表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/126

97.【番外】それは、ハプニングだったのです。

「さすがに、暑かったのです……」


 知っていますか? 高校生男子って、食欲がすごいのです。おそらく、トキくん限定、というよりは、純粋に運動をしている高校生男子、というカテゴリで、だと思うのですけれど。

 受験という一大イベントが半年後に迫ったこの夏、おさんどんを休んでは?という提案もあったのですが、貧乏性の私には、仕出しに頼るという選択肢はとても考えられなかったので、今日も元気に夕食を作るのです。

 あ、ゾンダーリングのシフトは随分と減らしてもらいました。そこは、ほら、受験生ですし、金銭面では余裕もできましたから。この夏休み、初!予備校通いもしているのですよ! 自分で講習費用を払うと言ったのですけど、ドゥームさんの説得に負けてしまいました。大したことない金額と言っていたのですが、十分大したことある金額なのです。「せっかくだし」とか言いながら、十万以上もポンと出してくれる義理父は、頼もしいのか、その後が怖いのか……よくわかりません。


 そんなわけで、この夏休みはゾンダーリングや予備校の帰りにスーパーに寄るという流れになっています。カズイさんが送迎すると言っていたのですが、そこはもう、あの蛇の脅威はありませんので、遠慮しています。ただ、たまに姿を見かけるのは……もしかしたら、トキくんから、私の周辺を見回るように話がいっているのかもしれません。もし、そうだとしたら、遠慮したことで、かえって迷惑をおかけしているのかもしれませんが、まぁ、正直、送迎される私も精神的にくるものがあるので、ごめんなさいと言わせてください。


「ただいまなのです」


 全館空調なマンションというのは、この時期になるとその快適さに涙が出そうになります。エントランスに入った瞬間から、ひんやり快適空間なのです。

 部屋の玄関を開けると、さらに冷やされた空気が私の肌を撫でました。話によく聞く男女間の体感温度の差と言いますか、設定温度については、トキくんに任せると寒くて仕方がありません。


「……あれ、トキくんはまだ帰っていないのですか?」


 残念ながら、トキくんは玄関にいくつも靴を並べているタイプなので、玄関だけでは帰っているのかいないのか分かりません。それでも、「おかえり」の声がないので、まだ帰っていないのでしょう。

 ……うーん、今日は午前の訓練だけ、と言っていたと思うのですが、お仕事の同僚さんたちと出掛けたりしているのでしょうか?

 夕飯の材料を、せっせと大きな冷蔵庫に入れていると、空調で冷やされた汗が、つつーっと流れ落ちました。やっぱり寒いのです。ここはひとつ、トキくんが帰ってくるまでは、空調の設定温度を上げさせてもらいましょう。

 エコバッグを畳んでカバンにしまうと、私は壁のパネルを操作して温度を3度ほど上げました。夏なのにカーディガンが必要なのは、やっぱりどうかと思うのですよ。


 ふぅ、と一息ついた私は、フェイスタオル片手にバスルームへ向かいます。トキくんがまだ帰っていないのであれば、タオルでささっと汗を拭いてしまいましょう。

 洗面所で固く絞ったタオルを顔にあてるだけで、随分とさっぱりします。首筋にあてると、ひんやりしたタオルが徐々にあったまってきてしまいました。まだじんわりと汗が滲むような気がするので、もう一度すすいで、ぎゅぎゅっと絞って、と。


 この時の私は、家に着いた安心感と、ほどよい疲労感ですっかり無防備になってしまっていたのです。たとえ、予想外な成り行きで1年以上も住むことになってしまったこのマンションですが、ここは私一人で住んでいたあのアパートではなく、トキくんも同じように住んでいるマンションなのだと、ちゃんと自覚するべきだったのです。


 襟のあたりまで汗を拭ったところで、私はブラウスのボタンを中ほどまで外すと、ブラのホックを外しました。フロントホックのブラはあまり持っていなかったのですが、こういう時は便利なのです。

 え? どうして外すのか、ですか?


 えぇとですね、最近知ったのですけど、これ、胸が大きい人だけらしいのですが、胸の下に汗がたまるゾーンができるのですよ。そこをこまめに拭っておかないと、その、赤くなったりあせもになったりするのです。

 うっかり、学校でそれを洩らしてしまって、玉名さんと津久見さんに生温かい目で見られたのは……うぅ、思い出したくないのです。だって、自分がそうだから、他の人もそうだって思いこんでしまうことはありますよね? 二人に「さすが……」なんて目で見られてしまって、本当にあの昼休みは恥ずかしくて穴掘って埋まっていたかったのです。


「はぁ、胸が人並みな人がうらやましいのです」


 いっそのこと、お母さんと同じようにAカップでも良かったのですけど、父方の遺伝なのでしょう。こればかりは生まれ持ったものなので、諦めるしかありません。恨むとすれば、胸に関して父方の遺伝子を引っ張って来てしまった卵の頃の自分なのです。


 汗を拭いた後で、洗面台に置いといたベビーパウダーをはたけば終了なのです。この素晴らしく空調の効いた快適空間では、そうそう汗もかきませんし、今日の夕食も揚げ物とかではないので、大丈夫なはずなのです。


「おい、ミオ。アンタ、温度上げたか?」

「だって寒かったのですよ、……」


 あ、れ?

 いないはずのトキくんが、どうしているのでしょう?


「な、な……」

「おぉ、イイ眺め」

「うにぃゃらぁぁあぁぁ~っ!」


 濡れタオルを投げつけた私は悪くないのです。おそらく。いや、きっと。たぶん。そうなのではないでしょうか?


