98.【番外】それは、難攻不落だったのです。
※バイト仲間のカヴァリエ⇒カショウ⇒クラウディブラック視点。ややこしいが同一人物だ。
彼から見たミオ(+トキ)の話です。
「アホらしい。オレは抜けるぜ」
「そんな、何を言うの? ブラック!」
「仲良しごっこなら、ヨソでやれ」
言い捨てたオレは、両手をポケットに突っ込んで、舞台の袖へと気怠さも露わに歩き去った。
ここはカフェ・オンダーリングの舞台の上、いま、熱血なレッドについていけないオレ=クラウディブラックが、基地の作戦司令室から出ていったところだ。
―――これ、なんつーか、テンプレ過ぎるよな。攻め過ぎたという前回の反省を生かしたというが、あまりにテンプレ過ぎるのもどうかと思うんだぜ。
ちなみに、このあとブラックは仲間に内緒で先行し、敵怪人と一人で戦ってピンチに陥るという流れが待っている。やっぱりテンプレだ。
この『天候戦隊ウェザライド』が始まった当初は、何故か客から「ブラックの死亡フラグはいつ立ちますか?」なんてメッセージが多く寄せられていて、「ブラックは嫌われ役なのか?」なんて思ったもんだが、まだまだ死ぬ予定はない。なんでも、テレビ放映していた戦隊シリーズでブラックが衝撃的な死を迎えたことがあったようで、そのせいでそんなメッセージが寄せられているらしい。特撮系に詳しい同僚が話していたから、間違いはないんだろう。残念ながらオレは、特撮系は守備範囲外なんでよく分からないが。
このバイト先、本当に特殊だよな。と言っても、オレもここで働く前はコンビニぐらいしかバイトの経験はない。それでも、このカフェが異常だということは分かる。
まず、仕事内容がおかしい。カフェだからホール業務というのは分かるが、小さな舞台上で寸劇をするというのがまず不思議だ。こういったコンセプトカフェなのだと言われてしまえばそれまでだが、バイト同士も役名で呼び合うというのがまた……。主役級の役をもらってダブルキャストになると余計にややこしくて困る。
そして、一番気になるのは、徹底した情報統制だ。出勤時は変装が義務付けられ、バイト同士の個人的な付き合いもNGときている。実は、同じバイト仲間の中には同じ学校のヤツもいるが、お互いに知らんふりをしている。そういう職場なのだと割り切って。
そう、学校だ。実はオレは専門学校生だったりする。演劇の道を志して高校卒業後に演技のことを学べる場所へと進学した。通っている学校は、オレが学んでいるみたいな演劇のことを学べるコースの他に、シナリオライターを養成するコース、ナレーションの演技(要するに声の仕事だ)を学ぶコース、アニメーター養成、音響系など、いくつものコースがある。同じ学校のヤツというのは、確か声優養成コースだったか、……他ならぬサニーレッドなわけだが。目指す道によっていくつものコースに分かれているが、複数の科で取得できるような単位もあるため、確かレッドを見たのもそういった授業の時だったと思う。あちらが何も言って来ないから、あっちはあっちで分かっていながらスルーしているんだろう。それがルールだしな。
以前、キッチン担当のJさんから聞いたんだが、ここの店長はどうやらウチみたいな専門学校のいくつかに顔が利くらしい。こういったカフェは人材が命、みたいなところがあるから、人手不足にならないようにと事前に防止策を作っていたんだろう。おそらくレジ近くにある複数の専門学校のパンフレット、あれらが店長の顔がきく学校なんだろう。いくつかの雑誌社やテレビ番組制作会社ともツテがあるらしく、定期的に取り上げられているので、閑古鳥が鳴くこともない。
考えたら、店長……何者なんだ?
