
えぇと、とても汚い罵倒の文句が出たので、スルーしておきますね。ほら、あれですよ。『声に出して読みたい日本語』があれば、その逆に『耳に入れたくもない日本語』もあるのです。
「じゃ、俺は帰るな。あとは、まぁ、適当に?」
「とっとと帰れ」
ひらひらと手を振る徳益さんは、あっさりと帰ってしまいました。
あの、これだけのために、私はわざわざ店番から引っ張り出されたのでしょうか? 釈然としないものが残るのです。
まぁ、それならそれで、構いません。私も早々に店番に戻ることにしましょうか。
「おい、アンタまでどこ行くんだ」
「え? クラスですよ? 当番の時間の最中に呼ばれてしまったので、クラスメイトに迷惑が……トキくん?」
どうして人を軽々と持ち上げて、日陰に移動するや否や自分の膝の上に乗せるのでしょうか。私、お人形さんではないのですよ? 綿ではなくて、ちゃんと血の通った内臓が入っているのですよ?
「あー、クソ」
「トキくん?」
人を抱え込むのは百歩譲って許容してもよいのですが、頭の上に顎を乗せられると、刺さって痛いのです。でも、なんだかとても弱っている感じなので、私はそっと体をひねると、手を伸ばしてトキくんの頭をよしよし、と撫でました。
「……アンタ」
「はい?」
「そういうときは、ちゃんと触れてくるんだな」
「はいぃ?」
どうして、人を残念なものでも見るように……って、手首を掴まれたということは、頭を撫でられるのが嫌いとかですか?
「違ぇ、もっと甘やかせ」
「私、声に出してましたっけ?」
とりあえず、手首を離してくれたので、再び頭を撫でることにします。うぅ、目を細められると、なんだかドキドキするのです。いや、ミオさん、正気を保つのです。これは、大きいワンコなのですから……たぶん。
「もっとだ」
「え? でも、あまり頭を撫で続けても、うっとうしくなりませんか?」
「慰めるならもっとイイ方法があんだろ? ハグとかキスとか、あとはその胸で」
「破廉恥っ!」
私は慌ててトキくんの口に手を当てました。うぅ、剣呑な目で睨まれても、さすがに無理なのです。
「ハグとキスぐらいはいいだろーが」
「ぐ、……確かに、そのくらい、なら?」
「ほら」
ほら、って、なんですか、まさか、トキくんが待ちの態勢に入るとか……え? 私の方からしろと?
「ぎゅ、ぎゅっとするだけで、いいのですよね?」
「キスもだ」
「……その」
「キス」
ぐぐぐ……! ちょ、ちょっとだけなのですよ? 彼氏彼女なのですから、そのぐらいのスキンシップは、おそらくセーフなのですよね? なんだか、トキくんがよくこういうちょっかいを掛けてくるおかげで、自分の中の常識が変質していきそうで怖いのです!
だがしかし! ここで応えないのは女が廃るというやつなのです。ミオさんは腹を括れば一直線なのですよ!
「ん~~~~、よし!」
私はトキくんの腕の中包囲網で、向き合うように態勢と変えると、そのまま中腰な感じで立ち上がりました。ちょっと辛いですが、上手くトキくんの頭と高さが合わないので、我慢なのです。
そのまま、トキくんの頭をぎゅむっと抱え込むこと2秒。あとはおでこにチュッとして終了なのです!
「……」
あれ、どうして、不満そうな顔で私を見上げているのですか。さすがに唇にチュッとするのはハードルが高くて無理なのですよ?
「アンタの線引きが、ほんっきでわかんねぇ……」
「?」
えぇと、唇より額の方が難易度は低い、ですよね?
「アンタがいいなら、まぁ、いいんだが。……いや、いいのか?」
ぶつぶつと葛藤を口にするトキくんが、私にその理由を教えてくれたのは十分ほど経ってからでした。
えぇと、その、頭を抱きしめるというのは、胸に相手の顔を押し付けることだったみたいでして、服越しとはいえ、それはぱふぱふ……えぇと、逃げてもいいですか?
事情が分かって顔を真っ赤に染めた私に、トキくんがもう一回と強請ってきましたが、もちろん却下したのです。