「―――で?」

「はい?」


 一通り騒いだ後、私はトキくんの抱え込みを久々に拒否して、向かい側に座って麦茶を飲んでいました。


「何やってたんだ?」

「汗を拭いていただけなのですよ! トキくんこそ、どうしてこっそり隠れていたのですか!」

「ちょっと部屋でうたた寝してただけだろうが。後から帰ったアンタが温度上げた音で目ぇ覚めたんだよ」

「せめて、ただいまと言ったときに目を覚まして欲しかったのですよ……」


 そうしたら、もっと警戒に警戒を重ねて、鍵のかかる自分の部屋でこっそり汗を拭くとか、もしくは脱衣所の鍵をしっかりとかけてからケアしたものを……!


「で?」

「はい?」

「アンタは何やってたんだ? 何回も言わすなよ」

「……もしかして、分かっててからかったりしてません?」

「いや? 純粋な興味だぞ? アンタが自分の胸を鏡の前で毎日チェックするような人種には見えねぇからな」

「そんな人、いるのですか?」

「いないこともない」


 うーん。トキくんの仕事関係のお知り合いなのでしょうか? 自分の外見を駆使してハニートラップを仕掛けるような……? あれ、でも、トキくんの職場って、男性しかいないと聞いたような気がするのです。


「ミオ?」

「ふぁい!」

「アンタ、何考えてた?」

「トキくんは、そういう人と、どういった場所で知り合うのかなぁ、と思って、ててて……?」


 ミオさんの不覚なのです。ちょっと考え事をしていた隙に、ひょいっと持ち上げられてしまいました。トキくんは、そろそろ私をライナスの毛布扱いするのをやめてくれませんかね? といつも通り自分の足の間に抱え込むトキくんを、首を後ろに向けて、じとんと睨みます。


「なんだ、嫉妬か?」

「あ、そうではないのです。純粋に、交友関係が広いのだと思っていただけで」

「そこは嫉妬って言え」

「じゃぁ、嫉妬で構いません」

「……」


 あ、睨まれてしまいました。怖いので前に向き直りましょう。至近距離で羅刹の睨みをくらったら、ステータス異常がはなはだしいのです。バスナもキアリクもアンチカースも唱えられない弱小女子高生は、白旗掲げて撤退なのです。


「で?」

「……黙秘なのです」

「アンタ、オレに何回同じ質問させる気だ?」

「女の人は秘密があった方が魅力的だってお母さんがよく言っているのですよ! ついでに女の秘密も許せないような男は、チリ紙交換に出してしまえばいいとも言っているのです!」

「こういう時だけ母親の言い分を持ってくんのか?」

「ぐ」

「アンタが母親のセリフを持ってくるなら、オレも同じことするぞ?」


 うぅ、なんだか冷気を感じます。……って、これ、温度設定戻されてしまっているだけなのです?


「ち、ちなみに、どんなセリフを―――」

「オレは穴があったら突っ込みたいお年ご」

「ストップなのです!」


 慌てて振り向いた私は、トキくんの口を両手でふさぎました。ふぅ、破廉恥発言は回避されたのです。たぶん。


「ふぎゃ! どうして、人の手を舐めるのですか!」

「生殺しはダメだとか言ってたよな。アンタの母親は」


 うぅ、そうなのです。

 宮地さんに誘拐されたあの日、盗聴器を通して、私とお母さんの会話をしっかりと聞いていたのですよ、トキくんは!(※倒置法)


「……で?」

「あー! もう言えばいいのですよね? ぶちまければいいのですよね、あそこで何をしていたのか!」

「最初からそうしろよ」


 うぅ、トキくんはお仕事で、ネゴシエーターでもやっているのでしょうか。こういう時のトキくんは容赦がなくて嫌いなのです……。

 私は渋々、汗を拭いていたことを白状しました。


「なんだ、それだけか」

「そ、それだけか、って、人の、胸、見ておいて……っ」

「別に見ただけだろ。揉んだわけでも」

「破廉恥発言は禁止なのです!」


 うぅ、ちゃんとそういうことは我慢してくれているとは知っているのですが、隙あらば、となっているので、気が抜けないのです。

 もちろん、この後、自分の部屋でしっかりと鍵をかけてからケアをするようになったのです。実際、何回かトキくんがニヤニヤしながら帰宅したての私の後をついて来ることがあったので、当然の自己防衛策なのですよ。

 うぅ、豊胸手術という単語は聞いたことがあるのですが、その逆もあるのでしょうか。今なら、多少のお金を積んでしまいそうなのです。


 ちなみに、この後、もう一つ問題が浮上しまして、この件があって一週間後に、私の服を見繕ってくれている倉永さんから連絡があって、蒸れにくいブラジャーを作ってくれることになったのですが……。いえ、本当に下着を変えるだけで、不快指数は随分と変わったのです。倉永さんには「良い下着っていうのは~」なんて講義までされてしまったのですが、そこは問題ではありません。

 誰が、倉永さんに連絡したのか、です。


 あわよくばラッキースケベを狙うトキくんが自分から言ったとも思えません。

 それならば、徳益さんが? トキくんの口から徳益さんにこの件が洩れるとも考えにくいのです。

 ……と、いうことは、ですよ?


 私の脳裏には容疑者が二人。

 どちらにしても言えることは、いったいどこに盗聴器のたぐいが仕掛けられているのか、さっぱり分からないということなのです。こればかりは、トキくんを頼っても、きっとあちらの方が上手な気がしますし……。


 うぅ、考えなければよかったのです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