何者なんだ、と言えば、実は気になる同僚が一人いる。
ちょうどその同僚がバイトの面接に来た日、オレもシフトが入っていたんだが、面接が終わって彼女が帰るなり「ロリ巨乳だ! ロリ巨乳が加わるぞ!」なんて店長の声が聞こえたから、思わず同僚(男)と耳をダンボにしてしまったのを覚えている。
そうして配属された新人は、店長の言うとおり、正しく「ロリ巨乳」だった。化粧をしていても分かる幼い顔立ちに不似合いなサイズの実がたゆんと……。彼女が入ってから半月ぐらいは、男子更衣室はあのたわわな実の話題がない日はなかった。何しろ、質量がすごい。童顔とのコンボで背徳感もすごい。
しばらくはホールのみの担当だから、舞台の上であれを見ることはないが、客の目の前でお茶を注ぎ入れるときなど、上体を倒す度に絶景が拝める。あまりあからさまに見てしまうと他の同僚からの冷たい視線をくらいそうなので、こっそり横目で眺めていた。……それでも、彼女を指導している同僚(女)に怒られたが、後悔はしていない。
何より、彼女自身が明るく素直で、見ていて微笑ましいのだ。後で分かったことだが、このとき彼女はなんと高校一年生で、そりゃほんの数か月前まで中学生だったのだから、素直なのも納得した。それと同時に、ほんの数か月前まで中学生だったのにあのおっぱ……いや、それを言うと、なんだか品位を疑われそうなので考えるのはよそう。
「リリエル、タイ曲がってる」
男子高校生の制服を着た彼女を呼び止め、オレは棒タイの角度を直してやる。決してそんな趣味はないが、彼女みたいな大きい胸の女性が男装していると、そのギャップにくるものがある。男装はすべからく胸を押しつぶすものだと思っていたが、敢えて隠さない! 店長の慧眼にはたまに恐れ入る。もちろん、理解できない部分もあるけれど。
パイタッチしないように慎重に直すと、「あ、ありがとうございます」と素直な目が向けられた。……間近でこの胸を見るという下心満載のオレが罪悪感を覚えるぐらいに純真な目が。
「テリー? 変なこと考えてない?」
「ねーよ。リリエルみたいな真面目キャラが、タイ曲がってたら問題だろ?」
「なら、いいけど」
さっそく見咎めた彼女の指導役に絡まれた。ガードが堅い。
「まぁ、イイ子だから狙いたくなる気持ちは分かるけどね」
「そんなんじゃねぇって」
「物覚えもいいから、あれはすぐに演じる側に入ると思うわよ。店長もお気に入りみたいだし」
「……店長、ロリ巨乳がきた、って喜んでたしな。ぃてっ」
「アタシの前でその言葉使わないでくれる? もちろん、リリエルの前でも」
「はいはい」
指導役の予想は的中し、その後、オレは彼女と同じ舞台に立つことになるわけなんだが……
「姫様、カヴァリエが来たんだムー!」
垂れたうさ耳をぷるんぷるんと振る彼女は、メインヒロインのお付きの侍女エリムー役になっていた。
「まぁ、ありがとう、エリムー。お茶を用意してもらえる?」
そして彼女の指導役はエリムーの主、メルディリア姫だ。オレの視線がエリムーの胸にちらりと行ってしまったのに気付いたのだろう。無言の圧力を感じる。
元気いっぱいのエリムーが耳を揺らすたび、ミニスカメイド服で押さえられた胸も揺れるんだ。健全な男としては、視線が動くのも仕方ないじゃないか。
そんなエリムーともバイト上がりに軽口を叩けるような間柄になった頃だった。オレがあの『鬼』を見たのは。
その日もバイト上がりにちょうど出くわしたエリムーと、次の寸劇の役の話をしながら非常階段を降りきるまでの時間を楽しんでいた。身元バレがご法度だから、カフェの入っているこのビルを出たら、別々に帰らなければならない。
「「はー、今度の役は参ったよー」
「ヒロインに横恋慕するヒール(悪役)でしたっけ?」
「そーそー。それでいて、甘いセリフがまたあるんだぜ?」
とうとう主役級の役をゲットしたエリムーに、次も甘いセリフを吐くことになった愚痴をこぼす。舞台の上だけなら台本もあるし、客との距離もあるから問題ないけど、接客中もそのキャラを貫き通すのはさすがにキツい。主に羞恥的な意味で。
「私も、いい加減に店長さんのイメージから抜け出したいのですけどね」
「あぁ、前にも言ってたっけ、――『ロリ巨乳』はいやだって」
「その単語を使わないでください!」
「はは、ごめんごめん。あ、もう出口だね。それじゃ……あれ、ちょっと待って」
「はい?」
階段を降りたところで、オレはそれに気がついた。道路の向かい側に誰かが立っていた。
「誰か、入り口前に立ってる。出待ちか?」
「え、男の人ですか、女の人ですか?」
エリムーを後ろに庇いながら、オレはスマホを取り出した。見るからに背が高くがっしりとした……腕っぷしに自信のありそうなタイプだ。うちの客と決まったわけじゃないが、非日常を演出するカフェであるせいか、熱狂的なリピーターがストーカーにクラスチェンズすることもある。
マニュアルに従って、即座に店へ連絡することを思い出したのは、既に一度、ストーカーによって大迷惑を被った同僚を見たことがあるからだ。
『はい、カフェ・ゾンダーリングです』
「店長ですか? 今、あがったばかりのカヴァリエです。ビルの入り口前に待ち伏せらしき男性がいるので連絡したんですが」
『え? 本当に? しかも男の人? 外見は分かるかな』
「オレは見たことない人オレは見たことない人です。年齢は、遠目なので自信ありませんが、二十歳前後ってところでしょうか」
『体格は? 小太りな感じ?』
「……え? いや、小太りとかじゃないですね、もっと」
店長は、前に出たストーカーと同じ人間じゃないかと考えているんだろう。だが、あれは違うと説明しかけた時、オレの後ろにいたエリムーが、突然声を上げた。
「すみません、カヴァリエさん、店長さんと話したいので替わってもらえませんか?」
「え? や、あ、あぁ」
何やら慌てた様子のエリムーにスマホを渡すと、息せき切った様子で電話の向こうの店長に、とんでもないことを告げた。
「店長さん、あれ、出向先のお客さんです」
はぁ?
オレは目を丸くした。そういえば、エリムーに外から引き抜きの話が出たらしいとか、噂になっていたっけ。店長の恩人らしく、断るのが難しいとか何とか。結局、出向という形になっていたのか。
「自意識過剰かもしれませんが、ターゲットは私じゃないかと思うのですけど……。えぇと、気に入られてるといいますか、懐かれてる?といいますか、少なくとも嫌われていない自信はあります。―――はい、分かりました」
話を終えたエリムーはオレにスマホを返す。
「店長?」
『カヴァリエ? とりあえずエリムーには一度上に戻ってもらうから、そのまま出てみて。エリムーが言ってる人と同一人物なら、ちょっと危険人物らしいから、できるだけ刺激しないように』
おいおいおい、エリムーはいったいどんなところに出向させられてんだ? あれこれいかがわしいことになってんじゃないだろうな。
「わかりました」
電話を切ると、少し不安げな様子のエリムーに笑って見せた。
「オレも一緒に戻ろうか?」
店長の話を無視して、そんな提案をしてみる。階段の途中までなら別に店長も文句を言わないだろう。
「あ、大丈夫です。明日は、午後からしか用事がないので、最悪、店内に泊めてもらいますか……らぁぁぁっ?」
そんなに危険な相手なのか、と思っていたら、突然、エリムーが上に持ち上がった。いつの間にか近づいてきていたあの男が、エリムーを抱き上げていたのだ。
「ちょ、おい! お前、何なんだよ!」
反射的に非難の声を上げたオレは、コンマ5秒で後悔した。
「てめぇこそ、なんだ?」
あ、やばい。オレ死んだ。これ絶対「ヤ」のつく仕事の人だ。ほら、人を何人もコロコロしてそうな感じのさ。分かる? 今は切り抜けられたとしても、一週間後にオレが行方不明になってても不思議がないアレ。
「あの、こっちはお店の同僚です。……えぇと、この人は今日来てたVIPのお客さんですよ?」
抵抗することもできないほどの恐怖なのか、持ち上げられたままのエリムーが必死でとりなしてくれた。マジ女神。確かに、このヤ○○に敵認定されたが最後、オレの命運が尽きる。いや、もう尽きてるのかもしれないけど。
「えぇと、お仕事は明日の夕方から、でしたよね?」
「これから来い」
歩き出した男に持ち去られるエリムーを、オレは呆然と見送ることしかできなかった。
「あ、あの、店長さんに出待ちはさっき話した通りだったと伝言しておいてください! お疲れ様でした、お先に失礼します!」
健気に声を張り上げるエリムーの言葉に、オレがスマホを取り出して店長に再び電話をかけられるようになるまでに、少し時間が必要だったのは言うまでもない。
まぁ、あのヤ○○がその日に試験運用したVIPルームの客だったというのは、信じられない話だったが、その後に何度もエリムー――いや、もうその頃は次の役柄のオウラン――目当てにVIPルームを利用したことで、オレもそいつの顔はしっかりと覚えてしまった。同僚同士でもプライベートを聞き出すことはご法度と分かっていたが、「本当に大丈夫なのか?」と一度オウランに聞いてみたが「大丈夫でしてよ」とさらりと答えが返ってきた。ちょっとだけオウランを尊敬したのは内緒だ。
その後、オウランとカショウという、共謀する悪役同士になて、最終的にヤンデレに恐怖のどん底に落とされたりもしたし、オレとオウランはバイト同士という間柄ながら、随分と仲良くなったと思う。
「辞める……?」
「はい。ちょっと4月から生活サイクルが大きく変わりそうなので、シフトの予測も立ちませんし、シフトを徐々に減らしていたのも、まぁ、そういう事情からだったんです」
今は、天候戦隊ウェザライドのブラックと、オペレーターのモモという関係だが、上がる時間が一緒になると、こうしてお喋りしながら帰るのは変わらない。
「そっか。今まで聞いたことなかったけど、っていうかご法度だけど、学生なんだよな? やっぱ卒業のタイミングでってやつか」
彼女が入ってから2年半、オレも専門学校を卒業して劇団員とバイトの二足の草鞋を履いていた。
「はい。色々と調べてみたのですが、どうも帰りが遅くなってしまいそうですし、以前よりは生活に余裕もでてきたので、バイトを減らしても大丈夫だと思うことにしたのですよ」
「あぁ、掛け持ちしてるんだったか」
ということは、出向先のバイト1本に絞って、元々やっていたこちらを切るということだ。なんだか、釈然としないモヤモヤしたものがオレの胸に湧き上がる。
「このお仕事も好きなのですけれど、もう一方のバイトの方が、時間に融通が利くのです。ブラックさんには色々とお世話になっていたのに、ここで辞めるのは申し訳ないのですが……」
「いや、そんな気にしなくていいよ。オレも、この仕事はワリがいいけど、そろそろ後輩に譲るべきかなって考えてたところだし、モモの考えも分かるからさ」
人間、どうしたって優先順位というのはできてくるもんだ。オレも、劇団の練習とこのバイトとの掛け持ちがなかなかキヅくなってきたので、学校の後輩に……って考えてたんだから、モモを責める筋合いはない。
と、そこまで考えて思い至った。
お互いにバイトを抜ける身なら、少しぐらいつながりを作ったっていいんじゃないだろうか。
バイト帰りにちょっと居酒屋に寄って、少し親睦を深めて、メルアドかチャットアプリのIDあたりを交換したところでバチは当たらないはずだ。もしかしたら、ワンチャンあるかもしれないし。
「なぁ、モモ。もしよければ、この後、ちょっと飲んでかないか?」
「ふぇ? わひゃぅっ!」
なぜかモモは、その目を大きく見開いてこっちを見た。……と同時に、階段を一段踏み外して、危うく転びそうになる。慌ててオレが掴んだ二の腕は、ふにっと軟らかかった。二の腕の柔らかさは胸の柔らかさ、なんていう俗説が頭をよぎった。
「あ、あの、ありがとうございます。でも、私は、みせいね……その、この仕事ではそういうのって、ダメでしたよね?」
みせ? あぁ、もしかして、もう1つのバイトが入っているということか。それならまた別の日でもいいんじゃないかな、とオレの下心が囁く。
「まぁ、お互いにもうそろそろ辞める人間だし、いいんじゃないかな。この後、予定が入っているなら別の日でもいいし、ちょっとお互いに愚痴こぼすぐらいの軽い飲みとかどう?」
オレはスマホを取り出し、プライベートな連絡先を教える体制に入る。モモは押しに弱いところがあるから、このまま強気の姿勢でいけるんじゃないかな。
と、そんなことを考えていたら、あっさり下まで着いてしまった。どうやらここまでのようだ。まぁ、今日明日で辞めるわけでもないし、また別の機会に押してみるのもありか。
「良かったら、連絡先教えてくれないかな。オレ、モモのこと結構好きだし、よければ」
なんて役柄のような甘いセリフを最後にダメ押しのように口にしたその瞬間――――
ぞくり、と悪寒がはしった。いや、悪寒で済めばいい。これは違う。もっと、最悪な、これは……死の予感とでもいうべきか。
「ミオ」
「トキくん! 別に迎えに来なくても大丈夫だって言いましたよね?」
「あぁ? その方が早ぇじゃねぇか」
死神がいた。いや、違う、例のヤ○○だ。
にこやかにヤ○○に駆け寄るモモは、すっかり心を許しているようだ。あんな顔、バイト中には見たことない。それにしても、このヤ○○の放つ冷気はなんだ。いや、殺気か? とても直視ができない。
「それでは、ブラックさん、お迎えが来てるので、これで失礼しますね」
「おい、ミオ、あれは―――」
「バイトの同僚なのですよ!」
その会話でオレはすべてを察した。迂闊な誘いをかけてしまったオレのために、モモは必死であのヤ○○を押さえているんだと。普通に考えれば当たり前だ、ヤ○○のお気に入りに手出しなんてしたら、オレはそれこそ海の藻屑か山の栄養……うぅ、想像しただけで鳥肌が立った。
あれは登れない山なんだと、すっぱり諦めることにしよう。触れてみたい山だったが、命には代えられない。わずかな未練を抱えながら、オレは彼女のことを思い出として処理することにした。




